外国名の方が話の都合上良いかと思います。
タンザナイトの見る先
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ヴィルは、この世界が自分が生まれ育った世界とは違ったところ、俗っぽくいえば異世界だということを理解していた。
なぜ、どのようにしてここへ来たのか。それも理解している。
向こうの世界で最後、ウィジーがヴィルにかけた魔法こそがこの世界へ飛ばす魔法だったのだ。
ヴィルが一番得意とし、熱中した魔法は空間に関する魔法全てである。
空間に関する魔法書や論文は、信憑性のないものから既に実証されているものまで全て読破したといっても過言でないほど目を通した。
そのなかで、ヴィルは見つけてしまったのだ。
伝説の魔法使いであるマーリンが書き残したとある文書を。
側から見れば学会を大きく揺るがす大発見だが、そこに記されていた内容が悪用されてしまえば世界が崩れてしまうようなものだったため、ヴィルは思う存分その研究をした後その文書を処分したのだった。
そこに記された内容とは、パラレルワールド、つまり自分がいる世界とは全く異なった歴史、文化、環境を持つ並行世界へいく方法であった。
なんでもその文書によれば、かのマーリンはその魔法を用いてとある世界に行き、そこで聖剣に選ばれし王のもとで仕えたらしい。
随分と聞き覚えのある話だが、ヴィルは学者として憧れるマーリン彼自身が自分の武勇伝を自ら物語として伝え広めた可能性を無視した(たとえ文書から推測できる彼の性格が明らかにそのようなことをしそうであってもだ!)。
その可能性を無視したとき、ヴィルの脳裏で花畑に囲まれた塔で白一色の男がへらへらと笑っているビジョンが浮かんだりもしたが、彼女はそれを連日の徹夜による幻覚として片付けた。
閑話休題。
この魔法は有効に活用すれば、世界を作り替えるほどの影響力を持つ。
だが、偉大な魔法ほど大きなリスクはついて回るもので、勿論この魔法にも代償が必要であった。
その代償とは、生者の生命力である。
マーリンがこの魔法を用いて並行世界へ行き戻って来ることができたのは、彼が夢魔の血を引くものだったからだ。
生物という理に囚われない夢魔はそう簡単に死にはしない。
生命力を吸われたくらい、かすり傷くらいのものなのだ。
だが、術者が生物であるならば話が違う。
もしこの魔法が広く知られることになれば、悪用しようとする者たちが多大な犠牲を出してこの魔法を乱用したことだろう。
だからヴィルはこの魔法に関する全てを消し去った。
どうせ自分は卒業と同時に記憶も消される運命にあるのだから、自分さえいなければこの魔法を知るものは誰もいないと思って。
ところが、ウィジーは自らの命を犠牲にこの魔法を行使し、ヴィルをこの世界へと送り込んだ。
きっとヴィルがいない間に部屋の掃除をしている最中にでも見つけてしまったのだろう。
あの家ではヴィルに関わることは全て彼女に任されていて、誰も彼もがヴィルをいない者として扱うものだから、あの文書を隠す手間はそんなにかけていなかった。
元より、ヴィルの部屋は本と論文やメモなどの紙で散らかっていたのだ。
その中に紛れ込ませてしまえば、たかが数枚の羊皮紙などそう目立たない。
あの世界でヴィルはそう強い感情を持つことはなかった。
嬉しいことがあっても、苛立つことがあっても、悲しいことがあっても。
だって感情を動かしたところで近い未来で死ぬことが決まっている身だ。いちいち何かに心を動かすなんて無駄だと思っていた。
けれど、今のヴィルの胸に満ちているのは途方もない郷愁と生きたいという欲望である。
愛情というものがヴィルにはよく分からないけれど、あのしもべ妖精の感じたこともない体温を求めて、そして彼女の死を無駄にはしたくないというこの気持ちに名前をつけるとするならば、きっと『親愛』になると感じた。
その感情に赴くまま、ヴィルはこの世界で生き抜いていくためのまず第一歩として知識を得るために足を動かした。
ヴィルの予想は的中し、訪れた廃墟は元は図書館のようだった。
それなりに荒れてはいるが、この島を襲った賊たちの標的ではなかったらしく予想以上に綺麗に保たれた本が千冊近く並んでいる。
いくつか手にとってみれば、どうやら言語自体はヴィルのいた世界のものと同じものらしい。
いくつか知らない単語もあるが、それらはこの世界での常識を身につければ自ずとわかってくるだろう。
このことはヴィルにとって僥倖であった。
新しい言語を学ぶこと自体そこまで苦ではないが、やはり時間がかかる。
同じ言語体系であるならばその分の時間を省き、そしてその分早くこの膨大な量の本に取り掛かれるのだ。
ヴィルの頭の中は学者としての知的欲求でいっぱいである。
それからヴィルは受付の奥にあった司書室を片付け、拡大呪文をかけた後、サッチェルバッグからいくつかの家具を取り出して自分の過ごしやすい部屋に仕立て上げた。
そこから二週間。ヴィルはこの図書館に閉じ籠もりここにあった全ての本を読み終えてしまったのだ。
どうやらこの世界は海賊が力を持つ世界らしい。
さまざまな物語や歴史書を読んだヴィルはそう結論づけた。
だが海賊が正義とされているわけではなく、彼らを捕まえる海軍という武力、そしてその上には世界政府という名の組織があることも知った。
四季が定まっている地域は少数で、海域によって季節が決まっているところが大多数のようだ。
生態系もヴィルのいた世界よりも豊かで、超巨大生物が当たり前のように人を食ってもそう大きく騒がれない。
そんな危険生物が多くいる上に、海賊たちは全盛期の死喰い人たちよりも常識と倫理観に欠けていてしょっちゅう人のいる村やら街やらを襲っている。
どこもかしこもヴォルデモート卿が襲来してきた時のホグワーツと同じ危険度だ。
「…ものすごくきけんな世界にきてしまったのね」
ヴィルは少し呆然としてそう呟いた。
ここで一つ聞こう。
今まで勉学以外に熱中することもなく、自分のために生きたことのない情緒三歳児の五千年に一度とさえ謳われた天才が、突如としてとてつもなく危険な世界に放り込まれ、それまで抑え込まれていた感情が生きたいという欲望にのみ振り切られたらどうなるだろうか?
なお、該当者は唯一の心の支えをなくしたばかりの精神状態とする。
「幻覚薬に骨とけ薬、バジリスクのきばのナイフにしめつけ縄…。この世界のにんげん、がんじょうそうですもの。いざとなったらゆるされざる呪文をつかうしかないわね」
正解は、生きるために倫理観を捨て去ったマッドサイエンティストに変身、である。
サッチェルバッグの中身を全部出して必要そうなものだけを入れる。
どれも人体、又は精神に害を及ぼす魔法薬や道具ばかりだ。
あれからヴィルはこの危険な世界でのこれからの行動指針を考えた。
この世界にヴィルを送り込んだのはウィジーで、そのウィジーが命をかけてでも叶えたがったことが『ヴィルが幸せになること』。
それならば自分が幸せになるのが筋だろうとヴィルは結論づけた。
幸せになるためにはまずこの孤島から出なくてはならない。
つまりヴィルは今、島の外の危険に立ち向かう準備をしているのだった。
島の外に出るにはまず船が必要なため、ここに流れ着いた時の浜辺に打ち捨てられていた壊れかけの船を修理した。
ただ木造で作られただけの船では心許ないので、とりあえず五倍くらい大きくして自分以外が船に乗れば全身の毛穴から血が噴き出す呪いをかけ、帆しかなかった船内も、島にあった材木などを使って部屋やキッチンを作って船上でも生活できる環境を作る。
ヴィルの非力な腕ではもちろん船を漕ぐなんてことはできないので、船底に炎と風の魔法石を何個か取り付けて自動的に移動するようにもした。
「かいぞくたちに砲撃でもされたらたいへんね。攻撃をはねかえすぼうへきもつけておきましょう」
準備も心構えも殺意も万全。
そうしてヴィルは東へと漕ぎ出した。
初めての船旅でどうなることかと思ったら、予想していた以上に船上での生活は悪いものではなかった。
ヴィルが来たこの世界は地理的に見ると、横に長く続く『赤い土の大陸(レッドライン)』という大地と『凪の帯(カームベルト)』に囲まれた『偉大なる航路(グランドライン)』という縦に続く航路の二つによって四等分された四つの海によって成り立っているらしい。
その四つの海の中でも東の海(イーストブルー)という海域は比較的平和らしいのでそこを最終目的地としている。
運の悪いことにヴィルがいた島は新世界と呼ばれる、多くいる海賊たちの中でも特に名のある者たちが集まる危険度MAXの海域。
しかもここからイーストブルーに行くためには、レッドラインを乗り越えるかその下の海を潜るかしなくてはならない。
乗り越える場合にはその上に住む貴族たちに許可を取らねばならないようだから、伝手も何もないヴィルにこれは難しそうだった。
そうなるとヴィルに残された手段は海の底を潜る以外にはない。
いかに天才のヴィルでもこれには流石に骨が折れそうだった。半日ほどならどうにかなるけれど、何日も潜るとなると魔力の消費量も体力も持ちそうにない。
運悪く、魚人島とコーティング船について書かれた本が無かったためにその存在を知らないヴィルは一つの案を思いついた。
「だれかの船にいっしょにのせてもらいましょう」
++++++
「…船狩りだと?」
武器取引に関する書類から顔を上げてドフラミンゴはそう聞き返した。
それにヴェルゴは頷き、それを見たドフラミンゴは少し間を置いてまた言葉を続ける。
「海賊狩りの間違いじゃねえのか」
「いや、正しく『船狩り』だ。なんでも海賊、海軍見境なく船を襲っては沈めているらしい」
「海軍にまで手を出していやがるのか。それなら手配書がもう出回っていてもおかしくはねえ。が、そんな話俺は今初めて聞いたぜ」
「海賊は一人残らず殺され、海軍も死にこそはしなかったが被害を受けた船の乗組員は全員石にされていたために何故船が沈んだのか情報を聞き出すことができなかった」
「石にだと?船狩りのやろうは能力者か」
「いや、それすらもわからない。確認されているのはその存在だけだ。それに石になったといっても、本当に石になったわけでは無かった」
「どういうことだ」
そこでドフラミンゴは初めて、ずっと持ち上がっていた口角を下げた。
この男は笑っていてもいなくても常に身がすくむような威圧感を身に纏っている。
「呼吸もしていないし、体も動かない。だというのに心臓は動いている。海軍の医療班どもは単なる仮死状態だと当初は決めつけていたようだが、つい昨日船狩り本人が来てそう表現したらしい」
「おい、待て。それお前のいつもの思い込みが入っちゃしねえか」
すらすらと常識はずれのことばかり(自分たち海賊が常識を語るなどちゃんちゃらおかしいが)を口走るヴェルゴに、ドフラミンゴは思わず確認する。
なにせこのヴェルゴという男、ドフラミンゴが『相棒』と称するくらいには信頼を置いている男ではあるが、長期にわたるスパイ生活のせいか度々ありもしないことを口走るようになってしまった。
そのため、ヴェルゴがおかしなことを言い出したらそれが事実であるかどうかを確認するのがドンキホーテ海賊団の常識である。
「いや、事実だ。船狩り本人が石にされた者たちが安置されている基地来ては、彼らを石にしたのは自分だといって、石にした奴らを全員元に戻した。船狩りという存在もその時に初めて認知された。それまで海軍は一連の被害を何か新種の海王類の仕業と予測していたらしいが」
「…フッフッフッ。愉快な野郎じゃねえか。自分で石にした相手を治すためだけに海軍の前に現れたってのか?」
「どうもそうらしいな」
「それで?俺にそいつの話をした理由はなんだ」
ドフラミンゴは手に持っていた資料を背後へ投げ捨てて、腕を組み机に足を乗せるという行儀もくそもない格好をしながら下から睨みつけるようにしてヴェルゴに問いかけた。
ヴェルゴはそんなドフラミンゴに、取引先でもそんな態度をしていないといいが、なんてことを思いながらその問いに答える。
「三日後に、少し大きな取引があると言っていただろう」
「ああ」
「次船狩りが出ると予想されるのが、その取引場所付近だ」
「どうして分かった」
「今までの航路から船狩りは東に進み続けている。それと速度から予想した」
「…なるほど」
「ドフィ?」
「フッフッフッ…」
ドフラミンゴの肩が揺れて、段々と独特な笑い声が大きくなっていく。
それを見たヴェルゴは、これ以上話しても無駄だろうと思い、表情を部屋に入ってから一度も動かすことなく出ていこうとする。
「ヴェルゴ」
「なんだドフィ」
「トレーボルに次の取引には俺も行くと伝えておいてくれ」
「わかった。伝えておこう」
一人になった部屋でドフラミンゴは笑い続ける。
———面白い暇つぶしにはなるかもしれねえ。