昔話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
昔々。
遥か昔。
七人の神々がこの地上へ遣わされるよりずっと昔。
神の最高傑作と謳われる死神が創られるより少し昔。
天の国に、一人の天使様がいらっしゃいました。
*
天使様は、それはそれは美しい方でした。
絹のような艶のある長い黒髪も、透き通るような白い肌も、整った容貌も、大きな純白の翼も、その全てに完璧な美しさが与えられていたのです。
天の国はたくさんの美しいもので満ち溢れていましたが、それらと比べても少しも劣らないほどでした。
また、ある時天使様は運命を司る神に仕えることを許され、元来の守護の力に加えてその役目を果たすための力も授かることとなりました。
見目麗しい姿貌と大天使にも比肩する力を併せ持つようになった天使様はまさに才色兼備といった様子で、天の国に住む誰もが天使様に憧れ、天界の長もまた彼女を寵愛しておりました。
地上においても、か弱い仔羊達を災厄から護る守護天使であった天使様は人々から尊ばれていました。
天上でも下界でも、天使様は崇められ、敬われ、慕われていたのです。
しかし、天使様は孤独でした。
『皆、私を崇めてくださいます。それはとても素晴らしいことなのに、嗚呼、どうしてなのでしょう、私はとても寂しいのです』
ある時、天使様は悲しそうなお顔でそう仰りました。
『他の者達は仲間に囲まれ幸せそうにしているというのに、私の隣には誰もいないのです』
崇められるということは、崇める側の者が崇められる側の者とは一線を引いて接するということであり、何時だって両者の間には少なからず隔たりがあったのです。
『地上に住む人間達には、友というものがあるのだと聞きました。彼等は互いに助け合い、また親しく付き合ったり、共に何かをしたりするのだそうです。私にも、そのような存在があれば良いのですが……』
そして、ふと足元を見ると、天使様自身の影が目に入りました。
その時、天使様の頭にある考えが浮かんだのです。
天使様はそっと地面に膝をつき、影に語りかけて言いました。
『そういえば、貴方はいつも私のすぐ足元に居るのですね。貴方が私の友となってくれたのなら、どんなに良いことでしょう』
天使様はその影に、自分の力のほんの一部を移してやりました。
一部と言っても、天使様の持つ力はとても強大なものだったので、その力を移された影は言葉を解し、思考し、発言するようになったのです。
「ワタクシは貴女様の映し身、鏡像であり、貴女様はワタクシの主でございます。貴女様が望むのならば、ワタクシは喜んで貴女様の友となりましょう」
影はそう言いました。
天使様は大変お喜びになりました。
天使様にとっては、それが初めての“友"だったからです。
その出来事があった後、天使様は頻繁に影に語りかけるようになりました。
影もまた天使様の言葉に返事をし、時には影の方からも天使様に言葉を掛けました。
影は天使様を“姫"と呼んで慕い、天使様も影を愛でました。
彼女達は仲睦まじく語り合い、いつしか本物の友のような間柄になっていったのです。
孤独ではなくなった天使様は、今までよりも更に美しい光を身に纏うようになりました。
それと同じように影もまたその力を増していき、それは“闇"と呼ばれるようになりました。
光が大きくなればなるほど闇も力を増し、闇が深くなればなるほど光はより一層輝かしさを増したのです。
しかし、強くなりすぎてしまった彼女に天界の長は危機感を抱くようになりました。
そのまま天使様の持つ“光"と“闇"が力を増していけば、いずれ自らの持つ力をも上回ってしまうだろうと思ったからです。
そして、その二つの力を自在に操ることが出来る天使様の存在をどうにかしなければならないと天界の長は考えました。
*
そこで、天界の長は天使様を処分することにしました。
しかし、多くの者は天使様を慕っていたので、それを実行することを渋りました。
実行しようとした者も、その目的を達成することは出来ませんでした。
何故なら、主であり友である天使様を護ろうとする強大な闇に阻まれたからです。
「あの闇をどうにかしなければならないな…」
天界の長は考えました。
考えて考えて、考えました。
そして、彼は創ったのです。
闇を天使様から切り離し、天使様に“死"を与えるための存在を。
ある時、天界の長は天使様を天の国の隅にある花畑へ呼び出しました。
『何か御用でしょうか?』
不思議そうに、天使様が尋ねました。
「其方は力を付けすぎた。もはや其方の存在は脅威以外の何者でもないのだ」
天界の長は言いました。
『何故そのようなことを仰せになるのですか?私には、何もする気はございません。もし長様が私の叛逆を疑っているのでしたら、それは全く見当違いなことでございます』
「其方の話を聞くつもりなど最初から無い」
『長様…!』
「行け、死神よ」
天界の長は天使様の言葉を撥ね付けると、そう言いました。
すると彼の後ろから、黒いローブを纏い巨大な鎌を携えた、骸骨の容姿をした死神が現れました。
それこそが、天界の長が持てる全ての力を注いで創り上げた死神、フェアローレンだったのです。
天界の長はその死神に感情を与えなかったので、死神は躊躇うこともなく天使様に襲い掛かろうとしました。
「そうはさせない。姫に指一本触れさせるものか」
闇は、天使様を護るために死神の前に立ちはだかりました。
しかし死神が全てを断ち斬る鎌を振るうと、闇はたちまち切り裂かれてしまいました。
それは死神に吸収され、力を奪われ、跡形も無く消えてしまいました。
『ああ、どうしてこのようなことをするのですか』
闇を失った天使様は言いました。
『私の唯一無二の友を返してください』
しかし、天界の長がその言葉に応じることは無く、見下したような不敵な笑みを浮かべるばかりでした。
それを見て、天使様は苦々しげに言いました。
『そう……そうですか。ならば私にも考えがあります。貴方達は私の大切な友を奪ったのです。未来永劫、私は貴方達を赦しはしません』
天使様は、目の前に立つ二人を睨め付けました。
『私の今味わっている苦しみや悲しみを貴方達にも与えて差し上げましょう。私は貴方達を呪います。そうですね……こういった内容は如何でしょうか。
――貴方達はいずれ、大切なモノを失うわ』
しかし、天界の長は傲岸不遜といった態度で言い返しました。
「其方ごときの呪いなど、この私には無意味」
そして死神に命じました。
「死神よ、あの天使に裁きを。咎を背負いし者には、その対価として死を与えるのだ」
そうして天使様は殺され、その魂は遥かな地上へと堕とされたのです。
天使様について話すことは禁忌とされ、その存在は地上でも天の国でも次第に忘れ去られていきました。
神に嫌われたその魂は、天へ迎えられることも無く、人の子のような幸福を与えられることも無く、永遠という孤独な時間に閉じ込められたまま今でもこの世界で転生を繰り返しているのだそうです。
その胸に、いつまでも消えることの無い悲しみを抱えながら――…
.