第十五話 憧れと苦難と
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朝、目覚ましのけたたましい音に叩き起こされる。
べしっと叩いて音を止め、まだ寝たいと訴える身体を無理矢理にベッドから離れさせる。
洗面所へ行き、顔を洗い、髪を梳かし、歯を磨く。
朝食(菓子パン)を食べ、軍服に着替えて支度をする。
コンタクトを入れて、部屋を出る。
全ていつも通りの行動。
職場であるブラックホークの扉を開ける。
挨拶をして室内に入り、自分に割り当てられた席に座る。
そして今ではもうすっかり顔なじみ(?)になってしまった大量の書類と向き合う。
脱走を試みる少佐の陽気な声とそれに対抗する少佐補佐の怒声をBGMに、黙々と書類を処理していく。
これもいつも通り。私のここ一週間ちょっとの日常だ。
最初はあまりの多さに思わずたじろいだ書類達だが、もう何とも思わなくなっている。
いやはや、人間の順応性というのは恐ろしいものだ……。
「助けてよルゥたん!!」
『ぐはっ!!』
泣き叫びながら逃げていたヒュウガ少佐が、私にタックルでもするのかというような勢いで抱き着いてきた。
……おかげで奇声を発してしまったではないか!!
「何してるんですか少佐!
早くルフィアさんから離れてください!そして仕事をしてください!!」
「うわぁぁん!!コナツがイジメるよぉ~!!(泣)」
『いいから離れてくださいよ少佐!!仕事が進まないじゃないですか!!』
コナツさんから隠れるように私に抱き着きながら、私の背中に顔を埋めて泣きじゃくるヒュウガ少佐。
はっきり言おう。ウザい。
「ねぇ、ルゥたんはオレの味方だよね?」
涙目&上目遣いでこちらを見上げてくるヒュウガ少佐。
これがクロユリ君だったら物凄く可愛いんだろうなあ…。
…………いや、今はそんな事よりも…。
『……………………さりげなく太股撫でてんじゃねーよ変態グラサン!!(怒)』
思いっ切り蹴り飛ばしてやった。
床に伸びているヒュウガ少佐をすかさずコナツさんが捕獲して引き摺っていく。
「すみませんルフィアさん!!またあの馬鹿少佐がご迷惑を……」
『あ、大丈夫ですよ!コナツさんが謝らないでください』
「でも……」
『本当に大丈夫ですから!少佐は後で暗殺しておきます☆』
「それはやめてください!!」
慌てるコナツさんに、冗談ですよーと言って笑えば盛大なため息を吐かれてしまった。
『…………コナツさん、なんだかんだ言ってヒュウガ少佐の事が好きなんですね』
「い、いきなり何なんですかルフィアさん!!誤解を招くような事を言わないでください!!」
「うわぁ~、コナツ照れてる~☆」
「貴方は黙っていてくださいよ少佐!!」
「ぐはっ!?」
勢い余ってか、照れ隠しか、コナツさんが近くにあった分厚い本で少佐を殴った。
それによって少佐は静かになった……。
* * *
「…………ルフィア、来い」
唐突に立ち上がったアヤナミ様が言った。
『な、何ですか?』
「付いて来い」
それだけ言って、アヤナミ様はすたすたと歩き出す。
仕方が無いので、私はその後を追った。
『何処に行くんですか』
「足りない資料があったのでな。取りに行く」
そう言ったアヤナミ様に付いて行き、辿り着いたのは“資料室”というプレートが掲げられた部屋。
彼は見張りと思われる人達に身分証を見せてから中へ入っていった。
私も同じようにして後を追う。
中は、まさに“資料室”といった様子だった。
たくさんの天井に届きそうな棚が立ち並び、全てにびっしりとファイル類が詰められている。
その量のせいか、妙な威圧感というか圧迫感がある。
こういうのが嫌いな人はすぐに気持ち悪くなりそうだ。
「私はあちらを探してくる。お前はこれを集めてこい」
圧倒されている私に一枚の紙切れを押し付けて、アヤナミ様は奥の方へ消えていった。
それに視線を落とす。
紙切れには、綺麗な字で資料の名前と思われるものが5つほど箇条書にされていた。
横には何故か数字が書き添えられている。
これを集めろという事だろう。
だが……。
『…………どうやって探すの…?』
目の前に広がるのは大量ファイル。
はたして、この中から目当てのものを見つけることは出来るのだろうか。
だが、いつまでもこうして呆然と立ち尽くしている訳にもいかない。
とりあえず行動しよう!という事で、私は書架が林立する中へ足を踏み入れた。
* * *
どうやら、資料達はちゃんとした規則に沿って並べられているらしい。
大まかには年代順、関連のある出来事毎、細かい部分では五十音順といったように。
メモに書かれていた数字は年代を意味しているようだった。
おかげで予想していたほどの困難は無く、多少時間は掛かったものの目的の資料を集める事が出来た。
『さて……アヤナミ様は何処だろ……』
さあ、次はアヤナミ様探しだ。
とりあえず、人の気配がする方向へ歩き出した。
*
『…………見付からない…』
結構歩いているはずなのに、一向に目的の人物が見当たらない。
――まさか迷子!?こんな場所で!?
ありえない、と否定してみるが、よくよく考えているとどうにも合っているような気がしてならない。
連れとはぐれたり道に迷ったりした人、という定義には当てはまっているのだから、やっぱり迷子だろうか。
『………………いや、違う!私は迷子なんかじゃない!
アヤナミ様が迷子になったんだ!きっとそうだ!!』
勝手に自己完結させて納得する。
本人が聞いていたらきっと怒られるだろうが…。
――よし。迷子のアヤナミ様を探そう!
そう決意して、再び歩き出す。
……しかし、すぐに足が止まった。
横の棚に並べられているファイルの一つに目が留まる。
“アイリス家殲滅作戦”
背表紙にはそう書かれていた。
吸い寄せられるようにそれに手を伸ばし、表紙をめくる。
作戦の概要はこうだった。
今から15年程前から財政が思うように行かなくなっていた中流貴族のアイリス家は、敵国に帝国の機密情報を流す事で金銭を得て、破綻を免れていた。
無論、それは重大な背信行為である。
その事に気付いた軍部が野放しにするはずがなかった。
軍法会議で処分が決定した後、その一族と彼等に深い関わりがあった人間は皆殺しにされたのだ。
元々表立って活躍するような家ではなかったらしく、更に軍の圧力もあってか世間はそんな事があった事など気付いていなかったようだ。
次のページをめくろうと指を動かす。
しかし、
――カツ、カツ、カツ……
足音が聞こえたような気がした。
反射的に資料を元の場所に戻す。
「……こんな所に居たのか」
『あ!迷子のアヤナミ様!』
数秒後に棚の陰から姿を見せたのは、探していたアヤナミ様だった。
「誰が迷子だ。それはお前の方だろう」
『私は迷子なんかじゃ…………はいそうです私が迷子でした。ですからそんなに睨まないでください!』
「……分かれば良い」
この人の眼力は何なんだよ!?目茶苦茶怖いじゃないですか!!
「まったく、お前が迷子になどなるから時間を無駄に費やしてしまったではないか。早く帰るぞ」
不機嫌そうに言って、私が持っている資料の上にアヤナミ様が持って来た資料を乗せて歩き出した。
ずっしりとした重みが両腕に感じられる。
これではまるで……。
『……私、荷物持ちですか?』
「当然だ」
――最初からそういう魂胆だったのか!!
何故私を連れて来たのか不思議だったのだが、この重たい資料を持たせるためという事なら納得出来る。
かろうじて正面が見える位にまで積み上げられている資料を落とさないよう注意しながら、既に大分前を歩いているアヤナミ様を小走りで追い掛けた。
「やあ。君が新しくアヤナミ参謀のベグライターになったという子かね?」
「なかなか可愛らしい娘じゃないか」
二人で廊下を歩いていると、前の方からやって来た偉そうなオッサン達に話し掛けられた。
ニヤニヤとした笑顔を浮かべて、意味ありげな視線を私に向けてくる。
…………非常に不愉快だ。
「気に入ったよ。君、私の部下にならないかい?」
「ブラックホークなどという嫌われ者ばかりが集まった部署では、君も嫌だろう?」
「今よりも良い待遇を保障するよ。悪い話ではないはずだ」
「私達は、君の事を思って言っているんだよ」
何故かスカウトを始めるオッサン達。
そんな事を言われても、こんなジジイ共の部下にはなりたくない。
だったらちょっとくらい怖くても、イケメンさんなアヤナミ様の方が(少しだけど)マシだ。
ブラックホークには癒しのクロユリ君も居るしね!
……というか、私の事を思ってくれるなら今すぐこの資料達をどうにかしてくれ!!
超重いんだよ?!腕プルプルしてるんだよ!!
こうして立ち話なんてしているうちに腕の限界が刻々と近付いてきてるの!!
「どうだね?」
そう言いながら、顔をずいっと近付けてくる。
…………あれ、何でだろう。無性に殺意が湧いて……。
いや、我慢だよ私!!ここでキレたら後片付けが大変なんだよ!!
『…………申し訳ありませんが、その話はちょっと…』
うん。ここはやんわりと断っておこう。
「おお、引き受けてくれるかね!」
『人の話聞いてんのか!!?』
「「!?」」
『……あ……すみません…つい…』
――いけないいけない。ついつい本音が…。
いや、でも、今のは明らかにオジサンが悪いよね。
『……とにかく、私には他の部署へ移る気はありません』
相手の目を見据えて、きっぱりと言い放った。
別にブラックホークに愛着があるとかそういうのではなくて。
ただ、ストレスが溜まってきたから、こいつらに意地でも逆らってやろうと思っただけだ。
深い意味は無い。
黙り込んでしまったオジサン達。
すると、今までずっと黙っていたアヤナミ様がようやく口を開いた。
「我々は忙しいので、お話が終わったのでしたらこれで失礼させていただきます。……行くぞルフィア」
『あ、はい』
すたすたと歩き始めた彼に慌てて付いて行く。
後ろから、我に返ったらしいオジサン達の苦々しげな悪態が聞こえてきた。
「あんなものは気にするな」
『……そうですね。そうします』
振り返る事無く廊下を歩く。
誰にも気付かれないように少しだけ歯を食いしばって、資料を持つ指に力を入れ直した。
腕が限界を訴えるまで、あと30秒。
『死ぬかと思った……』
「人間はその程度では死んだりしない」
資料達を執務室の机に乗せて、ようやく解放された腕を少し動かしてみる。
私の呟きに呆れ顔で返してきたアヤナミ様だが、元々の原因は彼だ。
彼が私にあんな重たい物を押し付けてきたからいけないんだ。
「遅かったねー。二人で何やってたの?」
いつものごとくヒュウガ少佐が絡んでくる。
『迷子のアヤナミ様を探してました。あと、帰り道でオジサンに絡まれました』
「え、アヤたん迷子になったの?」
「……(怒)」
「ごめんなさい!嘘です!嘘だから鞭仕舞ってよ!!」
パシッ!!
鞭のしなる音と少佐の断末魔が部屋に響いた…。
『少佐ー?生きてますかー?』
床に横たわるヒュウガ少佐に声を掛けるが、全く反応が無い。
『…………返事がない。ただのしかばねのようだ。』
「生きてる!!オレはまだ生きてるよルゥたん!!」
私が呟いた瞬間、いきなり彼がガバッと起き上がった。
ある意味ホラーだ。
『生きてるなら返事してくださいよ。うっかり某ゲームの名ゼリフを言っちゃったじゃないですか』
「名ゼリフだったの!?」
いちいち大げさなリアクションをしてくれるヒュウガ少佐は、話していると案外楽しい。
思わず笑みが零れる。
「ルゥたんってさ、意外と性格悪いよね……」
『そんな事無いですよ。見ての通り、純粋で素直な女の子じゃないですか』
「…………コナツぅ、最近この子の事が良く分からなくなってきたよぉ…」
何故か落ち込んでしまったらしい少佐がコナツさんに泣きついた。
…………あ、コナツさんにウザがられてる(笑)
*
「そういえばルゥたん。聞きたい事があるんだけど」
彼の先程までのくよくよした様子が一瞬で消えて、いつもの調子でこちらを振り向いた。
『何ですか?』
「正直に答えてね?」
不意に真剣な顔付きになったヒュウガ少佐。
……一体何を聞かれるのだろうか。
不安になりつつ、質問を待つ。
少佐が口を開いた。
「…………ルゥたんって、好きな人とか居るの?」
『…………はい?』
しばし、硬直。
「だーかーらー、ルゥたんには好きな人とか居ないの??」
彼が質問の内容を繰り返す。
予想とは全く違う路線の質問だったため呆然としていた私は、少佐に顔を覗き込まれてようやく我に返った。
「僕も気になるー!」
クロユリ君までそんな事を言い出した。
何を期待しているのか、目を輝かせて私を見る。
他の人達も、関心が無いフリをしているが、明らかにこちらの話に耳を傾けていた。……書類にサインを書く手が止まっている。
あのアヤナミ様まで。
執務室は妙な緊張感に包まれた。
『えっと、居ませんけど…』
正直に答えろと言われたし、特に差し支えは無いので、正直に答えた。
しかし、私の返答を聞くと彼らはがっかりしたような顔になってしまった。
――私、何を期待されてたんだろう?
「居ないのぉ~?」
『居ませんよ…』
「ってことは、オレにもまだチャンスはある!」
小さくガッツポーズをする少佐。
本当に、何なのだろうか。
『……あ、でも、尊敬する人っていうか……憧れの人なら居ますよ』
そう言うと、また皆さんの関心が私に集まった。
「誰?」
「どんな人?」
「もしかしてオレ?」
『それは違います』
ヒュウガ少佐の馬鹿な発言は、とりあえず否定しておく。
『話すと地味に長くなりそうなんですけど……一言で言うなら、命の恩人、みたいな感じですかね。
今の私がここに居るのも、その人のおかげなんですよ』
他の皆さんが神妙な面持ちで耳を傾ける中、私は勝手に感傷に浸りながら語る。
『今から10年くらい前に、まあ……色々あったんですよ。その時に、私に手を差し延べてくれた人が居たんです。
……嬉しかったんだと思います。こんな私に手を差し延べてくれる人が居て。
だから私は、その人に感謝してるんです』
あの日から、“あの人”は私の光になった。
『だから、あの人が私の事を覚えていないとしても、私は恩返しがしたいんです』
あの人にとっては些細な事だったのかも知れない。私の事なんてとっくに忘れているかも知れない。
それでも、せめて、役に立ちたい。何かをしてあげたい。
ありがとうと、伝えたい。
…………これほどまでに闇に溺れてしまった私に、まだこんな人間みたいな感情があるのは可笑しいけれど。
『そのためにわざわざ軍にまで入って……』
「………………ルゥたん、ちょっとストップ」
今まで黙って聞いていてくれたのに、ヒュウガ少佐に口を挟まれた。
「今、“そのために軍に”って言った?」
『?言いましたけど……何か?』
「何か?って……そんな理由だけで軍に入ったの?!」
焦ったような顔で彼が言う。
『そんな理由って言わないでくださいよ!!私にとってはものすごく重大な事なんです!!
っていうか、当然じゃないですか。この理由が無かったらこんな面倒臭い軍に好き好んで入ったりなんてしませんよ』
そう言い放つと、皆さんは驚いたような目で私を見た。
コナツさんが、先程の少佐と同じような口調で言った。
「ほ、ほら、ルフィアさん。普通の人達は“家族を守るために~”とか、“帝国のために~”っていう決意を持って軍人になるじゃないですか。
ルフィアさんにもそういうのが……」
『そんなの無いですよ。守るべき家族なんて居ませんし、国のために命を懸けられるほどの愛国心も持ち合わせていませんので』
数名はぽかーんと口を開けている。
中には頭を抱えていたりこめかみを押さえている人も居る。
……私は何か変な事を言っただろうか。
「あんなのでよく軍人になれましたね……」
「確か志願書にはもっと普通な事が書いてあったと思うのですが……全て嘘だったのでしょうか?」
「少佐、僕もルフィアさんの事が良く分からなくなってきました……」
色々な呟きが聞こえてくる。
「ルフィア……お前は馬鹿か」
『そういう事言わないでくださいよ!』
アヤナミ様まで……。
酷くない?
『…………もういいです。仕事しましょうよ』
少しふて腐れながらも、自分の席に座って書類を手に取る。
「そういえば……人探しと軍に、何の関係があるの?」
クロユリ君が思い出したように尋ねてきた。
『それは、その人が軍人だったみたいだからですよ』
「へぇー。じゃあどこかですれ違ってるかも知れないね!」
『そうですね。でも、もう10年も前の事だから、その人はとっくに軍を辞めてるっていう事も有り得るんだよね……』
「そっか…」
落胆したようにクロユリ君が呟く。
…………そんな顔をされると身に覚えも無いのに罪悪感が……(汗)
『でも、私はきっと会えるって信じてるから!』
精一杯の笑顔でそう言えば、クロユリ君もつられたように笑顔になってくれた。
ほっと胸を撫で下ろす。
――そう。きっとまた会えるんだ。
自分に言い聞かせるように心の内で呟いて、書類にペンを走らせた。
静かになった執務室には、ペン先が紙の上を滑る音だけが響いていた。
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