第十七話 悲しみ
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* * *
暗い。
何処までも続く闇。
何も見えないから、地に足が着いていないような奇妙な感覚にとらわれる。
――何で私は、こんな所に居るんだろう。
ほっぺたをつねってみるが、痛みが無い。
『なんだ、夢か』
だったら、適当にふらふらと歩いていればそのうち終わるはず。
今までにも何度かあった展開なので別に何とも思わない。
行くあても無いので、とりあえず正面に向かって歩き始めた。
しばらくすると、景色がだんだん灰色になってきた。
『変な夢だなぁ……』
ここまで意味の分からない夢は久しぶりだ。
まあ、意味が分からないからこそ夢なのだろうが…。
だが、他にする事も無いのでまだ歩き続ける。
またしばらく経つと、佇む黒い影を見つけた。
今まで何も無かったので、一体あれは何だろうと不思議に思う。
近付いてみる。
装飾が施された黒いローブ。
そこから所々覗いている四肢に肉は無く、ただ骨だけがあった。
私に気付いたのか、それが私の方に振り向いた。
顔があるべき所には灰色の頭蓋骨があって、瞳の無い双眸に見据えられる。
『…………誰…?』
そんな事は問わなくても解っている。
でも、私は何故かそう尋ねた。
「貴様に名乗る名前など無い」
“彼”はそう切り返した。
――何でこんな所にアイツが居るんだろう。
そう思ったが口には出さず、私はそのまま彼の横を通り過ぎようとした。
しかしそれは叶わず、突如彼は私の首を締め上げた。
そのまま持ち上げられ、私の体は宙に浮く。
骨だけの指が首に食い込んだ。
「貴様さえ……貴様さえ居なければ……!
あの時貴様があんな事を言わなければ……私は…!!」
憎しみの篭った震える声が私を突き刺す。
私の首を締め付けている指に、更に力が込められる。
何故だろうか。絞められている首よりも、胸の辺りが痛い。
肺が焼け焦げるような痛み。心臓を鷲づかみにされるような痛み。
苦しい……苦しい……痛い……、
…………悲しい…………。
私の目から、雫が一滴だけ零れ落ちた。
《何時カ必ズ殺シテヤル》
最後にそう聞こえたような気がした。
* * *
ガバッと起き上がる。
汗で張り付いた前髪を横にどけて、小刻みに震える肩を抱いた。
――随分嫌な夢を見た…。
苦しくて、悲しくて。
未だに胸の辺りが痛い。
――『貴方達はいずれ、大切なモノを失うわ』
きっと、“彼”も苦しんでいるのだろう。
大切な人を失って。1000年経った今でも、その面影を求め続けて。
……今はまだ全ての記憶を封印されたままのはずだけれど。
それでもきっと、彼の“魂”は私を恨んでいる。
だから、あんな夢をみたのだろうか。
私という存在は、災いを運ぶ疫病神だ。
周りに居る者達を不幸にするだけ。
それは、前世でも現世でも変わらない。
何でそうなってしまったのだろう。何処で間違ってしまったのだろう。
今更考えても、過ぎ去った過去はもう戻らない。
何故こんな夢を見たのだろうか。
“フェアローレン”が身近に居る影響だろうか。
『…………嫌だなぁ…』
呟いて、窓から見える空を見上げた。
――このまま、あの空の蒼に溶けてしまえれば。
――全部溶けて、消えて失くなってしまえば。
私は楽になれるのに。
死んでも死んでも、全ての記憶を引き継いで転生してしまう己の運命を呪ったのは、これで何度目だろう。
ただ、空に浮かぶ雲を眺めて、
私は目を閉じた。
* * *
職場に行っても、気分は晴れなかった。
出来るだけ普段通りに挨拶して椅子に座ったが、どうにも居心地が悪い。
特に、今は会議か何かで席を外しているアヤナミ様が気になって仕方なかった。
気まずくて、ふとした瞬間に目線が合ったりしたらすぐに逸らしてしまう。
もしかしたら向こうには不審に思われているかも知れない…。
「中佐、見てよコレ!!」
「うわー、すごいね!アヤナミ様そのものだよ!」
「でしょ?」
「少佐、仕事サボってそんなモノ描いてたんですか!?アヤナミ様に怒られますよ?」
「それにしても上手いよねー。ハルセもそう思うでしょ?」
「はい、クロユリ様」
「皆さん、マドレーヌを作ったのでよかったら食べてください」
「「やったー!」」
「とにかく、少佐は仕事をしてください!」
「えぇー嫌だー」
アヤナミ様が居ないせいか、いつも以上に騒がしいブラックホークの執務室。
真面目に仕事をしている人なんてほとんどいない。
ヒュウガ少佐やクロユリ中佐を始めとする皆さんは和気あいあいと談笑している。
そんな彼等を見ながら、私は一人、ため息を吐いた。
この数日間で分かった事がある。
このブラックホークの皆さんは、とても仲が良い。
結束力や団結力、互いの信頼や仲間同士の絆といったものがあるのだ。
一見冷徹に見えるアヤナミ様も本当は部下の皆さんの事を大切に思ってて、そのアヤナミ様の事を部下の人達はとても信頼している。
そんな関係は、他では滅多に無いような素晴らしいものだと私は思う。
だからこそ、私はそんな人達と一緒に居てもいいのかと不安になってしまう。
ここに、この空間に、よそ者である私が居てもいいのだろうか。
――きっと、ここには私の居場所なんて無いのだろう。
ここだけじゃない。何処にも私の居場所なんて無いんだ。
私は、この世界には必要無いんだ。
そんな事を思って、また一つため息を零した。
* * *
『お疲れ様でしたー』
今日の分の仕事も終わり、浮かない気分を引きずったまま私は自室へ戻った。
部屋のドアを開け、明かりを点ける。
『………………え?(汗)』
「おかえり~ルゥたん♪」
部屋には、毎日のように見ているあのグラサン……もとい、ヒュウガ少佐が居た。
………………何故?
『あの、どうして私の部屋に……?』
「それは後で。とりあえず座りなよ」
何故彼に席を勧められなければならないのだろうか。
ここは私の部屋なのに……。
仕方ないので、彼が座っているベッドの端に私も座る。
「飴、食べる?」
今度は飴を勧められた。
一応受け取っておく。
『ヒュウガ少佐は、何をしに来たんですか?』
「うん、“ヒュウガ少佐のお悩み相談コーナー出張版”だよ☆」
『……………………何をしに来たんですか?』
「だから、ルゥたんの悩みを聞きに来たの!」
何を言い出すのだ、このバ……少佐は。
『悩みなんて無いですけど…?』
「いや、絶対ある!」
『な、何でですか』
「だって今日、すっごく悲しそうな顔してたじゃん」
そう言われて、思わずドキッとした。
――そんなに顔に出ていただろうか。
平静を装っていたつもりだったのに。
――この人は、何でそういう所を見ているのだろうか。
『……そんな顔なんてしてましたか?』
「うん。だから、何か悩んでるのかなーって。
……もしかして、誰かにフラれた?」
『違います』
「じゃあ何ー?」
…………彼に相談できるような悩みなんて一つも無い。
強いて言うなら――
『強いて言うなら……ボスが倒せません』
「………………………………え?」
『ですから、ボスが倒せないんです!
あいつ攻撃力が高くて一発で70とかダメージ食らうし、全体攻撃でも30くらい食らうんですよ!
まだレベル低いから蘇生呪文覚えてないし……』
「…………そんな悩みだったの?」
『結構深刻な悩みですよ。いちいちリセットするのも面倒だし、だからといってリセットしないと所持金が半減するし』
「確かにそうだけど…………。
……ねぇルゥたん、嘘ついてるでしょ?」
『…………』
――見破られた…。
今までのやつらは皆適当に誤魔化せたのに……。
私はじっとこちらを見ているヒュウガ少佐から視線を逸らして、黙り込んでしまった。
すると、ヒュウガ少佐がいきなり私の腕を引っ張った。
その勢いで私の身体は彼の胸へダイブして、そのまま少佐にぎゅうっと抱きしめられる。
『え、ちょ、何やってるんですか?!』
セクハラか?!
「…………ルゥたんが言いたくないんだったら、言わなくてもいいよ」
『え…?』
背中に回された手に力が篭るのを感じた。
「でもさ、ルゥたんがつらいんだったらオレ達を頼ってよ。仲間なんだからね?」
『!』
その言葉に驚いて顔を上げると、ヒュウガ少佐とサングラス越しに目が合った。
彼は優しく微笑んでいて、でもその瞳にはどこか真剣な色を含んでいて。
直視できなくて私は目を逸らす。
『……社交辞令だったら、言わなくていいですよ』
うつむいて、つい攻撃的な口調で撥ね付けてしまった。
「社交辞令なんかじゃないよ。ルゥたんの事本当に心配して……ってルゥたん!?何で泣いてるの!?」
『え…?』
突然慌て始めた少佐を見て、一体どうしたのだろうと思った。
自分が泣いている訳が無い。
恐る恐る目元に手を持っていくと、何故か指先が濡れていた。
『え?何で…?何で…涙なんか……』
――私、泣いてる…。
確かに私は泣いていた。
自分で気付いてからも、後から後から涙が溢れてくる。
別に、悲しい訳でもないのに。どこかが痛い訳でもないのに。
何故私は泣いているのだろう。
分からないのに、涙は止まらなくて。
何で?と繰り返す声も徐々に震えてきて。
しまいにはしゃくり上げるように泣き始めてしまった。
そんな私を見て最初はオロオロとしていたヒュウガ少佐だったが、やがて本格的に泣き出した私を彼は再び抱きしめた。
何も言わず、ただ優しく背中をさすってくれる。
その手の感触が、伝わってくる温もりが、とても心地好くて。
結局、私は彼の胸に顔を埋めてしばらく泣き続けたのだった。
* * *
『…………コンタクトがずれた…』
「泣き止んで第一声がそれなの?!っていうかコンタクト!?」
ようやく泣き止んだ私。
…………今思うと、随分恥ずかしい事をしたなぁ…、と後悔ばかりだ。
何だがすっきりしたような気もするが、これから少佐とどう接すればいいのか心配になる。
いつも通りにできるか不安だ…。
『……あの、少佐。話…聞いてもらってもいいですか?』
そう切り出してみる。
「いいよー♪」
『その前にコンタクト取ってもいいですか?』
「うん。いいけど」
いつもと同じ調子で話すヒュウガ少佐に少し安心して、私は洗面所に向かった。
コンタクトを取り外して、また少佐の所へ戻る。
『お待たせしました』
「…………ルゥたん、その目…」
今はカラコンを付けていない。
だから、少佐には青の左目と黄の右目が見えていることになる。
自分以外の人にこの姿を見せるのは何年振りだろうか。
『普段はカラコンで隠してるんですけどね。本当は…………こんな目なんです』
何故、自分はこんな事をしているのだろうか。
絶対に誰にも見せないようにと今まで努力してきたのに。
――優しくされたから、信じてみようと思ったの?
違う。そうじゃない。
もしかしたら受け入れてくれるのではないかと、ほとんど消えかけていた希望に縋り付いてみたかっただけ。
独りよがりで自分勝手な私の希望に。
『…………何とでも言ってください。
呪われた子、悪魔の生まれ変わり、気味の悪い化物、疫病神。そういう事を言われるのには慣れましたから』
「っ、そんな事ないよ!」
少佐に、がしっと肩を掴まれた。
「そんな事ないよ……、ルゥたんはそんなモノじゃないよ。
ルゥたんは普通の女の子じゃん…」
その言葉を聞いて、私の胸に溢れたのは喜びと安堵だった。
――本当は、ずっと誰かにそう言ってほしかったんだ。
嫌な言葉を全て否定してほしかったんだ。
気にしないように、何も感じないようにして、しかし時にはそれを受け入れたりもして、自分が傷付いていないフリをしてきた。
けれど、実際はそううまく行かなかった。少しずつ少しずつ傷付いていた。
それが嫌で、忌まわしいこの目も、傷付いた心も、自分についてきた嘘も、覆い隠して蓋をして誰にも気付かれない所に追いやった。
でも本当は、誰かにこの傷を癒してもらいたかったのだろう。
――……馬鹿みたい。
本当に、馬鹿みたいだ。
「ルゥたんはいつも、……その……呪われてるとか、化物とか言われてたの…?」
『最近は隠してましたから何とも言われてないですけど、昔はけっこう……。
私の家の人達は皆そう言って私の事を遠ざけてましたよ。特に母親なんか、こんなのは自分の子じゃないとか言ってて、ヒステリックになってたらしいです。
私の家はそれなりに裕福だったので使用人とかも居たんですけど、その人達も全員私の事を気味悪がってました。
唯一、父親だけが一応自分の娘だからって世話してくれてたらしいです』
――あの頃は、毎日が嫌で嫌で仕方なかった。
私を見る度に投げつけられる奇異なものを見るような視線も、私に聞こえないように小声で交わされる会話も、それらを発する人間達も、何もかも嫌いだった。
特に、私を見る度に発狂したりして、時には暴力を振るったりもした母親が何よりも嫌いだった。
『でも、私が3歳か4歳になった頃に、私に黒法術の力があることが分かって。周りの人達はますます私に近付かなくなって、父親ですらも私の傍には寄り付かなくなりました。
その頃から話が色々ややこしくなったらしくて、結局私は家の奥の方にあった部屋に監禁される事になったんですよね』
彼等と会わなくて済むようになったという面では、ある意味有り難かった。
しかし、あの部屋に居るのはとても嫌だった。妙に怖かった。
理由は分からないけれど、とにかく怖かったのだ。
『ところで少佐。何で私がその部屋から出られたと思います?』
あえて少佐に話を振ってみる。
彼は一瞬きょとんとしたようだったが、すぐに首を横に振った。
『実は、私が5歳の時、家の人達が皆殺しにされたんです。まぁ、はっきり言って自業自得なので同情とかは皆無なんですけど。
その時、何故か私は殺されなくて。ある人に連れ出されて、何故か今の父親……私がおじいちゃんって呼んでる人の所に連れて行かれたんです。
で、私はおじいちゃんの養女になりました。
それからはそれなりに楽しく生活させてもらってますよ。おじいちゃんには、戦闘の基礎とかも教えてもらいましたし』
おじいちゃんには感謝している。
見ず知らずの子供に衣食住やその他のオプションも提供してくれて、しかも養子縁組までしてくれる人なんてそう多くは居なかっただろうから。
……そんな物好きは世界中探しても見つかるかどうかといった所だろう。
「そっか……。大変だったんだね…」
ぽんぽんと少佐に頭を撫でられる。
――不思議だ。
私にとってはすごく嫌な思い出だったはずなのに、話してみると案外すらすらと言葉が出て来た。
悲しくも苦しくもなくて、まるで他人事のようにすらすらと。
しかも、何だかすっきりしたような気がする。
嫌な事をすべて吐き出せたようで。ずっと心の奥底にしまい込んでいたモノをやっと外に出せたようで。
『ありがとうございます、少佐。何だか、気持ちが楽になった気がします』
「それは良かった♪
…………オレ達にはルゥたんが背負ってきた痛みとか悲しみとかを、全部理解することは出来ないかも知れないけど。…でも、黒法術師だといろんな事があるでしょ?
だから、少しくらいなら、ルゥたんの痛みは分かるから。
これからもルゥたんがつらい時には、オレ達に頼っていいんだよ?」
そんな事を言いながら、ヒュウガ少佐はまた私を抱きしめた。
――別に、分かってもらいたかった訳じゃないけど。
その言葉がとても嬉しい。
こんな風に優しくしてもらえるなんて、思ってもいなかったから。
『誤解が無いように言っておきますけど、別にいつも泣いてたり思い悩んだりしてる訳じゃないですから。
ただ、今日は嫌な夢を見たから変な事を思い出しちゃっただけで…。それで、私はこんな所に居ちゃいけないんじゃないかって怖くなっただけで…』
「そっか。
なら、もう大丈夫?」
『はい』
私が頷くと、ゆっくりと温もりが離れていった。
…………不覚にも、少し寂しいと感じてしまった。
「もう夜も遅いから、早く寝たほうがいいよ」
『はーい』
わしゃわしゃと頭を撫でられながら、間延びした返事と共に頷く。
「それに、ルゥたんはここに居ていいんだからね?何も心配しなくて大丈夫だから」
『……ありがとうございます、少佐』
「うん。じゃ、おやすみ」
『おやすみなさい』
少佐はいつもと変わらない笑顔のまま片手をひらひらと振って、私の部屋から出ていった。
ぱたんとドアが閉じた。
急に音がなくなって、部屋が広くなったような錯覚がする。
『…………はぁ…』
ぼふん、とベッドにダイブした。
まったく……。
今日の私はどうしたというのだ。
『私って……こんなキャラだったっけ……?』
いつから、他人を受け入れるようになったのだろう。
いつから、こんなにも他人を信頼するようになったのだろう。
昔はあんなに他人を嫌って、怖がって、憎んでいたのに。
――伝わってきた温もりが忘れられない。
今まで、色々な事があった。
それなのに、それでもまだ温もりを求めてしまうのは、私も愚かな人間の一人だということなのか。
――でも…。
それでも、いいじゃないか。
さっき感じた温かい気持ちは、きっと本物だから。
『……今日は、いい夢が見れそうな気がする』
自分だけになった部屋の中で、静寂の音を聞きながら私は目を閉じた。
* * *
(ヒュウガside)
彼女の部屋を出て、ぱたんとドアを閉めた。
「…………はぁ……」
知らなかった。
そりゃあ、まだ出会ってからそんなに長くないんだから当然だといえば当然だけど。
――ルゥたんは、色んな事を抱え込んで一人で苦しんでいた。
初めて見た彼女の泣き顔。
彼女が語った過去。
……だけど、最後にはいつもの彼女に戻っていたから、きっと大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせた。
色々話してくれたということは、少しは心を開いてもらえたということなのだろうか。
そう思うと、言い知れぬ喜びが胸の底から沸き上がってきた。
……。
…………さて。
“気付かないフリ”はそろそろ終わりしようか。
「…………まったく、盗み聞きはイケナイよ。アヤたん」
その声を聞いて廊下の曲がり角から姿を現したのは、もちろん呼ばれた本人。
「……何の事だ」
「アヤたん、オレの魂を通じてずっと見てたんでしょ?
なんだかんだ言ってルゥたんの事気に入ってるみたいだし、ホントは結構心配してたんだよね?」
「あんな小娘の心配などしていない。
ただ、仕事に集中出来無いようでは困るからな……」
「またまたぁ。そんな事言っちゃってさ~。
あ、もしかして照れ隠し?アヤたんかわいー」
「黙れ(怒)」
あーあ……またアヤたんが怒っちゃった…。
…………って、鞭出さないで!!
「ごめん!謝る!謝るから鞭はやめて!!」
と謝ったのに、結局オレは毎度のごとく鞭の餌食に…。
アヤたんはもっとオレに対して優しくしてくれてもいいと思う。…………優しいアヤたんっていうのもある意味怖いけど。
「………………ルフィアは、泣いていたな」
アヤたんが、鞭を握りしめたまま思い出したように呟いた。
「そうだね……」
オレもその呟きに返す。
っていうかアヤたん、覗いてたの認めちゃったよね。
「あの娘は、苦しんでいたのか」
「……たぶん、そうだったんだよ。いつもはそんな様子は見せてなかったけど」
「…………そうだな」
いつもより少し低めのトーンでそう言うと、彼は踵を返して廊下を歩き始めた。
「え、アヤたん帰っちゃうの?」
オレの声を無視して、アヤたんの背中は廊下の角を曲がって視界から消えた。
一人ぽつんと残される。
――……仕方ない。オレも部屋に帰ろっか。
そう思って、オレも消えていったアヤたんを追いかけるように廊下を歩きだした。
* * *
(ルフィアside)
『嫌ですっ……絶対嫌っ!!』
「大丈夫だよ!心配しなくて平気だって!」
色々あった翌日の朝、ヒュウガ少佐が突如私の部屋に現れた。
そして「ルゥたん!新たな一歩を踏み出そう!」などと叫びながら、支度も終わっていない私を無理矢理連れ出したのだ。
軍服の上着のボタンも開いたままだし、コンタクトだって入れていない。こんな状態で何処かへ連れて行かれるなんて、私にとっては非常に困る事なのだが。
その次に少佐が言い出したのは、
「怖がらなくても、ありのままのルゥたんを見せればいいんだよ!」
などという事だった。
どうやら彼は“ありのままの私”、つまりはコンタクトを付けていない私をブラックホークの他の人達にも見せようとしているらしかった。
…………って、それが困るんだよッ!!!
『だから、今すぐ私を部屋に帰らせてください!!』
「そんな事言われてもぉー、もう着いちゃったよ☆」
『なっ…!?』
すぐそこには、執務室の扉。
……あれぇ~?執務室って、こんなに近かったっけ~?
「みんな!おっはよー!」
私が軽く現実逃避している隙に、少佐は扉を開いて中へ入ろうとしていた。……これでは心の準備も何も無いではないか。
「おいで!ルゥたん!」
いきなり少佐は私の腕を引っ張って室内に引き入れた。
しかしこんな所で諦める訳にはいかない。すぐさまヒュウガ少佐の背後に隠れる。
『少佐!いい加減にしてください!私は帰りますから!』
「隠れてちゃ意味無いよルゥたん!」
おい。言葉のキャッチボール出来てないぞグラサン野郎。
「ほら、ちゃんと前に出なきゃ」
少佐が私の前からひらりと居なくなって、遮る物が消えた。
皆さんが不思議そうな目でこちらを見ている。
――怖い…。
急に、恐怖が押し寄せてきた。
銃口を突き付けられた時も、ザイフォンを投げつけられた時も、これほどの恐怖を感じた事は無かったのに。
嫌われる事が、拒絶される事が、何よりも怖い。
*
「……あれ…?ルフィアさん、その目…」
コナツさんがぽつりと言った。
その言葉にますます視線が強くなったような気がする。
――この場所に居るのは、耐えられない。
とにかく逃げ出したくて、私はドアに向かって走り出した。
………………はずだったのに。
『…………うぎゃっ!?』
転んだ。それはもう、盛大に床にダイブした。
一体何事かと思ったら、何かが足首に絡み付いている。
うわぁ、こんな事前にもあったなぁーなんて思いながら何とかして解こうとした。
……しかし、焦っているせいかなかなか取れない。
そうこうしていると、私の足に絡み付いている物体のもう一方の端を握っているアヤナミ様が何故かおもむろに席を立った。
カツカツとブーツの音を響かせながらこちらへ歩いてくる。
逃げようにも逃げられないでいる私の前まで来ると、彼はくいっと私の顎を掴んで持ち上げた。
私の目の前には、アヤナミ様の顔のドアップ。
数秒間そのまま至近距離から見つめられた後、彼は口を開いた。
「……お前は、何を怖れている?」
『!!』
「お前が怯える必要は無い。ここに、お前を拒絶するような人間は居ないはずだ。
少なくとも、私はお前を否定したりはしない」
『…………』
それだけ言うと、アヤナミ様は放心状態の私を置いて元居た席へ帰って行ってしまった。
――今のって……。
何だか心の内を全部見透かされたみたいだ。
けれど、私はその言葉に驚きと安堵と喜びを感じていた。
「ねぇルフィア、」
声がした方に顔を向けると、クロユリ君がこちらへとことこ歩いてきている所だった。
「何かよく分かんないけど、それが本当のルフィアなの?」
首を傾げて尋ねてくるクロユリ君に、私は戸惑いながらも小さく頷く。
「へぇー、可愛いじゃん!」
『…………え…?』
にこやかに言ったクロユリ君を見て、またもや私は呆気に取られた。
「そうですよ、ルフィアさん」
クロユリ君の後ろからやって来たのはハルセさんだ。
「貴女は隠そうとしていたみたいですが、そんな必要は無いと思いますよ」
優しい微笑みを浮かべて言うハルセさんに、またまた呆然。
「ルフィアさん、」
次にやって来たのはコナツさん。
「あの……とても綺麗ですよ。その瞳」
少しはにかみながら言うコナツさんにまた唖然。
「自信を持って大丈夫ですよ、ルフィアさん。貴女はありのままで居るのが一番です」
最後のカツラギ大佐の言葉で、じんわりと目頭が熱くなったような気がした。
「ね、ルゥたん!」
ぽんと肩を叩かれた。
振り向くと、妙にニコニコしているヒュウガ少佐。
「だから言ったでしょ?心配しなくて大丈夫だって。
まったく、ルゥたんってば心配性なんだから…」
そんな事を言う少佐は、他の皆さんがこう言う事を分かっていたのだろうか。
私は、皆さんがこんな風に言ってくれるなんて、受け入れてくれるなんて、思ってもいなかった。
どうせまた忌み嫌われるのだろうと考えていたのに……。
この世には、こんな私でも受け入れてくれる人達が居た。
それはとても嬉しい事で、また泣きそうになってしまう。
……でも、少佐がいなかったら私はその事にも気付けなかったのだろう。
私はずっと逃げてきた。向き合おうとしなかった。
もしかしたら、他にももっと、受け入れてくれる人達が居たのではないだろうか。
たとえば……士官学校で出会った友人――ミカゲとテイト。
私が逃げていたから、勝手に駄目だと思い込んでいたから何も分からなかっただけで、本当はそんなにひた隠しにする必要はなかったのではないだろうか。
それを気付かせてくれたのは、ヒュウガ少佐やブラックホークの皆さんだ。
『皆さん……ありがとうございます』
だから、精一杯の感謝を込めて、精一杯の笑顔で“ありがとう”を。
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