第三十話 帰還
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というわけで。
帰って来ました、ホーブルグ要塞。
帰りは上空のジェット気流に乗ることができたし、最短距離で飛んできたので、行きよりも早く着くことができた。
確か、要塞を出発したのは一週間ほど前だっただろうか。
あっという間の一週間だったのと共に、色々と濃い一週間だったような気もする。
ちなみに、あの晩の事件――少なくとも私にとっては事件だった――の後、アヤナミ様との間には何も無い。
私は緊張やら何やらで挙動不審なくらいびくびくしていたというのに、アヤナミ様はというと何事も無かったかのように平然としていて…。
こちらとしては拍子抜けというか、変に意識していたのが逆に馬鹿らしく思えてきてしまった。
そんなわけで、彼につられて私も徐々に普段と変わらない状態になっていき、要塞に着く頃には完全に緊張も解けて見事に元通りである。
現在、アヤナミ様は上層部に報告に行くとのことで席を外していて、この執務室には居ない。
私も当然それに着いて行こうとしたのだが、
「来なくていい」
とバッサリ切り捨てられてしまって、今はこの部屋のふかふかのソファーに沈み込んで放心状態になっているところだ。
『私……アヤナミ様のベグライターなのに……来なくていいって…………まさか、やっぱり私なんてもういらないっていう…………そういうこと……なんですか……?』
虚空を見つめながらそんなことを呟く私。
他の方々にはしばらくスルーされていたけれど、とうとう見兼ねたのか、ヒュウガ少佐がこちらへ歩いてきた。
「ほらルゥたん、そろそろアヤたん帰ってくるかもよ?」
その言葉を聞いて、私はほぼ反射的にガバッと起き上がる。
すると、ちょうどそのすぐ後に執務室のドアが開いた。
そしてアヤナミ様が姿を現す。
――少佐はエスパーか何かなんですか…?!
しかしどうやらアヤナミ様は一人ではないらしく、彼に続いて幾人かの人達も一緒に執務室へ入って来た。
ひとまず私達は背筋を伸ばして彼等を出迎える。
「パ……パパー!!」
そのうちの一人の姿を見て、何故かシュリが涙を流しながら駆け寄って抱き付いた。
ああ、確かあの人は…………元帥さんだ。オーク元帥、で合っていただろうか。
そういえばシュリは元帥の息子なんだっけ。
士官学校に居た頃から言われていたことだが、なんとも見事な七光りだ。
そして、
「僕頑張ったよ!!」
「おお…シュリ!!こんなに顔に傷を作って…!!」
飛び付いたシュリに手を差し伸べて宥める元帥さんには、普段遠くから見る時のような威厳はほとんど見当たらない。
……これが噂に聞く親バカか。
「おや……アヤナミ君」
彼等はしばらく親子で戯れていたが、何かに気付いたのかオーク元帥はそれを中断してアヤナミ様に声を掛けた。
「シュリを君のベグライターにと思っていたのだが――」
だが、という逆接が付いたということは、シュリをアヤナミ様のベグライターにはしないということだろうか。
まあ、それも当然のことだろう。私というものがありながら……!
元帥さんもようやく分かってくれたのだ。
「――すでに二人もいたとは気づかなかった。残念だよ」
そうそう、二人も…………――えっ?
見ると、アヤナミ様の後ろに背筋を伸ばして立つユキ君とスズ君の姿が。
……何してるのあの二人。
何でドヤ顔でアヤナミ様の後ろに控えてるの。
というか私は?ねえ元帥さん、私は…?
「お申し出は大変有難いのですが…」
「パパ!!紹介します!!コナツお兄様です!!ボクを守ってくれた立派な――」
元帥さんの発言にまたも精神的ショックを受けた私は、悶々とした気持ちを膨らませたまま、目の前で繰り広げられる会話を聞き流すことしかできなかった。
その後、色々あったらしくご乱心していたコナツさんがようやく平静を取り戻した頃。
もう日も沈んで窓の外は暗くなっていたけれど、ブラックホークの面々は留守中に溜まった書類を片付けるべく平常通りの事務作業を行っていた。
現在執務室に居るのは私とヒュウガ少佐とコナツさん。そしてシュリ、ユキ君、スズ君の目新しいメンバー達だ。
しばらくの間コナツさんは新入りの3人に仕事内容を教えていたが、その指導が終わると彼はこちらへ歩いて来た。
それは何故かというと……
「ルフィアさん!しっかりしてください!!」
私が机に突っ伏したままだったからである。
最初は軽く背を叩かれるくらいだったが、私がぴくりとも反応しないのを見ると徐々に彼の手に篭る力が強まってきた。
「貴女まで少佐サイドに堕ちてしまったら私はどうしたらいいんですか!!」
――少佐サイドって何だ。少佐サイドって。
「ほら!起きてください!ルフィアさん!!」
何やら随分必死に私の肩を揺らすコナツさん。
そんなにガクガク揺さぶられると、さすがに首とかが痛いんですが…。
私が少佐サイドとやらに行ってしまうことがそんなに心配なのだろうか。
『……大丈夫ですよ、コナツさん…………シュリ君や…ユキ君やスズ君が来てくれたじゃないですか……私が居なくなったって何の問題も無いじゃないですか…………』
「そんなことないですよ!!私達にはルフィアさんの力が必要なんです!!」
その言葉を聞いて、ああ、コナツさんは優しいなぁ……なんて思う。
しかし、未だ私は脱力しきって机に頭を預けたままだ。
「……それに、事務処理を頑張ったらアヤナミ様が褒めてくださるかも知れませんよ?」
今までの荒ららげられた声からは一転して耳打ちするように囁かれた台詞に、私は伏せていた顔を上げた。
『…………本当ですか、コナツさん』
「ええ、きっと」
『そしたら私もちゃんとベグライターのままでいられますか』
「もちろん」
力強くそう言ったコナツさん。
暫しの沈黙の後、私はそんな彼の手をがっしりと掴んだ。
『私、頑張ります…!!』
コナツさんの目をじっと見据えて言う。
彼もそれにしっかりと頷いてくれた。
それから、私はすぐに書類仕事に勤しみだした。
此処から離れ、今度は少佐の方へ向かったコナツさんが何故か噴き出していたけど気にしない。
コナツさんが何か叫んでるけど気にしない。
何かすごい音がしたけど気にしない。
執務室がカオスになっていくけど気にしない。
外界の全てをシャットアウトするような勢いで、私はただひたすらに黙々と書類を片付けていった。
* * *
『お疲れ様でしたー!お先に失礼しまーす』
そう部屋の中の皆さんに声を掛けて、私は執務室を出た。
定時は少し過ぎてしまったけれど、今日の分の仕事はほぼ全て処理し終わっていた。
自分に割り当てられた分はもちろんのこと、少佐が溜め込みそうだったものもコナツさんと分担して終わらせた。
双子ちゃんがダメにした書類もコナツさんと分担して終わらせた。
シュリが飽きて放り出した書類もコナツさんと分担して終わらせた。
我ながら、結構頑張ったと思う。
アヤナミ様は途中からずっと何処かへ出掛けたまま帰ってこなかったので、褒めてもらうという目的は達成できなかったけれど。
しかし、大佐がご褒美にと美味しいわらび餅を多めに取り分けてくれたので私のお腹はとても満足だ。
貴方は神様です、大佐。
執務室を出て向かうのは、自室とは逆の方向。
今日は部屋へ戻る前に少し寄りたい所があったのだ。
エレベーターで階を下り、暫く歩いてやって来たのは軍の射撃訓練場。
足を踏み入れようとすると、早くも中から声が掛かった。
「お、元元帥様の所の嬢ちゃんじゃねえか!久しぶりだな!」
『お久しぶりです…!』
ここには昔、おじいちゃんに鍛えられていた時によくお世話になっていたのだ。
士官学校に入ってからは来る機会もめっきり減ってしまい、今日はかなり久々の来訪なのだが、ここのおじさんはどうやら私を覚えていてくれたらしい。
「今日はトレーニングルームの方は空いてねえんだが、そっちの射的でもいいかい?」
『はい、大丈夫ですよー』
「すまねえな、先約が入っちまってて……嬢ちゃんが来るって聞いてれば空けといたんだがなあ」
今日は使えないというトレーニングルームでは、宙に浮く球状の的がホログラムによってあらゆる場所に映し出され、それを撃ち抜いていく訓練をする。
過去に何度かやったことがあるが、これがなかなかに楽しいのだ。
ただ遠くに的が並んでいるだけのものよりはよっぽど実戦的な訓練が出来るわけだが、空いていないのならば仕方ない。潔く諦めよう。
必要なものを持って訓練場の射撃スペースへ移動し、準備を始める。
「まだそいつを使ってたのか?」
我が愛銃を取り出すと、おじさんは興味深そうにそれに視線を遣った。
「最近はザイフォン式ばっかりになったからな…。嬢ちゃんは変えないのかい?」
『ええ、まあ。壊れて使えなくなるまではこれを使おうかなと思ってます…』
彼が言った通り、帝国陸軍の制式銃も含め最近はザイフォン式のものが主流になっていて、実弾式はもうほとんど見かけなくなってしまった。
大量生産されるようになって安価になったし、いちいち弾を装填する必要が無いからいくらでも連射できるし、弾薬も持ち歩かなくて済むし、それを買うお金も掛からないし、ザイフォンを込める量によって威力も調整できるし、手入れも比較的簡単だから当然の結果ではあるのだろうけど。
実弾式のメリットなんて、ザイフォンが出せない状態でも使えることとザイフォン式より弾速が早いことくらいしか無さそうだ。
だけど、現在使っているこの拳銃には愛着のようなものがあるのだ。
これは随分前におじいちゃんから貰ったものだ。
別におじいちゃんのことが好きなわけではないし、おじいちゃんからのプレゼントだから大事にしているわけではない。
ただ、長い間使い続けていたらこれを持っているのが当然のようになってしまったという、それだけのことである。
準備を終えて、銃を構えた。
遠くの的の、人型の的に描かれた円の中心を狙う。
照門と照星で狙いを定めて、この銃の癖も考慮してほんの少し向きを修正。
そして、撃った。
発砲音がして、手にその反動を感じるのと同時に的に小さな穴が開く。
それを視認しつつ、撃った反動で浮き上がった銃口を元の位置に戻して、たった今開いた穴の場所も考慮して狙いを定め直し、再び引き金を引く。
それをほとんど間を開けずに、連射しているようにして繰り返す。
『あー……やっぱり鈍ってるなー』
十数発撃って弾が切れると空になった弾倉を捨て、そんなことを呟きつつも手早く新しい弾を装填して射撃を再開する。
そんな調子で撃ち続け、ひとしきり撃ち終わると私は銃を下ろした。
『全然ダメだ……やっぱりちゃんと練習しないとなー……』
的となる人型の板には黒い点を中心にして三重の同心円が描かれている。
全て一番小さい円の中に命中させるつもりで撃ったのだが、三つほどそこからはみ出してしまっていた。
ハァ、と肩を落として溜息を吐く。
すると、パチパチパチと随分場違いな拍手の音が聞こえてきた。
音のする方を見ると、
「すごいねールゥたん」
壁に背を預けてそう言うのは、お馴染みの四角いサングラス。
『ヒュウガ少佐!?どうしてこんな所に……』
「今日は仕事が早く終わって暇だからねー」
『それはコナツさんが終わらせたからじゃないですか』
「あは☆」
まったく……。
仕事中も神出鬼没というか、気付いたらいなくなっていることはよくあるけれど、こうして突然現れられるのも色々と怖い。
おそらく気配を消していたのだろうし、気付けなかった私も悪いのだが。
「でもすごいね~。あんな遠くて小さい的に当てるなんて」
『そうでもないですよ…。そこまで小さい的ではないですし、なのに真ん中からだいぶ外れてるのも多いですし…』
「オレも昔学校で射撃の訓練とかちょこっとやらされたけどさ、全然ダメだったんだよねー」
『少佐が射撃って……なんだか想像がつかないですね』
「でしょ?」
自分の話なのに面白そうにケラケラ笑う少佐に、私は少々困った笑みを返すしか無い。
「オレはやっぱりこっちの方がしっくり来たんだよね」
『刀はすごく強いですもんね』
「まあね~♪」
今度は自慢げな様子で腰に差した刀を示した彼に、私はまたあはは、と笑う。
そして、もう少し撃っていこうと空になった弾倉を取り出して新しいものをセットした。
「まだやるの?」
『今日はこれで終わりのつもりです』
今回はギャラリーが居るということで、ちょっと格好をつけて指先に銃を引っ掛け、クルクルッと回してから構えてみる。
そして素早く狙いを定め、また立て続けに的を撃った。
全ての弾を撃ち終わると、穴だらけになったそれらの様子を見る。
今度は全弾が狙った範囲に収まっているようだった。
『よし…!』
空いている左手で小さくガッツポーズする。
まあ、以前からこのくらいのことは余裕でやっていたのだから喜んでも若干虚しいだけなのだが。
「おお~……」
しかし、ただ一人のギャラリーである少佐からは感嘆の声が漏れた。
先程も言った通り大したことでは無いのだが、そういった反応をしてもらえることに関しては悪い気はしない。
むしろ何処となく得意気な気持ちになって、思わず笑みが零れた。
射撃が終わると手際良くその場の後片付けをして、
『ありがとうございましたー』
そう声を掛けて私達は訓練場を出た。
*
「もう部屋に帰るの?」
横を歩いている少佐が私に訊く。
『そうですねー、もう用事は無いですし』
「じゃあ部屋まで送ってくよ」
『いえいえ!大丈夫ですよ』
「え、そう?」
私の返答に何故か少佐は目を丸くした。
何かそんな反応をされるようなことをしただろうか…?
うーん、と頭を捻っていると、心当たりと言えそうなものが一つ思い浮かんだ。
『だ、大丈夫です!もう迷子になったりしませんから!』
「いや、迷子にはならないかもしれないけど、この前拉致られてたじゃん」
――ああ、そっちでしたか。
そういえばそんなこともあったな、という感覚しか無いのだが、よくよく考えてみるとそれは結構最近の出来事だった気もする。
『あー……ええ、まあ、確かにそんなこともありましたけど……』
「じゃあ決まりだね!」
『…………わかりました』
彼の様子を見るに、あれこれ理由をでっち上げて辞退しようとしても引き下がりそうにはなかったので、私はその申し出を受けることにした。
あの時の首謀者はもう殺ったわけだし、それほど心配することも無いとは思うのだが、他の人からするともう少し深刻な問題なのだろうか。
まあ、色々迷惑を掛けてしまったことは事実であうし、私としても同じ失態を繰り返したいとは思っていない。
これからは自分でもちゃんと気を付けるようにしよう。
二人で並んで廊下を歩く。
大した会話も無いまま廊下の角を曲がり、エレベーターで階を上がり、人通りの少ない通路を歩き、そして何事も無く自室まで到着した。
まあ、それが普通というか、そう頻発に事件が起こったりしても困るのだけど。
「何も無かったね」
『そうですね』
少佐が呟き、それに私も短く返す。
「ここで何か悪い奴が来てさ、オレが颯爽とルゥたんのピンチを救っちゃったりしたらさ、オレ超カッコ良くない?」
『……まあ、それなりにカッコ良いですね』
「そういうの狙ってたんだけどな~。人生そう上手くは行かないね」
『何を狙ってるんですか…』
本当に残念そうな仕草をする彼に、ふふ、と笑いが零れた。
『第一、悪い人が来ても私が自分で倒せますって』
「えー?この前は倒せてなかったみたいじゃん」
『あ、あれはちょっと油断してたというか、その……たまたまですよたまたま!私が本気を出せば不審者の一人や二人、楽勝です!!』
「はいはい、そうだね~」
そう言って、少佐は私の頭をぽんぽんと撫でる。
『……なんか、馬鹿にしてないですか』
「そんなことないよー?」
……ニヤニヤという効果音が付きそうな顔をしながら言われても、残念ながら説得力は微塵も感じられない。
実際、彼に比べれば私はまだ弱いのだろう。
ブラックホークの中でも、実力は下から数えた方が早いくらいだと自分でも分かっている。
それでも一般人やその辺の雑兵に比べれば十二分に強いつもりだ。そんな自信はそれなりにある。
そして、もっと腕を磨く必要があることはちょうど感じ始めていたところだ。先程久々に拳銃の射撃訓練をしてきたのも、その手始めにという意味合いが大きかった。
……いつか、こうしてまるで子供扱いするかのように頭を撫でてくる少佐をギャフンと言わせるようなことが出来るだろうか。
「じゃあね、ルゥたん。オヤスミー!」
『おやすみなさい』
そう挨拶して、ヒラヒラと手を振る少佐と別れた私は自室に足を踏み入れた。
照明を点け、ふかふかのベットに腰掛ける。
何だかそれは随分久しぶりのことのように感じた。
実際アントヴォルトへの遠征で一週間くらい空けていたわけだし、その直前に来た時もゆっくりする間は無かったから、こうして部屋でのんびりできるのは実質的には二週間ぶりくらいだろうか。
そう考えると何だかどっと疲れが出てきた気がする。
――今日は早く寝よう…。
そう思い、私はベッドから立ち上がるとシャワーを浴びるべく脱衣所へ向かった。
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