15.「敬人」と「英智」
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智の父親は家を空けることが多い。
智との会話も少なかった。
それでも智を愛していた。
『僕は写真以外の表現が苦手で…』
苦笑しながら、そんなことを言っていた。
だから英智が変わりに伝えた。
『可愛いよ、智』
『大好きだよ、智』
異性に言われ慣れていない智はその度に頬を染める。
『ボクも大好きだよ、英智』
智がそう返してきた時は嬉しかった。
愛しさが増した。
もし妹がいたら、智みたいな子が良いとさえ思った。
その瞬間、気付いた。
英智智に恋愛感情は持たない。
純粋で、同時に聡い智。
もし英智が「愛してる」と言えば、智は何かしら疑ってしまうかもしれない。
父親と繋がっていると気づいてしまうかもしれない。
離れてしまうかもしれない。
だから智がオースティンのロマンス小説を読んでいる時に先手を打った。
智に側にいてほしくて。
手離さない為に。
自分への戒めとして。
だができなかった。
英智自ら破ってしまった。
夜。
英智は東屋にいた。
座って、俯いて、智が来るのを待っていた。
「こんばんは、英智」
暗闇から智の声がした。
英智は顔を上げる。
あの時に着ていた白いワンピース。
厚手のチェックのショール。
結わえず、流した黒髪。
陽の下なら眩しく見えただろう。
「そのショールは合わないよ」
英智が言った。
「これしかなかったんだ」
智が言った。
東屋に入る。
ふわりと薔薇の香りがする。
英智の向かいに座る。
その姿勢が写真と重なった。
暫くはどちらも無言だった。
先に口を開いたのは英智だった。
「愛してます、エリザベス」
智は目を伏せる。
「本当は喜ぶべき、……ですが」
まっすぐ英智を見る。
「私は嫌いです、ダーシー様」
そう言って、息を吐いた。
「そう言えるようにしたかったんだよね?」
「うん」
「それまで、守ってくれた」
無垢な幼い少女を、両親の変わりに。
その存在を利用する人間から。
誰もが持っている、醜い感情から。
この『秘密の花園』で。
「あの頃の君は誰かを憎んだり、嫌いになったことはなかっただろう?」
「なかったな」
智はあっさりと言った。
あの夜も、悲しみが先に来た。
怒りも憎しみもなかった。
「ただ辛かった」
父親が智を仕事場に連れ初めてから、ちらほらと話があがっていた。
『正体不明の子供』として。
智が成長するにつれ、現れてきた。
父親譲りの感性。
母親譲りの美貌。
確かな直感。
優しく、傷つきやすい心。
多方面に興味を持ち始めても変わらない智に安心していた。
周りが見えてなかった。
だからあの夜、父親だけじゃなく、智の話題があがった時は驚きと共に焦った。
いつか、父親に連れられてパーティーに出席した時、間違いなく智は話の中心になる。
良い意味でも、悪い意味でも。
智がそれに耐えられるか。
だから東屋で智を見た時、感情に任せて賭けにでた。
傷つけたくなかった。
キズツケテシマッタ。
泣かせたくなかった。
ナカセテシマッタ。
壊したくなかった。
コワシテシマッタ。
「ごめんね」
智の顔を見ることができなかった。
「顔をあげて、英智」
優しい声に英智は顔をゆっくり上げると目を見開いた。
智は微笑んでいた。
「今までありがとう。オレはもう、大丈夫」
優しく、美しく。
花のような笑みだった。
『愛してたよ。友達として』
next epilogue.
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