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タンザナイトの見る先

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外国名の方が話の都合上良いかと思います。
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どうにもこの世界の住人は不親切で、そして無礼極まりないみたいだ。
12船目の船を燃やしながらヴィルはそう思いため息をついた。

誰かの船に共に乗せてもらおう。
そう決意したヴィルがまず最初に目をつけたのが偶然隣を通りがかった海賊船。
何やら宴をしていたようで、船員全員がにこにこと楽しそうに談笑していた。
その様子から頼めば乗せてくれそうだと判断したヴィルは船を寄せて声をかける。

「もし、そこのかた…」
「ンン?なんだぁテメェ…ってこりゃあすげえ上玉だァ!」
「じょう…?あの、初対面でもうしわけないのですけれど、」
「おおマジじゃねェか!こりゃあ良いオンナだァ」
「あの、船に、」
「おい、てめえら!捕まえた奴が一番最初にあのオンナをいただくってのはどうだ?」
「いや、おはなしを…」
「そりゃあイイ!よし、行くぜお前ら!」
「あ、かってに船にのられると…」
「ぐああああああああ!」
「な、なんだ?!全身から血が!」
「よくもやりやがったな!」
「ええ…これってわたしのせいなのかしら」

声をかけたけれどもこんな感じで皆ヴィルの話を聞く前に勝手に船に乗り込んでくるものだから、船にかけた呪いで一人残らず死んでしまった。
赤く染まった一帯でぷかぷかと浮かぶいくつもの死体。
確か水の中で死ぬと体内の細菌によってガスが溜まって物凄く醜くなるのだったわよね。
生前は許可もなく人の船に乗るような無礼者だったけれど、死んだ後までそんな目に会うのも可哀想…。

「そうだ、もやしてあげましょう」



轟々と燃え盛る炎を見ていると、突如背後から声をかけられる。
振り返れば『MARINE』という文字と碇のようなマークが記された帆を掲げたヴィルの乗っている船より遥かに大きい船がいつの間にか近づいて来ていた。
そこから白い制服を着た男たちが何人もこちらに向けて銃らしきものを構えていた。

「おい、そこの女!何をしている!」
「『MARINE』…白いせいふく…。あなたたちは海軍、ですか?」
「そ、そうだが…」
「やっぱり!そうだとおもったのよ!それでわたしあなたたちにお願いがあるのですけれど」

ヴィルの類まれな美貌に海兵たちがたじろぐが、そんなこともお構いなしにヴィルは矢継ぎ早に言葉を続ける。
ヴィルにとって海軍は魔法界でいうところの闇払いのような存在だと認識していた。
だからこそなんとかしてくれるかもしれない、という希望を胸に興奮気味に話しかけているのだった。
だが海兵たちからしたら、新世界にまでやってきた海賊を一人で皆殺しにし、挙げ句の果てにはその死体を燃やし証拠隠滅を図っているように見える謎の美少女が満面の笑みで興奮気味に話しかけてくるのだ。
普通に得体が知れないし、恐怖以外の何者でもない。
どう対応したらいいのか分からないように戸惑った海兵たちを押しのけて、彼らより荒事に慣れている、この船に乗っていた海軍中佐が前へ出てきてヴィルに話しかける。

「こんにちは、お嬢さん」
「こんにちは、海兵さん」
「お願いがある、と言ったね」
「ええ、いったわ。かなえてくださるの?」
「それは内容次第かな。まあ、君のような美しいお嬢さんのお願いならなんだって聞いてあげたいんだけどね、こちらも仕事だ。まず私が今から質問することに答えてくれるかな?」
「まあ、事情聴取、っていうものかしら。わたしそれをうけるの初めてよ!うふふ、なんでもきいてちょうだい」

口調も態度も親しみやすく保ったままではあるけれども、中佐は内心冷や汗をかいていた。
目の前にいる少女は美しく、そして口調から察するに生まれも育ちも相当良いだろう。
見た目からして警戒する要素は何一つない。
だが、彼女の宝石のように輝いている瞳に見つめられると、頭の奥で警鐘ががんがんと鳴り響くのだ。
炎が反射して美しい海色の瞳が朝焼け色に変わっている。
口が戦慄きそうになるのを、部下たちもいる手前堪えて質問をしていった。

「この海賊たちは知り合いかな?」
「いいえ。ついさっきあったところよ」
「彼らは…死んでいるのかな?」
「ええ、しんでるわ」
「君が彼らを殺したのか?」
「ううん…むずかしいしつもんね…。間接的にはそうかもしれない」
「間接的には?」
「あのひとたちったら、許可もなくわたしの船にのるものだからしんでしまったのよ。わたしもいくら悪人といえどしんでほしくはなかったのだけれど…」
「…そうか」

その言葉をきいて、中佐はヴィルに見えないように背中に手を回し、背後にいる部下たちに打つ準備をするようハンドサインを出した。
動揺しながらも打つ準備ができた部下たちに、一斉に撃てと合図を出そうとした瞬間、ヴィルが首を傾げて不思議そうに呟いた。

「どうしてわたし悪いことしてないのに、うたれそうになっているのかしら」

その呟きを聞いた中佐の背筋に言いようのないゾッとしたものが駆け巡り、ほとんど衝動のままに「撃て」と叫んだ。
何百発もの銃弾が少女へ襲いかかる。
彼女がどうなっているのか、あたりは硝煙ではっきりとせずその姿は確認できない。
しばらくして、ようやく硝煙が晴れたと思ったら、その向こうにいたのは自分たちが予想していたような銃弾によって血塗れで倒れた姿ではなく、身体だけでなく船にさえ傷一つつかずに真っ直ぐ立っている少女の姿であった。

「いきなりうつなんて酷いわね。それともそれが海軍のやり方なのかしら?」
「なぜ…生きている…能力者か?」

恐怖で喉がからからに乾いてうまく声が出ない。
今まで何人もの凶悪な海賊たち、それこそ自分より圧倒的に格上である相手を前にすることは何度もあった。
強さでいえば、この少女より強い者はこの新世界に数は少ないだろうが、存在するだろう。
では、なんだ、これは。圧倒的強者を前にした敗北感でも、死に瀕した時の絶望感とも違う。
まるで子供の頃、真夜中に少しだけ開いたクローゼットの扉に気づいてしまったような、人のいない夕暮れの帰り道で自分の影が黒く長く伸びているのを見てしまった時のような。
そんな、どうしようもない孤独感と得体の知れない不気味さを、どうしてこの少女から感じるのだろう。
中佐は今までの十数年の海軍として、そして数ある部下を率いる上司としてのプライドを奮い立たせて、どうにかヴィルに対して臨戦態勢をとった。
ヴィルは先程の中佐の言葉がひっかかったのか、その小さな顎に手を添えて少し不愉快そうな顔をしている。

「『なぜ生きている』?もしかしてさっきの射撃は、いかくではなくて、わたしのことを最初からころすつもりでうったの?」
「何をぶつぶつと呟いている。お前は能力者なのかと聞いているんだ」
「ひどい、ひどいわ。わたしのことをころすつもりだったのね」
「質問に答えろ!」
「…わたし、高圧的なひとってすきじゃないの」

ばたり、と誰かが倒れる音がして中佐は後ろを振り向く。
そこには部下たちが全員倒れていた。
はっと息を飲んだ瞬間、背中に何か硬いものが当てられる。
動くに動けず、目線だけで背後を確認すれば向こうの船にいたはずの少女がいつの間にかすぐ後ろに立っていて、自分に何かを突きつけているようだった。

「どうやって…」
「わたし、ちょっときずついたわ。だって、海軍ってよわいひとたちを守るそしきなんでしょう?だから頼ろうとしたのにうってくるんですもの。あんまりよ」
「…そうとも。君みたいな悪人から民間人を守るために海軍は存在している。それが私達の正義だ」
「まあ。なんてひどいことを言うんでしょう。ちょっぴり、ほんのちょっぴりおこっちゃったわよ、わたし」

だからちょっとした悪戯をしちゃう。
次の瞬間、ヴィルは中佐を石にしてしまった。
総勢数十人の屈強な男たちを悪戯と称して石にしてしまったのだ。
ヴィルの感覚では、マンドラゴラさえあれば治るものなので、本当擽るくらいの感覚であったのだが、海軍側にしてみれば堪ったものではない。
いきなり通信が途絶えた一隻の船に何かあったのではと、助けに来てみれば固まった数十人の男たち。
身体は固くて動かず、呼吸もしていないのに脈はある。
感染するのかしないのか。病気なのかそうでないのか。治療法はなんなのか。
と、突然そんな意味不明な事態に向き合わされたのだ。
近くに海賊船の残骸とそれらが燃えた痕跡があることから、海軍本部はこの一件を海賊と抗争している最中、なんらかの力を持った海王類に横槍を入れられこの状態に至ったのだろうと結論づけた。
だってここは新世界。常識に囚われていたらすぐに命を落としてしまう世界なのだ。

そうしてヴィルは東に進みながら何隻かの船を沈めていった。
海賊たちは例に漏れず、ヴィルの話も聞かずに皆勝手に船に乗り込もうとしてくるものだから、今のところ一人残らず死んでいる。
海軍たちも新世界であるためか、なまじ勘が良い者が多いため下手に接近することはしなかったが、その勘の良さゆえにヴィルを危険人物だと判断し攻撃を仕掛けたため、こちらももれなく全員石にしてしまっている。
ヴィルとしては、海賊たちは確実に悪人であるため死んでしまっても何も感じないが、海軍たちはそうではなさそうなので少しだけ良心が痛む。
最初は民間人を守る組織であるはずの彼らが何故自分を襲うのかと腹を立てていたが、何回も悪人として扱われ襲撃されるので、もしかしたら自分の言動がこちらの世界と異なっているために勘違いされているのかもしれないと思い至った。
それなら自分が悪いとヴィルは素直に認めたが、だからといってウィジーにもらったこの命をそう易々とくれてやるわけにもいかないので、「何者だ」と言われた時点で船員全員を石にして逃げることにした。
これなら殺してしまわずに済む。
けれど、もし治療薬を持っていたらすぐに解かれて追いかけられてしまうため、ついでに船のモーター部分と帆を破壊しておくのも忘れない。こうすれば追いかけては来れないだろう。
ヴィルは彼らを石にすることになんの躊躇いもなかった。
何故ならマンドラゴラさえあれば簡単に治せるものなので。
ヴィルは『この世界にはマンドラゴラが存在しない』という可能性をすっかり頭の中から無くしてしまっていた。
天才といえど人間。ミスはそう珍しくない。
だからこの『マンドラゴラが存在しない』ということに気づいた時、ヴィルは血の気が失せた。
そのことに気づいたのは、記念すべき十隻目となる船にかち合った際のことである。
いつも通り船員全員を石にしたと思ったら、上官らしき人物がそれまでの者達より身体能力が高かったために魔法が避けられてしまったのだ。
ヴィルは遠距離ならば誰にも負けないが、近接となると小学生の男子でも勝てるくらいには貧弱な魔法使い。
近づかれたら堪らないと思って、心の中で謝りながら麻痺呪文を相手にかける。
襲い掛かろうと空中に飛び上がった瞬間に呪文を放たれたものだから、避けることもできず、男はもろに食らって地面にべしゃりと落ちた。
そして痺れながらもヴィルへの恨み言を吐いた。舌の先までもがびりびりと痺れているはずなのに大した胆力である。
変に純血の礼儀が備わったヴィルはそんな大した男の恨み言の一つや二つ聞いてやるべきだろうと思い、その口元に耳を寄せた。

「…めぇ、な、ゃれぇ」
「『てめえ、なめやがって』といったかんじかしら」
「ぅかお、と、どせ…」
「これは…すこしむずかしいわ。たぶん、ぶかをもとにもどせ、といったところね。でも石にされたひとたちをもとにもどすのなんてかんたんなことでしょう。マンドラゴラさえあればいいのよ?」
「、ぉら?」
「…もしかして」

本当に意味がわからないといったような男の様子に、ヴィルはすうっと思考が鮮明になっていくのを感じた。
もしかして、いや、そうよね。ここは異世界なのだもの。これは私の失態だわ。
自分のしでかしたことへの衝撃に顔を蒼くしながら、ヴィルは男にインカーセラスをかけたあと痺れを解いてやった。

「っお前!ってえ?痺れが…」
「ほんとうにごめんなさいね。まさかマンドラゴラがないなんて」
「さっきから何意味の分からねえことを言ってやがる。石だのマンドラ…?なんちゃらだのよぉ」
「ええ、ええ。そうよね。あなたにしたらいみのわからないことだわ。ねえわたしが石にしてしまったひとたちはどこにいるのかしら」
「殺しに行くつもりだろ。誰が仲間を売るような真似をするか。この外道め」
「げどう…、いや、わたしが悪いのよ。ごめんなさいね、すこしじっとしていてちょうだい」
「っ何を…!」

ヴィルは男の顔をその両手で包み込んで、彼の顔を間近で見つめる。
絵画でしか見られないような美貌が数センチ前まで迫り、海軍にいれば感じることのない優しく柔らかな女の良い匂いがして、男の顔が赤くなった。
そのため碌な反抗もすることもできず、ヴィルにされるがまま、彼女と目を合わせる。
空とも海とも表現できない、美しく不思議な碧色を見ていると、男の頭の中は段々の霞がかっていき何も考えられなくなっていく。
ヴィルは心の中でもう一度謝りながら男に開心術をかけて、自分が石にした者たちの居場所を探った。
知りたいことを全部見通した後、先ほどとは違いぼうっとした様子の男から手を離し横にしてやる。
焦点の合わない瞳は瞬き一つしておらず、乾いたら可哀想だとヴィルはその瞼を閉じてあげた。
ヴィルは開心術があまり得意ではなかった。
できるにはできるのだが、開心術をする際にそちらの方に集中してしまうため普段は無意識にも制御できている膨大な魔力が微量ながら漏れ出てしまうのだ。
相手が魔法族ならば全くもって問題はないが、マグル相手だと魔力酔いを起こして、目の前にいる男のように目を開けたまま気絶、なんてことも珍しくない。
ヴィルは敢えて魔力を少し、でもマグルが酔ってしまうくらいには溢れさせながら、とりあえずこの船にいる石にしてしまった船員たちをバッグから取り出した薬で元に戻してやっていく。
元に戻った彼たちは意識を取り戻すが、漏れ出た魔力に酔って取り戻したそばから気絶していった。
全員を元に戻してやったあと、ヴィルは先程の男から抜き取った位置情報と今いる場所、そして地図から目的地のおおよその位置を把握して、そう遠くないことが分かると姿現しをして姿を消した。

と、まあこんな経緯でヴィルは海軍基地に突如として現れ、石にした者たちを元に戻し、そしてそこの長官らしき人物に自分が犯人であることと彼らがなっていた状態、そしてそのことに対する謝罪をしたあとまたすぐに姿を消してしまったのだった。
海軍側からしてみたら何がなんやらである。
自分の船に戻ったあと、ヴィルは深くため息をついた。
こんなことをしでかしては海軍の協力は得られそうになかった。
顔も見られてしまっているし、この世界には向こうと同じく指名手配書というものがあるらしいから下手をしたら、自分もその一人になってしまうだろう。
別にオブリビエイト(忘却術)をしてもよかったのだが、あれは多数相手にやるには効率が悪くて面倒くさいし、ポリジュース薬(姿変え薬)は出来上がるまでがあまりに長くて面倒くさい。
要は、もう何をするにも手間がかかって面倒くさいし逃げる方が楽だからいっか、ということだ。
そういったところはなんだかんだこの世界に染まっているヴィルであった。

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