第二話
夢小説設定
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徐々に頭が覚醒する。
未だにぼんやりとしている意識の中、重たい瞼を持ち上げて周囲を見る。
『(ここは…………何処?)』
知らない場所だった。
広い部屋。大きな机がいくつかあり、黒い服を着た人が数名、何かをしているようだ。
背中の感触や視界の端に映る背もたれから、エルーは自分がソファーに横たわっている事を認識した。
『(とりあえず、帰らなきゃ)』
そう思い、上半身を持ち上げて起き上がる。
眠っていたエルーに掛けられていたらしい軍服の上着が、バサ、と音を立てて床に落ちた。
『(――軍服?)』
その物音で、部屋に居た人間達が一斉にエルーの方を見た。
「あ、起きたんだね。おはよー」
その中の一人がエルーに話し掛けた。
ワイシャツに軍服のズボンを穿いた青年。
笑みを浮かべた顔には四角いレンズのサングラスが掛けられている。
――何処かで見た顔だ。
『あの、ここはどこでしょうか』
置かれた状況を確認するため、エルーが尋ねる。
「ココは、ブラックホークの執務室だよ」
彼が答えた。
“ブラックホーク”とは何だろうか。
「少佐、そんな説明では解ってもらえませんよ」
「えぇー、じゃあどう説明すればいいの?」
「例えば……ホーブルグ要塞の一室ですよ~、とか」
『ほ、ホーブルグ要塞……ですか…?』
予想外の単語が出て来た。
ホーブルグ要塞といえば、第一区にある帝国軍の本拠地とも言える場所だ。
エルーのような人間には縁の無い所なのだが……。
『どうして私がホーブルグ要塞に…?確か私は第二区に居たはずなのですが……』
「それは、オレ達が君を連れて来たからだよ☆」
――何となく、思い出した気がする。
裏路地に来た青年――今目の前に居る人物。
そして、その時に視えた彼の未来。
その後も部屋に居た人達と多少の会話をしていると、部屋の隅で黙々と仕事をしていた軍人が立ち上がり、エルー達のいる方へ歩み寄ってきた。
背の高い、軍帽をかぶった軍人。
その紫の瞳がエルーの姿をとらえた。
「…………着いて来い」
低い声が発せられる。
彼はそのまま部屋の扉を開け、出ていってしまった。
「ほら、行くよ」
サングラスを掛けた青年――ヒュウガがエルーの手を握り、彼女を引っ張って歩き始めた。
『え、ま、待ってください…!』
抗議するも彼の耳には入らなかったらしく、エルーはそのまま彼等二人の後を着いていくことになった。
訳も分からないまま連れて来られたのは、シンプルな内装の部屋。
エルー達三人が入ると、ヒュウガが後ろ手に部屋の扉の鍵を閉めた。
「…………お前が、エルー=クラートだな?」
軍人が、低い声で彼女に問う。
『……何故、その名前を知っているのですか?』
――私のファミリーネームは誰にも言っていないはずなのに。
エルーは訝しげな表情で尋ねた。
「お前には、私の役に立ってもらう」
エルーの問いには応えずに彼――アヤナミはそう言った。
そのままエルーの方へ歩み寄ってくる。
カツ、カツ、とブーツの音が静かな室内に響く。
彼の冷たい瞳とその姿に恐怖を感じ、エルーは彼との距離を縮めないように少しずつ後ろへ下がった。
しかしそれが長く続く訳は無く、すぐに背中が壁に当たってしまった。
怯えるエルーの姿を楽しんでいるかのようにゆっくりと近づいてくるアヤナミ。
その時、
――視えた。
これから彼がやろうとしている事が。
これからエルーが何をされるのかが。
『っ!?……嫌っ…!!』
怖くなった。
今すぐこの場所から逃げ出したかった。
目の前に居る人物が、今まで以上に恐ろしく見えた。
しかし、それをアヤナミが許すはずがなかった。
逃げようとしたエルーの腕を掴み、右手だけで彼女の両手を拘束する。
そのまま壁に押し付ければ、もうエルーに逃げる方法は無かった。
アヤナミは開いている左手の手袋の端を噛んでするりと外し、その手をエルーの胸元に持ってきた。
彼女が不思議そうにそれを見つめる中、アヤナミの手はズズズ…と体内に入っていった。
『…………っぁぁあ!!?』
瞬間、エルーを激痛が襲った。
押し潰されるような痛み。
息が苦しくなる。
苦痛に表情が歪む。
そんな様子のエルーに構う事無く、アヤナミは手を奥へ奥へと沈めていく。
そのまま、かなりの時間が経った気がした。――実際はそれほど長くはなかったはずだが。
「…………なるほど。此奴は使えそうだ」
そんな呟きと共にアヤナミがエルーの身体から手を引き抜いた。
拘束していた手を離され、奇妙な喪失感と共にエルーは床に崩れ落ちた。
「……アヤたん、この子どーするの?」
肩で息をしながら怯えた様子で座り込んでいるエルーを見ながらヒュウガが言う。
アヤナミはそんな彼女を一瞥し、
「……何処かの部屋にでも入れておけ」
「だけど、今は全部埋まっちゃってて開いてる所は無いよ?」
「…………」
ヒュウガの言葉にアヤナミが黙り込む。
少し考える素振りを見せてから、彼は言い放った。
「…………なら、お前の部屋に置いておけ」
* * *
あの後、アヤナミの提案を拒否しようとしたヒュウガだったが、彼に勝てるはずが無かった。
鞭をちらつかせられて渋々了承し、すっかり怯えきっていたエルーを横抱きにして自室まで運んできたのだった。
そして、困った事態になった。
「あ、あのさ、エルーちゃん?その…………離れよう?」
そう言っても彼女はふるふると首を振るばかり。
それどころか一層腕の力を強めてしまう。
先程の一件でかなりの恐怖を味わったらしい彼女は、ヒュウガに抱きついたまま離れなくなってしまった。
強引に引き離そうとしても、彼女から伝わってくる震えがその気を失わせてしまう。
顔を覗き込むと、そのラベンダー色の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
しかし、だからといって放置しておく訳にもいかない。
ヒュウガとて男なのだ。このままでは理性が飛びかねない。
だが、今の状態のままでは彼女が離れてくれない事は明らかだ。
――まずはこの子を落ち着かせるべきだろうか。
そう思ったヒュウガはエルーを優しく抱きしめ、あやすように彼女の背をぽんぽんとたたき始めた。
* * *
『先程はご迷惑をお掛けしてしまって……すみませんでした……』
「ううん、別に迷惑なんかじゃなかったよ(むしろ嬉しかったし…)」
――先程までの自分は何を考えていたのだろうか。
まだ出会って間もないヒュウガに抱き着いてしまうなんて。
しかし、それほど怖かったのだ。
ヒュウガが優しくしてくれたので今はだいぶ平静を取り戻したが、思い出すとまた背筋が寒くなる。
出来るだけその事を思い出さないようにして、エルーはヒュウガに尋ねた。
『あの……ヒュウガさん?』
「なぁに?」
『私は……どうなってしまうのですか?貴方達は一体何を考えているのですか?』
「う~ん……オレには何とも言えないなぁ。
アヤたんには考えがあるみたいだけどよく分かんないし」
どうやら彼にも詳しい事は分からないらしかった。
『言っておきますけれど、私を人質にしてクラート家を脅そうとしているのならやめておいた方がいいですよ。
ゴッドハウスを甘く見ないで下さい。私一人で揺るぐようなものではありませんから』
ゴッドハウスと言えば、絶大な権力を誇る七つの血族。
神々の血を引くと言われ、皇帝や教皇の選定をするなど、この帝国を陰で牛耳っているのだ。
そんな彼等がたった一人のために脅しに屈するはずが無かった。
後継者などの重要な人物ならともかく、エルーのような逃げ出した者には一瞥もくれない。
当然の事だった。
「んー……、そういうワケじゃないんだよね…」
エルーの言葉を聞いて、ヒュウガは困ったような表情を浮かべた。
それから胡散臭い笑みに変えて言葉を続ける。
「アヤたんの目的はゴッドハウスなんかじゃないよ。
もっとアヤたんにとって重要な人で……。そう、君の事を大切に想っている人」
――よく分からないと言ったくせに、知っているではないか。
エルーは心の内で溜息をついた。
彼が嘘をつかない保証なんて無いのだから仕方のない事ではあるが。
しかし彼女には、一つだけ引っ掛かる点があった。
――自分の事を大切に想っている人、とは誰だろう。
心当たりは無かった。
エルーが今までに関わった人間は、家族、屋敷の者、そして客以外にはほとんど居ない。
箱入り娘状態で育てられたため、外の人間と接する機会は、家を飛び出す前には無いに等しかった。
そんなエルーを大切に想う人なんて居るのだろうか。
家族というのが有力な線かも知れない。
――分からない。
「そういえばさ、オレ達、これからこの部屋で一緒に生活するんだよね」
ヒュウガの一言で、思考に沈んでいたエルーの意識が引き戻された。
すっかり忘れていた、というよりは考えないようにしていた事柄を言われ、エルーの気分は若干落ち込んだ。
しかし、そんな事は意に介さないヒュウガの明るい声が部屋に響く。
「とにかく、これからよろしくね!エルーちゃん♪」
こうして、ヒュウガとエルーの同居生活は幕を開けた。
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