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時は少し流れ、智は小学校高学年に、英智と敬人は中学生になった。
智は習い事が増え、習い事の合間に東屋にやってくる。
敬人とは町中で会えば挨拶くらいはする。
瑛智とはすれ違いが多くなり、お互い東屋にメモを残すようになった。
智はひとりの時、勉強をしたり、本を読んで静かに過ごした。
「智」
「英智!」
会えた時はお互い嬉しそうな顔をした。
実際嬉しかった。
「久しぶりだね」
「うん」
「もうすぐ敬人も来るよ」
「本当!?」
智の表情が一段と明るくなった。
3人揃うのはもっと久しぶりだった。
「敬人さん!」
智の声に敬人は一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を戻した。
「ボク、2人に聞きたいことがあるの」
智が言った。
「何?」
「何だ?」
「……あのね」
智はしばし躊躇ったが口を開いた。
「●歳で独身って良くないの?」
『!?』
智の問いかけに英智と敬人は吃驚した。
敬人は英智をちらりと見た。
瑛智は目を見開き、口をギュッと閉じていた。
やがて落ち着いた声で聞いた。
「それ、誰が言ったの?」
「近くに座ってたお姉さんたち」
「出掛けた先で聞いたのか?」
敬人が聞くと智は頷いた。
この頃になって智はやっと周りの環境に慣れてきたらしい。
人が多い場所もひとりで行けるようになった。
その分、好奇心も旺盛になった。
智の話によると、習い事を終え、ファストフード店で母を待っていた時だった。
近くに座っていた集団が一冊の本について話していた。
「他に何か言ってた?」
「…えっと『●歳まで独身は恥ずかしいか?』とか、理想の結婚がどうとか」
『………』
「相続権について、あと当時の『貴族の独身男性は絶賛花嫁募集中』は…」
『ストップ!』
英智と敬人は声を揃えて言った。
智は吃驚して手で自分の口をおさえた。
暫く3人は黙った。先に口を開いたのは敬人だった。
「その人達がしてたのは多分、読書会だ」
「読書会?」
「数人で一冊の本を読んで、それについて話すんだ」
「ふぅん」
「多分、その本には当時の結婚事情が詳しく書かれてたんだね」
英智が言った。
昔、女性に財産権がない時代、女の子が年頃になれば親が結婚相手を探したりしてた。
「身分が重視されたし、自由な恋愛はあまりなかったんだよ」
「そうなんだ」
「今は法律で結婚できる年齢は決まってる。お互いが同じ気持ちなら一緒になれる。だから早いも遅いもないと思うよ」
英智は智の頭を撫でた。
「でも、智にはまだ早いかな」
智は首を傾げる。
「2人とも、なんか落ち着きないね」
智のせいだ、と2人は言わなかった。
智が帰ると英智は頭を抱えた。
「智はどんどん、いろんなことを覚えていくね」
「最近は父親の職場にも行ってるみたいだ」
「自覚、してきたのかな」
父親が業界にどれ程の影響力を持っているのか。
「どうだろうな」
「何も知らないままが良いのに」
「そうもいかないだろ」
そう言いながらも、敬人は英智の言葉に同意しそうになった。
敬人は英智に言っていないことがあった。
智がここの外ではまったく違う顔をしていることを。
智を見かけた時、敬人は一瞬誰だかわからなかった。
智は人を寄せ付けないような雰囲気を出していた。
『あ、敬人さん。こんにちわ』
敬人に気づくと智は嬉しそうな声を出し、安心した顔をした。
敬人は気づいてしまった。
智は環境に慣れてきたんじゃない。
撥ね付けていた。
隙をつくらないように。
つけ入れられないように。
飲み込まれないように。
敬人は東屋を見た。
広すぎず、かと言って狭くもない空間。
敬人と英智といると智は目を輝かせていた。
智が智でいられる唯一の場所。
数日後。
英智が東屋に行くと、智が本を読んでいた。
「智、何を読んでるの?」
智は読んでいた本を英智に見せた。
タイトルは
『Pride and Prejudice』
「母さんが買ってきたの」
「そうなんだ」
側には辞書とノートがあった。
書かれた細かい書き込み。
「面白い?」
英智が聞くと智は複雑な顔をした。
「…難しい」
智はそう言うと片付け始めた。
「ねぇ、智」
「何?」
「この先、僕が『愛してる』って言ったら『嫌い』になってほしい」
智は目を見開いて、英智を見た。
「何故?」
「君が大事だから」
英智は智を妹のように可愛がっている。
この時間が少しでも続けば良いと思った。
「約束して」
真剣に言う英智。
「わかった。約束する」
智がやっと言うと英智は優しく微笑んだ。
「うん。約束」
夜。
智は毛布にくるまって英智との会話を思い出していた。
智は英智と敬人を兄のように慕っている。
2人のことが大好きだった。
嫌いになるということが考えられなかった。
「今度は破らないでね、英智」
決して「嫌い」とは言いたくなかったし、「嫌い」になりたくなかった。