第二十二話 Breaking Jail
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『え……アリアって、あのアリア?』
「そうですよ!他に誰が居るんですか!」
まだ少し頭が混乱しているが、とりあえず目の前の彼(彼女…?)が差し出してくれた手を握って立ち上がる。
アリア、と言えば、昔からよく知っている友達ではあるが……。
『何でこんな所に居るの?というか、その人はどうしたの?』
「ああ、それはですね…!
あの後、この人と契約したんですよ!それで、とりあえず美人のカノジョと給料アップっていう二つの願いを叶えて、それでたった今、地位アップという願いを叶えてあげたからこの体は晴れて私のモノになったというワケなのですよ!!」
『そう、なんだ……』
「そうなんですよ!そこに転がってるブタ野郎が消えれば、後釜に入れるのはこのベグライターの人らしいですからね!姫様を助けるついでに魂もゲット出来て一石二鳥ですよ!
昇進させるには上を蹴落とすか殉職してもらうのが一番手っ取り早いですからね!」
随分と嬉しそうに話すアリア。
見た目が例のベグライターの人だし話の内容が色々とヤバいので、妙な違和感はあるが……。
それでも、危ない所を助けてもらったので、お礼くらいは言わなくては。
『ありがと、アリア。おかげで助かったよ』
「いえいえ、とんでもない!姫様こそ、何事も無かったようでよかったです!……………、でも……」
今まではニコニコしていたのに、何か思い出したのか、急に顔を伏せてしまい、語尾の言葉も濁した。
『…?どうかしたの?』
「…………やっぱり、私は反対です」
ぽつりとアリアが言う。
『反対って……何が?』
よく意味が分からず、私はその言葉に首を傾げた。
「姫様がこういう所で暮らすことについてです。コイツのように下種な連中が右往左往しているんですよ?!
こんな所に居たらまた姫様の身に危険が及ぶかも知れませんし、それでなくても悪い影響を受けるのは確実です!同じ空気を吸っているのかと思うだけでも吐き気がする!」
あーやだやだ、と眉間にシワを寄せながらアリアが言う。
さすがに、そんなに言うことはないんじゃないのかな、と思うが、アリアの方は相当頭に来ているらしかった。
近くに転がっているヤナギの屍をゲシゲシと踏み付けようとし始めたのを何とか思い止まらせる。
『確かにこういう奴も居るけどさ…………でも、優しい人達も居るんだよ?』
「……例えば?」
アリアが疑わしげな目付きでこちらを見てきた。
『私が今お世話になっているブラックホークの皆さんだって、すごく良い人達だし、それに――』
「はいストップ!」
私が話を続けようとすると、アリアはいきなり私の台詞を遮った。
『え、何?せっかく私が喋ろうとしてるのに……』
「聞かなくても分かります!どうせいつもの惚気話でしょ!」
『……は?何で私が惚気話をしないといけない訳?何?彼氏も居ない私への嫌味?』
「嫌味じゃありません」
『じゃあ何?嫌がらせ?』
私が睨むと、アリアは少し間を置いてから言った。
「…………どうせまた“あの人”がどうのこうのって言い出すつもりだったんでしょ?」
もううんざりだとでも言いたげな口調。
『え、な、何で分かったの?!』
図星だったため狼狽える私。
すると、
「まったく……私が何年姫様と付き合ってきたと思ってるんですか!こういう時の姫様は絶対その話をし始めるんですよ!」
やれやれ、と肩をすくめながらそんな事を言う。
『…………っていうか、何でその話が惚気になるの』
「だって、姫様はその人のことが好きなんでしょ?」
『えっ!?ち、違うから!!変なコト言わないでよっ!!』
何でそんな誤解をされてるんだ……と思いつつ、慌ててそれを否定する。
『私はただ…その……感謝してるっていうか、憧れてるっていうか、尊敬してるっていうか……。とにかく、好きとかそういうのじゃないから!!』
「ほら、やっぱりそうじゃないですか!」
『私の話聞いてた?!違うって言ってるじゃん!』
「あれ?もしかして知らないんですか?姫様もまだまだ幼いですねぇ~」
そんな事を言って意味深な笑みを浮かべるアリア。
意味がよく分からないが…………幼いとか言われると何だか腹が立つ。
『な、何なのよアリア…』
「憧れや尊敬というような感情は、得てして恋愛感情に変わりやすいものなんですよ」
得意げに言って、ニヤニヤと何だかムカつく笑顔を浮かべる。
…………この子って、こんなに嫌な奴だったっけ…?
「…………そりゃあまあ、確かに私も、その人には感謝してますよ?姫様を助けて頂いたんですから。
でも、だからといって、正直私としてはあまりその人に固執し過ぎるのは良くないと思うのです…。そんな昔の、顔も名前も覚えてない人の事なんてさっさと忘れてた方が……」
『そんな事言わないでよアリア』
確かに、そうかも知れない。
だけど、そう簡単には忘れられなかった。
辛い時でも、あの時差し出された手の温かさを思い出せば頑張れた。
私みたいな人間でも、この世界に居ていいんだと思えるような気がして……。
一方通行な想いだという事は分かっている。
けれど…………私は、忘れたくはない。
いつだって、“あの人”は私の心の支えだったのだから。
「……まあ、姫様の好きなようにすればいいんじゃないですか?私に口出しする権利なんて無いんですから」
不本意そうな表情ではあるが、アリアはそう言う。
まあ、多分私は言われなくてもそうしていただろうが…。
『うん、そうさせてもらうよ』
頷いて、笑顔を見せる。
『…………ところでアリア。言いたい事が二つほどあるんだけど』
「何ですか、姫様」
『それ!!』
「それって……どれですか?」
『その呼び方!姫様はやめてって前にも言ったのに全然直ってないじゃん!!』
「…………あ、そういえばそうでしたね!」
『忘れてたのか』
落胆の溜息を漏らしつつ、とりあえず改善してもらうよう念を押しておいた。
「……で、もう一つは?」
アリアが訊く。
『うん………………あれ、どうするの』
「あれって、どれですか?」
『だから、あれだよ!!そこに転がってるオジサン!!』
「ああ、あれですか」
すっかり忘れてましたよー、と別段悪びれる様子も無く笑うアリア。
本当……いつからこんな子になっちゃったんだろう……。
使い魔だから仕方ないといえば仕方ないが…。
『まあ、助けてもらった事については文句は無いんだけどさ…………殺さなくても良かったんじゃない?気絶させるだけで。死体の処理はどうするのよ?』
「…………でも、生かしておいたら後々面倒な事になるかも知れないじゃないですか…」
『……それは………………そうだね……』
だが…………私の釈放への道のりは遠のいてしまったと言わざるをえないだろう。
『まあ、死体は闇徒にでも喰わせておくとして…。
私はここに居たらまずい……よね?』
そこに転がっている奴の死について、またあらぬ疑いを掛けられたら堪らない。
一応、私が殺した訳じゃないし…。
『…………どうすればいいと思う?』
「…………脱獄、とか?」
『でも、逃げたら逃げたでまた面倒な事になるんじゃ……』
「逃げ切れば問題無いですよ!」
『…………そうかなぁ…』
確かに、何もしないでここにずっと居ればほぼ処刑確定だよなぁ……。
だけど私にはまだやらないといけない事もあるし。
本当はもっとこの要塞で活動していたかったのだが、この際致し方ないか…。
『………………そうだね、脱獄しよっか』
一応調べ物は出来たのだから、当初の目的の半分くらいは達成されている。
後は、要塞内に居なくても何とか出来るだろう。
必要ならおじいちゃんのコネを使わせてもらえばいい。
『よし、じゃあ早速……』
コンコン、と壁を叩く。
すると、部屋の隅からジワリと黒いモノが滲み出てきた。
闇徒だ。
現在、ザイフォンは封じられてしまっているので、その延長線上にあるとも言える黒法術は使えない。
なので、仕方なく、ネレ流の方式を使う事にした。
ネレは他の黒法術師同様、闇徒を意のままに使う事が出来るが、彼女のは正確には黒法術ではない。
説明するのはちょっと難しいが……。
普通の黒法術は、対価を支払う事によって闇徒を操る。
例えるなら、お金を払って仕事をさせるといった具合だ。
しかしネレの場合、仕事をさせるのではなく“してもらう”のだ。
友達に「ごめん!私の代わりに宿題やっておいて!」という感じで。
無論そこに対価は発生しない。
つまり対価無しで大きな力を使う事が出来るわけだが…。
相手が拒否すれば仕事はしてくれないし、近くに頼む相手が居なければ当然何も出来ない。
まあ、ネレの場合は色々と特殊だからこんな事も出来るわけだし、支持率も相当なものだから拒否される事なんてほぼ皆無だが…。
私だったらそう上手くは行かないかも知れない。
と、少し心配していたのだが、ちゃんと闇徒が来てくれたので一安心。
この辺りで潜伏していた奴なのだろうか…?
『あ、それ喰べといてくださーい』
私が言うと、闇徒がヤナギの体を包み込み――
闇徒が消えると、彼の死体は衣服だけを残して跡形も無く消え去っていた。
斬ったりはしていなかったため飛び散った血も無く、死体の件についてはこれで一件落着だ。
あとは……。
『武器が必要かな…』
すんなり脱獄出来る訳無いだろうし、他の人と遭遇したら撃退しなくてはならなくなる可能性もある。
しかし手持ちの武器は、幸運にも身体検査を免れた、両足のブーツに隠してある小型のダガー計2本だけだ。
ザイフォンが使えないのだから、これでは足りないだろう…。
『…………ねぇアリア』
「何ですか?」
『これ、取れないの?』
手首に嵌められている物体を示して問う。
「その手枷は特別な鍵が無いと取れないようになっていて、その鍵は看守の皆さんが待機している部屋に置いてあるので無理です」
あっさりそう言われてしまった…。
これさえ取れれば苦労も半減なのだが、無理なら仕方ないか…。
そうなるとやはり武器が必要だな……と辺りを見回すと、ある物に目が留まった。
ヤナギが着ていた軍服に埋もれている、彼のサーベル。
正直、長剣を扱うのはあまり得意ではないのだが、今はそうも言っていられない。
鞘ごと軍服から取り外して持ち上げると、案の定それはずっしりと重かった。
おそらく2キロくらいはあるだろう。
こんなのを振り回すのは骨が折れそうだな…と内心溜息を吐く。
そして、鞘から剣を引き抜いてみた。
銀色に光る、湾曲した刀身。
一般的なサーベルの例に漏れない片刃の曲刀だ。
しかし、あまり手入れされていないのか、それとも使い方が悪かったのか、所々刃こぼれしている箇所があった。
だが、これしか無いのだから仕方ないか…。
『まあ、何とかなるよね』
剣を鞘に戻して左手に持つ。
「もう行っちゃうんですか?ルフィア様…」
残念そうな表情でアリアが私を見る。
『こんな所に長居しても意味無いしね。後の事は任せたよ、アリア』
「分かってます!ルフィア様に有利になるよう嘘の証言と多少の偽装はしておきますから安心してください!」
そんなふうに意気込むアリアを見ると、何だか妙に嬉しくなる。
見た目がもうちょっと…こう…可愛い女の子だったらもっと嬉しいのだが…………それは言わないでおこう。
『うん。ありがとう、アリア』
「また困った事があったら遠慮なく言ってくださいね!“私達”はいつだって貴女の味方なんですから!」
そして、アリアはそう言ってにっこりと笑った。
* * *
すぅっ…と静かにドアを開く。
人一人が通れるくらいまで開くと素早く外に出て、ドアの両側で待機していた軍人の片方の背後に回り込み、首筋に手刀を落として気絶させた。
そして、こちらに気付いたもう一人にも鳩尾に蹴りを入れ、怯んだ所で同じように背後に回って手刀を落とし、気絶させる。
彼等はだいぶ油断していたようで、あっさり倒せた。
周囲を見ても他の人間は見当たらない。
『とりあえず、順調なスタートだね』
まあ、大変なのはこれからだろうが……。
“………………おいルフィア。本当に脱獄すんのかよ”
――あ、ルーク!今までずっと黙ってたくせに今頃出て来たのかよ!!
“煩いな…………オレにも昼寝の自由はあるだろ”
――寝てたのか!!私が大変な事になってたっていうのに!!
“あー、悪かったよ。だからそんなに叫ぶな。煩い”
――………………そりゃあまあ、もうちょっと軍に居たかったなっていう気持ちもあるけどさ。
だけど、あんまり迷惑は掛けられないじゃん。アヤナミ様達には。
脱獄したらしたで迷惑掛かりそうな気もするけど、ここに居たって良い事無さそうだし。
“…………それでいいのかよ?”
――…………仕方ないよ。今回はちょっと運が悪かったんでしょ。
“……まあ、既に一人殺してるし、この二人も倒しちまったからな。今更後戻りも出来ねぇよ”
――そうだね…。
あはは…と二人して苦笑いを浮かべる。
『とりあえず、看守さんの部屋とやらに行こうか。ザイフォンが使えないままじゃ不便すぎるし』
“お、敵の本拠地に突っ込んでいくような事すんのか。それはそれで面白そうだが…………何処にあるのか分かってるのか?”
――………………歩いてればそのうち着くんじゃない?
“……随分アバウトな作戦だな。素直に分からないと言えよ”
――言うもんか!
“ははっ、強がるなよ。また迷子になっても知らないぞ?”
――大丈夫だってば!私だってそう何度も迷子になったりしないし!
“嘘はよくないぞルフィア。そんな事言ってるくせに何度も迷子になる奴はお前じゃないか”
――…………ああもう!ルーク煩い!こんな所で無駄話してる余裕は無いんだから黙ってて!!
“ったく……最初に煩くしたのはルフィアじゃねーか……”
まだルークが何かぶつぶつ呟いているが、自分でも言ったように、そんな事をしている余裕は無いのだから適当にスルーしておこう。
『それじゃ、行きますか!』
何となく気合いを入れ直し、私は廊下を歩き始めた。
* * *
「何者だ?!止まれ!!」
言いながら、相手が警棒を振りかぶって襲い掛かってくる。
しかし……そんな大振りで隙だらけの攻撃が私に当たるわけがない。
無駄の無い動きで横に躱し、擦れ違い様に鞘に入ったままのサーベルで相手の後頭部を殴り、気絶させる。
それで終了。
脱獄する人なんてそうそう居ないようで、皆さん油断しまくっている訳だから、毎回楽勝だ。
『何か……結構簡単に行けそうな気がしてきた』
“……残念ながら、オレも同感だ”
そして……
『…………ねぇ、あの部屋じゃない?』
“かもな。雰囲気的にも”
視線の先には、一つのドア。
廊下に面した窓があり、そこから看守っぽい感じの人が数人居るのが伺える。
――……行くか。
“やっぱ行くのか”
――まあ、何とかなるっしょ。
近くに誰も居ないのを確認してから、そのドアの前に立つ。
そして、コンコンとノックした。
“…………やっぱり堂々と入るのか……”
――他にどうしろっていうの?窓でも割る?
“いや……この方法で問題無いよ…”
そんなやり取りをしながら待っていると、すぐにドアが開き、中から一人の看守が姿を見せた。
「えーっと……誰だい君は。ここは子供が来る所じゃぐあっ!!?」
会って数秒だと言うのに説教モードに入ろうとした彼の顎を下から蹴り上げる。
狙いが正確なら、これで脳震盪でも起こしてぶっ倒れてくれるはずだ。
…………ちなみに、台詞を途中で遮ってしまった事については大変申し訳無く思っている…。
「なっ…何だね君は!!」
すぐに異変に気付いた他の看守がそう怒鳴る。
室内に残っているのは……あと三人。
そのうち、一番ドアに近い所に居た一人に狙いを定め、一瞬で間合いを詰めた。
「くっ……」
そして鳩尾に拳を叩き込む。
そのままそいつは前のめりに崩れ落ちた。
「貴様、何をして……っ!」
一人が叫ぶ。
彼が居るのは部屋に置かれている机の向こう側。
仕方ないのでその机に飛び乗って……。
「なっ…!?」
ジャンプして空中で身体を捻り、
「げふっ!!」
側頭部に蹴りを入れる。
私が着地するのと、蹴られた勢いで看守が付近にあった棚に突っ込んだのがほぼ同時だった。
そしてそいつは、打ち所が悪かったのか動かなくなる。
気絶しただけだと助かるのだが…。
「……う、うわあぁぁっ!!」
そんな様子を見ていた残りの一人は、情けない悲鳴を上げ、部屋から逃げようとドアへ走る。
だが、
『逃げられると困るんですけど』
左手に持ったままだったサーベルをそちらに向かって投げ付ける。
それは見事に彼の背中に命中し、彼は短い呻き声を上げて前方に転んだ。
私はもう一度机を乗り越えてそいつの所に向かう。
「っ、や、やめてくれ!!殺さないで!!」
叫びながらも必死に立ち上がって逃げようとする彼の首筋にも手刀を落として気絶させた。
それから、床に転がっているサーベルを拾い、静かになった部屋を見回す。
『……ちょっと疲れたけど、制圧完了、かな?』
“だな。……お疲れ”
『うん』
清々しい気分でそう呟いた。
* * *
『………………どう思う?』
“………………さっぱり分からん”
『……だよねぇ…』
室内にあった、鍵の保管されている棚の前で首を傾げる私。
棚には、大量の鍵。
それも、十や二十なんてあまっちょろい事は言えないくらい――ひょっとしたら百個くらいはあるんじゃないかというくらいに大量に並べられているのだ。
そのどれもが大きさ、形、材質もばらばらで。
これは何々の鍵ですよ~というような親切な貼紙でもしてあれば楽なのだが、それも無い。
『……どうする…?』
“一つ一つ調べてたら何時間掛かるか分からねぇしな…”
はぁ…と二人して溜息を吐く。
『…………!』
と、そこで、廊下から微かに足音が聞こえた。
――誰か来る…?
“…………そのようだな。足音と気配から推測すると――”
――相手は二人かな…。
“ああ”
左手に持ったサーベルを握り直し、出入口のドアの横まで移動して外から見えないよう身を潜める。
気配は消さない。殺気も出さない。
相手がそれなりに出来る奴だったら、急に気配を消したりしたら逆に怪しまれるから。
油断させておいて、この部屋に入って来た瞬間を狙う。
徐々に足音は近付いてくる……。
そして、
一人が部屋に入ってきた。
ノックとかはしないのかよ、なんていうツッコミは今は置いといて。
まずは先制して攻撃を仕掛ける。
横からサーベルをそいつの腹部に叩き込んだ。
…………しかし。
感触がおかしい。
見ると、
『な……』
思い切り勢いよく叩き付けたはずなのに、それが彼に片手で受け止められていた。
驚いて、その人の顔を見上げて――更にびっくり。
『…………あ、あれ…?何で、こんな所に居るんですか…?』
「…………それは私の台詞だ」
銀の髪、整った顔立ち、きっちり被った軍帽、そして紫の鋭い瞳。
それはもう、見覚えありまくりな顔だ。
「ルゥたん!?何してんの?!」
そして彼の後ろから姿を現したのは、これまた見覚えありまくりなサングラス。
『しょ、少佐まで……。何で居るんですか』
「いや、やっとルゥたんの釈放の許可が下りたからこれから迎えに行こうと思ってたんだけど……」
「……まさか既に出て来ていたとはな…」
ひらひらと何かの紙を掲げて示すヒュウガ少佐と、呆れたように呟くアヤナミ様。
『え、私釈放してもらえたんですか?』
とりあえず、少佐に気になったことを訊いてみる。
「そうだよ~。真犯人が見つかったからね」
『そうなんですか!良かったー!』
やっぱり冤罪だったじゃないか!と手放しで喜んでいると……。
「喜ぶのはまだ早い」
アヤナミ様の手がぽんと肩に置かれ、そう言われた。
『何でですか…?』
尋ねると、普段は無表情なアヤナミ様がとても楽しそうな表情になって、
「お前には訊きたい事が山ほどあるからな…」
そんな事を言う。
一体何を…?と質問しようとしたところで、周りに倒れ伏している人達が視界に入った。
『…………こ、これには色々と理由がありまして……』
弁明しようとすると、それを彼に制された。
「……立ち話も難だ。続きは私の部屋でゆっくり聞くとしよう」
…………何故だろう。
アヤナミ様はとても良い笑顔をしていらっしゃるのに、冷や汗が止まらない。
逃げようか……と思って後ずさると、誰かに腕を掴まれて阻まれた。
見ると、
「ごめんねルゥたん。これも仕事だからさ」
――貴方はこんな仕事よりもデスクワークの仕事をするべきなんじゃないですか?!
なんて事は、この状況では言える訳も無く……。
私は泣く泣く彼等に着いて行くこととなった…。
* * *
そして……。
椅子に腰掛け優雅に足を組むアヤナミ様。
その正面で床に正座しているのは…………私。
例の手枷を外してもらった後、あの部屋でお二人に会うまでの出来事をあらいざらい白状させられ、参謀長官殿の有り難くないお説教を食らっている訳だ。
一応、ヤナギを殺しちゃった事については適当にぼかしておいた。
アリアの存在は伏せておきたいし。
…………ちなみに、もう既に足がヤバい。
正座なんて慣れていないから、まだそれほど時間は経っていないのに足が痺れてきた。
今すぐ足を崩したいのだが…………残念ながら私にそんな勇気は無い。
こんな事になるんだったら立ち話の方が良かった……。
そんな事を考えていると。
パッシーン!!
「聞いているのか」
『聞いてます聞いてます!!』
鞭が私のすぐ傍の床を打った。
言うまでもなく、ものすごく怖い…。
「あははっ、ルゥたん可哀相ー。……ぎゃっ!!?」
そして、びくびくしている私を見て笑っていた少佐は鞭の餌食に。
明らかにとばっちりだな……可哀相に……。
「…………ルフィア」
『は、はいっ!』
「お前は、今回の事でどれだけ迷惑を掛けたか分かっているのか?」
痛みに呻いているヒュウガ少佐の存在は完全に放置して話を進めるアヤナミ様。
……ドンマイ、少佐。
『…………はい……すみませんでした…』
「お前が居ない分、仕事が溜まった事はもちろん、他の者の作業効率も下がった。加えて、ヒュウガ達は真犯人を見付けに行くなどと言い出して書類を放り出し……」
等々、半分愚痴が入っているような事を延々と語る。
「……でもさ、ルゥたんが居なくて仕事に集中出来てなかったのはアヤたんだって同じじゃぎゃあああっ!!」
そして、いつの間にか復活していた少佐が横槍を入れ、再び鞭の餌食に…。
誰かが彼に「口は災いのもと」ということわざを教えてあげた方がいいのではないだろうか…?
「他にも、先程の脱獄未遂の件の後処理という仕事まで増やして……」
『……その事については、大変申し訳無く思っております…』
反論の余地も無いので小さくなって謝るしかない。
「…………しかし、こうも簡単に脱獄を許すとは…………警備の見直しが必要か……」
そんな事を呟いて、アヤナミ様は一人で思考に耽り始めてしまった。
見直しの案でも考えているのだろうか…。
…………でも、正座のまま放置されてる私はどうすればいいんですか。
『あ、あのー……』
「…………」
『………』
「…………」
………………放置か。無視か!アウト・オブ・眼中か!?
『アヤナミ様ー……』
「…………」
『あのー……』
「…………」
「…………あれー?ルゥたん放置プレイ?可哀そぎゃぁあああ!!」
「……ヒュウガ、いい加減黙れ」
……どうやらアヤナミ様の意識は既にこちらに戻っていたらしく、またしても少佐は余計な事を喋って鞭の餌食に…。
確かに、アヤナミ様の言う通り黙ってた方がいいのでは……?
というより、これだけやられてるのに学習しない少佐って一体……。
「まあ、ともかく……」
屍と化したヒュウガ少佐は無視して、アヤナミ様がこちらに向き直る。
『な、何でしょうか…?』
「――……ルフィア、お前が無事に帰ってきてくれてよかった」
そう言って、ぽふんと私の頭に大きな手の平が乗せられた。
予想もしていなかった言葉に、私はびっくりして声を失う。
「……そろそろ執務室に戻るぞ。クロユリ達もお前の事を心配していたからな。顔を見せてやれ」
『あ…はいっ!』
アヤナミ様に、さっさと立てというような顔で手を差し出されて。
私は彼の言葉に頷いてその手を取る。
そして力強く引っ張り上げられて立ち上がった。
…………が、雰囲気に流されていたのか、大事な事を忘れていた。
足が痺れているのに勢いよく立ったから、身体中に電流が流れたような感覚に襲われ、引っ張られた勢いのままアヤナミ様の胸にダイブしてしまった。
『っ…………あっ、す、すいませんっ!!』
我に返って、慌てて彼から離れる。
――恥ずかしい…。
顔が火照っているようで、それを見られたくないのと、彼の事を直視出来ないのとで、私は俯く。
「ああ、言い忘れていたが…」
数秒間の居心地の悪い静寂の後、アヤナミ様がそう切り出した。
『な、何でしょうか…?』
「執務室のお前の机に、溜まった分の書類を置いておいた。今日中に全て片付けろ」
『え……』
さっきまでの雰囲気をぶち壊すまさかの衝撃発言に、私は目を丸くする。
「ちなみに、終わらなければお仕置きだ」
…………お仕置きの内容は分からないが、私は背筋を冷や汗が流れていくのを感じた…。
「行くぞ」
そう言って、倒れている少佐を乗り越えて…………ではなく、踏み付けて部屋を出て行ってしまうアヤナミ様。
半ば呆然としつつも、私も彼を飛び越えてアヤナミ様の後を追った。
* * *
『はぁ……疲れた……』
あの後、執務室に戻ると私の机には見事な書類の山が築かれていた。
今日一日で終わるか不安になる量だったが、アヤナミ様の“お仕置き”が怖くて死ぬ気で終わらせた。
それでもかなり時間が掛かって、今は既に午後10時を回っている。
こんなに長く残業したのは初めてだろう…。
他にも、ブラックホークの皆さんに取り囲まれて再会を喜び合ったり、質問攻めにされたりと色々あって。
そんな訳で、もうヘトヘトだ。
今は、さっさと部屋に帰って寝ようと思いながら廊下を歩いている途中。
だからだろうか。
疲れからなのか、それとも日常に戻りつつある事に安堵していたからなのか……。
いずれにしろ、私は完全に油断していた。
『……っ!?』
突如後ろから腰と口に手を回され、変な薬品臭のする布を口に押し当てられた。
一瞬驚いて思考が停止したが、すぐに我に返り、下にしゃがんで誰かの腕から抜け出る。
そして少し距離を取って、今襲ってきた奴に向き直った。
しかし……。
頭がふらふらする。
それほど多く吸い込んだつもりは無かったのだが、少量でも効果があるものなのだろうか…?
『…………、貴方、誰なんですか』
全く見覚えの無い人だ。
「答える義理は無い。俺の仕事は、ターゲットを速やかに拉致し、依頼主に届ける事だけだ」
冷たい眼差しを返される。
仕方ない、と銃でも使って応戦しようとしたのだが……。
――……無い…。
いつも吊っている右腰に手を伸ばしたが、そこには何も無い。
没収されたまま返してもらってないのをすっかり忘れていた。
――最悪だ。
しかも、どうするか考えようとしても、徐々に意識が朦朧としてきて考えがまとまらない。
おまけに、身体にも力が入らなくなってきて、膝ががくんと曲がって床に崩れ落ちた。
ザイフォンを出そうとしてみても、うまく集中出来なくて……。
男がこちらに歩いて来るのに、攻撃する事はもちろん、逃げる事すらままならない。
『…………な、んで……』
――情けない。
別に自意識過剰な訳ではないが、自分はそれなりには優秀だと思っていた。
私の調子が良ければこいつが近付いて来た時点で気付いてたのに。
拳銃さえあればこいつの脳天に風穴開けてやるのに。
そんな事を思っても、往生際の悪い負け惜しみにしかならない。
でも、まさかこんな所でやられるなんて……。
やりたい事とか、やらなきゃいけない事とか、クリアしなきゃいけないゲームとかがまだまだたくさんあるのに。
「…………悪く思うなよ」
再び布を口に当てられて、私の意識は闇へ沈んでいった。
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