第二十六話 出立
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私は、ぼーっと空を見つめながら考え事をしていた。
何故かというと……
他にやる事が無いから。
朝目覚めて、病室に運ばれてきた朝食を食べて、医者の人に体調について聞かれたりして。
それが終わったら、暇になってしまった。
暇潰しにとルークにしりとりを挑んだら、またこてんぱんに打ちのめされたし……。
…………ゲームも無いし…。
そんなわけで、空を眺めながら、考え事。
……正直言うと、ここ数日は毎日こんな感じだった。
かれこれ一週間ほど前に皆さんがお見舞いに来てくれてからは、仕事が忙しいのか、一度も会うことは無くて。
――入院生活がこんなに暇なものだったとは…。
なんていう新発見はあったけれど。
そんな感じで、ぼーっとしながら無為な時間を過ごし、正午が近くなってきた頃。
「やっほールゥたん☆」
『きゃああああっ!?』
不審者ぁぁああああ!!!
「ちょ、そんなに驚かなくても……。あと窓開けて」
…………不審者かと思った人は、よく見るとヒュウガ少佐だった。
軍服じゃないし、いつものサングラスの代わりにフレームの細いメガネを掛けているから分からなかった。
……でも、突然窓の外から顔が出て来たら誰だってびっくりするだろう。
ここは3階で、窓の外には確かベランダとかは無いはずだし。
とりあえず、そこにずっと居られると色々怖いから彼の言う通り窓を開けて部屋に入れてあげる。
普通に入口から入って来ればいいのに…、とは思ったけれど、言っても意味は無さそうなので言わないでおいた。
『一体どうしたんですか少佐…』
「ん、ちょっと遊びに来ちゃった☆」
『というか何で窓の外に……』
「面倒臭かったから登って来ちゃった!」
『………………仕事は…?』
「絶賛サボり中だよ☆わざわざ変装までしてきたんだから今日は完璧でしょ!!」
………………これは、どう対処するのが賢明なのだろうか…。
『………………まずはコナツさんに連絡を…』
「それはダメっ!!絶対ダメだよルゥたん!!それだけは勘弁して!!ねぇ!!何か奢るからさぁ!!」
彼のベグライターに知らせるべく部屋を出て行こうとしたら、必死の形相で引き止められた。
……どんだけ仕事が嫌なんだ…。
『でも、それではコナツさんが…』
「コナツなら大丈夫だよ!」
『その根拠の無い確信は何処から沸いて来るんですか』
「コナツならやってくれるって信じてるから☆」
グッと親指を立てるヒュウガ少佐。
…………同情します、コナツさん…。
「まあそういうワケだからさ、ここに匿ってくれない?」
『まさか……というかやっぱりそのために来たんですか…?』
「もちろん☆」
『…………はぁ』
もう溜め息しか出て来ない。
でもまぁ、私も退屈していたわけだし。
コナツさんやアヤナミ様には申し訳無いけど……匿ってあげようかな。
『……分かりました。しばらくここに居ていいですよ、少佐』
「やったぁ!!ありがとうルゥたん!!これで今日は平和に過ごせる…!本当にありがと!!ルゥたんマジ天使!!」
『……っ』
……一瞬、心臓が止まるかと思った。
――違う違う。違うよ私。
今の発言に、大した意味なんて無いに決まってる。
この程度のことで挙動不審になっていたら駄目じゃないか。
でも…。
天使……その単語には、どうしても過剰に反応してしまう。
『……匿う代わりに、私の暇潰しに付き合ってくださいよー?』
「りょーかい!」
動揺を押し隠して、ニコニコ笑ってみせる。
幸い少佐は何にも気付かなかったらしく、元気の良い返事をして近くの椅子に座った。
* * *
「それでね、遊園地の視察に行ったんだけど、アヤたんはずうっと書類読んでて――」
暇潰しに付き合え、という私の要求通り、ヒュウガ少佐は色々な話を聞かせてくれた。
ここ数日のブラックホークでの出来事とか、軍内や巷で流行っている噂話とか、私の知らない昔のブラックホークのこととか…。
それを少佐があまりにも面白おかしく話すものだから、私は腹筋が痛くなるくらい笑ったりもしていた。
あ、そういえば。
少佐が話してくれたブラックホークの近況の中に、クロユリ君とハルセさんが長期任務に行ったというものがあった。
どんな内容なのかは知らないと言って教えてくれなかったけれど、二人はしばらく帰って来ないらしい。
最近お見舞いに来てくれていなかったのはそれが理由だったのだろう。
任務なのだから仕方ないが、癒し要員だった二人が居ないのはちょっと寂しいな…。
「あ、そういえば皆で温泉旅行に行ったこともあったなぁ」
『温泉、ですか?』
「そうそう!第七区に良い温泉宿があって、そこに行ったんだよ。そしたらアヤたんってば、また書類なんか持ち込んでて……。せっかくの温泉なのにさー」
『ああ……まぁ、アヤナミ様ならやりそうですね……』
そんな他愛のない話をして過ごしていたら、いつの間にか夕暮れになっていた。
楽しい時間というのは随分と早く進んでしまうものらしい。
そしてその時、ガラッ、と音を立てていきなり病室のドアが開いた。
誰だよノックも無しに人様の部屋に入って来たのは、と思いつつドアの方に目を向けると、
『……あ…』
「ア、アヤたん…!?」
アヤナミ様がいらっしゃいました。
何とまあ、珍しいこともあるものだ。
噂をすれば影がさすというやつか。
「ななな、何でここに…!?」
「……貴様こそ、居なくなったと思ったらこんな所に姿を隠していたのか、ヒュウガ。この大事な時に……。それにその格好は何だ」
「べ、別にサボってた訳じゃないんだよ!ルゥたんが一人ぼっちで寂しいかも知れないから様子を見に来ただけで…!」
「ほう。ならば何故そう言わないのだ」
「え、そ、それは…」
アヤナミ様に問い質されてたじたじになるヒュウガ少佐。
「ルフィア、ヒュウガは何故ここに居る」
突然話の矛先が私に向けられた。
『サボりと言っていました』
「ルゥたんっ!!?」
少佐は驚愕の表情で私を見た。きっと心の中で裏切り者ぉぉおお!!!とか叫んでいるんだろうな。
ごめんなさい。そしてご愁傷様です、ヒュウガ少佐。
私が心の中で合掌していると、アヤナミ様は素早く取り出した鞭で少佐に制裁を加え、痛みに悶える彼の胸倉を掴んだ。
「ヒュウガ……貴様、何もしていないだろうな?」
「え、どういう意味…?」
「よもやルフィアに手を出してはいるまいなと聞いている」
「ア、アヤたん!?苦しい苦しい!!絞まってる!!首絞まってるよ!!」
「いいから答えろ」
「何もしてない!!何もしてないから落ち着いて!!」
「…………そうか」
「ゲホッゲホッ……もぉ、アヤたんってば…。オレがルゥたんと二人きりだったからってそんなに妬かなくても…」
「黙れ。死ね」
「だっ、だから、首絞まってる…っ」
……何やら二人が小声で話し始めたが、内容はよく聞こえない。
首を傾げながら耳をそばだてていたが、結局何の話なのかはよく分からなかった。
そうこうしているうちに話は終わってしまったらしく、動かなくなった少佐を投げ捨てたアヤナミ様はこちらへ戻って来た。
「ルフィア、体調はどうだ」
『あ、おかげさまでほとんど治りました。この通り元気です!』
「そうか……それは良かった」
本当はだいぶ前から完治していたけれど、そんな事を言って変に怪しまれては困るので無難そうな回答をしておいた。
いくら黒法術師だからって、あれだけ手酷くやられたらさすがに回復には時間が掛かるだろうし。
でも、彼は良かったと言ってくれて、少しだけ微笑みながら頭を撫でてくれた。
……何だか気持ちが温かくなる。嬉しいような、でも気恥ずかしいような、くすぐったい感じがして。
「ちょっとアヤたん!!何ルゥたんとイチャイチャしてんの!?ずーるーいー!!」
『な…っ!』
「……お前は黙っていろ」
「ふぐっ」
早くも蘇生したらしく、床に倒れたまま首だけ上げてアヤナミ様に食ってかかったヒュウガ少佐。
しかしアヤナミ様に頭をに踏まれて再び床に沈んでしまった。
……本当、何なのこの人。
馬鹿なの?学習能力無いの?頭に詰まってるのはカニみそなの?
というか……変な事言うなっ!!
「ハァ……」
アヤナミ様までもが、溜め息を吐いていた。
「……さて、行くか」
アヤナミ様が唐突に呟く。
もう帰ってしまうのか…。
まあ、この前来てくれた時もさっさと帰ってしまったのだから、アヤナミ様はそういう人なのだろう。
こんなに早く帰られると、一体彼が何をしに来たのか全然分からないけど。
ひょっとして、短かったけれど今度こそ私のお見舞いだったのかな…?
そんな事を考えていると、アヤナミ様がこちらへ近付いてきて、
『………………な、何を…っ!?』
ベッドに腰掛けていた私の背中と膝裏に手を回し、そのまま持ち上げた。
思い返してみると、こうやって抱き上げられるのは2度目なわけだが……だからといって慣れたわけではもちろんない。
何度目であろうと、こんな事をされたら恥ずかしいじゃないか。
だから、じたばた暴れて抵抗してみたら、
「暴れるな。そこの窓から投げ落としてほしいのか?」
『…………スミマセンデシタ』
――投げ落とすって何ですか!?
か弱い乙女になんてことを言うんだ、この人は…!
“か弱い乙女って何処の誰だよ”
――いや、ルークは出て来ないで。話がややこしくなるから…。
そんなやり取りを経た後、私を抱えたアヤナミ様は病室を出て廊下を歩き始めた。
…………当然の如く、視線が気になる。
周りの人達が皆こちらを見ているんだもの。気にならないわけがない。
なのにアヤナミ様は平然とその中を歩いていく。
一体どんな神経をしてるんだろ…。
確かに、大勢の下級軍人達が敬礼する中を歩くアヤナミ様を見た事は何度かあったけれど……こういうのも慣れれば気にならなくなるものなのかな…。
「ち、ちょっと!!何してるんだ君はっ!」
突如大声が聞こえて、アヤナミ様が立ち止まった。
伏せていた顔を上げて見ると、すぐ前に立っていたのは私の主治医の先生だった。
「怪我人を勝手に連れ出すんじゃない!確かに外傷は完治しているが、まだ安静にしておく必要が…!!」
先生はそうアヤナミ様に抗議したが、アヤナミ様はそれを一瞥しただけで、華麗にスルーして歩き出してしまった。
――……ごめんなさい、先生。
後方からしばらく聞こえ続けていた先生の声に、私は心の内でそう謝っておいた。
* * *
『うぎゃっ』
「……可愛げの無い声だな」
『なっ……誰のせいだと思って…!!』
やって来たのはホーブルグ要塞の私の部屋。
着いたらすぐ、私はベッドに投げ捨てられた。
何なんだこの扱いは…。
アヤナミ様って優しいかも、なんてことを心の何処かで思うようになっていた私はやっぱり間違ってたのか。
「今すぐこれに着替えろ」
その言葉と共に軍服を投げ付けられる。
そしてアヤナミ様はさっさと部屋を出て行ってしまった。
『…………分かりましたよ。着替えればいいんでしょ?着替えれば』
一人でぶつぶつと悪態を吐きながらも、今まで着ていた病院のシンプルな白服を脱ぎ始める。
背中の辺りに隠していた愛用の拳銃もちゃんと軍服の方に移して、その真っ黒な服に袖を通した。
早着替えのノウハウは士官学校時代に教え込まれたから、着替えにはほとんど時間は掛からない。
最後にブーツを履き、ふぅと一息ついた所で、
「着替えたか」
ドアが開いて、アヤナミ様が入ってきた。
――何というナイスタイミングっ!?
ままままさか、の、覗いてたとか…!?
“安心しろ、誰もルフィアなんかの裸に興味は無い”
――だからお前は黙ってろっ。
とりあえず、口を開けばムカつく事ばかり言ってくるルークは黙らせた。
そして、再びアヤナミ様が私を抱き上げようとしたのを全身全霊をかけて辞退して、今度は彼の数歩後ろを歩いて付いていくことにした。
『……あの、何処に行くんですか?』
しばらく歩いた所で、私はアヤナミ様の背中に尋ねた。
最初は執務室にでも連れて行かれるのかと思っていたけれど、どうやら実際は全然別の場所に向かっているらしい。
一体何処を目指しているのだろう。
疑問に思ったから訊いてみたのだが、アヤナミ様は無言のまま答えてくれなかった。
*
そのまま黙って歩き続けること数分、気付いたら私はリビトザイルの中に居た。
「あ、お久しぶりですルフィアさん!元気そうで何よりです。怪我の方はもう大丈夫なんですか?
最近はお見舞いに行けずすみませんでした…。何しろルフィアさんやクロユリ中佐、ハルセさんまで居なくて書類は溜まる一方なのにヒュウガ少佐は相変わらず全っ然仕事をしてくれなくて…」
指揮官席のあるフロアに入った途端、駆け寄ってきたコナツさんのマシンガントークに迎えられた。
後半は愚痴ばっかりになっていたが、色々溜まってたんだろうな…と思って、私は彼の話が終わるまで静かにそれを聞いていた。
『……ところでコナツさん、リビトザイルに乗っているということは、これから何処かへ行くんですか?』
一通り彼の話が終わってから、私はずっと疑問だったことをコナツさんにぶつけてみた。
すると、
「え、アヤナミ様に何も聞いてないんですか?」
彼に目を丸くされてしまった。
――ええ、全く何も聞かされてないですよ私は。何も聞かされないまま病院から拉致られてきたんですよ。信じられないでしょ。
そんな恨み言が出掛かったが、私は何とかそれを飲み込んでコナツさんの次の言葉を待つ。
「これから北の隣国であるアントヴォルトとの戦線に、援軍として行くんですよ」
『アントヴォルト、ですか…?』
「はい。上層部の連中がまたアヤナミ様に面倒事を押し付けてきたんです。まったく、無能なくせに偉そうな顔しやがって…」
ブラックなコナツさんが垣間見えた気がするが、そこは敢えてスルーしておこう。
でも……アントヴォルトか……。
確か現在、このバルスブルグ帝国とアントヴォルト王国は戦争中だ。
しかしアントヴォルト側の守りが堅く、戦況は膠着状態だと聞いている。
……うん、たしかに面倒事を押し付けられた感はあるなぁ…。
…………というか…。
『戦争に行くなんて聞いてないですよアヤナミ様!!』
バッと振り向いて、下っ端の軍人さんに色々と指示を出していたアヤナミ様に向かって叫んだ。
「言っていなかったのだから当然だ」
ケロリとそう言い返されてしまったけれど。
……何なんですか貴方は…。
「まあまあルゥたん、あんまりアヤたんを怒んないであげて?ね?」
突然、背後からそんな事を言われた。
声のした方を向くと、いつもの軍服とサングラス姿でニコニコしているヒュウガ少佐が居る。
いつの間にここへ来たんだろう…。
というか気配消して背後に立たないでほしい。
今日の少佐は、登場の仕方が心臓に悪いんだけど。
「少佐!!こんな時に一体何処へ行ってたんですか!!」
コナツさんもヒュウガ少佐の存在に気付き、声を荒らげた。
「あはは、ごめんねコナツー」
「全然反省しているように聞こえません!!」
随分と温度差のある二人のやり取りだが、そんなものまで微笑ましいと思えてしまうのは慣れというものの一種なのだろうか…。
勝手にふわふわした気持ちになりながら二人を見守っていると、私はあることに気付いた。
『そういえば、大佐は…?』
さっきから、カツラギ大佐の姿が見当たらない。
「大佐は今回は要塞でお留守番だよー☆」
少佐が相変わらずのニコニコ顔で答えてくれた。
クロユリ君とハルセさんだけでなくカツラギ大佐まで居ないなんて…。
ブラックホークの構成員の半分くらいしか揃っていないというのは、何だか寂しいような、物足りないような感じだ。
「アヤナミ様!出発の準備が整いました。いつでも発進出来ます!」
「あぁ」
下級軍人の一人がアヤナミ様の元へ駆けて行って、そう告げた。
気付くと、せわしない雰囲気だった艦内に微かな緊張感が漂い始めている。
各々が持ち場へ着き、指示を待つ。
少し周囲を見回してみると、コナツさんやヒュウガ少佐も何処となく引き締まった顔付きをしていた。
そんな様子を見ていると、私まで意味も無く緊張してくる…。
そして、
「――出陣!!」
アヤナミ様の凜とした声で号令がかかった。
それを合図に、リビトザイルが動き出す。
戦艦全体が揺れ、低い振動音と共にリビトザイルは夜の空へと発進した。
「暫くは何も無い。各自今のうちに休息を取っておけ」
少し時間が経ち、艦隊も気流に乗って安定した航空態勢に入った頃。
アヤナミ様にそう言われ、私達ブラックホークの面々はひとまず解散した。
渡されたキーで割り振られた部屋のドアを開けて入る。
ちょうど窓が造れない場所に位置しているのか、窓らしきものは一切無くて、照明を点けないと真っ暗で何も見えないような部屋だったけれど。
とりあえず室内に用意されていた椅子に座って、夕食として配給された食糧を食べ、少しだけシャワーも浴びてきた。
一通り終わってから時計を見ると、いつの間にそんなに時間が過ぎたのか、だいぶ遅い時刻を指し示している。
『…………寝るか』
それを見た私はそう呟いて、さっさと寝る支度を整えて明かりを消した。
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