12.「弓弦」と「桃李」
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2ーB教室。
「あれ、智じゃない?」
ゆうたが言った。
「あ、本当だ。会長と一緒にいる」
桃李が言った。
智と英智はガーデンテラスに続く道を並んで歩いていた。
笑顔で智に話しかける英智。
一方、智はずっと俯いていて表情が見えなかった。
英智の手が智の肩に触れた瞬間、智が顔を上げた。
智は悲しみとも、怯えとも見える表情をしていた。
桃李とゆうたは目を見開いた。
ガタッ
先に席を立ったのはゆうただった。
教室を出る時、桃李を見たが、桃李は座ったまま動かなかった。
ゆうたは教室を出た。
桃李は動けなかった。
記憶の奥でフラッシュバックが起きていた。
夜
薔薇の香り
遠くに見えた東屋
そこで泣いている智
英智の姿
(思い出した。智は会長の家にいたんだ)
その日は天祥院家の邸でパーティーだった。
姫宮家も招待されていて、桃李も出席していた。
当時、中学生だった桃李は英智を探していた。
夢ノ咲学院に入学が決まったこと。
入学したら瑛智のユニットに入りたいと伝えるために。
(どこにいるんだろう)
会場となっている広間を出てあちこち探す。
どこにも英智はいなかった。
ふと窓の外を見る。
「あれ?」
ばら園のような広い庭。
角の方に見える小さな東屋。
そこに英智がいた。
(いた!)
桃李は庭に続く扉を開けた。
ツルバラで覆われ、隠れるようにある東屋。
そこにいたのは英智だけではなかった。
少女が一緒だった。
長い黒髪、袖に赤いリボンを飾っただけの白いワンピースを着ていた。
(誰?)
格好からして招待客ではない少女は英智と話していた。
桃李から見ても2人は親しげだった。
しかし、突然少女の表情が変わった。
少女が目を大きく見開き、それがどんどん無表情になり、同時に涙を流した。
俯き、両手で顔を覆い、肩を奮わせて泣いた。
英智は少女が泣いたことに驚き、慰めようとしたのか肩に触れようとした。
しかし、少女はその手を拒み、顔を上げて英智に何か言った。
その言葉を聞いて、英智はまた驚いた顔をした。
少女は東屋を出ると、薔薇の影に隠れるように消えた。
英智はただ呆然と少女が消えた方を見ていた。
桃李は弾かれるようにその場を離れた。
見てはいけない物を見てしまった。
そんな気がした。
その後、英智は何事もなかったように広間に戻ってきた。
桃李とも普通に会話をした。
先程の感情が、表情が嘘のような、完璧な笑顔で。
だから忘れてしまった。
その少女が智だったことを。
ハッと我にかえった桃李はゆうたが座っていた席を見た。
ゆうたはいなくなっていた。
智と英智の姿も見えなくなっていた。
(そういえば、会長も智のことを聞きたがってた)
英智に頼まれて智と写真も撮った。
あんずに言われるがまま栗鼠の着ぐるみを着た智。
英智はそれを見て笑い『可愛いね』と言った。
栗鼠のことか、それとも、そのまま校内を彷徨いた智の度胸のことを言っていると思った。
英智は着ぐるみの中の智を見ていたのだ。
2人は知り合いだとわかった。
「なんで逃げたんだろう?」
数日前、桃李が英智と話をしている時、向こうから少し不機嫌な顔をした智が歩いてきた。
此方に気づくと歩みを止め、ゆっくりと後ろに下がり、走り去った。
その顔にあったのは、怯えだった。
(智、何であの場所にいたの?
何で泣いてたの?
あの時、会長に何を言われたの?)
桃李は席を立って教室を出た。