外国名の方が話の都合上良いかと思います。
タンザナイトの見る先
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なんでこんなことになっちまったんだ。
そう思わないこともない。
指の先まで激痛がはしっているはずなのに、雪の冷たさのせいか、それとも命の灯火が薄れていくからか。
何も感じることができない。
ローは、逃げ切れただろうか。
呼吸が浅くなる。視界の端が暗い。
まだ。まだだ。あと少し。
何も感じないはずなのに、自分の身体がみっともないほどに震えていることだけは分かって、無性にやるせなくなった。
センゴクさん。
俺、おれは。
俺は、一体何になりたかったんだろう。
もし、ローと逃げ切れたとして、そこにいるのは海兵でも海賊でもない誰かになっちまった俺なんだ。
震えるのは、どうしてだろう。
怖い、のかもしれない。
死ぬことじゃない。
これから、俺が死んだら。
あいつは、ローは、誰に守ってもらうんだ。
まだ13歳の、生意気だが、ガキなんだ。
頭も良い。男前にもなるだろう。
病気が治ったからなんだ。
それでアイツに今まで向けられてきた侮蔑の瞳の名残が消えるわけじゃない。
良いヤツだ。良い男にきっとなる。
世界すらも動かしてしまうかもしれない。
どうしようもねえ。
俺は、ローのこの先を見届けることができねえのが怖い。
ああ、でも、でもな。ロー。
俺はお前が不幸になる方がよっぽど、
+++++
「...やっぱり、あなたのこと、好きよ」
+++++
微かな物音がする。
知ってる音だ。
のどかな春の昼下がりに吹く風。
小さい頃は兄上と一緒に昼寝したっけ。
優しい風が吹いて、陽射しが暖かくて、母上が歌って、父上が笑いながら聞いていて、兄上が、
「頭についた葉っぱを取ってくれたのよね」
そう、転んだときについた葉っぱを撮って、お前は本当にドジだって言って...
「ふふ...寝ぼけてるの?可愛い」
いや兄上はそんなこと言わなかった....
「そうよ、ドフィは私にしか可愛いって言わないもの」
私......?
「ヴィル...?」
「やっと起きたのね、おはよう」
+++++
「どういうことだ」
「レディの身体に許可も無く触るなんて。紳士じゃないわ」
「ドフィの差金か。何を聞き出そうってんだ」
「あらあらあら」
「ローは無事なんだろうな。ここはどこだ。なぜ生きてる」
「インカーセラス」
「グゥッ」
「あらあらあら。傷が開いちゃったわね。困ったわ」
「クソッ」
目を覚ましたロシナンテの視界を埋め尽くしていたのはまさに極楽といった美貌を持つ女の顔だった。
意識が戻った直後の朦朧とした思考の中で、その女がどこかで見知った顔であるとは分かっていたけれども、すぎたる美貌とはときにロジックを無意味に仕立て上げる。
何を言いたいのかといえば、つまりロシナンテはその女、ヴィルのことを天使かと思ってしまったのだ。
言い訳がましく説明をすると、ロシナンテは何発もの銃弾に撃たれて瀕死の状態であったし、実際彼自身生き残る確率なんて微塵も無いと分かっていた。
死ぬ覚悟をして暗闇に落ちていったと思ったら、目を覚まして一番最初に見たのがヴィルの輝かんばかりの笑顔となればそうなっても仕方のないことなのである。
おまけに目を覚ました場所も場所だった。
ロシナンテが意識を取り戻した場所は、小さな湖だった。いや、その大きさでいえば池と言った方が正しいのかもしれない。
ロシナンテの身体の五倍ほどしかないその湖は、彼でさえ足のつかない深さだというのに、底がハッキリと見えるほどに透きとおっていた。
その水晶のような美しさを思うと、湖という言葉のもつ響きの方が相応しいと思ったのだ。
ロシナンテはその湖の中央に浮かぶ、両腕でやっと囲えるくらいの太さをした幹を持つ木にもたれかかっていた。
その真下の水中を見てみれば、荘厳な根が底へ底へと伸びていて、そこから細く分かれた根の先からゆっくりと花が咲いていく。
そして満開になった、蓮のような形をした花は、そのまま根から離れて水中を上下にゆらゆらと踊っている。
上を見上げれば葉は青く生い茂り、軽風に揺れて光と陰影のモザイクを水面に映していた。
湖の周囲は穏やかな森に囲まれていて、ロシナンテは風に乗って時折動物たちの気配を感じた。
まるで極楽のようだった。
苦しみも痛みも不幸もない、平和に塗られた暖色一色の世界。
そんな中で目を覚まし、ロシナンテはヴィルに会ったのだった。
青空とはまた違った美しい青色のタンザナイトが柔らかく自分を見下ろしている。
その表情をぼんやりとしたまま見つめていると、ヴィルはそっとロシナンテの髪を一撫でしてから杖を振ってロシナンテを浮かせた。
何の抵抗もしなかった。
だってあまりにも現実味の無い、美しい幸福の世界だ。
青空に向かって仰向けになったまま浮かんで移動するのは、なんだか自分が雲の一部になったようで気持ちが良かった。
そのままヴィルはロシナンテを小さな家へ運んだ。
二階建てのこじんまりしたレンガの家だ。
外壁には何かの植物の蔦が所々くるくると覆っていて、その緑色とどこか古びたレンガの暖かい赤色や茶色の組み合わせが可愛い。
玄関口までは少し大きい平石が道になるように地面に埋め込まれていて、その周りには花壇があった。
花壇には色々見たことのない花が咲いていて、ロシナンテはそれを傍目に見つめていた。
一階はキッチンと二人用のダイニングテーブルに椅子、そして二階へと続く階段しか無かった。
全体的に小さくて、いつだか兄と一緒に読んだ絵本に出てきそうな部屋だ。
二階には寝室に加えて浴室と書室があるらしい。
らしいというのも、浴室と書室に入ったわけではなくて、寝室以外に二つあった部屋の扉にそう書いてあったから、夢現の思考の中で「他にもあるんだな」なんてロシナンテは思ったのだ。
そっと寝室のベッドに寝かされる。
常人より遥かに大きいロシナンテが伸びをしても余裕があるくらいに大きいベッドだ。
白いシーツに皺が寄って、そこにできる影をぼうっと見ていた。
ヴィルはそんなロシナンテの様子にくすりと笑って杖を振る。
部屋の棚の上段にあるガラス戸が開いて、そこから大きめのものと小さめのもの、二つのガラス瓶がヴィルの手元へと飛んできた。
ヴィルは大きめのガラス瓶から乾燥した葉を二枚取り出して、小さめの方からは柘榴の実のようなものを一粒取った。
実を指先で潰して、その汁が付いたままの手で葉をちぎる。
そして前もって用意しておいた陶器にそれらを置き、杖の先をそこに向けて、火を付けた。
その煙をロシナンテが吸うように向ける。
この煙が気付け薬になるのだ。
すると次第に焦点の合わなかったロシナンテの目が徐々にはっきりしていき、遂にはヴィルを見て目を見開いた。
そうして冒頭に戻るのである。