第十一話 新人ベグライター歓迎パーティー~狂想曲~
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私がブラックホークに来てから、すでに数日が経過した。
今日で研修期間は終わりらしく、これからは正式にアヤナミ様のベグライターとして働くのだと言い渡された。
ぶっちゃけ、仕事の内容は変わらない。
ただ、前にも増して書類の山が成長していた。
…………何?10%増量キャンペーンでもやってるの?
いらねーよ、そんなの。
*
「ルフィア」
不意に、アヤナミ様に呼ばれた。
……とりあえず、追加の書類でない事を祈ろう。
『何ですか?』
「今日の夜はパーティーに行くぞ」
『…………はい?』
書類では無いようだが、これはこれで嫌なものが来た。
きっと今、私は露骨に嫌そうな顔をしているのだろう。
『何でパーティーなんですか?私、今日はラスボスと戦わないといけないんですけど。
そのために昨日まで頑張ってレベル上げと装備の強化を…』
「お前の事情など知らぬ。だが、新人のベグライターは全員強制参加だ」
――……マジかよ……。
『サボっていいですか?』
「ダメだよルゥたん!!」
……何故ヒュウガ少佐が割り込んでくるのだ。
この人には関係の無い話のはずだが。
『いいじゃないですか、私が居なくても』
「ダメなの!ルゥたんのドレス姿見たいから!!」
不純な動機が明らかになった。
彼らしい、といえばそれまでだが。
『だったらヒュウガ少佐がドレス着ればいいじゃないですか』
「何でオレが!?」
「え…………ヒュウガ少佐にそんな趣味が……」
「えぇっ!?違うよコナツ!!誤解だよ!!」
「……ルフィア、そのような事を言うな。気分を害する」
「アヤたんまで!酷いっ!(泣)」
ご愁傷様です、ヒュウガ少佐。
“……元々の原因はお前だけどな”
「とにかく、ルゥたんはパーティーに行かないといけないの!」
『………………からの?』
「…………ルゥたん、無茶振りしても無駄だよ…」
『ちっ』
「舌打ち!?」
多少のショックを受けたらしいヒュウガ少佐がいじけ始めたが、あえてスルーしておこう。
『とにかく、私は行きませんからね!』
そう言い放って、私は書類の山と向き合った。
* * *
午後――。
すでに日は傾き、地平線に大分近付いた太陽が世界を橙色に染める頃。
なかなか減らない白い魔物達(もちろん書類の事)と格闘していた私は、突如アヤナミ様に拉致られて、要塞内の一室に押し込まれた。
そこで待ち受けていたのは……
「「「お待ちしておりましたわ、ルフィアさん!!」」」
美人なお姉様方でした。
一体何事かとテンパっていると、
「「「さあ!着替えますよ!」」」
両側からがっちりと取り押さえられた。
…………私、何か悪い事でもしましたか?
* * *
『……。』
お姉様方は私にドレスを着せるべく雇われた精鋭部隊(?)らしかった。
そして私が着せられたのは、サテン生地がベースの、レース等がふんだんにあしらわれたドレスだった。
露出は少なめの、大人っぽいというよりは可愛らしい印象のもの。
イブニングドレス、とは少し違うのだろうか。
ふわふわとしたフリルが動く度に揺れる。
他にも、少しだけ化粧をされ、髪には緩いウェーブをかけられた。
「まあ!とってもお似合いですわ!」
「可愛らしいわ~♪」
「これならどんな野郎もイチコロね!!」
お姉様方は嬉々としてこちらを見ながら語る。
イチコロって……殺虫剤のCMじゃないんだから……。
「よし!
貴女、アヤナミ様をお呼びして!」
「はい!」
『えぇっ!?待ってくださいよ!!』
部屋を飛び出そうとしたお姉様を止める。
――いや、だって、アヤナミ様に来られたら絶対に詰られる。
「ふふふ……そんなに照れなくてもいいのよ?」
『いえ、照れてませんけど…』
「大丈夫よ、心配しなくても!」
そう言いながら、お姉様の内の一人が私を後ろから羽交い締めにした。
「今よ!!」
「わかったわ!!」
『あっ!!』
別のお姉様が部屋を出て行ってしまった。
――やられた…。
お姉様方のチームワークには勝てなかった。
私が落胆していると、早くも足音が戻ってきた。
……無駄に人数が多い気がするのは何故だろうか。
そして扉が開き、やって来たのは、
「こちらですよ!」
「「うわーっ!!可愛い!!」」
「そうですねぇ」
「「……///」」
「……。」
ブラックホークの皆さんでした。
おい、仕事はどうした。仕事は。
*
皆さんは私の周りに集まって、ドレスを観察している。
ヒュウガ少佐が抱き着いてきたので、いつものように蹴りを入れようとしたのだが、ドレスの裾のせいでうまく足が上がらなかった。
仕方がないので彼の鳩尾に肘鉄を食らわせておいた。
意外と痛そうだ。
「いかがですか?アヤナミ様」
お姉様がアヤナミ様に問う。
やばい……絶対貶される……。
アヤナミ様はちらっとこちらを見て、言った。
「……馬子にも衣装とはこの事だな」
――やっぱり貶された!!
ドレスは褒められたけど私本体は貶された!!
“まあ、当然だよな”
……お前は黙れ。
「では、行こうか」
アヤナミ様が言い、私の右手を握った。
他の皆もこの部屋を出ていく。
私は行きたくなかったので、ささやかな抵抗としてその場に踏ん張った。
アヤナミ様が手を引いても私は動かない。
「…………」
『…………痛い痛い痛い!!
すみませんでした!!ちゃんと歩きますからやめてくださいっ!!』
アヤナミ様は私の手を思い切り力を込めて握った。
効果音をつけるなら“ギュ~~”ではなく“ミシミシ…”という感じで。
マジで痛かった。どんだけ握力あるんだよ…。
「……行くぞ」
『はい……(泣)』
私は泣く泣くアヤナミ様について行った。
馬車に押し込まれて連れて来られたのは、何処かの大きな屋敷だった。
とにかくデカい。やたらにデカい。
私がその無駄すぎる大きさに圧倒されていると、他の皆さんは私を置いてすたすたと歩いて行ってしまった。
慌てて後を追うが、慣れない服装のせいでうまく走れない。
諦めてゆっくり行こうかと思った頃になって、ヒュウガ少佐がようやく私の事に気付いた。
彼はすぐに駆け寄って来て、私の手を掴んだ。
「ルゥたん大丈夫~?」
『全然大丈夫じゃないです』
そう言ったのに、少佐は早足で歩き始めた。
引っ張られながら、転ばないように必死に後について行く。
『少佐…速いです……』
「ええー、そうかなー?」
――何でだよ。これが身長の差なのか?足の長さの差なのか?!
*
パーティー会場と思われる屋敷の入り口まで行くと、他の皆さんが私達を待っていてくれた。
……アヤナミ様だけは妙に不機嫌そうな顔をしていたけれど。
「遅い」
若干怒りの篭った口調で彼は言う。
『だってコレ、歩きにくいんですよ?』
「それは仕方の無い事だろう」
『…………やっぱりハイヒールじゃなくてブーツ履いて来ればよかった……』
「馬鹿かお前は」
『どうせ見えないんですから大丈夫ですよ』
「そういう問題ではない」
アヤナミ様の口調に徐々に呆れが混じってきた。
その頃、私はある重要な事に気付いた。
『……っていうか、何で皆さんは軍服なんですか』
私だけドレス。皆さんは軍服。
――何故?
「軍人の正装は軍服だ。当然の事だろう」
『いや、私も軍人なんですけど』
「ルゥたんはドレスじゃないとダメなの☆」
『……何でですか』
「そんな事はどうでもいい。それより……」
アヤナミ様は私の横に視線を移す。
――何かあったっけ?
「お前達は何時まで手を繋いでいるのだ」
見ると、未だに繋がれた……もとい、一方的に握られたままの手。
相手はもちろんヒュウガ少佐だ。
「いいじゃん別にー」
「…………」
「待って!!さすがにここで鞭はマズイよアヤたん!!」
懐に手を入れようとしたアヤナミ様を見て、ようやく少佐は慌てて手を離した。
「……ハァ」
静かに溜息をついたアヤナミ様は、そのまま私に向かって手を差し出した。
『……え?』
「行くぞ」
これは腕を組もうという事なのだろうか。
少し悩んだものの、アヤナミ様が睨んでいたので大人しく彼の手を取った。
横でアヤたんばっかりズルい!等と喚いている奴が居るが、アヤナミ様もスルーする方針のようなので私もそうする事にした。
* * *
屋敷は、見た目もデカければ中もデカかった。
シャンデリアが輝く、広々と造られたエントランスホールを抜け、これまた大きなダンスホールと思しき場所へ足を踏み入れた。
そこは既に人で溢れていて、私達に一斉に視線が注がれた。
それらに含まれているのは、好奇、羨望、そして憎悪、嫉妬。
様々な感情を織り交ぜて人々はこちらを見ていた。
しかしブラックホークの皆さんはそんな事を意にも介さずに、
「ハルセ!あれ食べたい!」
「コナツ!アレ美味しそうだよ!!」
全神経が食事の方へ行っていた。
クロユリ君とヒュウガ少佐が走り、その後をハルセさんとコナツさんとカツラギ大佐が追う。
結果的に、私とアヤナミ様がその場に残された。
……実際は、私も是非ともあのたくさんのケーキ達の所へ行きたかったのだけれど、この隣に居る人物に妨害されたから行けなかったというのが正しいのだが。
そんな、私の楽しみを奪いやがったアヤナミ様はどこかに向かって歩き出した。
『どこに行くんですか?』
「……挨拶回りだ」
嫌そうな顔でアヤナミ様は答えた。
そんなに嫌なものなのだろうか。
そんな事を思ったが口には出さず、私はアヤナミ様と一緒に歩いた。
形式張った挨拶
↓
私の紹介
↓
時にネチネチと、時にシンプルに、時にはものすごく遠回しな嫌味をぶつけられる
↓
タイミングを見計らってアヤナミ様が去る
これが挨拶回りの全容。
アヤナミ様が嫌そうな顔をしていた理由がようやく分かった。
おじいちゃんが昔“何で帝国軍の上層部の連中にはハゲが多いんだろう”的な事を言っていたのだが、確かに将校クラスの人達は頭が可哀相な人が大半を占めていた。
……いや、おじいちゃんも例外じゃないけどね。
偉そうな上層部のオジサン達の嫌味を聞いているとイライラしてくるので、私は彼等の話を右から左に聞き流して、ルークと“何故髪の毛が薄くなってしまうのか”について議論していた。
時々突然話を振られて焦る事があったが、そんな時には『すみません……。貴方(の髪の毛)の事を見ていて……つい……』と言い訳すれば相手は良い具合に勘違いしてくれたので大した問題は無かった。
その度にルークは爆笑していたが。
オジサンが去った後で、一度だけアヤナミ様に聞かれた。
「……あれの何処に見惚れる要素があるのだ?」
『いや、あの髪の毛の薄さが気になって仕方ないんです』
「…………そうか」
その後アヤナミ様は何も聞いて来なかった。
*
最後にアヤナミ様が行ったのは、
「お久しぶりです、ミロク様」
「ああ、数日振りだね。アヤナミ君」
ミロク理事長の所だった。
理事長はアヤナミ様と軽く挨拶を交わした後、隣に居た私に目を留めた。
「おや、ルフィアじゃないか。久しぶりだね」
『あ……お久しぶりです……』
「驚いたよ。君はこういう所は嫌いだと思っていたのだが……。それにその服装も」
『嫌いですよ。無理矢理着せられて拉致されてきたんです』
「なるほどね」
ミロク理事長が納得したように頷く。
そんな様子を見ていたアヤナミ様が口を開いた。
「……先程からまるで知り合いのように話していますが、ミロク様はルフィアとどういった関係なのです?」
不思議そうなアヤナミ様に、ミロク理事長は意味深な笑みを浮かべて答えた。
「まあ色々あってね。そのうち君にも話すよ。
それより、君達はパーティーを楽しんで来たらどうだね?」
「……分かりました。そうさせて頂きます」
これ以上追求しても満足出来る回答は得られないと悟ったらしいアヤナミ様は、素直に引き下がった。
それから私達はミロク理事長と別れ、ブラックホークの他のメンバー達が居る場所――美味しそうな料理が山のように積まれている所へ足を運んだ。
「ルゥたんにアヤたんも!!早く来ないと無くなっちゃうよ!!」
私達の姿を発見したらしいヒュウガ少佐がこちらに向かって叫ぶ。
皆さんはしっかりパーティーを満喫しているようだった。
私も早速ケーキ達を食べようとしたが、
“いいか?忘れるんじゃないぞ。お前の今の服装で腹一杯食ったらどうなるか。
せめて腹五分目くらいに自重しとけ”
というルークの忠告により、やっぱり軽めのものを食べておこうと思い直した。
実際、ドレスでたらふく食べるというのは危険な事この上ない。
ゆったりしたつくりでない限りそれは自殺行為に等しい。
いいものは無いかとテーブル上を見渡すと、何故か誰も近寄らない一角がある事に気付いた。
何があるのか気になり、そこに行ってみると……。
『こ、これは…………
アイフィッシュ!!』
美味しそうなスープ。
そこに浮かぶのは、見紛う事無きアイフィッシュ。
つぶらな瞳がどこかを見つめている。
ああ……何と愛らしい……。
小皿にスープを取り、アイフィッシュちゃんにぶすっとフォークを刺す。
そのまま口に運ぼうとしたのだが……。
「何やってるのルゥたん!!?」
「ルフィアさん!!それは駄目です!!」
「何それ?!」
ヒュウガ少佐やコナツさんやクロユリ君に妨害された。
『何するんですか?!せっかく私が食べようと……』
「ダメだよルゥたん!!君はそんな物を食べるキャラじゃないんだよ!!」
「そうですよ!!あんな得体の知れない目玉なんて食べちゃいけません!!」
少佐、勝手に私のキャラを決め付けないでください……。
というか……皆さんはアイフィッシュを知らないのだろうか。
この反応からして知らないと考えるのが妥当なようだが。
『目玉じゃないです。アイフィッシュです。
けっこう美味しいんですよ』
不意打ち!という事で、ヒュウガ少佐の口の中にアイフィッシュ付きのフォークを突っ込んであげた。
……ちょっと深く入れすぎただろうか。今更遅いけど。
少佐やその他の人の顔から血の気が引いていくのがよくわかる。
“~~~っ!!”
ルークはまた爆笑しているようだ。
「ルフィアさん、からかうのはそのくらいにしてあげてください。皆さんが本気で怖がってます」
カツラギ大佐が言う。
流石というか何というか、大佐はアイフィッシュを知っているらしい。
「………………あれ?意外と美味しい……」
沈黙の中、ヒュウガ少佐が素っ頓狂な声を上げた。
それを聞いて、皆さん(カツラギ大佐とアヤナミ様以外)が騒ぎ始めた。
「少佐!!こ、こんな目玉が美味しいって……とうとう味覚までおかしくなっちゃったんですか!?」
「コナツに言われたくないよ!!」
『だから言ったじゃないですか。アイフィッシュちゃんは美味しいんです』
「ヒュウガ……本当に美味しいの?」
「クロユリ様、駄目です。食べてはいけません」
「いや、なんていうか…………もっちゃもっちゃしてる」
「そうですか……頭だけでなく味覚まで……」
「ヒュウガは元々何かがおかしかったよね」
「全体的に頭のネジが老朽化してるんですね……」
『かわいそうに……』
「皆どうしたの!?そんなにオレの事嫌い?!」
酷いよっ!!と泣き叫びながらヒュウガ少佐は何処かへ走り去ってしまった。
フォークを持ったままだったけれど、大丈夫なのだろうか。
そんな少佐の後を、コナツさんが慌てて追いかけていった。
「行ってしまいましたね」
「うん…」
『そうですね……』
ハルセさんとクロユリ君と一緒に、アイフィッシュを頬張りながら彼等が消えていった方向を見つめる。
――やっぱりこの食感がたまらない…。
アヤナミ様は少し離れた所に立っている。
カツラギ大佐は豪華なデコレーションを施されたケーキを観察している。
「ルフィア、これも美味しいよ!」
そう言ってクロユリ君が私に渡したのは、刺身と思われる赤身の魚にパン用のマーマレードと苺ジャムをかけたもの。
………………ええ、それぞれ単品ならばとても美味しそうです。
『あの、えと、クロユリ君?これは一体……』
「これは、マグロの苺ジャム和えwithマーマレードだよ!!
マグロとジャムはよく合うからね!今日は隠し味にマーマレードも入れてみたんだ!」
目を輝かせて説明してくれるクロユリ君。
音声さえ無ければ微笑ましい光景なのだが、彼の語る内容が全てを台なしにしている。
……思うに、マーマレードは隠れてないですよ。しっかり前面に出てます。
「ほらルフィア!あーん♪」
スプーンに乗せられたソレが近付けられる。
これは食べろという事か?
この状況ではそれ以外考えられないが。
――いやいやいや、食ったら再起不能だよコレ!!
助けを求めてハルセさんの方を見ると、すっごい良い笑顔を私に向けていた。
頑張ってください。彼の笑顔がそう語っている。
次にアヤナミ様に視線を向けると、すぐに目を逸らされた。
カツラギ大佐はケーキに夢中で全く気付いてくれない。
――…………あれ?もしかして、私の味方居ない?
天使の微笑みでこちらを見つめるクロユリ君。
これは覚悟を決めた方がいいのかと思ったその時、
「それではここで、このパーティーの主催者であるクラム様のお話を賜りたいと思います!!」
司会者と思われる燕尾服姿のオッサンが話し始めた。
会場中の視線がそちらへ集まる。
それは私達も例外ではなく、クロユリ君もそちらへ興味を移したようだ。
そして、照明が少し弱くなり、先程紹介されたクラムさんと思われるオッサンがスポットライトを浴びながら入場して来た。
色々と喋ってから、彼はこう結んだ。
「さあ皆さん!今夜は新しく我々の仲間に入った新人ベグライターの諸君と共に飲んで食べて楽しもうではないですか!!」
会場中から拍手が巻き起こる。
その音の中で、クラムさんはスポットライトと共に退場していった。
クラムさんの話が終わると、端に控えていたオーケストラの演奏が始まった。
その三拍子の曲に合わせて、誰からともなくダンスホールの中心でワルツを踊り始める。
隣のクロユリ君を見ると、僕も踊りたいなー等と呟いている。
手に持った恐ろしい物体の事は今の所忘れているらしい。
カツカツとこちらへ近付いてくる足音に目を向けると、アヤナミ様が正面に立っていた。
「ルフィア、私と踊らないか?」
彼はそう言って掌を差し出す。
「踊っておいでよ!」
私が戸惑っていると、隣に居たクロユリ君がそう言った。
『でも……、』
「行くぞ」
私の意見も聞かずに、アヤナミ様は私の手を握って踊っている人達の方へ向かった。
抗議しても聞き入れてもらえそうには無かったので、大人しく彼に従う。
そのまま私達は群集に混じって踊り始めた。
昔に教わった事はあるものの、実際に踊るのは初めてだった。
そのため、過去の記憶を手繰りながら半ば必死に足を動かす。
「……中々ではないか」
『そ、そんな事無いです……』
――アヤナミ様のリードのおかげで何とかなっている状態なのだから。
いつも以上に近い距離と失敗してはいけないというプレッシャーとで、心臓はものすごい早さでリズムを刻んでいる。
ようやくそれに少し慣れてきた頃、事件は起きた。
“…………右足!!”
――え?えぇっ!?
ルークが突然大声で言った。
本来なら次は左足を動かすべき所だったのに、そんな事を言うから足がもつれ、バランスを崩してしまった。
結局それを立て直せず、私はアヤナミ様を巻き込んで床に倒れた。
その音で、近くに居た人達がこちらを向く。
そして――
ガウン!!
重厚な銃声が響いた。
一瞬だけホール中が静まり返り、それから悲鳴があちこちから上がった。
『……痛い……』
鈍い痛みがある。どうやら倒れた時に後頭部を打ったらしい。
何となく横を向くと、抉られた床が目に入った。
きっと、今の発砲音と共に撃ち出された弾丸がそこに当たったのだろう。
自分に当たらなくて良かったなー、何て思っていると、ふと気付いた。
――これって……コケなかったら当たってたじゃん!!
“もうちょっと気を付けておいた方がいいんじゃねぇか?馬鹿ルフィア”
相変わらずのルークの暴言。
でも、何処か得意気な調子があって。
――もしかして、ルークが助けてくれた…?
きっとそうだ。
もうちょっと他の方法は無かったのかとも思うが、文句を言える立場ではない。
――ありがとう、ルーク。おかげで助かったよ。
心の中で御礼を言う。
「大丈夫か、ルフィア?」
アヤナミ様が問う。
何でこんなに顔が近いんだろうと思ってよくよく見ると、アヤナミ様が私に覆いかぶさっているような状態になっている。
……これは色々まずいんじゃないか?
『……多分、大丈夫です』
とりあえずそう答える。
そのままアヤナミ様が立ち上がり、彼が私の腕を引いて立たせてくれた。
『ありがとうございます』
「……構わぬ」
次の瞬間、
ガウン!!
再び同じ銃声が聞こえた。
しかし今回は、ほぼ同時に何かが金属に当たったようなキィンという甲高い音も一緒に。
痛みは無いから、今回も当たってはいないのだろう。
見ると、
「二人共、だいじょーぶ?」
刀を10cm位だけ鞘から抜いた状態で顔の前に持っているヒュウガ少佐が居た。
「何処に行っていたのだ、ヒュウガ」
「うーん……さっき歩いてたら怪しい奴が居てさー。追い掛けてたんだけど見失っちゃったんだよね。
それで戻って来たら銃声でしょ?びっくりだよー」
アヤナミ様の質問に、少佐はいつもの調子で話す。
「少佐!!いきなりどうしたんですか?!」
「アヤナミ様!!」
「大丈夫ですか?!」
「お怪我はありませんか?」
コナツさんやクロユリ君、ハルセさんにカツラギ大佐が人の波を掻き分けて駆け寄ってくる。
一方、パーティー会場は大混乱だった。
二度の銃声で群集の一部パニック状態になり、それが伝染したらしい。
私達から出来るだけ距離を置きながら出口――もしくは外に出られそうな場所へと殺到する。
他の人を押しのけて我先にと走っていくためか、時々悲鳴や怒号が聞こえてきた。
偉そうな人達も部下らしき人に連れられて会場から出ていった。
急激にホールの人口密度が低くなる。
残されたのは、私達ブラックホークのメンバーと一部の逃げなかった人達だけとなった。
そして、また発砲音。
しかし、ヒュウガ少佐が刀を使って全て斬ってしまった。
銃声とほぼ同時に刀を振るう。火花が散って、真っ二つに切断された弾丸が床に落ちていく。
約一秒置きに聞こえてくるその音は、敵の銃が連射式でない事を物語っているようだった。
「ねぇ、そろそろ面倒臭くなってきたんだけど……」
少佐が不平を漏らし始めた。
それでも手は正確に刀を操る。
見兼ねたコナツさんがザイフォンでシールドを張った。
いい加減諦めれば良いと思うのだが、まだ銃声は止まらない。
――ルーク、敵の位置って分からない?
“……相手が見えない上に殺気が感じられねぇから何とも言えないな。
大まかな方向だけなら弾丸の軌道や当たる角度から割り出せる”
――じゃあ、それで頼むよ。
“了解。……4時の方向、仰角39°だな。風は無い”
――……ごめん。4時の方向が分からない。
“…………あと10°右だ”
――あの辺か……。
ルークの指示通りの場所に狙いを定めてザイフォンを発動させる。
とりあえずあの辺一帯を吹っ飛ばしておけばいいや、という発想でザイフォンを投げる。
爆発があって、銃声は消えた。
「…………止まりましたね」
「そうだね」
「それにしてもよく分かりましたね、ルフィアさん」
『アレは勘ですよ。あはは……』
ルークのおかげだなんて言えないし……。
「でも、今のは何だったの?殺気も感じられなかったし……」
ヒュウガ少佐の言葉に皆さんも不思議そうな顔をする。
私もそこが気になっていた。
「……おそらく、なんらかの方法で我々の位置を特定して撃ってくる機械仕掛けのものだろう」
「御明察だね、アヤナミ参謀長官殿」
アヤナミ様の言葉に答えたのは、聞き覚えの無い声だった。
後ろから聞こえたその声に振り返ると、やっぱり見覚えの無いオジサンが立っていた。
「「『誰…?』」」
クロユリ君とヒュウガ少佐と私の言葉が見事にハモった。
「君達のような奴に名乗る名前など無いさ」
オジサンが威張りながら言う。
『じゃあ名無しの権兵衛さんでいいですね』
「ええー、そんな名前やだよー。もっといいの無いの?」
「じゃあ単純に名無しさんでいいんじゃない?」
「うーん……捻りがないなぁ……」
『なら、あの人の役職通りの脇役Aで!』
「じゃあ、ここは敢えて通行人Dで行こう!」
『なるほど!敢えての通行人ポジションですね中佐!』
「流石だよクロユリ中佐!」
「貴様等、この私を置いて勝手に話を進めるな!!」
オジサンの名前をどうするかについて議論していたら、本人がキレてしまいました。
「仕方がない……。良く聞けよ!私の名前はカツラだ!!
……いや、そんな事はどうでもいい。これから死んでいく貴様等には関係の無い話だからな」
そう言ってから高らかに笑うオジサン。
『そっか、ヅラなのか』
「ヅラだったのかー」
「さっきから前髪が不自然だと思ってたんだよ」
「でも……」
「「『その名前、カツラギ大佐と被るからナシだね』」」
「何だと貴様等ァ!!」
更にキレてしまったオジサン。
絶対血圧上がってるよね……大丈夫かな…?
「えぇい!お前達、やってしまえ!!」
オジサンが叫ぶと、武装した集団が何処からともなくぞろぞろと出て来た。
「本当は最初の一撃で仕留めるはずだったのだが……流石は参謀長官殿、中々悪運が良いようだな。
だが、いくらブラックホークといえどもこの人数の精鋭相手ではそう簡単には行くまい」
最初の一撃というのは、私が転んだ時のやつだろうか。
それにしても、よくこんなに集めたなと思うほどの大人数だ。
ホールの約半分を埋め尽くすほどの数の人間が私達を取り囲む。
……所謂、絶体絶命の大ピンチってやつ?
「…………何のつもりだ?」
アヤナミ様が問う。
「何のつもり?笑わせるな。
お前達を消すために決まってるだろう」
ヅラが答えた。
どうやらブラックホークは随分恨まれてるらしい。
武装集団の皆さんが戦闘体制に入ったので私達もそれに備える。
“ルフィア!!右!!”
――!?
突然のルークの叫び声。
見ると、猛スピードで飛んでくるザイフォン。
咄嗟に防御壁を張ったが、ザイフォンが思ったよりも強かったらしく、当たった衝撃で私は思い切り吹き飛ばされた。
「ルフィア!!」
誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえたけれど、返事を返す余裕なんてない。
そのまま私の体はダンスホールの窓ガラスを音を立てて突き破った。
* * *
(アヤナミside)
何者かの攻撃によって、ルフィアが外に飛ばされた。
防御壁を張っていたようだったので大丈夫だとは思うのだが、やはり心配ではある。
しかし、今は彼女を助けに行ける状況ではなかった。
「……ふん、一人減ったようだな。だが、あれはつい最近入ったばかりの新人だったからな。関係無いだろう」
どうやらこの目の前の人物――カツラにはルフィアの存在はそれほど重要ではないようだ。
それよりも、彼の目には私に対する憎悪が漲っているように見えた。
――しかし、
先程の言い方では、ルフィアに攻撃を仕掛けたのはカツラの意思ではないようにも思える。
その点に少しだけ引っ掛かったが、今は目先の事に集中しよう。
身に覚えは無いのだが、売られた喧嘩は買うしかあるまい。
「私に刃向かった事を後悔するといい」
その言葉を合図に、ブラックホークの面々は武器を取り、戦闘体制に入る。
既に準備が出来ている敵と相対した。
「殺ってしまえ!!」
カツラの叫びとも言える大声で、戦いの火蓋は切って落とされた。
* * *
(ルフィアside)
吹っ飛ばされた私は、べしゃっという可愛らしさの欠片も無い効果音と共に地面に落ちた。
『…………痛い……』
後頭部の、先程コケた時に打った場所と同じ所を打ったらしく、本日二度目の痛みが襲った。
しかも一度目よりも痛い。
自分を囲むように張ったシールドのおかげでガラスが刺さったりする事はなかったが、まさか着地に失敗するとは……。
今度からは気をつけようと決心しながら、癒し系ザイフォンで痛みを消す。
『まったく……誰だよ私に向かってザイフォンぶっ放した奴は……』
怒りを篭めて呟く。
ふわふわして非常に邪魔なドレスの裾に苦戦しながらも、何とか立ち上がった。
その時ふと気付いたのは、近付いてくる一つの気配。
「無事なようで良かった。出来るだけ完全な状態で連れて来いとの主の御命令だからな」
そんな言葉と共に暗闇から現れたのは、またしても見知らぬ人。
一体何人目だよ……。
しかし、彼の纏う雰囲気には一種独特なものがあって、きっと強いんだろうと思った。
筋肉質な厳つい体躯が私の前まで来て歩みを止めた。
『……さっき私に攻撃して来たのは貴方ですか?』
「ああ。あの場に居てはお前まで巻き込まれるからな」
加害者が何を言うんだ。
「…………そんな目で見るな。大人しく俺について来るならば危害は加えない」
“だからもう既に危害加えられてるって。
……こんな奴に付いて行くなよ、ルフィア”
――ルークに言われなくても付いて行ったりしないよ。
昔習ったじゃないか。変な人に付いて行っちゃ駄目だって。
『…………私が貴方に付いて行くとでも思ってるんですか?』
「ああ」
ええぇっ!!?
その返答は想定外だった……。
もうちょっと…こう…やはりそう簡単には行かないか、みたいな感じで来ると思ったのだが。
『残念ながら、私はそんなに間抜けじゃないですよ』
「……そうか。商談は決裂したようだな」
――……え?商談?
私、いつ商談なんてしたんですか?
“…………交渉って言いたかったんじゃないのか?”
――なるほど~。
ルークの言葉でようやく理解出来た。
『……あの、商談じゃなくて交渉じゃないんですか?』
「……確かに、そうとも言うな」
――そうとしか言わねぇよ!!
何なんだこの人は……。喋る言葉全てに突っ込み所があるじゃないか。
「とにかく、こうなってはしまってはしょうがない。力ずくで連れて行くまでだ」
やっとまともな事を言った彼は、手の平に黒法術を発動させた。
『……仕方ないなぁ…』
私も彼の攻撃に備えて、手に攻撃系ザイフォンを浮き上がらせた。
「……はあぁぁあああっ!!」
男が雄叫びと共に走り出す。
私はザイフォンにありったけの力を篭めて放った。
二つの力がぶつかり合い、大きな爆発音が辺りに響いた。
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