短編つめあわせ
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正義は勝つがすべての正義が
必ず勝つとは限らない
必ず勝つとは限らない
檻に放りこまれる。このまま突っ伏していても状況は変わらない。枷で自由を奪われた手足をもぞもぞと動かし、上体を起こす。なんとなく見わたしていると、突如背中に衝撃が走った。手の平で背中を強く叩かれたのだろう。
「よお、新入り! まさか、このおれ様と同じ部屋とは驚いただろう。なんでこんなところでくすぶっているかって?」
顔を見なくてもわかる。つまらない話だと言わんばかりに、わざとらしくため息をつくも効果はない。男はこちらの反応などお構いなしに、次から次へと言葉をまくし立てていく。
「そこへ麦わら帽子を被ったガキが来た。奴の名はモンキー・D・ルフィ。懸賞金はなんと三億! おれ様と互角にやりあって──」
三億ならウォーターセブン直後か。インペルダウンまで最短一ヶ月と見積もっておくか。念のため鍛錬も続けなくては。
「だがしかし! 船長たるもの、仲間を見捨てるわけにはいかねェ。三億と対峙した我らバギー海賊団は、おれ様を除く全員が海軍から逃げきった」
もう火拳はLEVEL6にいる時期か。なら、次の合図はジンベエがこのインペルダウンへ来る時だ。
「おい。てめェ聞いてんのか? ああ、わかったぞ。おれ様の伝説に恐れをなして、開いた口が塞がらねェか!」
男はゲラゲラ高笑いする。少なくとも二ヶ月は収容されているはずだが、本当に元気だな。その赤鼻も、水色の髪も、口ぶりも。なにもかも想像どおりだ。
「なんだ? こっちを見てなに笑っていやがる」
仲良くするべきか。彼と同じ檻だとは思ってもみなかった。
「ここに来るまで緊張しっぱなしで。あんたの顔見たら吹っ切れた」
「赤っ鼻を見て吹いただと?」
「いやそんなこと言ってねェだろ」
囚人は退屈している。餓死しない程度のパンくずを配給され、鞭を叩きこまれながら懲役をこなす日々が単調にくり返されるのだ。ここ地下一階LEVEL1には終身刑ほどの囚人はいない。それでも三十年、五十年も過ごせば気が狂ってしまうだろう。
「今日はおまえの番だ。つまらねェ話ならボコボコにしてやるからな」
単調な毎日に少しでも刺激を求めようと、囚人たちはとりとめのない会話を催促する。
「おもしろい話はない」
「そう言うな。こんな場所に来た時点で十分おかしなことをやってきたんだろ? なんなら捕まった理由を吐いてみろ。おまえの昔話でも、退屈しのぎくらいにはなる」
部屋の囚人全員がこちらを見ている。会話を断れば間違いなく暴行されるだろう。今日明日に脱獄できるわけでもない。しばらくはこいつらと顔を合わせる日々が続く。ここは何が起きてもおかしくない偉大なる航路。自分の人生など誰も真に受けないはず。くだらねェ、と笑い飛ばして終わりだろう。
「五年前の話だ。おれは」
おれは、ある男と出会った。
「いい加減にしろ。取り引き材料もねェガキが」
着の身着のままゼロから出発し、ようやく所在を割りだした。なんとか金を捻出し、あのひとに直接話しかけるだけでも苦労したものだ。
「計画を知っているだと? おい、今、歴史の本文だと」
どう説明すれば納得してくれるのか。
「どこで聞いた! なぜアラバスタとわかる! 吐け!」
「あるひとに出会い、行動を共にしてきた。ここに来たのも、その流れだ」
「ってことは、そいつのせいでインペルダウンに来ちまったってことか」
「詐欺にでもあったって顔だろ、てめェの場合はよ」
ちがう。おれは自分の意志であのひとと同じ道を進んできた。
「能力者じゃねェな。天竜人でもねェ。ただの青海人だろ。いや、おれの計画が破綻すると、わざわざ通告しやがったんだ。悪魔みてェなものか」
本人でさえも知らないアラバスタの未来を、今日会ったばかりの男がぺらぺらと喋りだしたのだ。自分は異世界人であり、この世界は何十冊にも渡って連載されているストーリーの舞台なのだと説明するよりは、単に悪魔の方が納得してもらえるか。
「いいだろう。悪魔が取り憑くくらい、一度や二度あっても驚きやしねェ」
ああ。やっぱりあんたは、おれの知るサー・クロコダイルだ。
「その代わり、悪魔のてめェをとことん利用してやる」
「詐欺なんて生易しいもんじゃねェ。そのひとはおれを『悪魔』と呼んだ。おれが原因で、そのひとの人生がめちゃくちゃになったからな」
助言次第で、あのひとのアラバスタ計画は成功していた。自分のせいで台無しになったも同然。
「自分が悪魔だっていうのか? ただの世間知らずなガキかと思っていたが、頭がイカれてるならここに来たのも納得できる」
ああ、おれはイカれてる。それでいい。
「それで悪魔ごっこしてる、てめェが取り憑いた野郎はどこだ?」
「どうせ『悪魔との契約を破った』とかいちゃもんつけて、クイッと手が滑った。要は人殺しでお縄になったんだろ?」
「インペルダウンで集団脱獄が起きるだと? ありえねェ」
あんたが白ひげに固執しているのも知っている。白ひげの時代は終わるんだ。
「集団脱獄に、あのジジイが死ぬ。五年後に世界がひっくり返るのか」
そうなるためには、アラバスタ計画を実行し、海軍に捕まってインペルダウン送りにされなくちゃならない。
「王下七武海の地位剥奪に、まだ設立もしていねェバロック・ワークスも解体される、か。わざわざインペルダウンへ行く必要があるのか」
ああ、もちろん。あんたはアラバスタにおさまっている器じゃねェ。あんたが新時代をつくるんだ。
「お縄になったのはおれだけじゃねェ。おれを悪魔だと言う本人もここにいる」
「なら、そいつの顔を見にいこうぜ! ちょっくら叫んでみるか。『悪魔に取り憑かれた野郎、返事しろ!』ってな」
囚人たちは腹を抱えて笑う。あのひとを馬鹿にされた気分になり苛立つも、顔には出さないよう努める。
「残念ながら、そのひとはこの階じゃねェ。さあ、おれの話はここまでだ」
ブーイングの嵐。いくら話の続きを催促されても、共に捕まった相手の正体を聞かれても、馬鹿正直に答えてやる義理はない。あとは脱獄の機会を待つだけだ。
インペルダウンに来て一ヶ月。ついにバギーが動きだした。
「LEVEL1、消えた道化のバギーを通路に確認。至急捕獲せよ!」
警鐘が鳴り響く。部屋の囚人たちはバギーをあざ笑った。
「おい、今の聞いたか。バギーの野郎、ひとりで逃げようとするからだ。そのまま奴らの餌になっちまえ」
これからバギーと合流する麦わらのモンキー・D・ルフィが監獄署長の猛毒に侵され、革命軍イワンコフより治療を施される。翌日に麦わらは元七武海のジンベエ、そしてサー・クロコダイルを引き連れてLEVEL6から這い上がってくる。
翌日。鍵を手に入れた囚人が駆けまわり、LEVEL1の檻という檻が次々と開放されていく。野郎どもの歓声を合図に看守と斬り合いが始まった。枷が外れ、己の手足が自由になる。もうすぐだ。
「いいか、ここが原点。おれ様の手下どもがいた部屋だ」
通路からバギーの声が聞こえる。
「そんな話どうでもいいガネ。って、おまえは」
通路へ出れば、垂れ下がった数字の3が視界に入る。こちらを見たまま固まっていた。気にせず両手を上げて伸びをしていると、バギーに突っ込まれる。
「なんだ? てめェら知り合いか」
「知り合いもなにも! ──いや、同じ仕事をしていただけだガネ」
ナンバースリー男、もといミスター・3が顔をしかめて言葉を吐き捨てる。バロック・ワークス時代、自分はオフィサーエージェントから異常に警戒されていた。ミスター・ゼロ──サー・クロコダイルの影に控えていたので気味悪がられていたらしい。
「同じ一味じゃねェのか」
「いやいや、こんな奴と一緒にいては身が持たん! とにかく、キミもさっさと看守を蹴散らすんだガネ。牢にこもっている奴はひとりもおらんぞ」
人差し指をこちらへ突きつけ、動くよう急かされる。
「そうだぞ、さっさと加勢しやがれ! おれ様の第一子分のくせによ」
聞き捨てならない言葉。バギーに対し目を細める。
「待ちたまえ。キミはいつからこんな赤っ鼻の下につくことにしたのカネ」
「いや、おれも子分になった覚えはない」
一応断りを入れておく。今は時間稼ぎさえすればいい。もうすぐだ。もう少しであのひとがLEVEL1に上がってくる。
「な、なんだと? てめェ、毎日おれ様の武勇伝を聞いていた分際で、その口のきき方はねェだろう!」
たしかにバギーの話には相槌を打っていた。こいつの話には、よく知る人物たちの名が出てくることもあり、耳馴染みは良かったからだ。すべて右から左へ聞き流していたが。
「おれの上司は今までもこれからも、あのひとだけだ」
「おい、キミ。何を馬鹿なことを言ってる。奴はLEVEL6だ! 自分の足でLEVEL5まで行ったからよくわかる。あんな階から脱出できるわけがない。麦わらも署長にやられ、ミスター・2も無理だった。この混乱で脱出できる見込みがあるのは、せいぜいLEVEL2まで。まあ、奴と共に監獄暮らしを続けたいなら止めはしないガネ」
バナナワニによる、あんな仕打ちを受けたのだ。ミスター・3にとって、サー・クロコダイルは付き従うに値する男ではないのだろう。
そうだな。おまえはバギーとつるむのがお似合いだ。
「お、おい。今の、上司ってのは、てめェが言ってた野郎のことか? LEVEL6っていえば、あの火拳レベルがうようよいるフロアだぞ」
地下六階から這い上がるなど到底不可能だ。もしかしたらイワンコフの治療が失敗し、モンキー・D・ルフィも二度と動けぬ体になってしまったかもしれない。自分の知るストーリーどおりの奇跡がすべて実現するとは限らないのだ。
ストーリー? 今さら何を言っている。ここインペルダウンに自分の足で立っているではないか。頭に蓄えているのは何だ。考えろ。あのとき、斬り落としても構わないと言った手は何のために生かされた。体を動かせ。諦めてなるものか。
「もし何も奇跡が起きないなら、おれがあのひとを助けにいく」
「ほう。自分の手で解放できる自信まであったとはな」
いつのまにか空気が変わっていた。空中を漂う、わずかに見える砂塵。緊張と興奮のあまり手汗が絶えない。平常心を保つため、ぐっと拳を握っては開くをくり返す。
ああ。どんな顔をしてみせようか。どんな反応を見せてやろうか。
「そんなもん無理に決まってるだろ! って、今の声は、だ、れ」
バギーの声が途切れる。自分の後方を捉え、口をあんぐり開けて固まった。ミスター・3にいたっては白目をむいている。そうか。あのひとがうしろにいる。帰ってきた。来てくれた。ようやくそばに戻れる。
目を閉じ深呼吸をくり返す。興奮のあまり声が裏返ってしまいそうだ。
「言っただろう? おれがあんたを海へ引っ張りだす。何があっても、絶対に」
振り向きざまに余裕たっぷりの表情を浮かべてやる。どこに隠し持っていたのか、目の前の男は葉巻を咥え、こちらを見下ろしていた。あんなに嫌いだった葉巻のにおいも久々なら、まあ悪くない。
「いつから馴れ合うようになった」
サーは背後のふたりへ視線を流し、わずかに片眉を上げる。会話を聞いていたのか。
「馴れ合うだって? この一ヶ月、ちょっとばかしあんたの話を聞かせていただけだ。『おれは悪魔。とある人間の人生をめちゃくちゃにしたからインペルダウンに来た』ってな」
口角がつり上がる。
「めちゃくちゃ、か。たしかに、ことあるごとにひっくり返されたが」
話しながら歩きだす。視界の端にジンベエも見えた。じきに麦わらも現れるだろう。
「だが、それも今日で終わりだ」
終わり?
彼の言葉は続かない。黙々と進んでいる。彼は自由になった。だからもう自分に頼らない?
「新時代? たしかに今は海賊王の不在が続き、白ひげのジジイもいつ死ぬかわからねェ。頂点に立つ? ナワバリを着実に広げる方が現実的だろう」
いや、もう時代は変わるんだ。あの天夜叉でさえも地位を剥奪され、地に堕ちる。
「てめェ、何が目的だ。ここまで情報を明け渡しておきながら、見返りすら要らねェだと? そんな奴は頭がイカれてるか、真の目的を隠しているかだ。奉仕活動にしては割が合わねェ。懐の探り合いを続けるつもりなら構わねェが、あいにく、おれは他人を信じる真似はしねェ」
それでこそサー・クロコダイルだ。
「少しでも変な動きをすれば、わかってるな? 悪魔といえど肉体は人間と変わらねェ。このまま喉をかききっちまえば、てめェの存在ごと抹消できる」
あんたにどこまでもついていく。覚悟はできている。その悪魔が興味あるのはあんただけだ。どうしても信用できねェなら、腕の一本、ここで斬り落としても構わねェ!
「ぶっ飛んだ野郎だ。刻むなら腕よりいい場所がある。安易に自分の体を犠牲にする馬鹿にはちょうどいいだろう」
そうか。おれはもう用済みか。いや、諦めるのは早い。ここで覚悟を示さないと絶対に後悔する。
彼の前方へまわり込む。その場で上着を脱ぎ、体に刻まれた刺青を見せつける。腕から胸元、背中に至るまで、衣服で隠れる部分には意味不明の記号が敷き詰められている。いや、自分たちにとっては意味不明ではない。このニホンゴは全部あんたが刻んだやつだ。刺青を読めるのは二人だけ。体に刻んだ『ONE PIECE』というストーリーを知っているのは自分たちしかいない。
「おれ、あんたの役に立つよ。何だってやる。まだ悪魔の期限は残ってる! だから──」
「ああ、十分に利用価値はあった」
彼が自分の体を見下ろす。異常な密度で刺青が刻まれた体を、顔色ひとつ変えず見ていられるのは、このひとくらいだ。後方で悲鳴を上げているバギーの反応が普通だろう。
「あのときからずっと、てめェの命はてめェで守れと言ってきた。お荷物はいらねェ。これも何度も言った」
目が合うも、彼はすぐに歩きだす。彼の黒コートがなびいた。
「さっさと服を着ろ。これから行く海には、未知なる言語を解読する輩なんざ、ごまんといる」
脱いだ際、そばに落ちたはずの服が頭に被さる。いったい何が起きたのか。状況を呑みこめず、返す言葉も見つからない。体を反転させ、段々と小さくなる黒コートを呆然と見つめていると、再び彼の足が止まった。
「ナマエ」
この世界に来て、唯一自分の名を明かしたひと。この世界で唯一自分の名を呼ぶひと。
「ついてこい」
ここは麦わらを中心にまわる世界ではない。自分の前を進むサー・クロコダイルが世界をつくる。あんたの世界だ。刺青のストーリーがすべて終われば予知もできなくなる。残りは自分たちで切り開けばいい。誰にもあんたの邪魔はさせない。
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