第二十四話 貴方に逢えて――
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* * *
そこは、真っ白で、綺麗で、何も無くて。
やけに寂しい場所だった――
『あー……またこの夢か……』
周囲を一通り見渡してから、溜息をついた。
視界の全てが真っ白な、現実ではありえないような光景。
それはこの場所が“現実”ではないことを物語っていた。
――少し歩いてみようか。
やる事が無いのならそうするのが一番だ。
そう思って、何となく歩き始めてみた。
――そういえば、こっちには何があるんだっけ……。
前までは覚えていたはずなのに、自分が何処に向かって歩いているのか思い出せない。
まるで記憶に靄がかかったみたいだ。
この夢が持つ意味すらも思い出す事が出来ない。
でも、そんなのは大した事じゃないような気がしたから、立ち止まることもなく歩き続けた。
そして……
「……何処へ行くのですか?」
唐突に後ろから手首を掴まれて引っ張られた。
一体誰だろう。
不思議に思って振り返ると、そこには一人の女の人が居た。
地面まで届いてしまいそうな長い漆黒の髪、少し大きめの闇色の瞳、人間とは思えないほどに整った顔立ち。
いつも見るのと同じようにその顔には柔らかい微笑が浮かんでいたけれど、それは少しだけ悲しそうに歪められていた。
『……久しぶり、ネレ。どうしたの?こんな所に出て来るなんて珍しいね』
「…………ルフィア、戻って来て」
私の言葉に返事もせず彼女は言う。
『どういう意味…?』
「貴女は自分が何処に向かって歩いているのか分かっているのですか…?そちらは、貴女が行くべき場所ではありません」
何処か厳しい口調でそう言うと、私の頭にぽんと手を乗せて、今度は優しい声音で微笑む。
「――貴女にはまだ、やらなければならない事があるのでしょう?」
その瞬間、頭の中の靄が急に晴れ渡った。
思い出せなかった記憶がようやく蘇ってきて、色々な思い出が頭の中を駆け巡る。
楽しかったことも、辛かったことも、昔の思い出も。
――私には、まだやらなきゃいけない事が残ってた。
『……そうだね。私、戻らなきゃ。探し物だって、まだ見付かってないんだし』
「ええ、早く戻りなさい。それに…………貴女の事を、待っている人達が居るのですから」
『……うん!』
ネレの言葉に、私は笑顔で頷いた。
* * *
身体がやけに重かった。
指一本動かそうとするだけでも身体中が軋むような感覚がした。
無理に動かそうとすると鈍い痛みが体中を駆ける。
……しかし、その痛みで自分はまだ生きているのだと実感した。
目を開けてみた。
急に目に入ってきた光が一瞬眩く感じられたが、それにも慣れると真っ白な天井が見えた。
目だけを動かして周囲の様子を見てみると、視界の左端に黒いものが映る。
……アヤナミ様だ。
私は病室らしき場所のベッドに寝かされているようで、アヤナミ様はそのすぐ傍の椅子に座って、腕と足を組んで目を閉じている。
微動だにしないのをみると、眠っているのだろうか……。
声を掛けようかとも思ったが、何と言えばいいのか分からず、結局止めてしまった。
私達の他には誰も居ない静かな部屋。
動くことも出来ないので何もやる事が無く、一通り部屋中に視線を巡らせた後、私は恐れ多くもアヤナミ様の寝顔の観察を始めてしまった。
ぴったりと閉じられた眼。長い睫毛。
高めの鼻。
日の光を嫌っているかのような透き通った白い肌。
微かに光を反射する銀糸の髪。
普段は怖くてこんなふうにまじまじと見つめることなんて出来ないけれど、改めて見てみてもやっぱり美人さんだ。
これで怖くなかったらもっと良いんだけどなぁーなんて考えていたら、彼の目が開いた。
その瞳がこちらを見据えて、少しだけ見開かれる。
寝ているものだと思っていたので、アヤナミ様が起きてしまった時には心臓が飛び出るかと思うほどびっくりした。
「起きたか、ルフィア」
『あ、はい…。アヤナミ様こそ、起きていたんですか…?』
「……あれだけじろじろ見られれば誰でも起きる」
『そう、ですか……』
彼の言葉に苦笑いする。
しかし、そのやり取りが終わると、気まずい沈黙が訪れた。
アヤナミ様は何も言わないし、私も何を言えばいいか分からない。
――何か喋らないと。
――でも、何を?
そんな考えが頭の中でぐるぐる回る。
…………私、また迷惑掛けたかな…?
ふとそう思った。
ここに寝かされてるっていうことは、誰かが見付けて運んできてくれたということだ。
それに、変な事に巻き込まれたことによってまたアヤナミ様の手を煩わせてしまったに違いない。
――だとしたら、謝らないと……。
そう考えて、私は口を開いた。
『あの…………ごめんなさい。また、迷惑を掛けてしまって…』
やっぱり怒られるのかな、と少しびくびくしながら言う。
すると、彼はおもむろに私の頬に両手を添えた。
一体何だろうと戸惑う私の心情を知ってか知らずか、
「まったくだ。突然仕事を放り出して失踪した挙げ句に瀕死の重体で発見され、その上数日間意識も戻らず……。お前はどれだけ心配を掛ければ気が済むのだ」
言いながら、むにーっという効果音が付きそうなくらいに私の頬を両サイドに引っ張った。
振り払おうとしたが、腕を動かすと痛いのでろくに抵抗も出来ず、されるがままだ。
『……いひゃいれふ、あやらみふぁまぁ……』
抗議するとようやく放してくれたが、まだ少し頬がひりひりする…。
今の行為に何の意味があるのかもよく分からないし。
「……ところでルフィア。お前は何故狙われたのか心当たりはあるのか?それから、何故あのような場所に居たのだ?」
アヤナミ様が急に話題を変えた。
…………この質問には、正直に答えるべきなのだろうか。
「お前は知らないだろうが……お前が発見されたのは、十年前に滅んだアイリス家という中流貴族が所有していた屋敷だ。
…………確かに、滅多に人が近付かない廃屋だったそうだから犯人にとって都合が良かっただけかも知れぬが…」
少し悩んだ。
事実を言えば否が応でも過去に触れることになる。
それは決して良い思い出ではないし、好き好んで話すような事でもない。
でも……。
きっと、いつかは話さないといけない事なのだ。
だったら、今話しても同じだ。
それに、話すのは、また過去に囚われながら生きるためではない。
これは決別だ。
全部受け止めて、それを乗り越えて、新しい一歩を踏み出すために話すのだ。
『……いえ、私はアイリス家のことは知っています。それと、私が狙われた理由はただの復讐でした』
「どういう意味だ」
予想通りの言葉が返ってくる。
私は、こんな体勢で話すのはどうなんだろうと思い、痛みを押して起き上がった。
見兼ねたアヤナミ様に少し助けられながらも、ベッドの縁に座って彼と向き合う。
『…………話します。私の、昔のこと。まだ言ってなかった事が色々ありますから…』
「……それが今回の事と関係あるのか」
その問いにゆっくりと頷いて、私は話し始めた。
『私の幼い頃の名前は、ロレンシア=アイリスといいます』
「アイリス……だと?」
『はい。私はアイリス家最後の当主バルチカとその正妻との間に生まれた娘です』
「だが、当時当主には子供は居なかったはずだ」
『公表されなかっただけです。
…………アヤナミ様は私の瞳の色のことは知っていますよね。左右で色が違うというのは“普通”ではなかった。家の人達は私のことを呪われた子だとか悪魔の子だとか言いました。当然、世間に知られれば家の評判が落ちると考えたらしく、私の存在は隠されました。
そういう事もあったのに加えて、私に黒法術の才能もあることが分かって、一部の人は私のことを殺そうとしました。けれど、殺したら逆に呪われるのではないかと思ったらしく、結局私は屋敷の一室に幽閉されたんです。
あの人は、アイリス家の使用人だったそうです。当主夫妻に随分と傾倒していたみたいで、私のせいで皆が不幸になって殺される羽目になったのだと喚いてました。私が悪魔の娘だから、災いを招いたんだって……』
……自分で言って、また思い出してしまう。
過去には囚われないと決意したはずなのに。
――「お前が居て喜ぶ人間なんていないんだ」
――「お前みたいな気味の悪いガキ、誰が仲間だなんて思うんだよ」
あいつの言葉が頭の中に蘇って、また不安になる。
『…………アヤナミ様、私は、生きていてもいいんですか?本当は皆、あの人達と同じように、私なんて生きていなくていいと思ってるんじゃないかって…………怖くて…………。
……私は、死んだほうが良かったんですか…?』
声が震える。
こんな事を言うつもりじゃなかったのに、言ったも意味が無いって分かっているのに、意思とは関係無しに言葉が出て来てしまって。
そして、言ってから後悔する。
どんな返答がくるのかと考えてまた怖くなる。
短いはずの一秒が何十倍もの長さに感じられるくらいに。
そんな怖ればかり抱いていると、私は急にアヤナミ様の腕に包み込まれた。
「……馬鹿な事を言うな、ルフィア。お前は私の大切なベグライターだ。他の者のことなど知らぬが、私はお前にずっと此処に居てほしくと思っている。私の許可も無く勝手に死ぬなど、私が許さぬ」
アヤナミ様の腕に徐々に力が籠もってきて、痛いくらいに抱き締められる。
これでは傷口が開いてしまいそうだ。
だけど……そんなのもどうでもいいくらいに、嬉しかった。
誰かに“大切”だと言ってもらえることがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。
言葉では表現出来ないような、何か温かいもので胸が満たされるような感覚がする。
涙が溢れそうになる。
でも……今はまだ泣いちゃいけない。
まだ、言わなきゃいけない事が残っている。
『アヤナミ様……ちょうど今から十年くらい前、アイリス家の者は全員殺されました。その事はご存知ですよね…?』
抱き締められたままだが、話を続ける。
「ああ。……だが、何故そのような事を訊く?」
『少し、調べたんです。“アイリス家殲滅作戦”に参加していた人を。そしたら…………その中に、アヤナミ様の名前がありました。
……アヤナミ様、貴方はあの日、私と逢っていませんか?あの時、私の居た部屋にも軍人が来ました。誰だったのか、顔も覚えていないんですけど…。
私は殺されるのかと思いました。でも殺されなかった。その人は私に手を差し延べてくれた。私はその人が誰だったのか知りたい。その人にもう一度逢ってお礼を言いたいんです。そのためにここまで来たんです。
だから…………もし知っているのなら、教えてください』
もし、そうだったら。
今私を抱き締めてくれているこの人が、あの時の軍人さんだったら。
そんな淡い期待が胸に生じる。
ちょっと見上げてみると、アヤナミ様は過去の記憶を手繰り寄せているように考え込んでいた。
沈黙が続く。
そして、しばらくして、何かに思い当たったのか私をじっと見つめてから言った。
「…………あの時の少女は、お前だったのか…?」
その言葉を聞いて、息を呑む。
それは……つまり……
「確かに私はあの作戦に参加していた。大して苦労も無かった上にラグス戦争の終結直後の混乱もあって忘れていたが……。
そうだ…………あの時、屋敷の一室で少女と出逢った。
全員殺せという命令だったのだが、その娘と目が合うとどうにもそんな気分にはならなくなってしまった。
まさか家の者とは思わなかったからな…。あの時は奴隷か何かだろうと思って、殺さなくとも構わないだろうとつい連れ帰ってしまったのだ。
だが私が育てる訳にもいかず、結局何故かミロク理事長に預けてそれきりだったな……」
――なら、やっぱり……
『……あの時私が逢ったのは、本当にアヤナミ様なのですか…?』
「……ああ、おそらくな」
返ってきた言葉は、肯定。
――ずっと探してた人は、こんな所に居たんだ…。
やっと……やっと、見付けた。
気付いていなかったけれど、こんなに近くに居たなんて……。
こんなに嬉しい偶然があるなんて、思ってもみなかった。
これじゃあ、また泣いてしまいそうだ……。
『アヤナミ様……あの時、貴方に逢えてよかったです。私は、貴方に救われたんです』
あの時私に差し延べられた手は、本当に嬉しかった。
その手が、私を闇の中から引っ張り出してくれたような気がしたから。
その手に、私は救われたような気がしたから。
『私が今こうしてここに居られるのも、貴方のおかげです。貴方はずっと、私の光だった……。本当に、ありがとうございました』
涙が溢れているけれど、頑張って笑顔を作ってアヤナミ様に頭を下げる。
こんなことだけじゃ感謝を伝えきれないけれど、私にはそれくらいしかできなかったから。
そして、
《お前の願いは叶ったか?》
唐突に、部屋の中に声が響いた。
アヤナミ様のものでも私のものでもない声。
彼はその声に驚いているようだったが、私はただ、静かにその問いに頷いた。
すると、急に意識が遠退いていき……
それに抗うことが出来ず、私はゆっくりと目を閉じた。
* * *
(アヤナミside)
《お前の願いは叶ったか?》
聞いたことの無い声が部屋に響いた。
突然力が抜けて崩れ落ちた彼女の身体を支えつつ、声の主を探して周囲を見回す。
……すると、病室の入口の扉に寄り掛かる見知らぬ少年が居た。
――誰も部屋に入ってくる気配は無かったのだが…。
「貴様……何者だ」
不信感を隠すこともなくその少年に尋ねた。
「おいおい、一応初対面なのにそんなに睨むなよ……」
彼は困ったような顔をしたが、怯えた様子は微塵も見せない。
「うーん、何者かって言われると…………こういう者、かな」
言うと、パキパキという音を出しながら少年の背から翼が生えた。
骨だけの、異様な雰囲気を醸し出す翼。
「…………貴様、使い魔か」
「ご名答!」
肯定と共に、彼はその翼を消す。
「ちなみに今は“ルーク”って名乗ってるから、そう呼んでくれよ」
「…………その使い魔が、何をしに来た」
「何って、魂の回収に決まってんだろ」
平然とそう答えた。
しかし、その答に私は若干の戸惑いを覚える。
奴以外でこの部屋に居るのは私とルフィアだけ。
そして私にはそのような事をされる覚えは無い。
……なら、ルフィアが使い魔と契約していたとでもいうのか?
だが……。
「……無いではないか」
確認のため彼女の服の胸元をはだけさせるが、そこにあるはずの契約の印は見当たらない。
第一彼女には使い魔と契約していたような素振りは無かったのだから、そのような事は到底信用出来なかった。
「当たり前だろ。自慢じゃないが、こう見えてもオレは上級使い魔の中でも三本の指に入るくらいの力を持ってるんだ。そんなバレやすいことはしないさ」
ルークと名乗った使い魔は自信満々にそんな事を言ってのけた。
多少の胡散臭さは感じるが、しかしながら、嘘を言っているようにも見えない。
「……それが本当だと言うのなら、ルフィアは何を願ったというのだ」
「そうだな……。
まず、ルフィアは“自由”を願った。だからアイリスの家から解放してやった。
次にルフィアは“強さ”を願った。だからザイフォンという力を与えた。……まあこれは元々ルフィアに才能があったから、最初にちょっと手助けをしてやっただけだがな。
そして最後に、ルフィアは“幸せ”を願った。だからオレは、彼女に新しい“家族”と“友達”と“仲間”と、“大切な人”を与えた。
まあ、そんな感じだ」
彼はそう言った。
確かに、それで辻褄は合う。
しかし……それは同時に一つの疑問を生じさせた。
彼はルフィアを“アイリスの家から解放した”と言った。
だが、それは十年も前の話ではないのか…?
それが事実だとするのなら、
「…………それはつまり、十年前から貴様はルフィアと契約していたという事か…?」
「そうだけど?」
当然といった口調で、彼はあっさり肯定する。
「…………何故、貴様はそこまでする」
「……何故って?」
「普通、使い魔は詐欺まがいの事をしてでも迅速に魂を奪うものだ。それが一つの魂に十年もの歳月を掛けるなど、有り得ない」
「そうだなぁ……確かにそれが普通なんだが……。
オレは、ルフィアには幸せになってほしい。ルフィアを幸せにしたい。ただそれだけなんだ」
「幸せに、だと?使い魔の分際でか?」
「黙れよ。何も知らないお前には関係の無い話だ。
オレにとってルフィアは特別なんだ。オレはルフィアを幸せにしたい。だが…………知ってるだろうが、使い魔が人間の運命に干渉する力を手に入れるためには契約するしか無いんだ。契約無しでは何も出来ない。
でも、オレはその契約の代償としてあいつの魂を奪わないといけない…。本当は、ルフィアにはもっと生きていてほしいのに……」
彼はそう言いながら苦しげな表情で拳を握る。
「ならば、契約を破棄しろ」
「……は?」
「ルフィアの魂は渡さぬ。貴様も分かっているだろうが、私は貴様等の主であるフェアローレンだ。私の命令は絶対だ。それでももし、その命令が聞けぬと言うのであれば……貴様を消す」
「わわ、分かった分かった!するよ!破棄するから!!……っていうか、その方がオレとしても嬉しいしな…。
でも、一つ訂正。お前はオレの主なんかじゃない」
その言葉に、またしても疑問を抱く。
「何だと…?貴様は使い魔だろう」
「そうだけど、オレの主はお前じゃない。
オレの主は、我等が“姫”と“その魂を継ぐ者”だけだ」
「……!」
その言葉は、何度か聞いた事があった。
数多く居る使い魔の中には、何故か私に従わぬ一派が居る。
それはごく少数ではあるが、不思議なことに相当な実力を有していて。
そして奴等は決まってこう言うのだ。
我々の主は、我等が姫とその魂を継ぐ者だけだ、と。
その“姫”と呼ばれる者について奴等は黙して語らないため、私はそれが誰なのか詳しくは知らない。
だが、確かフェアローレンが創られるより前から闇の者達を統べていた存在なのだとか……。
「あ、そんなに心配するなよ。契約はちゃんと破棄するから」
私が考え込んでいたせいか、彼はそんな事を言う。
「これで話は終わりだろ?じゃあな、フェアローレン」
そう言うと、彼の姿がゆらりと揺れ、空気に溶けるようにして消えてしまった。
* * *
再び二人きりになった病室の中で、先程まで座っていた椅子にまた腰を下ろして、眠っているルフィアの頬に手を添えた。
触れている部分から、仄かな温かさが指に伝わってくる。
――ルフィアは、ちゃんと生きている…。
その事が確認できて、安堵している自分が居る。
……正直、怖かった。
彼女の意識が戻らなかった間も、先程の使い魔が彼女の魂を奪いに来た時も。
また、失ってしまうのではないかと。
私の手の届かない遥か遠くへ逝ってしまうのではないかと。
でも、ルフィアはちゃんとここに居る。
少しすればまたいつものように、私の隣で黙々と仕事をしたり、何かやらかしてびくびくしながら私の表情を窺ったり、ヒュウガ達と馬鹿な話をして怒ったり笑ったりする、普段の彼女に戻るはずだ。
「………………良かった…」
静かな病室の中で、ぽつりとそう呟いた。
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