第十四話 要塞の怪談
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* * *
幼い女の子が、泣いていた。
薄暗い部屋の中。更に闇が濃い、隅の方で。
――「どうしたんだよ、こんな所で」
何処から入ってきたのか、部屋の中に居る少年が問い掛けた。
――『……何でも無い…』
女の子が答えた。
――「だったら泣くなよ」
少年が困ったように言った。
女の子は何も言わなかった。
――「…………じゃあ、オレがお前の願い事を叶えてあげるよ」
少年が提案した。
――『……本当に?』
女の子は不思議そうな目で少年を見た。
――「ああ、本当だ。必ず叶う」
少年は自信たっぷりにそう言った。そして付け足した。
――「……お前が魂をかけて願うなら、な」
いつの間にか、女の子の涙は止まっていた。
女の子は少年に言う。
――『……魂なんていらないから、大丈夫』
その言葉を聞いた少年は嬉しそうに笑った。
――「なら、お前の願いを聞かせてくれよ」
女の子は答えた。
――『私の願いは――』
* * *
「ねぇ知ってる?ホーブルグ要塞に住んでるユーレイの話」
朝、ブラックホークの執務室。
ヒュウガ少佐が、突然そんな事を言い始めた。
「何ソレ?」
「幽霊ですか……」
『ユーレイさんが居るんですか?』
「…………下らぬ」
「それでね!」
皆さんが食いついてきた事に得意になってきたヒュウガ少佐が続きを話す。
「“開かずの倉庫”ってあるでしょ?その近くの廊下にうずくまってるんだって。
それでね、うっかり話し掛けると…………ガバッて食べられちゃうの!!」
「それ、幽霊じゃなくて何かの肉食生物じゃないんですか?」
『誰かがペットとして持ち込んだとか?』
「ある意味怪談よりも怖いですね……」
「違うの!!ユーレイは最初は人の形をしてるんだけど、それが変身するんだって!」
『…………それ、闇徒じゃないんですか?』
「だったらオレ達は気付くでしょ」
「確かに……」
「もしかして宇宙人?!」
「UMAというやつですか」
『UMAって美味しいんですか?』
「…………多分、お腹壊すと思うよ…」
的外れな発言や奇妙な発言を繰り返す皆さんによって、怪談はだんだんおかしな話になってきた。
しかし、紆余曲折を経たものの最終的に辿り着いた結論は何ともベタなもので。
「じゃあ実際に見に行ってみようよ!!」
そんな意見により、今夜、季節外れの肝試しが行われる事となった。
* * *
『本当にやるんですか…?』
「何?ルゥたんもう怖くなっちゃったの?」
『違います。
今夜はボス戦に備えてレベル上げをしようと思ってたんですよ。なのにこんな変な事やらされて……』
「……そういえば、ルゥたんって割とゲーム好きだよね」
『面白いですから!』
「ふーん……。でもいいじゃん、そんなのは明日やれば」
『明日にはボス戦をする予定だったんです。
こんな事をやってるせいで予定が一日ズレちゃったんですよ?分かりますか?』
「いいじゃん楽しいんだから!」
『どこが楽しいんですか。
というより、私にとってはこの前半壊した執務室が次の日には綺麗さっぱり元通りになっていた事の方が不思議なんですけど』
現在、私達は怪談の舞台と思われる場所へ向かうべくホーブルグ要塞の廊下を歩いている。
時間が遅いためか、すれ違う人間は誰も居ない。
私は全くやる気が無いのだが、他の皆さんは意外にノリノリだ。
当然、アヤナミ様は不参加。カツラギ大佐も仕事が残っているらしく不参加だ。
しかしここに居るメンバーは、
「幽霊ってどんな人かなー?」
「案外普通かも知れませんね」
「ホントに食べられちゃうんですか?」
「大丈夫だよコナツ☆いざという時にはオレが守ってあげる♪」
「いえ、結構です」
「コナツ酷いっ!!」
普通に楽しんでいるようにしか見えない。
*
そうこうしているうちに、目的地に着いたらしい。
目の前にあるのは倉庫の扉だ。
「ここが有名な“開かずの倉庫”だよ!だからユーレイさんもこの辺りに居るはず……」
少佐がキョロキョロしながら言う。
皆さんも辺りに何か居ないか確認していた。
私はとりあえず、近くに居たコナツさんに話を聞いてみる事にした。
『あの、コナツさん。
“開かずの倉庫”って、何ですか?』
「あ、ルフィアさんはまだ来たばかりだから知らないんですね。
“開かずの倉庫”というのは、ホーブルグ要塞七不思議の一つです。どうしても扉が開かない倉庫の事で、これが実物……」
目の前の扉を示してコナツさんが話す。
「色々な説がありますが、単純に鍵をなくしただけだという説が有力ですね」
『そ、そうなんですか……』
鍵をなくしたとか……(笑)
怪談なんて、実際はそんなものなんだなぁ…。
「違うよ!この中で殺された人の怨念が溜まって溜まって、それで扉が開かなくなったんだよ!!」
「……という説もあります」
割り込んできた少佐の言葉を、コナツさんはその一言で片付けた。
「うーん……ここには居ないのかなぁ……」
ヒュウガ少佐が残念そうに呟く。
どうやら何も見つからなかったらしい。
「もうちょっと向こうの方に行ってみようか」
「そうだねー」
そういう訳で、私達はもっと奥の方へ移動する事にした。
………………視界の隅に映るモノは気にしないようにして。
* * *
「うーん……居なかったねぇ……」
『そうですね……』
「つまんないなー……」
結局、何も見つからなかった。
怪談のような幽霊にも出会わなかったし、ポルターガイストに遭遇するような事も無かった。
少しだけがっかりした様子の皆さん。
それでも、探すという行程はそれなりに楽しかったらしく、完全に不機嫌という訳ではないようだ。
そのまま流れ解散という事になったらしく、皆さんはそれぞれの自室へと戻っていった。
廊下に残ったのは私一人だ。
『…………やっぱり、行ってみよっかな』
誰も居ない廊下で呟く。
くるりと踵を返して、私は来た道を再び歩いた。
* * *
『何やってるんですかー?』
「…………あら、やっぱり貴女は気付いていたのね」
先程の倉庫の横に座っている女の人に話し掛ける。
整った顔立ち、黒目がちな澄んだ瞳。長い髪を後ろで一つにまとめている。
『ユーレイさんは、貴女でしょ?』
「まあ、そういう事になりますね」
ふふ…と笑いながら女の人が話す。
「こんな所に何十年も居ると、暇でしょう?だから時々、通り掛かった軍人さんに悪戯するんです!
びっくりしている顔を見るのは楽しいですから。
ポルターガイストを起こしてみたりもするんですけどね、ちょっと物音を立てるだけでも皆さん面白い反応をしてくれるのよ」
『そ、そうですか……』
何とも……困ったユーレイも居るものだ。
『そういえば、貴女の名前は?』
「私ですか?私の名前はユフィールです」
『ユフィールさんですか。
私はルフィアです』
「ルフィアちゃんね!貴女にぴったりの可愛らしい名前だわ!」
『そ、そうですか…?
ありがとうございます…』
……自分の名前を褒められるというのは、案外嬉しいもののようだ。
俯いて、にやけそうな顔を隠す。
『……ところで、ユフィールさんはどうしてこんな所に居るんですか?』
彼女の隣に座って、問い掛ける。
ユフィールさんはまた笑ってから、話し始めた。
「ルフィアちゃんは、“開かずの倉庫”の話は知ってる?」
『えーっと……鍵をなくしたっていうのと、中で殺された人の怨念がどうのっていう話なら……』
「そうそう!それよ!
その殺された人っていうのが私の恋人でね。でも彼が死ぬ前に“私と永遠に一緒に居たい”ってコールに願ってたらしいの!
それはそれでとっても嬉しい事なのだけれど、おかげで私はこの場所に縛り付けられちゃったのよね。
愛する人はもうここには居ないのに……。
それ以来私はずっとここで軍人さんの叫び声を堪能しているワケよ☆」
『そうですか……』
内容はかなりダークなもののはずなのだが、ユフィールさんが明るくコミカルに話すので苦笑いしか出てこない。
『……ユフィールさんは、天へ還りたいと思いますか?』
何となく、切り出してみる。
ユフィールさんは少し悩んでから答えた。
「そうねぇ……。さすがにそろそろ疲れちゃったかも。
人生っていうのは短いからこそ尊いもので、だからこそ私達はその中で輝けるんだって、最近思うの。
長く生きたって、良い事なんてあんまり無いみたいだから」
悲しそうな顔で呟く。
――その気持ちは、私にもよく分かる。
永遠なんて、望んではいなかった。
「もし天に還って、また生まれ変わったら、私はあの人を探しに行くわ。
また出会って、また彼と恋に落ちて……今度こそ二人で一緒に、幸せに暮らすの!
……………………馬鹿みたいな望みでしょ?
でも、私は本当にそう思ってるの。だって私は……本気で彼の事を愛しているから」
本当に嬉しそうに、そして後半には自嘲の色を込めて、ユフィールさんは言った。
私は、ちらりと彼女の方を見た。
ユフィールさんの身体には、重たそうな鎖が絡み付いている。
彼女の“恋人”の願いが、この場所に彼女を縛り付けているのだ。
『…………そんな事、ありませんよ』
「……え?」
『全然、馬鹿みたいなんかじゃないですよ。とっても素敵な願い事です。
……それに、きっと叶いますよ』
不思議そうな顔をしているユフィールさんに近付いて、彼女に纏わり付いている鎖の一つに手を伸ばす。
私が触れると、それは灰で出来ていたかのようにボロボロと崩れて消えた。
他の鎖も、同じように崩れ去る。
『きっと叶いますよ。
ユフィールさんはこれから天へ還って、また生まれ変わるんです。そして、願いを叶えるんです』
驚いた表情のユフィールさん。
少しづつ、彼女の身体が消えていくのが分かる。何十年もの間縛られていた魂が、ようやく元の場所へ還るのだ。
彼女はふわりと笑って、私を抱き寄せた。
「ルフィアちゃんは、不思議な子ね。
でも…………ありがとう」
柔らかい温もりに包まれて、私はユフィールさんを見つめ返す。
『幸せになってくださいね、ユフィールさん!』
「ええ!
さようなら、可愛らしい天使さん」
そんな言葉を最後に、彼女の姿は煙のように揺れて、消えていった。
少しだけ残った光の粒が名残惜しそうに瞬いたが、それもやがて空気に溶けて見えなくなった。
* * *
『…………はあ……何やってんだろう、私。
これじゃあ慈善事業か人助けじゃん』
“まったくだな。……まあ、あのまま幽霊に居座られても居心地が悪いだけだったかも知れないけど”
『そうだね……』
一人きりになった廊下に座って、小声で言う。
“ちなみに慈善っていうのは哀れみ助けることを意味するが、特に恵まれない人々に金品をおくって助けることっていう意味だからこの場合にはあんまり当てはまらないな”
――…………そういうムダ知識はいらないんだけどなぁ…。
ルークの言葉に、心の内でため息を吐く。
“……あんまりため息ばっかりついてると幸せが逃げてくぞ”
――原因はルークじゃん……。
ユフィールさんが先程まで居た場所を見て、何となく思考を巡らせてみる。
――彼女は、幸せになれるだろうか。
私には誰かを愛するという事がどんな事なのか分からないけれど。
きっと、愛する人とか、大切な人の傍に居られる事は、幸せな事なんだと思う。
なら、ユフィールさんはきっと幸せになれる。彼女がそれを願っていたから。
『…………私には、誰も居ないね』
――大切な人なんて…。
別に、欲しいと思ってる訳じゃない。
ただ、事実がそうだと思っただけ。
“別にいいじゃねーか。
ルフィアにはオレがついてる。それで十分だ”
『……うん、そうだね』
ルークとは、幼い頃からずっと一緒に生きてきた。
彼はそこらへんの人間とは違って、居なくなる事も無いし、私を裏切るような事もしない。
時には喧嘩する事もあるけど、私とルークは同じじゃないのだからそれは当然の事だ。
彼は私の全てを知って、それでも受け入れてくれた。
そんな彼は、私の心の支えだ。それは今も昔も変わらない。
親友のような、それでいて兄のような、そんな存在。
――もしかしたら、ルークは私の“大切な人”なのかも知れない。
そう思うと、ちょっとだけ嬉しいような感覚が胸に湧いた。
“……他にも誰か居るだろ?”
ルークが言う。
――誰か居たかな?
そう思って、記憶を探ってみる。
最初に頭に浮かんだのは、今の職場の上司の人達であるブラックホークの皆さん。
……しかし、彼等と出会ってからまだ一週間ほどしか経っていない。
だから、違うと思う。
無駄にキャラが濃い人ばかりだから、やたらと脳内を占拠するし、ずっと前から一緒に居るような気になってしまうが。
――他に、他に誰か居ないだろうか。
そう考えて思い浮かんだのは、士官学校時代によく一緒に居たミカゲとテイト。
途中から編入してきた私を何故かやたらに気にかけて色々面倒を見てくれたミカゲに、最初のうちはその後ろから仏頂面で傍観していたけど徐々に打ち解けて、なんだかんだ言って優しかったテイトだ。
彼等は今、どうしているだろうか。
テイトが捕らえられたという話は聞かないのできっと無事で居るのだろう。
ミカゲは……――
きっと彼は、転生して新たな人生を歩んでいるに違いない。
テイトは、ミカゲが死んだ事を知っているのだろうか。
知っていても、知らないでいるのも、どちらにしても哀しいような気がするが。
テイトはいっつもミカゲと一緒に居たから、きっと人一倍悲しいと思う。
二人は親友だったしね…。
“お前は悲しくなかったのか?”
――そりゃあ、悲しかったけど……。
――……そっか。
悲しいと感じるという事は、それだけ大切だと思っていたという事。
一緒に居た時には全く気付いていなかったけれど、本当は彼等の事が大切だったんだ。
……今更気付くような私は馬鹿だ。
すぐそばにあったのに、失ってしまった。
――もう過去の、前世の過ちは繰り返さないと決めたのに。
『…………何やってるんだろ、私…』
膝を抱えて顔を埋める。
失ったモノはもう二度と戻っては来ない。
分かっていたはずなのに……。
「…………何をやっている」
『ななななっ!!?何ですか!?誰?!何でここに居るんですか?!』
突然聞こえてきた言葉にビクリと肩が震える。
「……それは私の台詞だ」
顔を上げると、何故かアヤナミ様が居た。
「何故こんな時間にこんな場所に居る?貴様は馬鹿か」
『なっ……地味に酷いですね……。
…………馬鹿なのは、事実ですけど…』
「ほう、馬鹿を認めるのか」
アヤナミ様の言葉に、上げていた頭を再び膝の上に下ろす。
…………自分で言ったのに妙に虚しい…。
「で、何故ここに居るのだ」
『…………幽霊ごっこ?』
「疑問形にするな」
はぁ、とため息を吐くアヤナミ様。
そんなに嫌そうな顔されると傷付くわぁ……。
そのまま、沈黙が降りる。
少し経って、彼は表情を変えぬまま私に手を差し出した。
『え……?』
「お前が何をしていたのかは知らぬが、こんな時間に女が一人でフラフラしているのはあまり良くはないだろう。帰るぞ」
予想もしていなかった事に、一瞬思考が停止する。
――差し出された手に奇妙な既視感を覚えたのは、きっと気のせいだ。
動かない私に痺れを切らしたのか、アヤナミ様は私の腕を掴んで引っ張り上げた。
しかも、そのまま私を横抱きにして抱えて歩き出す。
『な、何するんですか!?』
「黙っていろ。……放っておけば、お前はずっとあの場所に座り込んでいそうだったからな」
呆れた顔でそう呟く。
そう言われると言い返す言葉が無い。どうにも決まりが悪くて、私は俯いて顔を隠した。
カツカツという、アヤナミ様のブーツの音だけが廊下に響く。
すれ違う人影は無い。
『…………アヤナミ様は、何であんな所に来たんですか?』
沈黙が気まずくて、そう口を開く。
「書類を提出してきた帰りだ。
……朝にヒュウガ達が幽霊がどうのと下らぬ事で騒いでいたからな。また良からぬ事件を起こしていないかを見に来たのだ」
『あぁ……幽霊なら、結局見つかりませんでしたよ』
「だろうな。そのようなモノが実在する訳が無い」
キッパリと言い放つアヤナミ様。
確かにこの人、幽霊とか信じなそうだもんなぁ……。
そんな話をしているうちに私の部屋の前に着いていたらしく、ようやく下ろしてもらった。
『あ、ありがとうございました……』
「ルフィア、」
いきなり真剣な顔になってアヤナミ様が言う。
『はい?』
「先程は随分と思い詰めたような表情をしていたが、何かあったのか?」
じっと見つめられる。
…………言葉に詰まる。
『……えっと……いや…あの、…………』
「悩みがあるなら、一人で抱え込まずに私に相談しろ」
そう言いながら、私の頭にその大きな手を乗せたアヤナミ様。
何故だか、全て見透かされているような気持ちになった。
そのまま数回ぽんぽんと頭を撫でられて、
「今日はもう遅い。お前も早く寝ろ」
それだけ言い残して、アヤナミは踵を返した。
『あの!アヤナミ様!』
無意識に口から言葉が出る。
――何で呼び止めちゃってんの?!私の馬鹿!!
『あ……おやすみなさい…』
「…………あぁ」
一瞬だけだったけれど、アヤナミ様がこちらを向いて微笑んだような気がした。
――アヤナミ様って、本当は噂みたいに冷酷な人じゃないのかも……。
呆然と彼の後ろ姿を見送った後、私はようやく我に返って自分の部屋へ足を踏み入れた。
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