Saint Valentine's Day.
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寝不足でふらふらする頭をおさえながら、私は重い足取りで職場であるブラックホーク執務室へ続く廊下を歩いていた。
片手には、普段は持って来たりはしない紙袋が提げられている。
中身は、今日という日がどんなものか知っている者ならば想像することは容易であろう。
そう。本日2月14日はバレンタインデー。
世の女性達が、好意を寄せる人や友人等にチョコを贈るという、世にも不思議な慣習のある日である。
私は別に好きな人とかは居ないわけだが、日頃お世話になっているということでブラックホークの皆さんには一応チョコを用意してみた。
いわゆる義理チョコというやつだ。
“まあ、せっかくだから手作りのチョコでも作ってやったらどうだ?"というルークの言葉を聞いたのがそもそもの間違いだったのだろう。
じゃあやってみようか、と軽い気持ちで頷いて材料を揃え、比較的王道と思われるトリュフを作り始めたのが昨夜の話。
不器用ではないという自負があったものだから、簡単に終わるだろうと高を括っていた。
チョコ作りなどやったこともないのだからレシピとにらめっこしながら作業を進めたが、私は不器用ではなかったけれど特別器用なわけでもなかった。
不格好で他人にあげるのは少々憚られるような出来のものも幾つか誕生してしまい、まともなチョコを全員分作り終えた時にはすでに深夜になっていた。
その後は出来上がったチョコをラッピングして、後片付けとかもして……。
ただでさえブラックホークは無駄に出勤時間が早いのだから、当然の如く私は睡眠不足だ。
こんなことになるんだったら市販のチョコをそのまま贈ることにすればよかったと絶賛後悔中だが、今となっては後の祭り。
眠い→仕事効率が下がる→アヤナミ様に怒られる
きっとこのパターンが待ち受けているのだろう。そうに違いない。
そう考えると余計に足取りが重くなる。
だからといって出勤しないわけにはいかないのだから、私は憂鬱な気分のまま職場へと向かった。
『おはようございます…』
執務室の扉を開き、既に出勤していた皆さんと挨拶を交わして自分のデスクに腰を下ろした。
…………が、その間、ある物が視界に映った。
室内の所々に置かれている、ダンボール箱に山積みにされた大量の小箱達。
何となく予想がつく。
……あれは、多分チョコだ。
――確かに、少し考えれば分かる事じゃないか…。
コナツさんは真面目な良い人だし、クロユリ君は可愛いし、ハルセさんは優しいし、カツラギ大佐は最高の主夫だし。
ヒュウガ少佐だって見た目だけならそれなりにカッコイイし、アヤナミ様も顔だけは……“顔だけは”良いからなぁ…。
私なんかがチョコを作らなくても、皆さん大量にチョコを貰えるに決まってたんだ。
つまりは、私がチョコを作る必要性が疑われてくるわけで…。
おまけに、あのダンボールに詰め込まれているチョコの小箱の中には見るからに高級そうなものが相当数ある。
…………うん、何で私はチョコなんか作っちゃったんだろう。
あんな高級チョコばっかり貰ってる人達に、こんな安っぽいチョコなんてあげられないじゃん。
なんだか、すごく損した気分だ…。実際睡眠時間はだいぶ損した。
――ああ、まだ仕事始まるまで5分くらい余裕ある…………寝よ。
現在時刻を確認し、すっかり意気消沈した私は紙袋を乱雑に床に置いて机に突っ伏した。
眠気のせいで、目を閉じると頭がふわふわする感覚に襲われる。
今のうちに少しでも仮眠的なものを取っておかないと。
そう思っていたけれど、意識を手放すまではいかなかった。
何故なら、妙な居心地の悪さを感じていたからだ。
何と言うか…………嫌な視線を感じる。
『…………何なんですか…?』
顔を少し上げてうっすら目を開けると、やはり皆さんが私を見ていた。
一体何故…?
睡眠妨害か?新手のイジメ?
「……あ、あのさ、ルゥたん、」
自らのデスクに座ったままこちらをガン見していたヒュウガ少佐が、ついに口を開いた。
理由は分からないが、何故かそわそわしている気がする。
「その紙袋……何かな?」
そう言って彼が指差したのは、私の横に置かれた例の袋。
――ああ、これか…。
『……何でもないですよ、気にしないでください』
私はそう答えて再び机に突っ伏した。
…………が、
「えー、何々?気ーにーなーるぅー!」
ヒュウガ少佐はササッと紙袋を奪い取っていってしまった。
『あ、ちょ…っ』
待って、と言う暇も与えてくれずに、少佐は袋を覗き込んだ。
他の人達もそこへ寄って行って中を覗いたりする。
「これ…………もしかして、チョコ?」
クロユリ君がそう呟いた。
その言葉に、何かバレてはいけないものを見つけられてしまったような、そんな感覚を覚える。
思わず少佐の手の中にあったその紙袋を引ったくって、胸のあたりで力任せに抱きしめてしまった。
『ほ、本当に何でもないんです…っ。だから、気にしないでください』
こんな事をしたら中身がぐちゃぐちゃになってしまうかも知れない。
けど、そんなものはもうどうでもよかった。
「……ルフィアさん、どうしてそんな事を言うんですか…?」
コナツさんが私の背中に話し掛ける。
どうして?どうして?とヒュウガ少佐やクロユリ君も言う。
そんなふうに訊かれると、ますます悲しい気持ちになってきた。
『だって……皆さんはもう沢山貰ってるじゃないですか……。私のなんて、要らないでしょう…?』
指先に力を込めるたびに、袋はクシャリと音を立てて歪な形になっていく。
すると、そんな様子を見ていたらしいアヤナミ様が、おもむろに席から立ち上がって声を発した。
「ヒュウガ、」
「なぁに?アヤたん」
「今すぐあれらを捨ててこい」
あろうことか、彼は室内のダンボール箱を指差してそう言い放つ。
「了解!」
少佐もそれに敬礼付きの返事を返したりしているし。
『え、な、何してるんですか!?』
「アヤたんに言われた通り捨ててくるんだけど?」
慌てて私が尋ねると、当然だと言わんばかりの反応をされてしまった。
『何で…捨てるって……』
山積みのチョコにムカついた私が捨てようとする、という展開なら分からなくもないけれど、貰った本人が捨てるなんて……。
私はこの理解に苦しむ状況に戸惑うしかなかった。
「だって、要らないし。邪魔だし」
ヒュウガ少佐はそう言って、コナツー手伝ってー、と手招きしてコナツさんを呼び寄せる。
そして半ば呆然としている私を余所に、二人で全てのダンボールを持って執務室を出て言ってしまった。
彼等の姿を見送ると、アヤナミ様が私の所へやって来て、チョコの入った紙袋をひょいと奪い取られた。
『あ…っ』
すぐに取り返そうとしたが、アヤナミ様がそれを高く掲げると私には手が届かない。
――うぅ……この身長差が恨めしい…!
そんな事を思いながら彼と彼が持つ袋を見上げていたら、
「お前のチョコを受け取るか受け取らないかは私が決める事だ。勝手に要らないなどと決め付けるな」
ぺし、と軽く額を叩かれた。
その言葉と突然の行為に、私は驚いて目を丸くする。
――それは……受け取ってくれる、ということだろうか。
叩かれた所を両手で押さえながら、私はアヤナミ様を再び見上げた。
心に浮かんだ小さな期待のようなものを抱きながら、彼の次の言葉を待つ。
「……で、どれが私のだ?」
アヤナミ様が紙袋の中を覗いて言った。
『えと……白いリボンのやつ、です』
私がそう答えると、アヤナミ様は紙袋からラッピングされた小さな袋を取り出した。
チェック模様が印刷され、袋の口は白いリボンで結われているそれ。
その袋を掌の中に収めると、アヤナミ様は紙袋を私に返してすたすたと奥の席へ戻っていってしまった。
「ね、ルフィア、僕たちも貰っていい?」
アヤナミ様が遠ざかったのを見計らったのか、クロユリ君とハルセさん、カツラギ大佐が私の元へ寄って来た。
『も、もちろんです…!』
私は大きめに頷いて、ガサゴソとそれぞれのチョコを取り出す。
クロユリ君には、ピンクのリボンで結われた小袋。
ハルセさんには、水色のリボンの小袋。
カツラギ大佐には焦げ茶色のリボンの小袋。
どれも私の勝手なイメージカラーなのだが、皆さんは笑顔でそれらを受け取ってくれた。
「ちょ、皆もう貰ってんの!?ルゥたん、オレ達にもっ」
バタン、という扉の開く音と共に姿を見せたのは、先程部屋を出て行った二人。
帰って来て早々そんな事を言うヒュウガ少佐とコナツさんにも、それぞれのチョコを渡して。
私は少しドキドキしながら皆さんの反応を見守る。
ちゃんと味見はしたし、チョコを溶かして生クリームと混ぜて固めただけなのだから悲惨な事にはなっていないはずだけど。
それでも、やっぱり緊張してしまう。
「………………美味しいっ!」
クロユリ君が、目を輝かせながら最初にそう言った。
その後、他の皆さんも口々に美味しいと呟く。
あのアヤナミ様でさえ、美味いな、と言ってくださった。
……どうしてだろう。
それだけで、すごく温かい気持ちに包まれる。
『皆さん、ありがとうございます…!』
美味しい。たった一言なのに、その言葉がこんなに嬉しいなんて思ってもいなかった。
さっきまでの疲れも、不安も、気付いたら全部無くなっていて。
たまには誰かのためにお菓子を作ったりするのも悪くない、かな。
そんな事を思った、とある冬の日の出来事。
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