第十八話 決意
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まあ、色々あって、何となくブラックホークの皆さんとの距離が縮まったような気が……しないわけでもない。
……実際はあまり変わっていないかも知れないけど。
私も、他の人にはできれば見られたくないと言い訳をしてコンタクトを付けたままだし、皆さんの私への接し方も取り立てて変化した所は無いように思う。
ただ、明らかに変わった事もある。
それは……
ヒュウガ少佐が前にも増してベタベタしてくるようになった。
「おはよぉ~ルゥたん♪今日も可愛いねぇ~」
ほら、昨日に引き続き今日も出勤と同時に抱き着いてきた。
……まったく、ウザいったらありゃしない。立派なセクハラじゃないか。
そんな感じでじっとりした視線を投げつけていると……
「…………ヒュウガ、席に戻れ」
パッシーン!!とアヤナミ様の鞭がしなる。
「う゛っ…………ルゥたん……へるぷ、みぃ…」
ばた。と少佐が倒れる。
このやり取りも、少佐がベタベタしてくるようになってからよくある事になった。
ただ、何故か毎回少佐の断末魔の内容が変わるので意外に飽きない。
そして私に一切危害を加える事無く少佐を仕留めるアヤナミ様の鞭捌き。
素晴らしいのは確かだが、これがまた怖いったらありゃしない。
確かに自分には当たらないけど、こちらに向かって超高速で飛んでくる鞭はやっぱり怖い。とても怖い。
そんな感じで、朝っぱらから非常に心臓に悪いイベントを乗り越えて自分のデスクまで辿り着かなくてはいけなくなったのは正直困る。
だって……私の貴重な寿命が縮んじゃうし!!
……だけど、何だかんだ言って今の生活を楽しんでいる自分も居る。
もともとはこんなつもりで軍に入った訳じゃないのに…。
私にはちゃんと目的があって、今の生活はそれを達成するためのプロセスでしかない。
なのに、もっとこの時間を楽しんでいたいと思ってしまう。やるべき事もあるけれど、ちょっとくらい後回しにしたっていいんじゃないかって思ってしまう。
まったく……困ったものだ。
*
そういえば、困ったことがもう一つある。
実は最近――というか、この前の出来事があってから……
アヤナミ様を見ると、何故か妙にドキドキする。
ふとそんな事に気付いた。
まあ、生きていくのに支障があるような問題じゃないけど、やっぱり困る。精神衛生的に良くない。
……そんな訳で、原因を探るためルークと共に脳内会議を行った結果、今までの経験やら知識やら何やらを総合して『恋なのではないか』という結論に至った。
……。
……………。
………………いやいやいや。
ないない。ありえない。それだけは絶対無い。
だって、あのアヤナミ様だよ?色々怖いアヤナミ様だよ?!
そんな人を好きになるって、どんな物好きだよ!!むしろドMか?!変態か?!!
つか私はどれでもないぞ!!
まあ百歩譲って――いや、一億歩くらい譲ったとして。
その推測が正しいとする。
だとしたらきっと原因はアレだ。
あの、“吊橋効果”とかいうやつだ!
吊橋等の場所で感じた恐怖によるドキドキを恋愛感情のドキドキと勘違いしてしまうというあの恐ろしい現象。それが吊橋効果。
うんうん。それなら納得出来るよ。アヤナミ様って超怖いもん。
……でも、これだと吊橋効果っていうよりアヤナミ様効果って感じだね。
というか、色々無理があるんじゃない?
第一歳の差が半端じゃないし。…アヤナミ様が何歳なのかは知らないけど。
コナツさんとかの方がはるかに現実的…………って、何考えてるんだ私。
「ルフィア」
『え……あ、はい!』
ぼーっとしていたら、突然アヤナミ様に声を掛けられた。
…………声裏返っちゃってたよね、今の返事…。
「その処理済みの書類は総務部に届けてこい」
『これですか?了解です』
表には出さないが、先程までの考え事の内容もあって、一方的な気まずさを感じる。
彼の言葉に頷くと、私は書類の束を持ってすぐに執務室を出た。
* * *
『失礼しました』
ぴしっと敬礼をして、総務部の部屋から出る。
とりあえずこれで書類の配達(?)は完了だ。
さて、帰るか。と心の中で呟いて、元来た道を戻っていく。
それにしても……無駄に遠い。
廊下はやたら長いし、景色も代わり映えがしないから同じ所をぐるぐる回ってるんじゃないかと思えてくる。
『確か、もうちょっと行った所の階段を上るんだよね…?』
未だに複雑怪奇な要塞の地理が把握出来ていない私。
あまり行かない所では迷子になりかねない…。
そんな不安を心の隅に感じながらも、なんとかなるさと自分を勇気付けながら歩く。
もうすぐ階段に辿り着くという所で、向こうから知らないオジサン……もとい、そこそこ偉そうな軍人さんが歩いて来るのが見えた。
相手の方が階級が上の軍人だった場合、道を開けて敬礼してやり過ごすのがマナー……だったよね…?
そんな訳で、そのマナー通り壁ぎわに避けて背筋を伸ばして敬礼。
偉そうな人って大体ベグライターとか部下の人とか連れて大所帯で歩いてくる事が多いから、一人で歩いてるのって珍しいなー、なんて思いながら通り過ぎるのを待つ。
そして、このまま通り過ぎてくれる……と思いきや、
「おや。君は新しくアヤナミ参謀のベグライターになったという子じゃないか」
声を掛けられた。
「いやあ、実際に見てみるとなかなかどうして、可愛らしい娘さんじゃないか。その上とても優秀だとか…」
しかも何故かベタ褒めし始めた。
…………私って、そんなに優秀だったっけ…?
「デスクワークもこなせて実戦でも使えるとか。こんなに優秀な部下が居ればさぞかし仕事も楽になるだろうなぁ…」
いや、あの、そんなに褒められると私、調子に乗っちゃいますよ?
「――そこで、だ。どうだね、私の下へ来る気はないかい?」
…………はい?
えっと……スカートですか?
“スカートじゃない。スカウトだ”
ルークのツッコミが入った。
「当然、君には今よりも良い条件を用意するよ。
どうだね?良い話だろう?」
ニコニコという擬態語が浮かんでいそうなくらいに満面に人懐っこい笑みを浮かべて話すオジサン。
こういうのを好々爺っていうのかな。まだ爺って言うほど歳食ってなさそうだけど。
だけど……どうしよう。
ブラックホークに入ったのだから、こんな事を言われるなんて思ってもいなかったし…。
今よりも良い条件って……給料アップとか?勤務時間の短縮?
もしそうなら、悪い話じゃないかも…。
でも……。
『……せっかくのお申し出、有り難いのですが断らせていただきます』
結局、私の出した結論はこれだった。
確かに怖い上司とか仕事をしない上司とかが居るけど、私はこの職場が好きみたいだし。
そりゃあまあ、給料上がったり勤務時間減ったりしたら嬉しいけど…。
だけどそれ以上に、ブラックホークの皆さんと居るのが楽しいから。
「…………そうか。君も所詮はあの下賎な黒法術師どもの同類という事か」
オジサンが低い声で言った。
先程までの笑顔はいつの間にか跡形も無く消え失せて、見下すような目でこちらを睨みつけている。
『え…?』
「君はまともな人間なのだと思っていたのだが…どうやら私の思い違いだったようだ。
やはり化物は化物でしかない」
まるで人が変わってしまったかのように、雑言ばかり放つ。
「黒法術師は忌ま忌ましい化物だ。この世に存在するべきではないクズだ。君もそう思うだろう?」
――やめて。そんな事をそれ以上言わないで。
耳を塞ぎたい。こんな言葉、聞きたくない。今すぐここから逃げ出したい。
だけど、身体が固まって動いてくれない。
「化物など、自らの力に喰われてさっさと死んでしまえばいいものを…」
悲しい。悲しい。辛い。
――憎い。
どうしてそんな事を言うの?
ブラックホークの皆さんは……確かに黒法術師だけど……でも、化物なんかじゃない。
皆優しくて、良い人達なのに。
何も知らないくせに何でそんな事を言うの?
憎い。
憎い憎い。
憎い憎い憎い。
――死ねばいいのは、お前の方なのに…。
そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
* * *
“――ルフィア!!”
『…っ!?』
頭の中にルークの大声が響いて、私は我に返った。
視界の端に映ったのは、すごいスピードで走り去っていくオジサンの後ろ姿。
何故だろう。体中が――特に手の平がやけに熱い。
“大丈夫か、ルフィア?”
――え?う、うん…多分…。
ルークの質問の意味がよく分からない。とりあえず曖昧な返事は返しておいたが…。
“…………もしかしてお前、今の覚えてないとか…?”
――今の…?
今、何かあったのだろうか。
“とりあえず、周りを見てみろよ”
『え…?』
ルークの言葉に辺りを見回してみると、周囲の壁の至る所が文字の形に抉られていた。
まるで誰かがここでザイフォンを使ったかのように。
当然、それは先程までは無かったもので…。
“ホントに覚えてないのか?お前がやったんだろ?”
――私が?!
ありえない。
覚えがないというのもあるけれど、それに加えて、これはどう見たってそれなりに強いザイフォンで出来た傷。
私にはそんなに強力な攻撃系ザイフォンを裏ワザも使わずに出すことは出来無い。
無意識だったら裏ワザを使うこと自体出来無いだろうし。
…………しかし、ここに私以外の人がいないのも事実だ。
それに、ルークがそう言ってるんだから……。
――本当に、私がやったの…?
“だから、そう言ってるじゃん。……オレも驚いたけどさ”
――そっか…。
“……ところで、目前に迫った非常に気掛かりな問題があるんだが”
『…………うん。分かってる。
コレって…まずいよね』
見回すと、ボコボコに抉られた壁。
日曜大工のスキルすら無い私が一人で復旧するのは不可能だろう。
しかし、だからといって放置する訳にもいかない……と思う。
――ねぇ、どうするの?
“それはオレの台詞だ”
……ですよねー。
ルークの言葉にハァ…と溜息を吐く。
ほったらかしにすれば問題になるのは必至。
かと言って修理も出来無いし……。
『…………仕方ない、後でおじいちゃんに揉み消してもらうか』
“それが手っ取り早いよな”
全会一致でその案に決まった。
そうと決まれば行動は早い。
ここに居ても意味は無いので、私はさっさとその場を後にした。
* * *
――それにしても…。
私は歩きながら考える。
何故、ザイフォンが出せたのか。
今までどんなに頑張っても駄目だったというのに……。
“…………これはオレの推測だが、”
ルークが唐突に喋りだす。
“もしかしたらルフィアは、今までに他人を殺したいほど憎んだ事が無かったんじゃないのか?”
――え…?
その言葉に立ち止まる。
人間なのだから、そのくらいの事はあるんじゃないかと思った。
しかし……記憶を辿ってみても、確かに思い当たる節は無い。
何故だろうと考えていて、気付いた。
私は、昔から他人とは出来るだけ関わらないようにして生きてきた。
無関心を貫いて、深く関わり合うのを避けて。
…………自分が傷付かないようにと…………。
“攻撃系ザイフォンは殺意で発動して、想いが強ければ強いほど威力を増す。
今まで他人の事には無関心だったお前は憎しみや殺意を知らなかった。そんなお前が攻撃系ザイフォンを使える訳がなかったんだよ”
ルークの言う事は、理に適っているように聞こえる。
ならば――
私はあの直前に、確かに彼が“死ねばいい”と思った気がする。
よく分からない、どす黒い感情が頭の中を渦巻いて――
苦しくて、悲しくて、憎くて、許せなくて……。
それが“殺意”なのだろうか。
だとしたら、それはルークの言う通り私の知らない感情だった。
そして、その事は新たな問題を生む。
自分に対して何か言われる事には慣れていた。
昔はいつもそうだったのだから、聞き流すなり何なりして適当にあしらっておけばいいと分かっている。
しかし、自分以外の“誰か”に向けてそのような事を言っているのを聞くというのは、あまり経験したことが無かった。
士官学校時代にも、テイトが色々な事を言われているのを聞いてはいたけれど、多少不愉快に思う程度で、頭に血が上ったりはしなかった。
にもかかわらず、今回、私が我を見失うような状態になったということは――
――その“誰か”が私にとって余程大切な存在であるということを意味する。
それは、あまり好ましくない事態だ。
別に、ブラックホークの皆さんに対して好意を抱いてはいけないという決まりがある訳ではない。
しかし、好意を持ってプラスになる事は特に無く、むしろマイナス面の方が大きいのだ。
――彼等の事を大切に思えば思うほど、別れる時につらくなる。
するべきことが終わったら、私がここに居る意味は無くなる。
そしたら、その時に待っているのは別れだ。
愛国心がある訳でもなく、ましてや忠誠心のかけらも無いような人間は軍に居るべきではない。
それに、できるだけ“彼奴”の傍に長居するのは避けたい。
…………しかし、それに相反する気持ちがあるのも事実。
――どちらを選べばいいかは、分かっているつもりなのに…。
きっと、私はどちらを選んでも後悔するのだろう。
私の中にある前世の記憶は、あらゆるパターンの人生での経験を教えてくれたから。
どうせ私が後悔するのなら、せめて他の人達に迷惑の掛からない選択肢を選びたいと思う。
とっくに答えは出ている。
しかし…………どうしても躊躇してしまう。
この場所に立ち止まって、前にも後ろにも進まずに、ずっと“今”という時間に居たい。
それが叶わないということは、嫌というほど分かっているのに――
「あれ?ルフィアじゃん」
『わぁっ!!?…………って、何だ、クロユリ君か…』
突然背後から声を掛けられて振り向くと、そこにはクロユリ中佐が居た。
その後ろにはハルセさんも立っている。
「ルフィア、こんな所に突っ立って何してたの?ただの変人に見えたよ?」
…………手厳しいね、クロユリ君。
『えっとですね……人生という名の道の迷子になってました』
「つまり道に迷ったという事ですか」
「それでこんな所に居たの?
……馬鹿だね」
『なっ…』
酷いよクロユリ君っ!!
せめて笑顔で言ってほしかったな……。「馬鹿だね」って言った時めっちゃ真顔だったよ…。
身長はクロユリ君の方が低いはずなのに見下されてる感じがするし…。
『だ、だって、ほら、迷子になったらその場を動くなって言うじゃないですか!少なくとも状況が悪化する事は無いですし!』
とりあえず弁明する私。
…………あれ?別に迷子になってた訳じゃないよね…?
「でもさ、ルフィア。
立ち止まってたら、正しい道は見つけられないと思うよ?」
首を傾げながらそう言ったクロユリ君。
私はその言葉に、少しだけ目を見開いた。
「確かにクロユリ様の言う通りですね」
ハルセさんも微笑みながらクロユリ君に同意する。
おそらく……というよりほぼ確実に、二人は私が迷子になっているという前提で言っているのだろう。
だけど、私にはどうしても別の意味に聞こえてくる。
――これは、私に前に進めと言っているのだろうか。
確かに、立ち止まっていたら状況は悪くならない代わりに良くもならない。
一歩踏み出せば、何か変わるのだろうか。
そうすれば、良い方向に行けるのだろうか。
……それは分からない。
けれど、いつかは決断しなければならない時が来る。
だったら、私はどうしたら良いのだろう。
――出来れば、後悔はしたくない。
自分の為にも、いずれ私の記憶も引き継いで生まれてくるであろう来世の“自分”の為にも。
あの時ああすればよかったのに、と後から悔やむのは嫌だ。
やりたい事は早く成し遂げておいた方が良いに決まってる。
ならば、
――私は、やはり進むべきなのかもしれない。
今、出来ることをやればいい。
その後の事は後で決めればいい。その時選びたい道を選べばいい。
それなら大丈夫な気がする。
――いや。大丈夫だって信じてれば、きっと何とかなる。
躊躇っていたって仕方ない。
そろそろ、私も前に進もう。
その先に、たとえ何が待ち受けていようとも――…
「おーい、ルフィアー」
いつの間にか歩き出していたらしいクロユリ君が、少し離れた所から私に呼び掛ける。
「そんな所にずっと居たらそのうち餓死するよー?」
今度はいつもみたいな可愛い笑顔だけど、言ってる内容は相変わらずだ…。
その隣に立っているハルセさんも苦笑いしている。
『餓死って…………それ、最悪の死因じゃないですか!』
彼の言葉にそう返して、私もそちらに向かって歩き出した。
前に進もうという、その決意を胸に抱きながら……。
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