5.「好意」と「休日」
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水季の家を出ると、翠はため息をついた。
なんとなく、水季と話がしたかった。
(タイミングが悪かったなぁ)
また、ため息をついた。
(どうして)
水季は客の履き物を見て動揺した。
そこにあるのは、見慣れた、あんずの靴。
「!…そうだったのか」
女性の見覚えのある瞳。
あんずの瞳。
女性はあんずに憑いて来たのだ。
浴場に行こうとする足を必死に止め、自室に向かった。
自室に入り、短刀を手にする。
この短刀でどうする?
斬る?
あんずに憑いた者を?
この短刀で?
(どうやって?)
あんずごと?
水季はその場に崩れるように座りこんだ。
動きが、思考が、完全に止まった。
(どうすれば良い?)
見たかぎり、感じたかぎり、悪い印象はなかった。
話せばわかる?
水季は短刀を握りしめ、覚悟を決めた。
脱衣所前、水季は呼吸を整えた。
戸に手をかける。
「失礼します」
戸を開けた。
「!」
水季は目を見開く。
「あんず」
そこには、あんずがいた。
あんずは驚いた顔をしたが、すうっと、目を伏せた。
「それが、この方の名前ですか。お知り合い、だったんですね」
声は女性だった。
「この方に憑いたのは偶然です」
女性は制服を着ていく。
仕草ひとつひとつが着物を着付けていくように見えた。
「私の最後の望み」
スルッと袖を通す。
「あの、何もない部屋を出て、ここに来ること。当主様とお話しすることだった」
着替えを終えた女性はフワリと微笑む。
その表情はとても晴れやかだった。
女性が目を閉じると、あんずの身体が前に傾いた。
「あ!」
水季はあんずを抱き止めた。
気がつくと、女性の気配がなかった。
水季はあんずを抱きしめたまま、呆然とした。
あんずを客間に運んで蒲団に寝かすと、水季は家の電話から英智の携帯に電話をした。
『そう』
話を聞いた英智は呟くように言った。
「あの方はいつ亡くなったのだ?」
『去年だよ』
英智は静かに話した。
その女性は病弱だったこと。
ずっと、ここから遠くの土地で療養していたこと。
『一度、君のお婆さんが彼女の所に行ってる』
「そうだったのか」
あんずは夕方に目を覚ました。
数日後、水季はあの日の事を英智に報告した。
「結局、休めなかったね」
「仕方がない」
水季は紅茶を一口飲む。
英智は写真を一枚出した。
あの女性が写っていた。
「この人で間違いない?」
「ああ」
「即答だね。……50年くらい前のモノクロ写真をカラーにしたんだけど」
「え?」
水季は驚いて写真をまじまじと見る。
確かに今時の写真と比べると画像が粗いが、間違いなくあの女性だった。
「この写真を撮った時、今の僕たちと同じくらいの歳だったらしいよ」
「あんずに憑いた時、そう見えたということか?」
「敬人に話したら『ありえない』って言われそうだね」
英智は写真をしまう。
この話は終わりということだ。
「今日のお菓子、口に合わない?」
英智は焼き菓子が盛られたお皿を見て聞いた。
今日はひとつしか食べていない。
「いや、美味いぞ」
「じゃあ、具合でも悪い?」
「…………」
水季は英智から顔を背けた。
「……少し、減量しようかと」
英智は目を見開いた。
「どうしたの?急に」
「ちょっとな…」
あんずを運んでいる時、水季はあんずの体重が軽いと感じた。
英智への電話を終えた後、そっと体重計に乗った。
「!!」
(……最後に測った頃より●㎏も増えてる)
普段あまり間食しない水季。
英智と創が淹れる紅茶には必ず甘い洋菓子がついてくる。
友人と帰りに寄り道もするようになった。
高校生になってから明らかに間食の回数も量も増えた。
せめて増えた分は減らそうと水季は決めた。
To be continued.