薔薇の香りの中で
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数年経ち、庭師が亡くなった。
スモモは変わらず、庭師の仕事を続けることになった。
凛月とあんずはスモモの今後について話していた。
凛月はスモモを朔間家に迎え入れたいと言う。
だがあんずは反対だと言う。
『いい加減スモモを返してよ』
『返してって…スモモちゃんは貴方の物ではありません』
『婚約は解消してない』
『だからって気安く近付かないで。しかもまた噛みつくなんて』
お互いにらみ合う。
『何処に出しても恥ずかしくないって、あんずも手紙に書いてたじゃん』
あんずは一瞬目を伏せたが、また目を合わせた。
『記憶のない娘の正体が貴族令嬢で、公爵子息の婚約者だと、誰が信じますか?』
『!』
『何も知らず、解らず、噂の的にされる』
あんずはカタカタと震えた。
『あんず』
『命を狙われるのと同じくらい怖いんです!』
『!』
そう言うと、あんずは席を立った。
『……』
凛月はあんずが言ったことを考えた。
あの言葉はあんずの本音。
昔、あんずは「変わり者の令嬢」と言われていた。
無口で無表情。
綺麗な装飾にも、豪奢なドレスにも興味をもたない。
だから零とあんずが婚約した時、周りは騒がしかった。
子供ながらも凛月も感じていた。
それでも、あんずは変わらなかった。
零も変わることを望まなかった。
でも本当は辛かった。
凛月は庭を見た。
スモモが手入れしている立派な庭園。
今、スモモの姿はいなかった。
『お客さま?』
凛月が振り向くと、スモモがいた。
出逢った時と同じ薔薇を持って。
凛月は話し終えるとスモモの手を再び握った。
あんずと零はいつの間にか部屋を出ていた。
「ずっと恐かったよね」
死と隣り合わせだったのに守れなかった。
傍にいることさえできなかった。
「ごめんね」
「謝らないでください」
スモモは起き上がり、凛月の目を真っ直ぐ見る。
ずっと見守っていてくれた。
それがわかった時、胸の中にある感情の意味もわかった。
そして、それを伝えたことがないことにも気づいた。
「凛月様、庭に行きませんか?」
スモモと凛月は庭園を歩く。
スモモが丁寧に世話をしている植物たちは今日も綺麗に花を咲かしている。
「この場所で、私たちは会った」
「うん」
「凛月様、いきなり噛み付いてきましたね」
「………うん」
たとえ小さくても、消えない傷が社交界では大きな噂になる。
婚姻にも影響する。
それを理解するには、当時のスモモは幼過ぎた。
「責任、なんですよね」
スモモは凛月の前に手の甲を見せる。
庭師とあんずに作業中は手袋着用を徹底させられた。
おかげで傷ひとつない。
白く、滑らかな肌。
「あの頃の傷はもうありません。だから…っ!」
スモモの言葉を遮るように、凛月はスモモの手の甲に口付けた。
「婚約の解消はしてないし、する気もないよ」
凛月は言う。
スモモは目を見開く。
どうしよう。
嬉しい。
だけど…
「凛月様、私の両親は死にました。遺産も財産もありません。私はもう令嬢ではありません」
「関係ない」
凛月はスモモを抱き寄せた。
全部関係ない。
抱き締める力を強める。
愛してる。
初めて逢ったあの日から…。
幼い頃、立て続けにくる零の見合い話。
見るからに疲弊していった零を凛月は心配しながらも、自分の番が来なければ良いのにと思っていた。
暫くして、零自ら見合い相手を選んだ。
相手側の家から話はなかったので、此方から話を出した。
初めて零が興味を示した令嬢、あんず。
凛月も興味を持ち、付いていった。
遠くから2人の様子を見ようとしたが、ふと見た庭園の素晴らしさに目を奪われた。
見合いが終わるまで庭園にいることにした。
『お客さま?』
『!』
そこにいたのがスモモだった。
『はじめまして。スモモと申します』
ニッコリと純粋に微笑むスモモに心を奪われた。
(この娘が良い)
そう思った。
昔、国の王子が令嬢の額に傷をつけ、その責任で結婚したことがあったと聞いた。
それを真似して手の甲に噛みつき、傷をつけた。
当然、事は大騒ぎになり、零とあんずのお見合いは中止になった。
後日、お互いの両親は話し合いの場を設け、2人の婚約は決まった。
「愛してる」
「私も凛月様をお慕いしております」
スモモがそう言うと凛月は微笑んだ。