第二十八話 アントヴォルト強襲
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
寝不足気味ですぐに落ちてこようとする瞼をなんとか押し上げて、何度も出てこようとする欠伸を噛み殺しながらリビドザイルの廊下を歩く。
念のため言っておくが、今回寝不足なのはゲームで徹夜したとかそういう理由ではない。断じて。
ただ寝付けなかっただけなんだ、と誰に向けたものかもよく分からない言い訳を呟きながら歩く私は、他の人達から見たら完全に怪しい人だったに違いない。
そんな、注意力散漫な状態で歩いていたのが悪かったのかも知れない。
『っ…!』
次の瞬間、前方から来ていたらしい人に正面からぶつかってしまった。
倒れたりはしなかったけれど、反動で少し後ろによろける。
とは言え、ぼーっとしていた私に非があるのは明らかなのですぐに謝ろうと顔を上げた。
『す、すみませ……』
そして、フリーズした。
目の前に居たのは軍服に身を包んだ金髪碧眼の少年で、彼もまた私を見て固まっていた。
しかし彼はすぐに我に返って、
「お前…っ、ルフィアじゃないか!」
驚いたようにそう言った。
どうやら向こうは私のことを知っているらしい。
まぁ、斯く言う私も彼とは会ったことがあるような気がしているのだが。
とりあえず、上手く回らない頭をフル回転させて考えてみる。
えっと……確か、士官学校に居たやつだ。このキツネっぽい顔、見覚えがある。
名前は、そうーー
ーーシュークリーム。
“奇跡的に三文字合ってるが全く違う”
私が彼の名前に思い当たったところで、間髪入れずにルークのツッコミが入った。
“シュリだシュリ”
呆れたような声音でルークが言う。
言われてみれば、確かにそんな名前だったような気がするような。
『ああ、シュリか』
うん、そうだったそうだった、と一人で納得して、彼の言った名前を反復した。
「な、なんでルフィアがここに居るんだよ」
こちらを見て怪訝そうな顔をしながら言うシュリに、いやお前こそ何でここに居るんだよ、と思い切り突っ込みそうになった。
しかし、何とかその言葉を飲み込む。
『えっと……シュリこそ、何でここに…?』
正直に言うと彼と話すのはあまり気が進まないのだが、面倒なことにならないようそれなりに丁寧な感じで彼に言った。
「それより、アヤナミ参謀って何処に居るんだ?」
無視か。私の質問は無視なのか。
まぁ、質問に質問で返したのは私が先だけど、それにまた質問で返してくるのはどうかと思う。
若干イラッとしたが、それよりも彼の発言が気に掛かった。
ーー何でアヤナミ様…?
シュリの口から出てくるとは予想もしていなかった名前が出てきたことに少し驚いた。
何か用でもあるのだろうか。
『アヤナミ様なら、こっちに…』
疑問はあるが、私もアヤナミ様の所へ行くつもりだったので、とりあえずそう声を掛けて再び歩き出す。
シュリも私の後ろに着いて歩き出した。
特に話す事も無いので、その後は二人とも無言のまま廊下を歩く。
何か物珍しいものでもあるのか、その道中彼は終始キョロキョロと周囲を見回していて、私はそんな彼を不思議なものを見る目で眺めていた。
それほど長い道のりでもないので、すぐにアヤナミ様達が集まっている部屋に到着した。
おはようございます、といつも通りの挨拶を交わしてから室内に入る。
返ってくる声がいつもより一つ少なくて、少しだけ胸の辺りが痛くなったけれど。
そして、そんな中。
「へえー。パパの船よりちっちゃいけど、なかなか良い船だなっ」
後ろから着いて来ていたシュリが、よりにもよってこんな場所でそんなことを言いやがった。
……シュリ君自重してくださいお願いします。
アヤナミ様のご機嫌を損ねたらどうしてくれるんだ…!
周りの軍人さん達も顔面蒼白になってるじゃないか!
やめろ、頼むからやめてくれ、という視線をあらゆる方向から向けられているにもかかわらず、一向にそのことに気付く様子の無いシュリは何やらキラキラしたオーラを纏いながら「気に入ったよ」なんて呟いている。
「アヤナミ様の前でタメグチ…!!まさに希少価値の天然記念物です少佐!!」
「すでに絶滅の危機に瀕しているよコナツ!!」
コナツさんとヒュウガ少佐も、彼の言動に驚愕の表情を浮かべていた。
あっという間に皆の注目の的となったシュリは、急にアヤナミ様に向き直り、ピシッと敬礼をすると、
「本日付けでアヤナミ様のベグライターになります、シュリ=オークと申します!!」
またしても衝撃的な発言をしてくれた。
「君、いつからベグライターに?」
「だってパパがアヤナミ様のベグライターになりなさいって言ったんだもん!」
「…………どうしようコナツ!!“もん”だって…!!」
「さすが噂の、名門オーク一族きってのバカ息子…」
「コナツー、アレ殺してもいい?」
「多分だめですよクロユリ中佐」
皆さんの間では、そんなやり取りが交わされる。
が、今の私にはそれどころではなかった。
『…………ありえない……ありえない……ありえない……ありえない…』
「?どうしたのルフィア?」
『………………わ、私のポジションが……』
「ちょ、ルゥたん大丈夫?!顔真っ青だよ?!」
頭を抱えてうずくまってしまった私に、中佐達が声を掛けてくれる。
いや、だって、そんな、シュリがアヤナミ様のベグライターだなんて……。
そしたら私は……。
ーー私はお払い箱ってこと…?
「大丈夫、僕が殺してあげるよ!」
「ですから、さすがにそれはだめですよ中佐。せめて半殺しで止めておいてください」
笑顔で物騒なことを言う中佐達がその後も励まして(?)くれたおかげで、私はかろうじて立ち直ることができたのだった。
「誰だ……ゴミを乗せたヤツは」
こちらの話が一段落着いた頃、今まで黙って見ていたアヤナミ様がついに口を開いた。
しかも毒舌だ。
「ゴミ!?どこにゴミが!?……とりあえず、誰だ!!ゴミなんて乗せたヤツは!!」
それに便乗して、シュリが“ゴミ”を探して辺りを見回す。
うん……察しようよ、シュリ。そんなんだからKYって言われちゃうんだよ。
心なしか、シュリに向けられた視線に憐憫の情が混じってきている。
一方、アヤナミ様の問いに手を挙げたのは、ブラックホークのトラブルメーカー・ヒュウガ少佐だった。
「アントヴォルト到着時刻は?」
「後5分です…………しょうがないじゃん!!オーク元帥直々の命令なんだよ!!断ったらオレがクビになっちゃうよー!!」
アヤナミ様に踏みつけられながらもそう答えた少佐の目には若干涙が浮かんでいる。
が、助けようとする者は皆無だ。
「ねえねえ、“あんとぼると”ってなーに?」
…………シュリ君、君はそろそろ黙った方がいいと思う。少佐並みかそれ以上の学習能力の無さだ。
いや、自覚が無いのか?
何と言うか……だんだん、彼が相手なら負けないような気がしてきた。
名門のコネは手強そうだが、アヤナミ様のベグライターというポジションをこんなバカに奪われてたまるか…!
ぎゅ、と拳を握り締めた私とは裏腹に、隣のコナツさんからはとうとう殺気が滲み出てきてしまっていた。
「……アントヴォルトは、旧ラグス王国最後の同盟国。氷と雪に覆われた最強の要塞国家だ」
けれど、しっかり答えてあげるあたり、コナツさんは大人だ。
外の様子に目を遣ると、件の国はもうすぐそこだった。
……果たして、アヤナミ様はその要塞国家をどう攻略するのか。
ーーこれは見物かも、ね。
*
ヴィ…ン、と音がして、床のモニターにはアントヴォルト周辺の地図が映し出された。
その上に、アヤナミ様がふわりと降り立つ。
まずは本土全体を覆う対戦艦シールドをどうするかだ。
世界屈指の技術力で作り上げられた最強を誇るあの障壁を取り除かない限りは、私達のような侵略者は手も足も出ないわけで、そのせいで圧倒的な戦力を持つバルスブルグ帝国がこの小国を攻めあぐねていたのだから。
しかし、アヤナミ様はそんな事は全く意に介していないように悠然と黒法術を発動させた。
彼の手から離れた闇は、とぷんとモニターに沈んで溶ける。
そして、それに同調するようにアントヴォルト上空に巨大な闇徒の塊が出現した。
その桁違いとも言えるエネルギー差に、アントヴォルト側のシールドは呆気なく崩れ去っていく。
「今日も絶好調だね、アヤたん」
『す…すごい……』
流石、フェアローレンの魂を持っているだけのことはある。
今のが全力だとは限らないが、それでも十分すぎる力量だ。これだけの力を操れる黒法術師はそうは居ないだろう。
無論、私などとは比べものにもならない。
ーーまぁ、それでもネレには遠く及ばないのだが。
「貴様、シュリとか言ったな」
「ふ…ふえ?」
彼の黒法術に驚いたのか腰を抜かしていたシュリに、アヤナミ様が視線を向ける。
「私のベグライターに相応しく、最前線で働いてもらおうか」
その言葉と共に、ヒュウガ少佐が開かれた窓からシュリをぶら下げた。
「うーん、位置良好!」
「なっ…何するんだお前…っ!!」
何故か楽しそうな少佐とは裏腹に、彼の腕一本だけでかろうじて落下を免れているシュリはジタバタと暴れている。
あんなに暴れたら逆に危ないような気もするが、既に着陸態勢に入っているとは言えまだかなりの高度があるこの場所からぶら下げられたら誰だって怖いだろうから、あのようにパニックになってもおかしくはないのだろう。
私もあれは是非とも遠慮したい。
そして、
「頑張って来るんだよーvV」
少佐がぱっと手を離すと、シュリは悲鳴を上げながら落ちていった。
そのフォローをするためなのか、コナツさんもすぐに彼の後を追って飛び降りる。
『……えと、これは……私も飛び降りる感じですか…?』
是非とも遠慮したい。遠慮したいが、話の流れ的には私もアヤナミ様のベグライターに相応しく勇敢に紐無しバンジーをしなくてはならないんだろうな…。
思い切って行くしかないか、と覚悟を決めようとしていた時。
「いや、お前はいい」
アヤナミ様から予想外のことを言われた。
「まだ病み上がりだろう?艦内で大人しく待っていろ」
『で、でも…!』
言いたいことはたくさんあったのに、彼は私のことスルーしてスタスタと歩いて行ってしまう。
行けと言われるのも少々アレではあるが、行くなと言われるのも何故だか悲しかった。
それでもなお追い縋ろうとしたが、リビドザイルが着陸した衝撃で大きく機体が揺れ、そのせいで足が止まる。
一方の皆さんは素早く防寒用の外套に身を包むと、先鋒の軍人達に続いてリビドザイルを出て行ってしまった。
ぽつんと一人残された私の耳に、外からの戦闘音が聞こえ始める。
『……私だって…』
無意識に、そんな言葉が口から零れた。
*
しばらくその場で立ち止まっていた。
ゆっくり目を閉じて、一つ、深呼吸。
目を開けた時、私は弾かれたように駆け出した。
隅の方に積まれていた予備と思われる外套を適当に一つ掴んで袖を通す。
そしてその近くに置いてあったサーベルのうちの一本を手に持って、リビドザイルを飛び出した。
出入口には昇降がしやすいように仮設のスロープが架けられていたが、今はそれを降りるのももどかしくて、横の部分から地面に飛び降りた。
ぼすんと柔らかい雪の降り積もった中に着地して、すぐに目に入った敵の一団に突っ込む。
彼等はザイフォン式の自動小銃を持っていて、勿論私に向けて発砲してくるが、この程度の弾幕を避けるのは容易かった。
何よりザイフォン式は、連射をすると力量の無い者ほど一発一発に込めるエネルギーにばらつきが生じ、弾の威力が下がるのが欠点だ。
今飛んで来ている弾なら、多少掠っても問題無いだろう。この辺りは実弾を使ったものとの大きな違いだな…。
走りながらサーベルを抜き、敵の一人に急接近して思い切り刀を横に引いた。
ーーああ……こんな斬り方してたらすぐに刃がダメになっちゃう。
そしたらおじいちゃんにも怒られるかも、なんてことも一瞬思ったけれど、そんな思考はすぐに頭から追い出して他の敵と向き合う。
今の襲撃で動揺したのか、敵の陣形は少し乱れていた。
その中の一人に狙いを定め、そいつの懐に入りサーベルで的確に急所を貫く。
ぐい、とそれを引き抜くと、支えを失った躯は雪の上に崩れ落ちた。
純白だった地面に、そいつの真っ赤な動脈血がじわりと滲む。
こちらに向けられた殺気と近付く足音に目を向けると、今度は近接戦を主としているのか、大きな手甲鉤を付けた敵兵が襲い掛かってきていた。
振り下ろされたそれをサーベルで防ぐ。
キィンと鳴り響く金属同士がぶつかる音。
力任せに押し付けられるそれを一旦弾き、ガードの薄くなった部分を間髪入れず斬りつける。
怯んだ敵に今度こそトドメを刺して、振り向きざまに背後から攻撃を仕掛けようとしていた奴も仕留めた。
あまり実戦経験が無いのか、どいつもこいつも手応えの無いやつばかり。
これでは数が多くても足止めにすらならない。
まぁ、今までシールドの中の安全な場所に居た兵士なのだから当然と言えば当然だろう。
こちらに挑んでくる敵をことごとく斬り捨てていけば、気付いた時には屍の山が出来ていた。
*
珍しく返り血に塗れた自分の手を見て、私は何をしたいんだろう、と少し首を傾げる。
けれど答えは分からなかったから、考えるのはやめて戦闘の音がする方へ走った。
後になって考えてみると、多分あの時私は何も考えたくなかったんだと思う。
色んなことを忘れたくて、だから普段はしないようなことをしていた。
衝動に身を任せて、血飛沫を浴びながら、人を斬って、斬って、斬って。
僅かに残った理性も、如何に的確に急所を突くかだけを考えていた。
効率良く、とか、汚れないように、とか、刀や自分が壊れないように、とか、そんなことはどうでもよくなっていた。
少しだけ、苦しかった。
気付いた時には、敵は皆死んでいた。
いつの間にか随分と遠くまで来ていたらしく、見渡しても木々とその根元に生える茂みしか見えない。
近くに転がる死体達は、少しずつ降り積もる雪によって徐々に見えなくなってきていた。
ーー確か、王宮の前にリビドザイルで着陸したはずだったけど…。
視線を巡らして探してみたが、それらしきものは見当たらない。
さて、どうしようか。
帰り道も分からない。
ーーそういえば、迷子になった時はその場から動かずにいればいいんだっけ。
そんなことを思い出して、じゃあそうしようと思った。
ーーでも、疲れたから、少し寝転がっていようか。
そう思ったから、ふかふかした雪の上に仰向けに倒れ込んだ。
はぁ、と吐いた息は白くなって空へ昇っていく。
ひらひらと雪が降ってきて、私の頬に落ちて、溶けて消えた。
じわじわと冷たさが指先から侵食してくる感覚がする。
ーー決まっていたのだ。最初から。
きっと、望むべきではなかった。
いずれ失うことになるのなら。
けれど、望まずにはいられなかった。
『あぁ…………だめだなぁ……』
皆さんは普通だった。
確かに、一人欠けてしまっただけ、と言えばそれまでだろう。
それに、死んでしまったわけでもない。
それでも、私はあんなにも苦しかったのに。
私なんかよりもよっぽど苦しいはずなのに、どうしていつも通りでいられるのか。
あれが軍人というものの強さだというのなら。
ーーそうだとしたら、私には向いていないのかも知れない。
それでも、きっと彼等も悲しんでいるのだろう。
それだけの時間を過ごしてきて、それだけのものを分かち合ってきたはずなのだから。
では……例えば、私がいなくなったとしたら。
その時も、彼等は悲しんでくれるのだろうか。
見上げると、曇り空から降ってくる無数の白い結晶。
白い吐息が風に揺れて、空気に溶けていく。
『…………寒いね……』
“……そうだろうな”
何気なく呟いた言葉に聞き慣れた声の返事がきて、ほんの少し嬉しくなった。
『…………真っ白だね』
“……そうだな”
見渡す限り白銀の世界。そこに自分以外の生きた人間は見当たらなくて。
『………………やっぱり、私は独りぼっちなのかな…?』
その問いに、ルークは答えてくれなかった。
* * *
ガサガサと葉が擦れる音がして、私は閉じていた目を開けた。
眩いほどに白い雪の次に視界に映されたのは、揺れ動く茂み。
敵でも来たのだろうか。
確かにその向こうには幾つかの気配を感じる。
仕方ないので、迎え撃つべく上体を起こそうとしたが、
『…………』
身体が動かない。
全くというわけではないのだが、酷く重かった。
何とか横向きになり、かじかむ手で支えながら起き上がったところで、茂みの向こうに居た気配が姿を現した。
「ーーーー!」
首回りや袖の部分にファーの付いた白い防寒着を着込んでいる。間違いなくアントヴォルトの兵だ。
こちらを見て何か言っているようだが、言語が違うらしく私には何と言っているのか分からない。
「~~~~!~~!」
その兵は、今来た方を振り向くと何かを叫んで手を振った。
援軍でも呼ぶのだろうか。
正直、今の状態では普通に戦うのは無理だ。
かと言って、殺されるわけにもいかない。
こんな場所で寝転がるようなことをしておいて言うのもアレだが、別に私は死にたいわけではない。
おいで、と掠れる声で小さく言うと、少しずつ闇徒がこの辺りに集まってくるのが分かった。
ガサガサ、と再び茂みが揺れる。
来たか、と右手を構えて戦闘態勢に入る。
……が、
「あ、居た!」
そこから出て来たのは、帝国軍の軍部を身に纏いサングラスを掛けた背の高い男…………つまり、ヒュウガ少佐だった。
私は若干混乱状態だ。
戦意が削がれたせいか、集まりかけていた闇徒達は散り散りになって消えてしまった。
彼は例のアントヴォルト兵の頭を撫でながら、大手柄だね、などと声を掛けた後、私の方へ駆け寄ってくる。
「もールゥたんってば、探すの大変だったんだから…………って冷たっ!!」
しかめっ面をしながら私に触れた少佐が驚いて声を上げた。
そんなに冷たいだろうか、と不思議に思ったが、頬に触れたヒュウガ少佐の手はとても温かかったからそこそこ冷たくなっているのだろう。
何やら一人だけ慌てている少佐は、私の身体を抱きかかえるとすぐに走り出した。
『……しょう、さ…?』
「ルゥたんは静かにしてて!」
声を掛けようとしたけれど、彼にそう言われてしまったので仕方なく黙ることにした。
少佐が駆け出すと、アントヴォルト兵も私達の後を追って走り出す。
あの兵士は敵ではないのだろうか。
敵意を見せるわけでもないし、少佐に従っているようにも見えるが…。
色々と謎はあるが、だからといって何か出来るわけでもない私は、とりあえずはこの成り行きに身を任せることにした。
* * *
だいぶ時間が経ち、身体の調子は大方回復したように思う。
ヒュウガ少佐は途中で私を温めるなどとぬかしながら抱き締めてきたので、とりあえず動くようになった右腕で鳩尾にパンチをお見舞いしておいた。痛そうだった。
リビドザイルへ向かう途中で、コナツさんと出会った。
どうやら彼も私を探してくれていたらしく、色々な所を走り回ったようで少し息を弾ませていた。
そして、コナツさんが少佐と一緒に居るアントヴォルト兵と瓜二つの兵士を連れていて私は目を丸くした。
コナツさんの説明によると、彼等はアントヴォルトの戦闘用奴隷だったそうで、少佐が捕獲し、その後紆余曲折を経て仲間に入ったのだとか。
二人は双子で、髪の黒い方がユキ、白い方がスズというそうだ。
ちなみに、私を発見してくれたのはユキ君の方。
言葉は通じなかったが、二人とは一応挨拶のようなものを交わしておいた。
それと、アントヴォルトの制圧はもう完了したそうだ。
まだ此処に到着してから半日も経っていないというのに……意味が分からない。
ザイフォンしか使えない者と黒法術師とでは戦力に天と地ほどの差があるのは知っているが、だからといって、いくらなんでも早すぎるのではなかろうか。
そして、そんな話を皆さんから聞いた後。
「お前は何故あのような所に居たのだ」
リビドザイルに着くと、私は一直線にアヤナミ様の所へ連れて行かれた。
彼は、何だか一目見て分かるくらいに機嫌が悪い。
まあそんなわけで、私は絶賛正座タイム中だ。
……あれ?前にもこんなことがあったような…。
「艦内に居ろと言ったはずだが?」
『あ、あはは……』
「…………。」
『………………すみませんでしたごめんなさいほんの出来心だったんです許してくださいお願いします』
笑って誤魔化そうとしたらすごく怖い顔で睨まれたので、耐えられなかった私は正座から土下座へ移行した。
やはり上官の指示に背いたのはまずかっただろうか…。
床とお友達になる勢いで額を押し付けていると、上の方でアヤナミ様が溜息を吐くのが聞こえた。
「……ヒュウガ、此奴がまたふらふらと何処かへ行かぬよう見張っておけ」
部屋の外で待機していたらしい少佐にそう声を掛けると、色々とやる事が山積していて忙しいのだそうで、アヤナミ様は早足で出て行ってしまった。
そんなに忙しいならわざわざ私の説教に時間を割かなくてもいいのに、とは思ったが口には出さないでおいた。
入れ違いに、いつも通りのニコニコ笑顔を浮かべたヒュウガ少佐が入って来る。
少し迷ったが、アヤナミ様は居なくなってしまったので構わないだろうと思い、私は正座で痺れかけていた足を崩した。
「まったく……ルゥたんはなんでそうやって勝手に出て行っちゃうわけ?」
呆れの混じったような声音で彼が言う。
『それは……』
いきなり核心を突く質問をされて、私は言葉に詰まった。
少し遅れて、上手く答えられそうな言葉を探して思考を巡らせる。
理由は色々あった。
けれど、たぶん一番大きかったのは…。
『私も、アヤナミ様のベグライターらしいことがしたかったから……』
私がそう言うと、少佐はだいぶ驚いたようだった。
次いで、やれやれといった感じで溜息を吐く。
「ひょっとして、かなり気にしてたの?あのコト」
あとこととは、当然シュリのことだろう。
私が否定も肯定もせずに押し黙っていると、それを肯定と受け取ったらしい少佐が先を続けた。
「別に大丈夫なんじゃないの?ルゥたんは、れっきとしたアヤたんのベグライターじゃん。不安に思うことなんて何も無いさ!」
『…………でも、最近は迷惑掛けてばかりですし……』
「ん?そうだっけ?」
私の言葉に、少佐は不思議そうに首を傾げる。
いやいや、この間牢獄に入れられたこととか、しかも脱獄しちゃったこととか、その後拉致られて大怪我して帰ってきたこととか、今回のこととか、よくよく考えてみると自分でもびっくりするほど迷惑掛けまくってるじゃないですか。
そう言おうとしたが、少佐は私に口を挟ませずに続けた。
「とにかく、ルゥたんは今まで通りアヤたんのベグライターでいてくれればいいの!」
それに、ぽっと出の新人なんて叩き潰しちゃえ!なんてことを言って笑う彼を見ていると、私の顔もなんだか自然に綻んでしまった。
『それ、私が嫌な先輩みたいになるじゃないですか』
「あははー」
少し和やかな雰囲気に変わりかけてきた頃、何か言い忘れていたことがあったのか、あ、と少佐が声を上げた。
「でもね、迷惑ならいくら掛けてもらっても全然平気だけど、あんまりアヤたんに心配掛けるようなことはやめてほしいかな。
ほら、なんとなく気付いてるとは思うけど、アヤたんってああ見えて過保護な上に心配性みたいだからさ」
『たしかに……言われてみれば』
「そうなんだよ。だから、あんまりストレスかけすぎたらアヤたんハゲちゃうかも知れないし」
“ぶふっ!!”
普段会話の時は黙って聞き流しているだけのルークが珍しく吹き出した。お前失礼だろそれは。
『そっ、それは困ります!!』
困る。というより嫌だ。
「だったらアヤたんが安心していられるようにしないと」
『わかりました……これからは、気をつけます』
「うん♪」
私の答えに満足したのか、彼は大きく頷いて、それから踵を返した。
「んじゃ、頑張ってねー」
『えっ、ちょ、少佐、何処行くんですか』
「アヤたん多分しばらく帰って来ないと思うし、ずっと待ってるの面倒臭いじゃん」
『私を置いて行くんですか?!』
ヒラヒラ手を振りながら部屋の外へ消えて行く彼に、裏切り者ー!と叫んだが、それは無意味に終わった。
結局夜まで帰ってこなかったアヤナミ様のことを律儀にここで待っていた私は偉いと思う。
ちなみに、勝手に何処かへ行ってしまったヒュウガ少佐は当然アヤナミ様に怒られたらしいです。
.