短編つめあわせ
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匿名配送希望
「配達日時は八月八日の零時、っと。……あれ。匿名希望っすか?」
「ああ。いけるか」
「まあ、ただの酒なら」
シャンクスという海賊から一升瓶を預かる。宛先は東の海のため、諸々の特別料金を加算すると合計三百万ベリー。だが目の前の男は嫌な顔ひとつせずポンと札束を投げてきた。
「もし受け取り拒否されたらどうします? 匿名は警戒されたりするんで」
「海に供えてくれ」
受け取り確認連絡も不要と付け加えられる。二週間後、八月八日零時に届け先へ出向く。道化のバギーは酒瓶を一度は受け取った。しかし「送り主は匿名を希望している」旨を伝えると、途端に激怒。包装紙すら開封せずに突き返された。仕方なく海へ流す。仕事としては完遂できた。偉大なる航路へ戻る。
一年後、シャンクスにまた配達を頼まれる。今年も酒。今回も匿名希望。一年前に突き返された件を伝えると彼は小気味よく歯を見せた。
「そんなこったろうとは思った」
今年も三百万ベリー。そして今年もバギーは受け取り拒否。次の年も、次の次の年も酒を東の海へ運んでは海に流すをくり返した。そして九年目。荷物を預かった後にバギーの現在地を調べる。向かった先は──
「てめェ、正気か?」
「まあ、仕事なんで」
八月八日零時。牢屋越しに一升瓶を差し出す。背後にはインペルダウンの獄卒が二人。他の檻からも視線を浴びていた。バギーはいつもどおり、これでもかと顔を歪ませる。
「また匿名か」
「そういう希望なんで」
「このおれが気づいてねェとでも?」
あれ、まさか、
「いいか。おれはぜってェ受け取らんからな。あの野郎、今に見てろ」
いいじゃねェか、酒だろ、もったいねェ。複数人の野次が飛んでくるが、今年も「海に供える」指示を受けていた。インペルダウンから出たあと、用意していた樽に一升瓶を乗せる。この酒、絶対にうまいはずなのになあ。もったいない。数週間後、頂上戦争の記事にてシャンクスとバギーの名前を見つける。あのふたりはロジャー海賊団の乗組員だった。そしてまた一年が過ぎる。今年の届け先は偉大なる航路。同じ海ならば割安で受け付けるが、シャンクスはまた三百万ベリーを投げてきた。
「去年はインペルダウンまで行ったんだろ。手間かけさせたな」
あれ、なんで、
「あいつから聞いた。毎年ナマエがわざわざ海に供えてるのも伝えといた。今年もよろしく頼む」
八月八日の前日に現地入りする。王下七武海となった千両道化のバギーは豪勢な生誕祭を開いていた。顔見知りとなっていたモージに通してもらい、八日零時に届ける。案の定、バギーは口をひん曲げた。
「てめェ、いいかげん断れ。おれが突っ返すってわかってんだろ」
「これが仕事なんで。お代の分はきっちり働かないと」
「いくらだ」
それって、どういう、
「てめェ、あの野郎にいくら積まれてんだ」
一瞬迷うも、仕事と割り切る。
「そういう話はしないことにしてるんで」
「百万か、五百万か。一千万でもいい。おれが倍を出す」
いっ、せん!?
「こいつは仕事だ。運び屋のてめェにバギーズデリバリーから依頼する。今後一切あの野郎の荷物は寄越すな」
「今後ってのは、来年も、再来年もっすか?」
「あったりめェだ。観念しろ。てめェもてめェだ。よくもまあ十年も小せえ瓶一本、わざわざあんな野郎のために」
それは。最高級の酒なのに。バギーは中身を知らないのだ。この包装紙すら開けないから。
「いいっすけど。とりあえず、今年の酒は海に供えますよ?」
「まて。それもやめろ。てめェが飲め」
「これ、全部!? いいんっすか」
「あいつの三倍出す。とっとと額を言え」
おそるおそる三百万と伝える。バギーが投げたのは一千万。さすがに重い。嵩張る。どうにかバックパックに詰め込んだ。
「百万は口止め料だ。いいか、二度とうちに来るな」
帰宅後、ひとりで一升瓶を開ける。うまい。ひとりで全部開けるにはもったいなさすぎる。これは誰かと宴で飲み交わすものだ。こんな代物を十年間、十本も無駄にしたのか。
一年後、シャンクスに呼び出される。まっさきに頭を下げた。
「すみません。今年はお酒、預かれないんです」
バギーズデリバリーから依頼を受けた、とだけ付け加える。
「いくらだ。あいつはいくら積んだ。言ってみろ」
がっつり肩を組まれる。眩しいほど笑顔なのが余計にこわい。こわすぎる。どうにか首を横に振った。
「口止め料ももらってるんで。こればかりは」
「口止めか。こうしよう。一億。今年の配送料。どうだ」
聞いたこともない額を言われ、頭がまっしろになる。気が動転し、四皇相手にとんでもないことを口走ってしまう。
「なん、で、そこまでするん、すか」
わからない。わかるわけない。毎年三百万、相手は一千万。ここからさらに一億もかけるなんて。
「知りたいか」
耳もとで囁かれる。ぞくりと悪寒が走った。この覇気。覇王色。まずい、ころさ、れ、
「金さえ払えば何でも運ぶ。面倒ごとには首を突っ込まねェ。客の秘密も守る。そいつが運び屋のナマエと聞いていたが。ちがうか」
何を求められたか。瞬時に悟った。
「一千万。口止め料と受け取り拒否、酒の処理方法指定で合計一千万もらいました」
「そうか。じゃあ一億で問題ねェな」
笑顔でバンバン肩を叩かれる。その後は何を話したか覚えていない。同じ包装紙。同じ一升瓶。今年もあのバギーズデリバリーへ。八月八日零時に間に合うよう現地入りする。ああ、まずい。「来んなっつっただろ」と激怒されるに違いない。どうする。どうすりゃいい。だが一億で仕事を受けてしまったのだ。もう引き返せない。四皇の荷物を匿名で四皇に届ける。ベリーを積まれて泣く泣く酒を処理する。地獄のような連鎖が始まった。
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