ドレスローザ原作沿い・悲恋・女主
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未来を斬り開く
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バイト先をまわっていく。酒場はもぬけの殻。ピザ屋は店長ひとりでピザを焼き続けていた。街の中心では激しい衝突が続いているが、郊外は比較的安全らしい。自宅にも顔をだす。兄さんの姿はない。「生きているから安心して」と手紙を残し、ふたたびピザ屋にもどる。窯が動いているうちは仕事に専念しよう。単に足が速いだけで、戦う術は持ち合わせていないのだ。次の配達先へ向かう。
旧・王宮の台座にもどる。人波をかき分けて前へ出れば、ちょうどヴィオラ王女がリク王へ話しかけていた。
「終わった。終わったのよ。キュロスにいさまが、ディアマンテを倒した」
王女は悪魔の実の能力で数キロメートル先の様子を把握できた。ドンキホーテファミリー幹部たちが次々と倒されている。残る敵は、あと四人。いまからリク王が町へ降りると聞き、あわてて駆け寄った。ピザの箱を差し出す。
「うちの店長からです。人生で一度はリク王に自信作を召し上がってほしいと、どうしても強く頼まれまして」
頭を下げて、ぎゅっと目を閉じてしまう。こんな状況で、ピザがのどを通るとは思えない。だが、町が混乱するなか、今も変わらずピザを焼き続けている店長の思いを無下にはできなかった。
「顔を上げなさい」
リク王が、そっとほほえんだ。差し出した箱の蓋を開けて、ふたたび閉じる。
「ありがとう。気持ちは受け取った。すまないが、皆で分けてくれ。私には、まだやるべきことがある」
国王が横を通りすぎる。息を止めていたことに気づき、どっと肩の力が抜ける。おとなしく従おう。とりあえず、と周囲を見まわせば、ひとりと目が合った。鼻が長い。さっきのスクリーンで星が一番多かった。キュロスの言っていた、「海軍よりも信用できる海賊、麦わらの一味」。
「あの。よければ、いかがですか」
横たわる彼に歩み寄る。ひどい傷。血だらけだ。
「いや、おれは。腹が減ってるわけじゃねェんだが」
たしかゴッドと。彼の両脇に座る二人の視線が痛い。片方はスクリーンに映っていた侍。
「そのピザ、さっき見たなと思ってな」
話を聞く。十枚以上のピザ配達は今日一件しかない。
「あなたも、あの花畑に?」
「まあな」
もう少し踏み込んでみる。
「食べてもらえましたか」
「おう。うまかったぞ!」
はじめて笑顔をみせた。侍の肩が跳ねて、目も丸くさせる。赤髪のほうがゴクリとのどを鳴らした。どうしよう。
「キュロスから、麦わらの一味は味方だと聞きました」
侍二人の視線がこわい。
「ここにいる方も、味方と思っていい、ですよね」
最後は声がふるえてしまう。今さら侍の刀に気づき、動揺してしまった。
「すくなくとも、この台座にいる連中はみんな同じだ。ドンキホーテファミリーを倒したいやつらばかりだろうよ」
ゴッドの言葉を聞いた両隣が深くうなずく。
「錦えもんもカン十郎も、おれたち麦わらの一味みたいなもんだ。安心しろ」
彼が親指を立ててニッと歯を見せる。ゴッドは悪い人ではなさそう。それなら、
「熱々のピザが冷めないうちに、どうぞ」
箱を開ければ、二人が「おぉ……」と小さく声を上げた。
「錦えもん、これは。いや、しかし」
「拙者は朝も昼も食ったが、おぬしは萵苣だけであろう」
なかなか話が終わらない。
「お侍さん。そのピザはうめェぞ」
うしろから声が。海賊でも海兵でもない。農具のフォークを背負う男が小気味よく笑う。
「悪いことは言わねェ。町で一番のピザだ。大仕事をやってのけた、長っ鼻の兄ちゃんも一緒に、な!」
やっとピザへ手がのびた。黙々と食べる様子にそっと息をつく。箱を置いて立ち上がった。店長の頼みだったので、このピザ代は回収しなくていい。あとは店にもどり、
「おい、なんか来るぞ」
誰かが叫んだ。王宮が移動した方角から岩のかたまりが。あの突起はピーカの頭。歩幅が広すぎる。みるみるうちに視界が岩で占領されていく。
「はやく! 台座から降りろ!」
タンク隊長の一声で皆が走る。ピーカの狙いはリク王。岩の速度が上がった。歩くたびに地響きが。ひざが震える。台座が大きく上下する。今から降りる? むりだ。間に合わない。
「リク王、おまえは王じゃない」
ピーカの甲高い声。とにかく逃げる。台座の反対側へ。後方でリク王が力強く叫んだ。国を守れなかったが、人間であろうと努めた。非人道的な殺戮国家に未来はない。
ドッと鈍い音。一瞬の静けさ。直後、なにかが破裂した。耳を劈く爆音。真後ろから突風が。立っていられず、あわてて頭を伏せる。ピーカの体が真っ二つに割れた。上半分がさらに二つへ引き裂かれる。今度は左腕が切れた。肩から二の腕へ順にスライスされていく。ゴッドが「ゾロ」と叫ぶ。まさか海賊狩りが、いま、ピーカを。スライスは手の甲から指先へ、さらに細かく刻まれる。空中の黒い人影がゾロ。岩から出てきた人間へ突っ込み、抜けた。人間のピーカが落ちていく。岩のピーカは衝撃波で粉砕。破片は台座を越えていった。
騒ぎが落ち着き、台座で伏せていた者がポツポツと顔を上げる。あらゆる衝撃が全身を駆け抜け、手足の震えが止まらない。とにかく地を蹴った。駆けて駆けて、国王の横をも通りすぎ、台座の端から下をのぞきこむ。黒スーツに三本の刀、頭に黒バンダナ。いた。出っ張りに手を引っかけて、少しずつ登ってくる。
「ゾロ!」
うしろからゴッドが駆けてきた。ぐっと手をのばしてゾロを引っ張り上げる。ゴッドが嗚咽まじりに感謝の言葉を並べていく。一方、ゾロは神妙に空を見上げた。
「このカゴが消えるまで喜んでられねェぞ」
ヴィオラ王女が能力で戦闘経過を確認する。残る敵は二人。トレーボルとドフラミンゴ。
「おまえ、生きていたのか」
無心で頭上のカゴを見つめていると、となりから声が。腕を組むゾロと目が合った。さっきの、ピーカが斬られたときの衝撃で、うまく頭が働かない。なにを、言えば、
「うちの店、まだ営業しているから。ピザを届けにきた」
「てめェ! 台座から降りたのか」
近距離で大声を出されて、半歩下がってしまう。
「こんな状況で、じっとしていられない。家には誰もいないし」
「おれが海賊だとわかった瞬間、あんなにビビっていたやつが、じっとしてられねェだと?」
ピンと来なかったが、花畑への道中を思い出し、目をそらしてしまう。あのとき否定したのに。
「もう。だから、ビビってない」
ちゃんと言わなくては。
「キュロスはあなたたちを信用していた。だから、私も──」
ようやく視線をもどすと、鋭い眼光が。息がとまる。なぜ睨まれているのかわからない。
「だから、おまえはどうなんだ」
ゾロが少し顔を横に向けた。目だけはこちらを見ている。刀の鞘に腕を乗せたので、ビクリと肩が跳ねてしまう。いや、刀を抜くのではない。ちがう、ちがう。このひとは敵ではない。
「あなたは、強い」
キュロスが一番強いに決まっている。伝説の剣闘士は三千戦全勝無敗なのだ。でも、たったいま、このひとが絶望を叩き斬った。
「それに、助けてくれた」
ゾロが目を閉じた。長いまばたき。体だけが横を向いていたが、今度は目も合わなくなる。遠くを見渡した。
「ありがとう、ございます」
もっと早くに言うべきだった。このひとがいなければ、いまごろ自分は台座ごと消えていた。
「もうビビっていない。こわくない。信用しているから」
やっと胸のつかえが下りた。呼吸も楽になり、大きく息をついてしまう。
「安心するのはまだ早い」
落ち着いた声。こうして視線が交差するだけで空気が張り詰める。相手の緊張がひしひしと伝わってくるからだ。このひとは、台座にもどってきてから一瞬たりとも気を抜いていない。
「海賊を信用とは大げさなこった。──まあ、いい」
一瞬、歯が見えた。彼がゴッドへ呼びかける。背を向けられたので、ぼんやりと目の前のスーツを見つめた。このとき、自分に対し笑ったのだと気づいたのは、すべてが終わったあとだった。
ドフラミンゴがカゴを収縮しはじめた。一時間でカゴが町すべてを切り刻む。ヴィオラ王女によると、この台座も三十分も持たないという。皆が一斉に地上へ下りた。
「動けるやつは来い」
ゾロが周りに呼びかけて、侍二人が立ち上がった。ゴッドは革命軍の者に背負われる。
「おまえも来るか」
うしろを振り返るが、誰もいない。彼はまっすぐと自分を見ていた。
「わたし?」
「他に誰がいる」
リク王とヴィオラ王女も走りだしていた。とにかく時間がない。
「どこへ行くの」
「決まってるだろ。アレを止める」
彼が歩きだす。侍二人も動いた。この場に残るわけにもいかず、小走りで三人についていく。
「ウソップから聞いた。おまえ、あの闘魚を余裕でかわせるらしいな」
ウソップはゴッドのこと。なぜ彼が闘魚について?
「グリーンビットまでピザ配達してんだろ。橋を渡るのも命がけ。うちの仲間でさえも苦労した」
台座から地上へ足をつける。ついにゾロが駆けだした。カゴの中心地とは真逆の方向へ。
「単刀直入に聞く。おまえのそれは、見聞色だな?」
前を見ていた彼がしっかりとこちらを振り向いた。なぜ闘魚の猛攻をかいくぐれるのか。どこかで訓練した覚えもなかった。だが、兄を思い出した今、すべての謎が解けた。
「兄さんが教えてくれた。覇気や見聞色について」
兄との思い出が抜け落ちていたから、覇気のことも忘れていた。
「武装色はどうだ。できるのか」
赤髪の侍が用意した鳥に乗りこむ。
「そっちはまだ。うまくコツをつかめなくて」
攻撃性の高い武装色は率先して覚えなくていい、と兄に言われていた。すくなくとも十年以上前は、この国は戦争と無縁だった。
「いま、おまえにできることは何だ」
カゴの端へたどり着いた。答えを迷っているうちに、ゾロはまっすぐとカゴのイトへ近づく。
「うちの船長がドフラミンゴとやり合っている。あれは、あいつの闘いだ」
刀を抜いた彼の腕が黒くなる。これは武装色。真っ向からイトへぶつかる。イトを叩き斬る音は、まるで金属のように甲高く響いた。侍たちが、あわててゾロへ駆け寄る。
「てめェら、モタモタ騒ぐ暇があるなら刀を抜け」
三人全員が武装色を込めた。全力でイトを押しているはずが、三人ともが後退させられている。踏ん張る足が、ずるずると地面を滑っていた。
「もう一度言うぞ。おまえにできることは何だ」
歯を食いしばり、うなるような低い声が何重にも頭のなかで響く。
「私は、いま」
震える手をイトへのばす。こんな自分に何ができる。
「みんなを、ドレスローザを」
イトにふれるのがこわい。地面に食い込むほど頑丈で、刀で斬ることすらできない、この凶器を止められるわけが。でも、でも、
「いやだ。こんなので死にたくない」
イトをつかんだ。いたい。いたいいたい。肌が擦り切れて、
「ばか、素手でさわるな!」
腰から引っ張られ、受け止められる。
「傷を見せろ」
手のひらを上へ。なにもかも近い。背中も腕もあつくて、彼の体温が。どうにか抜け出し、距離をとる。いま、完全にうしろから抱き込まれていた。
「これくらい平気」
本のページで切れた程度。そのうち血もとまる。変に心臓がバクバクしてうるさい。何もない。気にしない。
「平気なら、これくらいは持てるだろ」
彼がニッと歯を見せたかと思えば、白い刀を手渡される。
「構えろ」
となりの彼を見よう見まねで刀を両手で持つ。同じようにイトへ斬りつけた。
「いいか。まずは手のひらに意識を集中させろ。見聞色よりも覇気を尖らせる。もっとイトに殺意を持て。『無理だ』と思った時点で武装色は失敗するぞ」
言葉どおりに集中する。押しても押してもイトは退かない。自分を含む四人は後方へ下がっていく。
「目を閉じろ。腕が黒くなったか、いちいち気にする余裕があるなら、もっと覇気を尖らせろ」
視界をふさぐ。手に意識を。もっと殺意を。
「さっき自分が言ったことを思い出せ。死にたくねェだろ!」
いやだ。こんなので死にたくない。しにたくない。死にたくない!
一瞬、体が硬直した。指先がピキピキと割れるほど痛い。痛いが、さきほどイトで手が切れた感覚とは違う。
「そのまま突き破れ! もっと覇気を前に!」
ゾロの声でぐっと背中を押された。
「よし。目を開けろ」
ゆっくりと視界を広げていく。腕が、こんなに、
「気を抜くな。まだ何も終わっちゃいねェ」
腕、手、指も。白い刀さえも真っ黒に。
「おぬし、まさか本当に会得するとは」
ゾロ越しに黒髪の侍と目が合った。つい反応してしまう。
「私も、ぜんぜん、信じられなくて」
「今さら信じられねェだと? おれの言葉も信用してなかったのか」
となりのゾロが、さらに強くイトを押す。自分の腕よりも黒い。ぶつかっているイトも大きく振動する。
「信じるかどうか、考える余裕もなかった」
「それで、今はどうだ。もう一分以上武装色が出てるぞ」
何を聞かれたのか。頭のなかで整理していく。
「ぜったいに死にたくない。だから力が欲しかった。あなたの言葉に従った。──あなたを信じた」
さらに意識を集中させる。もっと武装色を。もっとイトを押して、押して、
「ああ。上出来だ」
口角がつり上がる。しかしゾロの顔がゆがんでしまう。目を細めて後方をふり返った。杖をつく音。藤色の着物。あのひとは、
「結構なもんを見させてもらいやした」
こちらに近づいてくる。自分のとなりへ。ゾロとは反対側。海軍大将も刀でイトを斬りつけた。
「今朝は、お店を散々にしちまい、まことに申し訳ねェ。あんたの店だけでなく、国全体をこんなにしてしまった」
まさか。見えていないのに。
「あの、わかるのですか」
「ああ、その声も今朝ぶりで。あのときも良い覇気をしていた。おとなりのおとなりさんは、見えねェもんで、どなたか存じやせんが」
ゾロが小さく舌打ちする。
「おい、こいつとどこで会った」
鋭い音に、肩が跳ねてしまう。あやうく武装色を解除しかけた。
「朝のバイト先で。床が大きく抜けたから、損賠請求の関係で、声をかけて」
「バイト? ピザ配達じゃねェのか」
「もうひとつのバイト先。元々、兄さんの収入もあったから、ピザ配達だけで生活できていたの。でも、五年前に兄さんの記憶がなくなって、急に生活が苦しくなった。だから、バイトを掛け持ちするようになって」
「その、お兄ィさんは、いま、ご無事で?」
ゾロに説明していたはずが、大将から質問が飛んでくる。
「オモチャの呪いが解けてから、まだ会えていません。でも、きっと無事だと思います。兄はドレスローザ自衛軍ですから」
そうだ。話しておこう。
「今朝、大将さんに『不思議な話』と言われた理由がわかりました。わたし、知らずに覇気を使っていたのです。昔、兄に見聞色を教わって。それで人混みでも、はやく走れたみたいで」
「そいつはよかった。覇気は奥深い。いま会得した武装色も、可能性を無限に秘めている」
大将の押す力がさらに強くなる。ひしひしと圧が伝わり、空気さえも重くなる。
「うしろから見ていやがったのか。悪趣味な野郎だ」
ゾロの口調がきつい。
「秘めた才能を開花させるには、こういう状況はもってこいでしょう。あっしは水を差したかねェんで」
秘めた才能という言い方がくすぐったい。自分以外の四人は最初から武装色を使えたのだ。腕が黒くなるのも、そんなに珍しくないはず。
「おとなりのおとなりさんが、ひととおり助言してくれやしたでしょうが。あっしからもひとつ、お節介しても?」
大将を見てみるが、彼とは目が合わないと気づき、とっさに声をだす。
「ええ、おねがいします」
数秒の沈黙。
「武装色とは、相手ありきの覇気。今ならこのイトでしょう。ただ、目の前のイトを捉えるだけではなく、もっと先を見なきゃならねェ。このイトを操るは天夜叉。天夜叉はドレスローザを滅ぼさんとしている。ドレスローザには何がある。あんたたち市民だ。何十万の命が、このイトにかかっている」
いま、自分が刀を叩きつけている一本のイトには、数十万人の命がかかっている。兄さん、店長。常連客の人たち。リク王、ヴィオラ王女。そしてキュロス。
「あんたたちの未来が、このイトにかかっている。こいつを食い止めること、すなわち、自分の未来を斬り開くを意味する」
未来を、斬り開く。
「そうだ。がむしゃらな勢いも大事だが、絶対に曲がらねェ芯を意識しなさい。そいつを洗練させれば、もっと見えてくるもんがある」
ビクともしなかった目の前のイトが、振動し始めた。ゾロが斬りつけているイトほどではないが、確実にダメージを与えている。
「あんたに必要なのは経験だ。こんなところで終わるタマじゃねェ」
ずっとだまっていたゾロが今の言葉に反応した。
「てめェの弟子にでもするつもりか?」
「さあ。何のことやら。おとなりのおとなりさんも、悪かねェ腕をしている。お嬢さんが武装色に興味あるなら、師を探すのも懸命な判断」
いまの話を整理すると、
「私の師匠がゾロ?」
「ばか、こいつに名前を言うな」
右から怒鳴られる。
「お嬢さんは何も悪かねェ。これはあっしらの問題。気にしなさんな」
左からは笑いながらフォローされる。左右の機嫌が真逆で肩身がせまい。とにかく意識を集中させた。もう十五分以上はイトを押している。大将が現れてから、目に見えて加勢が増えた。五十人、百人。足が地面を滑るなか、皆でカゴの収縮に抵抗する。コロシアム司会者ギャッツの声が響いた。ルーシー復活まで持ちこたえてくれ。ルーシー、またの名を麦わらのルフィ。
『ルーシーが現れたー!』
爆音が続く。麦わら船長とドフラミンゴの衝突が再開したのだ。イトを押していた者が手をとめて中心地をふり返る。皆、闘いの様子が気になるのだ。自分も首を回してみると、ゾロが低い声をだした。
「ふり返るな。あいつはうちの船長、海賊王になる男だ」
海賊王。あのひとが。
「あれは、あいつの闘いだ。おれたちの闘いも、まだ終わっちゃいねェ」
おれたち。私たちの闘い。
「ルフィを信じろ」
ゾロの言葉に、ぐっと胸がくるしくなる。
「わかった。信じる」
いつのまにか手のひらの痛みは消えていた。ほんの少し、カゴの収縮速度が下がった気がする。もっと力を出せる。もっと覇気を。未来を、自分で。
『空を見よ!』
ギャッツが叫んだ。終わったのか。気になる。いや、だめだだめだ。イトに集中しないと。
力が抜けた。迫りくるイトが消えて、体ごと前へ倒れ込む。とっさに目を閉じた。だが衝撃はない。体が浮いている。となりの三人は顔から地面にめり込んだ。
「けがはありやせんか、お嬢さん」
自然と体が持ち上がり、両足で立つ。となりをふり返れば大将が笑っていた。
「ありがとうございます」
いまの能力は大将さんが。彼が空を見上げたので、自分も顔を上げる。上空に張られていた無数の線が消えた。鳥カゴはなくなったのだ。
『勝者はルーシー!』
周りが歓声を上げる。雄叫びと悲鳴。大将がゆっくりと歩きはじめた。自分はどうすれば。手もとの刀を思い出し、ゾロへかけよる。
「ゾロ」
彼も空を仰いでいた。口はしっかりと笑っている。
「ああ」
彼の言葉は続かない。自分は体力も気力も消耗しきっていた。うまく頭が働かない。とにかくゾロになにか言わないと。
「刀、ありがとう」
こちらへ手が差し出されたので、刀を渡す。彼が静かに鞘へ収めた。ようやく目が合う。
「信じて良かっただろ」
「ルフィを信じろ」
「うん」
さっきからずっと歯を見せている。今までで一番機嫌がいい。こんなに笑うひとだったなんて。
「とりあえず合流するぞ」
ゾロが侍二人へ呼びかける。赤髪の彼が再び鳥を出現させた。三人が鳥に乗ったところで状況を理解する。
「あ、あの」
三人の視線が一気に集まった。なにも言葉を用意していない。でも、このまま別れるわけには、
「これ、うちの店の番号」
ポケットから名刺を取り出し、ゾロへ。
「うちの店長、根っからの仕事人だから。きっと今ごろピザ焼きを再開しているはず」
受け取った名刺を、ゾロがまじまじと見つめる。
「だから、いつでも注文して。すぐに届けるから。私が」
彼の反応はない。
「さっきのピザはうまかったぞ」
赤髪の侍が笑った。直接言ってくれたのがうれしくて、ついはにかんでしまう。
「おぬしの覇気、精進すればもっと強くなるぞ」
もうひとりの侍の言葉も素直に照れてしまう。深々と頭を下げる。
「達者でな」
続いた言葉がよくわからない。侍二人が大きく手をふったので、自分もふり返す。ゾロはずっと名刺を見つめたまま。三人の乗る鳥は、みるみるうちに遠ざかっていった。