薔薇の香りの中で
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今は誰も住んでいない屋敷がある。
以前は侯爵家が住んでいた。
そこにまだ幼い令嬢が1人いた。
その家に強盗が入ったのは令嬢の婚約が決まった直後だった。
令嬢は屋敷から逃げ出し、近くの親戚の家に助けを求めた。
大人からすれば近くても、子供にとっては遠い距離だった。
敷地に入り、知ってる庭師に会った途端、意識を失った。
それから数日、令嬢は高熱を出し、記憶を失った。
「あんず様は、私の従姉」
あんずは頷く。
目に涙を浮かべて。
「零様はあんず様の婚約者」
スモモは凛月の手を握る。
その存在を確かめるように。
「私は、凛月様と婚約していた」
「そうだよ」
凛月もスモモの手を握りかえす。
忘れてしまっていた。
こんなに美しくて、
こんなに優しくて、
こんなに愛しい人。
「ごめんなさい、凛月様」
スモモがそう言うと、凛月は顔を歪ませた。
「謝るのは俺の方だ」
あの事件は強盗に見せかけた暗殺だった。
標的は『朔間家の子息の婚約者』。
凛月と婚約したスモモだった。
スモモを保護したあんずの両親はすぐに屋敷に使いを出した。
実行犯は直ぐに捕まった。
そして指示した貴族も。
記憶を無くしたスモモは『庭師の孫』として屋敷に匿うことにし、表向きは行方不明になった。
凛月に知らされたのは、その数日後。
『もう少し先にしたかったですけど……』
あんずは凛月をチラリと見る。
『既にお見合いの話が来てるとか』
凛月は不機嫌な顔をする。
『俺の婚約者はスモモだ』
『そうですか』
あんずは興味なさげに言い、歩みを止めた。
『ここからなら良く見えます』
『会えないの?』
『怯えるから、まだダメです』
仕方なく凛月は隠れるような姿勢で庭園を見た。
(あ、いた!)
スモモは庭師に教わりながら、植物たちの世話をしていた。
庭師が褒めるとスモモは笑顔になった。
変わらない、愛らしい顔。
また、自分に向けてほしい。
『今は我慢して下さい』
珍しくあんずが苛立たしげに言った。
(あんずも辛いんだ)
あんずは凛月にマメに手紙を送った。
内容は名前は書いてないが、スモモのこと。
庭の一角を任されたこと。
読み書きや礼儀作法の勉強を始めたこと。
町に買い物に行ったこと。
ピアノの音が好きなこと。