短編つめあわせ
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仕立て上げた熱情
「それで。おまえは捕虜になりたいのか」
ナンバー「66」と「2」を背負った悪魔に手を差し伸べられる。すでに家族はこの男に殺された。兵士は全滅。城には火をつけられた。もう頼れる相手もいない。
「はやく楽にして」
男の口角がつり上がる。
「つまり、ノーだな?」
会話は成立しない。その手を掴むどころか首を横に振っているというのに、髪を解かれ、無造作にかき上げられる。
「時間がない。終わったからには、さっさと金を取りにいかなきゃならねェ」
ああ、やはりこの戦争は金銭取り引きで勝敗が決したのだ。
「最後に遺す言葉もない。希望も捨てた。生きる理由も見つからない。だから今すぐ──」
「いい具合の抜け殻だ」
髪から首元へ指が滑る。はやく、はやく首を絞めて。
「おれに見つかったことに感謝しな」
強い衝撃。担がれる感覚。しだいに意識が遠のいていった。
男の城に連れこまれてから、すでに一週間が経過していた。
「明日には検査の結果が出る」
まだ早朝。起きたばかりのはずなのに、再度ベッドへ引きこまれる。その手つきがおそろしいほど繊細で、一瞬たりとも気を抜けない。
「なに、心配するな。おまえの血筋は父も喜んでいる。悪いようにはしない」
たしかに衣食住は保証され、手荒な真似をされるわけでもない。それでもまだ完全にヴィンスモーク家を信用できない。このひとが自分の家族を皆殺しにした事実は変わらないのだから。
「さあ、ナマエ。始めるぞ」
ニジが声を出せば、カルテを持った従者がひとり部屋に入る。ベッド横で静止した。言葉を発しない。ひたすらカルテへ何かを書きこむ。従者という第三者の目にさらされるこの状況は、毎日欠かさず体験していた。
「恥ずかしがるだろうから、今日まで後回しにしていた分だ」
自分を仰向けに倒し、いつものように上に覆いかぶさる。何度経験しても、この体勢だけは慣れない。
「正直に答えつづければ、やさしくしてやる」
左手首にリングを取りつけられる。痛くもない。あとで外してくれる。他に手荒な真似はされない。ただ、こうして何十項目にも渡る質問を受けるだけ。今までは生い立ち、趣味、人間関係などを聞かれた。もうプライベートな内容はすべてさらけだしたはず。
「初潮が来たのは何歳だ」
言葉が出ない。なぜそんなことを。
「覚えてねェのか。王女なら祝われたりしただろ」
そういえば、と記憶を辿る。どうにか言葉を絞りだせば、女特有の成長に関する質問が続いていった。理由、意図を問いただしたいが、ぐっと堪える。
「恋人はどんな奴だった」
また答えにくい内容を。
「そんなひとは、いません」
鼻で笑われてしまう。
「未婚の王女にそんな野郎がいたら大問題だ。建前でも否定しとかねェとな。そもそも婚約者もいたんだろ? 本当にそいつを好きだったのか?」
政略結婚だったので、滅んだ国の元王女との縁談など白紙に戻ったはず。だが、このひとはそんなことを聞きたいのではない。
「相手とろくに話したこともないのに。好きとか嫌いとか、そういう段階ですらなかった」
「へえ。なら、おれの方がナマエを知っているのか」
機嫌の良い笑い声。そばの従者は今の質問すらも記録している。そんなデータを集めて何になる。
「家族ですら知らないことも答えさせられましたから」
なぜ胸が膨らんだ時期も聞かれたのか。わからない。
「そろそろ理由を聞かれると思ったが。抵抗という無駄を好まない精神は残してやらねェとな」
せいしんを、のこす。いったい何が言いたいの。
「最後の質問だ。おれの第一印象を正直に答えろ。今だけは悪態も見逃してやる」
自分は今、ベッド上で押し倒されている。逃げだせない。黙秘したところで待遇が良くなるわけでもないだろう。一週間前の地獄を慎重に掘り起こす。声が震える。それでも最後まで言いきった。
「平和で豊かな我が国を、卑劣な隣国に売りさばいた張本人。家族を皆殺しにした悪魔」
沈黙が流れる。ゴーグルに隠れ、目元を読みとることはできない。わずかに腕が震えていた。
「おまえはヴィンスモークという一族には何も感じねェのか」
ジェルマ66という組織を率いる王族。つい最近までは空想上の軍隊と思っていた。金さえあれば戦争を始める。人殺しの一族。
「おい、答えろ」
まだ苛立ってはいない。代わりに笑顔は消えた。
「はっきり言わねェと対処しようがないだろ」
対処? なぜここでそんな単語が。
「正直に答える気があるなら、このままおれを見ていろ」
つまり、一瞬でも目をそらせば何をされるかわからない。どうにか反応しなければ。
「あなたたちは、絵本のキャラクターだった」
初めて見た時はスーツも髪型も絵本どおりで驚いた。そう、ジェルマのナンバー「2」はとりわけ強い。最後はヒーロー「ソラ」に倒されてしまうが、「2」の攻撃はいつも変則的ですばしっこく、先が読めない。
「現実にいるなんて、本当に生きているだなんて考えたこともなかった」
このゴーグルも同じ。いつも「2」の目元は隠れている。「どんな瞳なのかな」と、皆で話し合ったものだ。自分は想像した素顔をスケッチブックに描きだしたこともある。
「そのキャラクターが目の前にいるわけだが?」
また口角がつり上がる。少し意地の悪い笑顔。そっと頬を撫でられる。
「まだ信じられない。変な気分」
「ナマエはジェルマ派だったか」
返答の代わりにこくりと頷いておく。もちろんヒーローのソラ派が大多数だ。ただし、どこでも少数ながら必ずジェルマ派がいた。
「他はどう思っている。どのナンバーが一番好きなんだ?」
まさか、あなたの素顔を想像したなど言えるわけがない。目をそらせば顔が近づいてくる。
「今、ナマエは真実を吐きだせばいい。おれの機嫌をとるのは後回しだ」
いまだ従者がカルテに書きこんでいる。この質問時間は何か意図があるはず。機嫌を損ねるという心配よりも羞恥心の方が勝った。
「真実を伝えたいけれど、あなたの前で、その、心の準備が」
家族を殺した悪魔。国を滅ぼした戦争屋。一週間前の地獄と、十年以上抱いてきた感情を同列に並べることはできなかった。絵本を楽しんでいた頃の記憶がよみがえり、鼓動さえも速くなる。
「諦めろ。そのリングは脈拍数を計測している。嘘をつけば、すぐにバレるぞ」
ああ、そんな。恥ずかしさのあまり全身の熱が上がっている、こんなときに。
「ニジ様。パターンFです」
従者の言葉に彼が静止する。一度ゆっくりと息を吐いたあと、歯を見せた。
「ナマエ、おれを信じろ。全部受けとめてやる。心配ない」
さらに顔が近づき、耳元に熱い吐息が。思わず目を固く閉じた。
「それで。誰が一番だ」
声を出したいのに、喉は震えない。腹部に力を入れても駄目。こんなにも抱きこまれては、ろくに呼吸もできない。浅く吐いては吸うをくり返した。
「4」
ただの数字ではない。きっと彼の兄弟。すぐに首を横に振る。
「3は死んだ。まさか3じゃねェよな?」
同じく否定する。
「1か2か。ただの数字くらい言えるだろ。どっちだ」
そんな風に耳元でささやかないで。熱くて熱くて、心臓が焦げてしまいそう。
「ナマエ」
何度も何度も耳に唇が押し当てられる。頭が沸騰し、意識さえも飛びそうになるなか、どうにか音を絞りだした。
「2」
「聞こえねェ。名前で答えろ」
胸元のボタンを外し、ドレスを下げ、肩口に強く吸いつかれる。声にならない悲鳴を上げた。
「にじ」
「なんでもっと早く言わなかった。この一週間、どうして黙っていた」
「それどころじゃなかった。全部失ったのに、そんなことに浮かれている余裕なんて」
「ああ、そうか。おまえにとっては『浮かれる』程度で済むだろうが、こっちにしてみれば重要なデータだ」
リングを外される。従者がそれを受けとり、足早に部屋を後にした。片手から電流が放たれ、部屋中の扉、窓が閉ざされる。照明さえも落ちた。この一週間経験したことのない悪寒が一気に全身を駆けめぐる。いまだ彼の腕から解放されていない。
「やさしくする」
検査は合格したらしい。「周りがうるさいから」と、以降は従者と同じ格好で過ごすことに。それでも労働を強いられることはない。彼の城から一歩も外へ出ず、同じベッドに寝転がり、話し相手となり、気づけば三年が過ぎていた。
初めて他の城へ連れだされる。兵士の訓練場にもなっている広大な船。何段も階段を下りれば牢屋が見えてきた。前ぶれなく目の前の檻へ押しこまれる。
「悪いな。一時的な措置だ。すぐに戻してやる」
いつものように頬をやさしく撫でられ、ニジは笑顔で去っていった。その言葉を信じ、孤独な時間を耐える。食事も提供され、上質なベッドもあるため余計なストレスは感じない。しかし一向に彼は迎えにこない。次に顔を見せてくれた時は、実に半年以上が経過していた。
「遅くなった。いま楽にしてやる」
半年前、去り際に見せた笑顔と同じ。最初の一ヶ月は怒りも湧いたが、あまりに長期間待ちすぎたため、負の感情はとうに忘れていた。今ここで反論する気力も起きない。
「なにかおれに言いたいことがあるだろ」
檻のなかに入り、自分を腕のなかに閉じこめる。変わらない笑顔。ゴーグルに隠された瞳。感情を読みとれない。
「もう、いいの。あなたが来てくれたから」
一瞬、腕が止まるも、すぐに歯を見せた。
「最後だ。我らがヴィンスモークの科学技術について教えてやろう」
上の訓練場にいる何百もの兵士たちは皆クローン人間。ヴィンスモーク家を裏切らないようプログラムされている。
「二十歳になるまで五年かかる。三年半ちょいで十五歳。ナマエが女になった頃だ」
まともな会話をするのも久しぶりで、言葉の真意を理解できない。首を傾げていれば、耳元で愉快そうな音が続いた。
「おまえのクローンが今、おれの城にいる。命のコピーは成功した。プログラムも理想どおり。十五のナマエもおれに惚れこんでいる」
ゆっくりとその言葉を反芻する。認めたくない。知りたくなかった。あの、一週間もかけて行われた大量の質問や精密検査もすべて、従順なクローンをつくるため。そう。先ほど彼は「楽にしてやる」「最後だ」と言った。裏切られ、死を突きつけられたというのに、このひとを憎めない。嫌いになれない。従者として過ごした時間を今さら否定できない。あんなにも熱を注がれた三年間を捨てられない。まだこの身体はあなたの熱を覚えている。だから、せめて、
「おねがい。最後に『愛している』と言って。あなたの手で殺して」
元々、国を滅ぼされた時点で尽きたはずの命。このひとが三年半も寿命を延ばした。なにも思い残すことはない。
「最後までおまえは抵抗しなかったな。本当はその体でもよかった」
ベッドへ放り投げられ、上に跨がってくる。両手で首を包みこまれた。
「だが、おれがおまえの国を滅ぼした記憶は消せねェ。クローンなら記憶操作できる。他の野郎を知らない身体が手に入る」
一度、深く唇が重なる。何度も何度も舌を絡みとられた。顔が離れた瞬間、首が強く圧迫される。視界がぼやけ、歯を見せる彼が、
「ナマエ、愛している」
やわらかい日差し。ゆっくりとまばたきをくり返し、視界を広げていく。ここは自分の城ではない。なんて上質なベッドなのだろう。きっとどこかの屋敷だ。
「気がついたか」
開いた扉から見覚えのあるブルーが。そのスーツも知っていた。何度も読み返した絵本のキャラクターが立っているではないか。
「ジェルマ? あなた、ジェルマなの?」
寝ぼけた体を懸命に動かし、どうにか駆けよる。彼は膝をつき、こちらの手をとった。
「いかにも。おれはヴィンスモーク・ニジ。おまえを助けた」
ナンバー「66」と「2」を背負ったニジ。あのジェルマが自分の手にくちづけを落とした。一気に頬へ熱が集まる。
「ここはどこ? わたし、何が起きたか覚えていなくて」
昨日のできごとすら思い出せない。もうすぐ十五歳の成人祝いが行われるはず。その準備に追われていたような気が。
「混乱しているのも無理はない。まずはおまえの名を聞かせてくれ」
そうだった。自己紹介もせず、あのジェルマを質問攻めするとは失礼にもほどがある。一歩下がり、スカートを軽くつまみ会釈する。
「申し遅れました。私はナマエ。ソレイユ第二王女です」
手をとられ、長椅子へと誘われる。
「ナマエ」
そのストレートな呼びかけに鼓動が速くなる。どうしてジェルマのあなたがここにいるの。よりによって「2」のあなたが名前を呼んでくれる。ねえ、どうして私を助けてくれたの。
「はじめて会ってから、ずっとだ。あのとき助けたのは偶然なんかじゃねェ。おまえだけは誰にも渡すつもりはなかった」
熱のこもった音。否応なしに腕を引っ張られ、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「全部、おれが原因だ。おまえが欲しくて相手をけしかけた。もう大丈夫だ。おまえを脅かす存在はすべて排除した」
何が言いたいのか理解できない。少なくとも自分の身を案じて行動してくれたのだけはわかった。
「ありがとう、ございます」
どうにか反応すれば、くいと上を向かされる。
「それで。おれに言いたいことがあるんだろ」
ニヤリと歯を見せる。こんな風に笑うひとだったとは。
「おれがジェルマだと知っていただろ。あんなに嬉しそうに近づいてきて。今だってこんなに顔を赤くさせている」
そっと頬を撫でられ、さらに熱が上がってしまう。
「冷静になる前に吐いとけ。ナマエはおれをどう思ってるんだ」
しっかりと腰から抱き寄せられ、吐息がかかるほど顔が近い。恥ずかしい。恥ずかしいのに口が勝手に動きだす。
「ずっとあなたのことが、すきでした」
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