外国名の方が話の都合上良いかと思います。
タンザナイトの見る先
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「痛えなっ。くそっ。はなせっ」
「もう。動かないで」
「うるせえ。はなしやがっ、グゥッ」
「あんまり言うことを聞かないともっと痛いことしますからね」
「くそっ。くそっ」
「まったく困ったものだわ。貴方死にかけていたのだもの。痛いに決まってるわよ」
暴れないように手足を動かないようにしたものの、ロシナンテはぎゃあぎゃあ騒ぎながら、バッタンバッタン布団に包まれたクソガキのようにもがいている。
これで怪我が悪化したら大変だと、ヴィルは大人しくさせるために、ロシナンテの腹を一発平手でぴしゃんと叩いた。
そこはちょうど銃で撃たれたところで、ロシナンテは痛みに一つ呻いて動かなくなった。
しかし、横になりながら床に顔をつけているせいで頬を半分潰しながらこちらを睨み、ずっと悪態を付いている。
ここまで来ればもう執念だった。
そんな彼を見てヴィルはこれだったら怪物的な怪物の本の方がまだマシだわと一つため息を吐いた。
だってアレは撫でれば大人しくなるが、ロシナンテは撫でたら余計に暴れる。
あの本より扱いに困る人間なんぞ聞いたことがなかった。
「いい?今から治してあげるから大人しくして」
「くそっ。ロー。ロー。ああ。俺は。グ、ガッ。いてえっ」
「あのね。分かってるの?貴方の身体銃で撃たれて穴だらけよ。もぐらが沢山いる畑の方がまだ少ないってくらいに穴だらけなの。水につけて取り出したら全身からぴゅうぴゅう噴水が出るくらいに穴だらけなの」
「ウウ。いてえ、くそ、くそ。ぶっとばしてやる」
「ミスターホールに何言われたって怖くないわ。本当、なんて我慢強さなの。流石ドフィの弟ね」
「うるせえっ」
悪鬼羅刹。
ヴィルの脳裏に遠い東方の国の言葉がふとよぎった。
できれば怪我を治してやりながら色々話してやりたがったが、この様子では無理そうである。
しょうがなしに先に治療してやることにして、ヴィルは一本ナイフをどこからともなく手に取った。
それを見てロシナンテは黙る。
自分を殺すつもりなのだと思った。
「...殺すなら早く殺せ」
「はいはい。困ったちゃんね。治すっていってるでしょう」
ヴィルは空間の歪んだところに手を突っ込んで、そこから赤い石を取り出す。
歪に楕円の形をしたその石は不思議なことに、石にしか見えないのに手からはみ出たところがくたりと曲がっていた。
ヴィルはそれを机の上において小指くらいの大きさに手に持っていたナイフで切る。
そうしてその欠片を残して、後はまた空間の中に放り込む。
なんの能力だ。見たことねえ。白ひげは空間を割ることができるが...その類か?
ヴィルの魔法を初めて目の当たりにしたロシナンテは先程とは打って変わって静かになり、ずっとそう考えていた。
そんな彼の視線を無視してヴィルは棚からビーカーを取り出して、その中に石の欠片を入れ、次に魔法で出した水を注いだ。
すると赤色の石が薄い桃色に変わって、炭酸のように気泡が石から出て表面に上っていく。
ヴィルはそれを見ると今度は先程のナイフで手の平を深く切った。
あまりの痛さに顔を顰める。
ロシナンテはヴィルのいきなりの行動に驚いて思わず声をかけた。
「お、おい。何してる。気でも狂ったか?」
「失礼ね。黙ってて。ああ、ああ。痛い」
「な、何で近づいてくるんだ。おい。寄るな。ちかづくっ、ゲェッ」
「飲んで」
血の滴る指先を無理矢理ロシナンテの口に突っ込んだ。
くらくらするような鉄の味が口に広がる。
吐きそうだった。
それでも、ヴィルがあの瞳で自分のことを見てくるものだから、ロシナンテは思わず飲んでしまった。
途端身体が熱くなる。
「あ、あつい。なんだ。毒か?」
「違うわよ。でも最初はそうなるのも仕方ないわね。マグルだもの」
「マグ...?何意味のわからねえことを...」
「でも魔力が少しでも無いと死んじゃうから」
「はぁ?魔力?なんだ、魔女だとでも言うつもりか?」
「ええ。私は魔女よ。誇り高きアダムズ家の魔女。私の血一滴に何ガリオンの価値があると思ってるの」
「妄想も大概にしておけよ。そんな家、聞いたことねえ。純血ってなんだ」
「うるさいわね。いいから次はこれよ。飲みなさい」
石はいつのまにか溶けて、ビーカーには薄桃色のどこかとろみのついた液体だけが残っている。
それをヴィルはまたも無理矢理ロシナンテに飲ませた。
一口飲んだ瞬間、これは毒だとロシナンテは思った。
身体が先程の比じゃないほどに熱い。
脊髄にマグマが通っているのかと思うほどで、痛いのかも分からない。
全身の血が煮立っているような灼熱だ。
何が起こっているのか分からなくて床をのたうちまわる。
どこかに熱を逃そうと手足をがむしゃらに動かした。
いつのまにか手足は自由に動かせるようになっていた。
こうして暴れることを予想していたみたいだった。
そんなロシナンテの様子を見ながらヴィルはぽつぽつと話しだす。
「ごめんなさいね。痛いでしょう。でも死ぬことはないから安心して」
「ウ"、ウ"ゥーッ。ア、ア"、ア"ァッ。グ、ギギ」
「魔力の無い人間に使うとこんなに苦しむのね。先に血を飲ませておいて良かった」
「フーッ。フーッ。ゥ、ウウウーッ」
「アダムズ家の血はマグルには濃いでしょう。飲み過ぎればたしかに毒になるわ」
「アアアアッ。クソォ、いてえ、あつい」
「お母様が知ったらきっとお怒りになられるわね...」
一度も叱られたこともないけれど。
そう呟いて、ヴィルは黙り込んだ。
部屋にロシナンテの苦痛に呻く声だけが響いている。
+++++
「マジで魔女なのか」
「そうよ」
「マジ?」
「そうよ」
「本当にマジ?」
「そうだって言ってるでしょう。あとその頭の悪い話し方やめてくれないかしら」
「はぁ〜〜...なるほどなぁ...」
ロシナンテはベッドの上で胡座をかいて、ヴィルのことを上から下まで舐めるように見つめる。
まさか絵空事でしかなかった魔女が目の前にいるなんて。
夢でも見ているようだった。
あまりの苦痛に気を失ったのか。
目を覚ましてようやくロシナンテはそう気づいた。
反射のままに勢いよくベッドから起き上がって、違和感を感じる。
痛くないのだ。
自分の体を見てみれば傷が一つ残らず消えていた。
傷跡すらない。
今までのことは夢だったのだろうかと信じられずにいると、ヴィルが「現実よ」とロシナンテの考えを見透かしたように声をかける。
驚いて見れば、ベッドのすぐ横に椅子を置いて、座って背もたれにもたれながらヴィルは本を読んでいた。
「...本当に治したんだな」
「ええ。ずっとそう言ってたでしょう」
「どうやって」
「魔法」
「真面目に答えろよ。どういう能力だ」
「大真面目に答えてるわ。能力じゃなくて魔法よ。魔法。マジック。マギー。ソルセルリー」
「答える気が無いってことでいいんだな」
「...ああ、今なら純血主義に拘っていたあの人達の気持ちも分かる気がするわ。てんで話が通じない」
何度も何度も本当のことを言っているのに微塵も信じる気配の無いロシナンテにヴィルは苛つきを隠せない。
早く本題に入りたいのにロシナンテがずっと魔法のことばかりに構っているせいで、一向に話が進まないのも苛つきを加速させていた。
もうこうなったら実力行使しかない。
そう思い立ったヴィルはちょっと軽めのクルーシオをかけた。
常人には到底かけようなんて思わないが、この男にならかけても大丈夫だろうとヴィルには根拠のない確信があった。
「クルーシオ」
「ギャアアアアッ」
「これはね、許されざる呪文という禁じられた三つの呪文のうちの一つよ」
「禁じられたッ?!いやイタイタイタイタイタッ!イテェ!エッ!イタッ!何?!痛い!」
「あら。軽すぎたかしら。反応に随分と余裕があるわね」
「いや無理無理無理無理。これ以上があるのか?やめてくれ。イタ、イダダダダダダダダ!」
「どれくらいの痛さなの?」
「この状態で冷静に聞かないでくれねえ?分かるだろ?アッ、アッ、アイダダダダダダダダ」
「答えるまで解かないわ」
「脊髄攣った感じ!!!!!!!」
ゼエゼエとした荒い呼吸音が響く。
ロシナンテはただでさえついさっきまで死にかけの身体だったのに暴れまくったものだから、床に倒れ込んで汗まみれになっていた。
予想外の運動に身体が温まって、死人のようだった顔色は血色ばんでいる。
そんなロシナンテにヴィルは杖を一振りして水の入ったコップを用意してやった。
それを寝ながら一気に飲み干したロシナンテは、そのあまりの水の美味さに何故かヴィルの言うことを信じる気になってしまった。
暴れすぎて頭の中の難しい事柄が全部どっかに飛んでいって、思考がカラッポになったのである。
ロシナンテはアーティスト気質だから何も考えていない時の方がやけに頭が冴えるのだ。
「...杖」
「え?」
「杖、本当に使うんだな」
「使ったほうが楽なのよ」
「使わなくてもできんのか」
「魔力の消費量の違いよ。私にとったら微々たるものだけど」
「はあ」
ロシナンテはもう全部馬鹿馬鹿しくなった。
乱雑に寝返りを打って仰向けになる。
思い切り床に身体を打ちつけたが微塵も痛くなかった。
本当なんだろう。
俺を助けたのも、魔法を使うことも。
助けてくれた理由もなんとなく、分かった。
「コレ。お前の独断だろ」
「ええ」
「裏切りじゃねえのか」
「そう、なるのかしら。私としてはそんなつもりは無いのだけれど」
「馬鹿だなあお前」
「な、」
「馬鹿だよ。お前。ほんと」
だってドフィは俺のことなんとも思ってない。
ロシナンテは撃てなかった。
たった一本。指を動かすだけで良かった。
それだけのことなのに、自らの、この口であの男を悪魔と言い切ってみせたのに。
兄だと思っていないと言って見せたのに。
動かなかった。動かせなかった。撃つなんて、できなかった。
ロシナンテの視界が霞む。
汗が目に入ったらしかった。
暴れすぎたせいか喉が締め付けられるように痛い。
息も荒いままだ。
手を動かして自分の腹に触れる。
なんにも無かった。かすり傷一つ無かった。
でも、確かにここにあったのだ。
熱く、固い、あの男の執念の塊が。
撃ち込まれたはずなのだ。
傷跡すら残っていないのに、痛みばかりが心を蝕んでいる。
ヴィルは椅子から立ち上がってロシナンテの側に座った。
いい匂いのする、暖かい手の平でロシナンテの頭をそっと撫でて、親指で優しく目元をさすった。
さらさらとした、陽だまりのような髪色と、炎のようなガーネットの瞳。
やっぱりドフィの弟だわ、とヴィルは思った。
ロシナンテはされるがままに仰向けになったまま、ぽつりぽつりと話し始める。
その声は掠れていた。
「ドフィの、兄上のためだろ。意味ねえよ。そんなもん」
「...」
「俺が助かって、兄上が、喜ぶとでも。馬鹿じゃねえのか。そんなわけねえだろ」
「...」
「俺が。何したと思ってんだ。兄上のこと、好きなんだろ」
「...ええ。愛してるわ」
「じゃあ!...じゃあ、殺すべきだったんだよ」
ヴィルは精一杯の力でロシナンテの頭を抱きしめてやった。
でも、細く、頼りない、いい匂いがして、暖かい、そんな女の弱っちい腕じゃ、ちっとも痛くなかった。
それでも、この世のどこよりも安心する温もりだった。
「ロシィ。ロシィ。ロシナンテ。私のドフィのたった一人の家族。大丈夫。大丈夫よ」
「...ゥ」
「私が、私が守ってあげますからね。怖いものは何も無いわ。大丈夫。大丈夫よ。こうして抱きしめていてあげる」
「...ァ、ク」
「ドフィが貴方の、貴方のこと、なんとも思ってないわけないでしょう...!」
ヴィルの肩が震えている。
いつのまにか涙が頬を流れていた。
なんとも思っていないなんて、そんなことあるはずがない。
愛しているに決まっている。
憎しみさえ重なってしまうほどの、温い愛だ。
あんな冷酷非道な、人道を踏み外した悪人が、そんな曖昧なものを簡単に抱くものか。
ちゃんと、ちゃんと愛していたからこそ!
自らの手で殺したのではないか!
ロシナンテは自分を抱きしめる女の手を痛いほど握った。
懐かしい匂いと暖かさがする。
優しくて、柔らかい手の平。
ロシナンテはそうして、母が死んでから初めて、女の腕の中で泣いたのだ。
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