外国名の方が話の都合上良いかと思います。
タンザナイトの見る先
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「あなたの弟ってとてもそそっかしいのね。目がはなせないわ」
「フッフッフッ…そうだろう。あいつは小せえ時からああだ。兄としては心配でしょうがねえよ」
穏やかで静かな会話がこの屋敷で最も広いドフラミンゴの部屋で続けられている。
少し開けられた窓から軽風が吹き込んで、カーテンを揺らしては部屋を幾分か涼しくした。
月明かりだけが差し込んだ部屋は薄暗いけれど、お互いの顔を見つめるのには十分で。
真白いシルクの滑らかなシーツが敷かれた、キングサイズよりも遥かに大きいベッドの上でドフラミンゴとヴィルは共に横になっていた。
ドフラミンゴはベッドの端に頭を預けて、自身の腕に頭を乗せる美しい女を見つめる。
漆黒のワンピースは就寝時のためか普段のものと違いなんの装飾も施されておらず、その軽い素材も相まって随分と着心地が良さそうだった。
夜空よりも黒く艶やかな髪は見た目通り滑らかで柔らかく、ドフラミンゴの何も身につけていない上半身の肌を滑って少しむずがゆい。
どこまでも触り心地の良い肌は、なんの光に当たっていなくとも内側から淡く発光しているように白かった。
シーツと肌、衣服と髪、それぞれのモノクロの対比が夜をより濃厚なものにしている。
——いつまでも葬式のような女だ。
ドフラミンゴはヴィルを見つめながら、心中一人呟いた。
ヴィルがドンキホーテ海賊団に入ってから、もうそろそろ三ヶ月になる。
だというのにドフラミンゴはヴィルが黒以外の服を着ているのを見たことがなかった。
いつも全身を黒一色に包んで、愛する者を喪ったばかりの貴婦人のような佇まいをもう三ヶ月も続けている。
それでも、あながち間違いじゃないな、とドフラミンゴは思った。
ヴィルの過去は彼女に会ったその日に全て聞いている。
幼児ですら知っていることを知らなかったり、それでいて専門家でさえも舌を巻くような知識を持っていたりといったようなアンバランスさも、違う世界から来たと聞けば納得だった。
毎日全身を黒に包んでいるのは、この世界に来るきっかけとなったしもべ妖精とやらの死を悼んでいるのだろう。
自分の胸に置かれたヴィルの左手を手に取る。
白く小さな手からはすらりと形の良い指が伸びていて、改めて見ると本当に彫刻のような女だと感嘆した。
その薬指には黒く美しい紋様が指輪のように刻まれている。
細い薬指を親指でさするように撫でれば、ヴィルが微笑みながらこちらを向いた。
「なあに、ドフィ。くすぐったいわ」
「いや、随分と良いデザインの刺青だと思ってな」
「ああ、これのこと?刺青じゃないわ」
「じゃあなんだ?痣か?」
「いいえ、命を奪う呪いよ」
「…ア“?」
予期せぬ言葉に思わず凄んだような言葉を出してしまう。
だがそれほどの破壊力がヴィルの言葉にはあった。
ヴィルはドフラミンゴの手から指を離し、天井にかざす。
この黒く美しい紋様を見るたびに、ヴィルは何故かこの呪いをかけた自分の母を思い出しては言いようのない感情が自分の胸に満ちるのを感じていた。
焦燥、憐憫、同情。
一度だって自分を愛してはくれなかった、大切で大好きなお母様。
自分を産んでしまったばかりに、アダムズ家の伝統を途絶えさせ、狂ってしまった可哀想なお母様。
お母様が気づいていたかどうか今となってはわからないが、この呪いはたとえ発動してもヴィルの命を奪うことはない。
いや、奪えないのだ。
古より伝わる強力な魔法であるが故に、自分よりも魔力量の多い相手、つまり格上の者に正常に発動することはほとんどない。
はるか昔に使われた魔法で現在も残っている殆どは魔女狩りが横行した時代に使われたものばかりであるため、マグルを対象として考えられているために。
そのためたとえ呪いが発動したとしても、魔法族の中でも一等上質で有り余る魔力を持つ自分は少しばかり体調が悪くなるだけで死ぬことなんて無いと、この呪いをかけられた時からヴィルは知っていたのだ。
そういえば何故私はこの呪いを解かなかったのだろう。
惰性でこれまで放置してきたが、最初は確かな理由があってこの呪いを放置したのだ。
———何故だったかしら?
もう忘れてしまった。
目の前に迫った怒りの表情を露わにして自分の薬指を睨みつけるドフラミンゴに、思わずヴィルは嬉しくて笑ってしまう。
理由なんてもう必要ない。
「何笑ってやがる。嘘をついたのか?」
「うふふ、いいえ。嬉しくて」
「嬉しい?」
「心配してくれてるのでしょう?大丈夫よ、安心して。私なら死ぬことはないわ」
「…本当だろうな」
「ドフィに嘘なんてつかないわよ」
ヴィルは起き上がって、機嫌を取るようにドフラミンゴの額に軽くキスを落とした。
いつもは後ろに撫でつけられている髪が下ろされていて、額に少しかかっているのがなんだかとても色っぽい。
「あ」
しばらくドフラミンゴの顔を見つめていれば、突然起き上がってヴィルを自分の下に転がして上に覆い被さってきた。
男なら誰もが憧れるような肉体美が自分の真上で何の惜しげもなく晒されて、顔のすぐ横では彼の大きな手の平が置かれて鳥籠に閉じ込められたような気分になる。
彼の顔を覗き見れば、怒っているような雰囲気はないけれども、いつも不敵な笑みを浮かべているその口元は真っすぐ結ばれていた。
「どうしたの、ドフィ」
ドフラミンゴは何も答えず、ヴィルの豊かな胸に顔を埋めた。
息を吸い込めば甘くて安心するようないい香りがする。
重いだろうになんの文句も言わず、ヴィルはドフラミンゴの見た目よりも柔らかな金髪を撫でて、悪夢を見た幼子にするように優しく叩いてやった。
ドフラミンゴの日常は最早、火と金と血の匂い、そして人々の憎悪と悲鳴で満たされてしまっている。
そのことが嫌になったことなど一度もない。むしろそれらが心地よくて、早くこのクソッタレな世界を滅茶苦茶にしてやりたくなる。
だが毎晩こうしてヴィルに優しくされると、どうしたって何も知らず阿呆のように幸せを享受していた幼少の自分に戻ったような気がして、昔を思い出してしまうのだ。
ヴィルを初めて目にした時感じた衝撃はきっと運命だったのだと確信している。
一目惚れや必然なんてありきたりな言葉じゃ言い表せない。
運命という言葉すら物足りないほどに、強く。
自分の欠けた魂の半身が彼女なのだと己の心臓が叫ぶほどの衝動は、運命すらも陳腐な文句に変えてしまう。
あの日、あの場所で出会った瞬間自分たちは同じだと、そう理解してしまったのだ。
望んだ幸せを与えてくれないこんな世界なんてこの手で消し去ってやる。
愛する者だけを失わせるようなこの世なんてぶち壊れて崩れ去ってしまえばいい。
不幸を知らず幸福のみに生きている奴らは全員絶望の底に沈んで死んでしまえ。
そんな憎悪にも近い祈りが二人の胸の奥底にあった。
「ヴィル」
「なあに。ドフィ」
小さく名を呼べば柔らかい声色で返事が返ってくる。
ひとり父の首を抱いてこの世を呪う言葉を叫んだあの荒地では感じなかった温もり。
誰よりも美しい女が、誰よりも自分を愛して抱きしめている。
陶器のように白い指先が自分の頭を優しく撫でて、そこからヴィルのぬるい体温が移って胸がいっぱいになっていく。
この感情はなんなのだろうか。
次から次へと理由の無い焦燥と不安が心の中に溢れて溺れてしまいそうだ。
この溺れそうな感情の波をどうにかしたくて小さくヴィルの名前を呼び続ける。
彼女の名前を呼ぶごとに胸の虚空が満たされては呼吸が楽になっていく。
その間ヴィルはドフラミンゴの頭を撫で続けながら、何も言わず優しい瞳で彼の震える睫毛の一本一本を見つめていた。
黒に包まれた夜の中で深淵に囚われた二人がお互いを慈しみあう。
それのなんたる美しく、背徳的で、甘美なことだろうか!
いまに生きる者は誰一人とてこの幸福を理解することはないだろう。
このとうに穢された楽園に足を踏み入れることができるのは、一度地獄に落ちた者だけだから。
うつくしい女がうっそりと笑う。
「ドフィの全ては、私が守ってみせるもの」