第九話 遊び
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* * *
昔、ある人が私に言った。
――「この疫病神が!!」
――「お前が居るから……お前が居るからこんな事に……!」
……きっとその通りなんだと思う。
実際、私が物心付いてから、幸せからは程遠い事ばかりだった。
私が居ると皆が不幸になる。
皆が私を嫌っていた。
私も彼等の事は嫌いだったから別に構わなかった。
だから私は心を閉ざした。
人間は皆嫌いだと思うようになった。
ある日、私が嫌いだった人間達は全員死んだ。
そして、私はおじいちゃん――年齢差がかなりあるからそう呼んでいるだけで、実際は祖父ではない――に引き取られ、彼の養女となった。
おじいちゃんは私のために色々とやってくれた。
勉強や戦いも教えてくれた。
仏頂面ではいけないと、笑顔でいなさいと言われ、私は偽りの笑顔を貼り付ける事を覚えた。
ずっとそのまま生きてきた。
それでいいと思っていた。
本当の笑顔を教えてくれたのは、おじいちゃんに半ば無理矢理入れられた士官学校で出会った人物――ミカゲだった。
――ミカゲは、私と関わったから死んでしまったのだろうか。
* * *
頭が重い。
すっきりしない気分で朝を迎えた。
――きっと、先程までの夢のせいだろう。
大切な人の死というのは、何度経験しても悲しいものだ。
私には“前世の記憶”と呼ばれるものがある。
この体での記憶とは違って、昔に見た物語のようないまいち実感の湧かない映像達だが、何千年分の記憶が、ずっと昔の“私”が経験した記憶が、私の中にある。
楽しい事も、悲しい事も、嬉しい事も、苦しい事も、全て。
“自分”が大切だと思っていた人との別れも、全て憶えている。
それでも、決して慣れる事は無かった。
悲しいものは悲しいのだ。
まだ完全に覚醒しきれていない頭でぼんやりと辺りを見回す。
見覚えの無い部屋だと思いながら、昨日からここに住み始めたという事に気付くまで暫しの時間を要した。
傍にあった窓から外を見ると、空はまだ薄暗く、地平線の上が僅かに白くなってきている程度だった。
近くに置かれた時計が指している時刻は3時45分。
――あぁ……随分早起きしてしまった。
何をして時間を潰そうか。
“…………落ち込んでるのか?”
――……何だ、ルークか。
今日は早起きなんだねー。
“馬鹿。お前が起きてればオレも起きてるんだよ”
――そーですか……。
“…………お前、ミカゲが自分のせいで死んだなんて考えてるんじゃないだろうな?”
…………。
“お前のせいじゃねぇよ。避けられなかった運命だったんだ。
だからルフィアが気に病む必要はない”
『でも…………』
“……昔、約束しただろ?もうそんな事は言わないって”
『…………うん。そうだったね』
“だから元気出せよ。
いつものお前なら、こういう時は二度寝かゲームの二択だろ?”
『……確かに』
私は少し迷ったが、結局もう一度寝ようと思い、まだ温もりの残っている布団に再び潜り込んだ。
* * *
『おはようございます』
「おはよー」
「おはようございます」
「おっはよー☆」
ブラックホークの執務室の扉を開くと、皆さんは既に勢揃いしていた。
私が挨拶するとアヤナミ様以外の皆さんは返してくれた。
一人だけ無駄にテンションの高い人が混じっているが、そこは気にしないでおこう。
今朝の事など無かったかのように普段となんら変わらない調子で、私は自分に割り当てられた席に腰を下ろした。
* * *
今日も、私の仕事の内容は昨日と同じ。
ただ、量は昨日よりも多かった。
コナツさん曰く、アヤナミ様の事を気に入らない上層部の人達が嫌がらせで大量の書類を送り付けてくるらしい。
……こちらからすればいい迷惑だ。
「もうやだ~……」
早くも仕事に飽きた様子の少佐が机に突っ伏しながらぼやきはじめた。
「少佐!!まだ30分も経ってないんですよ?!
真面目に仕事をして下さい!」
「だってオレ、仕事をするとストレスが溜まって人を斬りたくなるから……」
――何だそれ。
随分と不思議な体質なんですね、少佐は。
「そんなのは言い訳になりません!!」
「でも、本当なんだもん☆」
「……貴方が語尾に“もん”を付けても気持ち悪いだけですよ」
「コナツ酷い!!(泣)」
嘆く少佐を気にも留めずに、コナツさんはヒュウガ少佐の机に書類を上乗せした。
「ルゥたーん、コナツがイジメるよぉー」
コナツさんに愛想を尽かされたらしいヒュウガ少佐は何故か私の所へやって来た。
……はっきり言おう。困る。
「ねぇ、ルゥたんなら分かってくれるよね?」
『ごめんなさい。私はコナツさん側なので』
「えぇー…(泣)」
良い大人がそう簡単に泣くなよ……。
「はい、仕事ですよ少佐」
結局ヒュウガ少佐はコナツさんに引きずられて彼の席へ帰っていった。
それから、コナツさんは他の人達の処理済み書類を集めて、私の前にやって来た。
「あの、ルフィアさん。この書類を届けに行ってきてもらえませんか?
本当は私が行くはずなのですが、生憎忙しくて……」
『分かりました。どこに届ければいいんですか?』
「こちらの部署にお願いします」
それからコナツさんは、いらない紙で地図を書いてくれた。
私はその地図を頼りに、書類を届けに行く事になった。
* * *
『♪Heartbreaking Romance はじけよう 思うままに
面白ユカイ それが基本』
書類を届け終わった私は、何となく頭に浮かんだ歌を口ずさみながら執務室へ続く廊下を歩いていた。
コナツさんが書いてくれた地図は誰かさん(第六話参照)のものとは違ってわかりやすく、私は迷う事無く目的地へ辿り着けた。
そして……
『♪キミのHeartrending Sorrow
今はまだ触れな――……うぎゃっ!!』
転んだ。
――ちょ、恥ずかしすぎる!!
何も無い所で転ぶなんて!しかも奇声あげたし!!(泣)
見ている人が誰も居なかったのは唯一の救いだ…。
“馬鹿だな”
――今回ばかりは否定できない……。
幸い怪我等は無かったようなので、すぐに立ち上がって何事も無かったかのように再び歩きだす。
「おい、そっちに逃げたぞ!」
「絶対に逃がすな!!先回りして捕まえろ!!」
遠くから、複数の人間の声が聞こえた。
……誰かを探しているのだろうか。
――でも、私には関係無いや。
特に気にも留めずにそのまま歩きだそうとしたところ……
「おい、お前」
……いつの間にか目の前に居た人間に話し掛けられた。
『私…ですか?』
「ああ。そうだ」
囚人用の服を着て、ちぎれた鎖を手足に付けているこのオッサンは、明らかにここに居てはいけない人間だ。
……きっとコイツは脱走でもしたのだろう。先程聞こえた声はこの人を追っていたのだ。
――面倒な奴に話し掛けられたなぁ……。
「お前、弱そうだな。俺の人質になれ」
――なっ!!?
失礼な!!誰が弱そうなんだよ!!
せめて『か弱い』とかにしろよ!
“か弱いは無いだろ。『貧相』にしておけ”
――貧相とか言うな馬鹿ルーク!!
『オッサン!私は貧相なんかじゃないんだからな!!』
ビシッと人差し指を目の前の人物に向けて言い放つ。
「誰がオッサンだよ!!俺の名前はガドだ!
つーか、貧相だなんて言ってねーぞ!!」
『………………アボカドさん?』
「ガドだ!!」
『………………ガドリニウムさん?』
「ガドだ!!何度言えば分かるんだお前は!!?」
青筋が浮き出た、明らかに怒っている顔で怒鳴る目の前の人物。
――何でだろう。この人弄るの楽しいよ。
「くそっ……お前みたいな馬鹿と話しているのは時間の無駄だ。
とにかく、大人しく俺の人質になれ」
話は妙な方向へ進み出したようだ。
先程も言っていたが、人質とはどういう事だろうか。
『……人質ですか?ガトーショコラさんの?』
「だから違うっつってんだろ!!ガドだ!!
……俺は今すぐこのホーブルグ要塞から脱出したい。それには人質が居た方が好都合なんだ」
――ふむふむ、なるほど。
“……でもさ、人質になってくれって言って素直になる奴が居るか?”
『わかった。やってあげる』
“居たッ!!?”
「お前……本当に良いのか?」
『うん。楽しそうだし』
「…………。」
彼は呆れ顔でこちらを見てくる。
どうしたんだろう。せっかく私が引き受けてあげたのに……。
“どうでもいいけど、いい加減アイツの名前覚えてやったらどうだ?かわいそうだし”
――えぇー、やだー。
せっかくガドさんが面白い反応してくれるのに……。
“…………ルフィア……お前、確信犯か”
『で、どうするんだい?ガイドさん』
「ガドだ!!何だよガイドさんって!!
……そうだな、この要塞の出口まで行くぞ」
律儀に毎回訂正してくれるガドさん。
ホント面白いよこの人。
* * *
そんな訳で、ガイドさん……もといガドさんと要塞内を歩く。
迷う事無く歩いていく彼は、道を知っているのだろうか…?
まあ、私は要塞の地理には詳しくないし聞かれても答えられないけど。
何てったってまだ二日目だもん。
「居たぞ!こっちだ!!」
「おい!悪い事は言わないから大人しく牢に戻れ!」
そう簡単に事が運ぶ訳も無く、すぐに私達は軍人の皆さんに発見され取り囲まれた。
……これは、人質の出番だろうか。
「……お前ら、コイツがどうなってもいいのか?」
案の定、ガドさんは私を盾にするように彼の前に出し、私の首には太い腕が巻き付けられた。
もしガドさんの腕力が強ければ、彼が力を入れれば私の首はいとも簡単にポッキリ逝ってしまうのだろう。
ああ恐ろしい。
「くそっ……!」
「おい!人質を解放しろ!」
――お。人質効いてるじゃん。
私みたいな新入りは問答無用で見捨てられるかと思ってたんだけど……。
ここの軍人は意外と優しいのかな?
「あれ?あそこに居るの、ルフィアじゃない?」
「……そのようですねぇ」
「え?」
「あ!本当だー」
そして、聞き覚えのある声と共に向こうからやって来たのは、見覚えのある集団。というより、ちょっと前まで一緒に居た人達。
つまりブラックホークの皆さん。
周りの軍人さん達がすすすっと彼らから離れていく。
とりあえず手を振ってみると、ヒュウガ少佐とクロユリ君が笑顔で振り返してくれた。
「ルゥたん何やってるの?」
『人質ごっこでーす☆』
「ごっこじゃねーだろ!!」
ガドさん、ツッコミするのはいいんですけど……耳元で叫ばないでください。
「……ルフィア、そいつは誰だ」
『ガーターボールさんです』
「「「「「「ガーターボール…?」」」」」」
「だから違うっつってんだろ馬鹿!!ガドだ!!
いい加減覚えろ!!」
『だから耳元で叫ぶな!!難聴になったらどうしてくれるんだ!!』
“お前ら二人共うるせぇ”
相変わらず手厳しいルークの指摘。
ブラックホークの皆さんを見ると、近くに居た軍人さん達が状況を説明しているらしく、こちらを哀れむような目で見ている。
どんな説明をしたんだ。
「オジサン……いくら彼女が出来ないからって……そんな事しちゃ駄目でしょ……」
「ご愁傷様です……」
「……オジサンに……そんな過去があったなんて……っ、僕……」
「クロユリ様……私も同感です……」
『……?』
よく分からない発言をする皆さん。
ちなみに、クロユリ君は涙をこらえているのでは無く笑いをこらえているようだ。
本当に、どんな説明をしたんだよ。
「な、何だよお前ら!そんな目で見るな気色悪い!」
『シュガートーストさん、過去に何があったんですか?』
「ガドだ!……そんな事、お前に話す必要は無い」
『彼女が出来ないっていうのはどういう意味で?』
「黙れ!!」
ガドさんの目にうっすらと涙がにじんでいる気がする。
…………これ以上の追及はやめておこう。
「ルフィア、そいつを捕獲しろ」
突然のアヤナミ様の言葉。
『捕獲…ですか?』
「ああ。これ以上騒がれても面倒だからな」
「な…!ナメてんじゃねーぞテメェ!!」
「うわ、アヤナミ様に向かってそんな口の聞き方を……」
クロユリ君があからさまに敵意を剥き出しにしてガドさんを睨みつけた。
「ルフィア、早くしろ」
アヤナミ様の、凶器と言っても過言では無い鋭い視線が突き刺さる。
逆らったら後が怖そうなので、ここは素直に言う事を聞いておこう。
まずガドさんに心の中で謝ってから、彼の鳩尾に肘で一発。
油断していたらしく、モロに食らってしまった彼は短い呻き声をあげて体を折った。
力が緩んだ腕から抜け出て、彼の腹部に蹴りを一発。
……ブーツで蹴ったら痛いかな、と思ったが、もう遅い。
あとは操作系ザイフォンで縛り上げて。
『捕獲完了です』
「……ああ」
何故か周りから拍手が巻き起こった。
*
縛られた状態のガドさんを近くの軍人さんに渡すと、彼に思いっ切り舌打ちされた。
「雑魚だと思わせておいて……目茶苦茶強いじゃねーか……」
『いや、ガイドラインさんが勝手に決め付けてただけでしょ』
「ガドだ!!」
こんな状態でもツッコミは忘れないらしい。
連れて行かれるガドさんを、笑顔で手を振って見送った。
『………………変な人だったなぁ…』
“最後の一言がそれかよ”
「ルゥたん、何してたの?」
ヒュウガ少佐が話し掛けてきた。
『何って……人質ごっこですか?』
「わざと捕まってたの?」
『遊んであげてたんです』
「そっかぁ」
ヒュウガ少佐は二、三度頷いてからぽんぽんと私の頭を叩いた。
しかし、私にも彼らに聞きたい事がある。
『ところで、皆さんはどうしてここに来てるんですか?』
「まあ色々あってね。執務室に帰ろうと思ったら途中でルゥたんを見つけたってワケ」
……その“色々”を説明してほしいのだが……。
「早く帰るぞ。書類が待っている」
「えぇー……やだー……」
『えぇー……』
「…………。」
「『ごめんなさい!真面目にやります!!』」
くっ……アヤナミ様の睨みには勝てない…!
「…………ルフィア、」
『はい?何ですか?』
「これから我々は“ミカエルの瞳”の奪還を最優先事項とする事になった。これは極秘任務だ。
そのつもりで頼むぞ」
――ミカエルの瞳、か…。
軍が瞳の保持者に気づいたのか。
『ミカエルの瞳?あの…伝説の?』
「そうだよ~」
ヒュウガ少佐が横から割り込んできた。
『持ち主が見つかったんですか?』
「ああ」
……これでテイトとは本格的に敵同士になっちゃうね…。
「……先に言っておくが、“ミカエルの瞳”の保持者はテイト=クラインだ。それでもお前は任務を遂行出来るか?」
アヤナミ様の、当然の質問。
軍がそこまで分かっているという事は、ミカエルが発動されたと考えて間違いないのだろう。
――覚醒したのか…。
私は真っ直ぐ彼の瞳を見つめながら答えた。
『……こんな事を言ったら薄情だと思われるかも知れませんが、同級生だからといって私には何の情もありませんから』
「……フッ、そうか。ならば構わない」
アヤナミ様は僅かに口角を上げて、目を伏せた。
それが感嘆なのか嘲笑なのかは私には分からないけれど。
「ルゥたんって、意外な性格してるんだねー。もっと女の子っぽく“自分と係わり合った人は皆仲間”みたいな子だと思ってたんだけど…」
『すみませんね、ご期待に沿えなくて』
「まあ、その方が軍人には向いてるんだろうけど」
いつもの笑顔を浮かべながら言う少佐。真意の測れないその表情を、少しだけ気味が悪いと感じた。
「ほら二人共、帰りますよ」
コナツさんに軍服の袖を引っ張られる。すでに他の皆さんは歩きだしていた。
私とヒュウガ少佐も彼らの後を追った。
……待ち受けているであろう書類の山達の事は出来るだけ考えないようにして。
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