12.「弓弦」と「桃李」
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ガーデンテラスには誰もいなかった。
「天祥院先輩、いい加減離してください」
智が英智に言った。
英智の手は未だに智の肩にのっていた。
否、智が逃げないように掴んでいた。
「逃げない?」
笑顔で英智が聞いた。
「逃げません」
智が言った。
それを聞いて英智は一度力を緩めたが、再び智の肩をグッと掴んだ。
「!?」
智は驚いて英智を見た。
英智は真っ直ぐ智を見つめる。
「話し方、昔に戻して」
智の瞳が揺れた。
俯く。
「…………わかった」
智が言った。
英智が智の肩から手を離すと智は近くのベンチに座った。
もう怯えた顔はしてなかった。
どこか冷めたような無表情だった。
隣をポンポンと叩く。
「座ろう。少し疲れた」
英智は隣に座った。
ずっと智に笑顔を向けているが、智は目を合わせようとはしなかった。
「アイドルやってるなんて、知らなかった。敬人さんも」
智が呟くように言った。
英智は苦笑する。
「僕も、君が日本にいるなんて知らなかった。両親と海外にいると思ってた」
英智から笑顔が消えた。
「どうして、嘘をついたんだい?」
「…」
「僕が約束を破ったから?」
「違う」
智は首を横に振る。
「あの時、オレはもう決めてた。貴方に別れを告げることを」
智はあの時にはもう決めていた。
英智にも敬人にも二度と会わないと。
「どうして?」
英智は聞いた。
「何故?」
悲しみに顔を歪め、声を絞り出すように、痛みに耐えるように。
智は何も言わず、席を立った。
英智の前に立ち、漸く瑛智と目を合わせた。
あの時と同じ、無表情で、冷たい瞳。
「それが、今の君かい?」
英智が悲しそうに言う。
智はクスリと口だけ笑った。
「父に連れられて、いろんな現場に行った。表情を変えるくらい簡単だ」
キュッと口をひきしめた。
「だけど、オレはもう知らないふり、気づかないふりなんて出来なくなった」
智は瑛智の両肩に手をおく。
「約束を破ったのは、オレの方だ」
智は顔を近づけた。
英智の耳元でそっと囁く。
英智は目を見開く。
「智ちゃん!」
智を呼ぶ声がした。
目を向けると、ゆうたから連絡を受けて駆けつけたあんずがいた。
「あんず先輩」
智と目が合ったあんずは無意識に後ずさった。
(……誰?…この子)
そう思ってしまった。
輝く瞳
上気した頬
愛らしい笑顔
小さな身体から溢れるエネルギー
それが、あんずから見た智だった。
だが今目の前にいる智はまるで別人だった。
無表情で何も映さない瞳
立っているのがやっとという風に脱力した細い身体
美しすぎる黒髪
魂を抜かれた人形のようだ。
「英智さん」
俯いた英智。
智はずっと英智に怯え、逃げていた。
敬人のことも避けていた。
なのに、今の智は何も恐れていない。
何も感じてないようだ。
「英智さんに、何を言ったの?」
他に言いたいことがあった。
だが、言えなかった。
「あんず先輩」
智が声を発した。
口だけ微笑んで。
「協力してくださったのに、すみません」
そう言って、あんずの横をすり抜けた。
あんずは振り向いた。
どう声をかければ良い?
何を言えば良い?
言葉が見つからない。
今の少女を、あんずは知らない。
あんずは英智の方を向いた。
今度は自然と言葉が出た。
「英智さん、智ちゃんは何者なんですか?」
「……近所の女の子だったんだ」
英智は言った。