12.「弓弦」と「桃李」
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トイレの個室で胸元の布を外した智は大きく息を吐いた。
(……上手くいかなかったなぁ)
会ってしまえば、昔に戻れると思った。
でも実際、敬人に会ったら言葉に詰まった。
英智に会ったら身体が震えた。
平常心を装って、逃げてしまった。
『約束だよ』
守りたくなかった約束。
だから「あの時」から智は逃げていた。
「っ!」
智は涙を堪えた。
制服を着て個室を出た。
鏡の前で髪に巻いたリボンを外し、飾りのないヘアゴムを巻く。
表情を作る。
いつもの顔。
「よし」
智はトイレを出た。
「智」
廊下を歩いていると明るい声が智を呼ぶ。
「桃李くん」
桃李は智に駆け寄ると抱きついた。
「会長と何話してたの?」
笑顔で、明るい声で桃李は聞く。
「内緒」
智はにっこりと答える。
ねぇ智、僕はズルいよ。
傷ついてる智の心の隙間に入り込もうとしてるんだから。
2人は並んで廊下を歩く。
「弓道部の道場で伏見先輩にあったよ。素敵な人だね」
智がそう言うと桃李はムッとした顔をした。
歩みを止める。
「智」
「何?」
智も歩みを止め、桃李の方を向く。
「智はさ」
桃李は頬を染め、俯いた。
「前に、僕が『友達として好き』って言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「………友達じゃなかったら?」
智が誰かの告白を断る度、安心した。
そばで笑ってくれるのが嬉しかった。
『素敵な人だね』
そんな言葉聞きたくなかった。
「桃李くん?」
桃李は顔を上げて、智の頬に自分の唇をあてた。
「大好きだよ、智」
今にも泣きそうな顔で、桃李は言った。
智は目をパチクリとさせた。
「頬とはいえ、キスしてきたのは桃李くんが初めてだ」
桃李の唇が触れたところを指で撫でる。
智は目を伏せた。
「でも桃李くんの気持ちには応えられない」
どこか冷めた声で言った。
どうして?
桃李はそう聞こうとした。
だが、智の表情を見て、聞けなかった。
智は桃李と同じ顔をしていた。
「好きな人、いるの?」
桃李が聞くと智は頷いた。
でも、もう伝えることもできない。
翌日。
智は登校してこなかった。
あんずは帰りに家に寄ろうと思った。
その前に行く所があった。
生徒会室に入り、英智の向かいに立った。
色々と聞かれることを覚悟した。
だけど、あんずは未だに何も知らないに等しい。
何故、智は英智から逃げるのか?
何故、会いたくないのか?
英智と敬人は一体、どこで智と出会ったのか?
あの時、智は英智に何を言ったのか。
英智はゆっくりと口を開いた。
「智は学院生活を楽しんでた?」
「はい」
「そう。それは良かった」
英智は笑顔だったが、あまり嬉しそうではなかった。
形だけの薄い微笑み。
『近所の女の子』
昨日、英智はそう言った。
「何度か智の家に行ったよね」
「はい」
「周りがちょっとした森になってたよね」
「…はい」
(ちょっとどころか、かなり広かった)
あんずは思った。
森の中にポツンとあった家。
「あの森全てが智の家名義の土地」
英智はあるカメラマンの名前を口にした。
「正式に公表はしてないけど、智はその人の娘」
「智ちゃんはご両親の仕事のことは何も言ってません。ただ、出張中だと」
あんずが言った。
「そう。智の存在は近所を除けば、一部の人しかしらない。多分、その人たちも智は今、両親と一緒に海外にいると思ってる」
(やっぱり)
なずなの考えが当たった。
「智は大切に育てられた。学校と習い事以外、森から出たことはあまりなかった」
『籠の鳥』
零が言っていた言葉。
「智はね、僕の家の庭に突然現れたんだ」
英智は話し出した。
昔話を
智との思い出を。
To be continued.
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