サンジ過去編
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9 解きたくない難問
三日間のショーが終わり、ナマエ滞在四日目の朝。今日は定期船ではなく、自分の買い出し船に同乗させてローグタウンへ。いったん別れて今日の部屋を確保。家から近い、いつもの宿。すぐに合流し、夜の街へ。もう夕食は家で食べない。その反動なのか、酒の量が増えた。悪酔いではない。カウンター席で気分よく喉を潤し、となりのナマエに話を振る。
「最近、遠征してねェな」
仲直り以降、すでに何度か朝の家に上がった。だが、いつ見ても予定表に留守の日は増えない。
「もう、いいかなって。遠征はバラティエだけに絞っている」
つまり、計画は順調に進んでいる。
「目標まで貯まったのか」
「イエス。あとは交渉する船を見つけるだけ」
目的地は偉大なる航路、シャボンディ諸島。過酷な海を渡れる強い海賊船、もしくは商船を探している。偉大なる航路入り口にもっとも近いローグタウンは、探すにうってつけの町だ。
「偉大なる航路入りする奴を、わざわざ海上レストランにまで探しにきているのか?」
言葉を期待していた。
「バラティエはおれの趣味。稼げるといえば稼げるし。おいしい料理も食べられる。陸ばかりだと飽きるだろ?」
悪くない返答。バラティエ出張が打ち切られることはないだろう。
「最近、しゃべりが変わったか? なんというか、落ち着かねェような」
ナマエが軽く口笛を吹く。ニタリと歯を見せた。
「結構、気づかれるものだな。そろそろニュートラルに戻そうと思って。どんな奴らかわからない以上、クセは直しておかないと」
ニュートラル。中立。カタリとナマエで口調を使い分けているのは前から気づいていた。つまり、さらに細かく演技している。
「そのニュートラルがおまえの素なのか」
一瞬、にがい顔になる。前へ向きなおった。
「わからない。昔からいろいろやっているから、どこが出発点なのか、どれが素なのか。でも、これが一番しゃべりやすいかな」
昔、か。過度な詮索は互いのためにならない。適当に話題を切り替える。
「そういや、パティにわけのわからないことを聞かれた」
しまった。なぜ話題転換にこれを選んだのか。言いだした以上、続けるしかない。
「『おまえらの関係は何だ』ってな。『特別だ』って答えたら、いい顔をされなかった」
実際はもっと複雑な話題だった。レニーが「もう少しで仲直りできる」と断言した理由。パティに「ノルマだ」と押しつけられた問い。「ナマエの何を見てきた」というジジイの言葉も、この核心に近いのでは。
「特別ねえ。それだと抽象的すぎるよなあ。もう少しわかりやすい例えはなかったのか?」
なぜこいつが偉そうな口をきくのだ。ひたすらとなりを睨んでおく。
「あ。いい言葉、思いついたかも」
笑顔になるも、一向に言葉は続かない。
「もったいぶりやがって。さっさと吐け」
「今はダメ。今日の最後にとっておく」
どう言っても口を割らない。諦めて、手元のグラスを空にする。となりのナマエを急かし、店を出た。道ばたで向かい合い、続きを催促する。視線を泳がせながら、ナマエがぎこちない笑顔を見せた。
「つまり、さっきの話?」
「それ以外何がある」
「今日はここで。また明日」
背を向けたので肩をつかむ。ぐいと引っ張り、目を合わせた。顔を近づけて威嚇する。
「わかったわかった。パティ相手なら、これが無難で手堅いはず」
胸元を押され、しっかりと距離があく。拳を突きだしてきた。いつものあいさつ。とりあえず自分の拳も突き合わせる。顔はこちらを向いているが、目だけはそらされた。
「まあ、そうだな。おれたちは、よく言う、あれだ」
視線が戻る。意地悪く口角をつり上げた。
「悪友ってとこだ。おやすみ!」
あっという間に背中が遠くなる。言葉を飲みこむのに精一杯で、追いかける余裕もなかった。食後の一服を思い出し、煙草に火をつける。
「悪友って。ガキか」
何度か舌の上で転がしてみる。いまいちしっくりこない。どう解釈しても「特別」より階級が下がったではないか。
「『友』なのは変わらねェな」
いつだったか。上演前の二階ボックス席で。セシルとの会話でも「友人」が出てきた。カレン伝いでも一度。
「一応、手札に入れておくか」
だからといって、ナマエの言葉そのままをパティに伝えても意味がないだろう。しばらくこの難問は解けそうにない。
時刻は午後九時。宿に戻るにはまだ早い。足は自然といつもの店へ。以前の子は避けた。悪いことをしたうえ、同じ長い黒髪は面影が頭をよぎってしまう。最近、ようやく無心で没頭できるようになった。背丈がかわいらしい、黒髪以外の子を。耳なじみより、高い音色を重視した。まだ相手の唇へは吸い付けない。それでも肌の距離を埋めようと、激しくかき抱く。ベッド上だけは悪友の影を忘れられた。
それもこれも、いまだにあいつが花街を出入りしているからだ。今さら「女を食うのか」などと聞けない。レニーやカレンとのキスは自分にとって相当な衝撃だったらしい。あいつのスキンシップは精神的に相手の子を抱いている。抱くことが可能なのだ。
朝五時半。今日から久しぶりの定期市が始まる。二人分の食材を手に家へ。手元の鍵で部屋に上がった。皿に盛りつける直前でベッドに向かう。手は伸ばせないので大声をだす。
「朝めしできたぞ。起きろ」
普段ならすぐに目覚めるはずが、今日は反応がにぶい。寝返りは打った。乱れた髪を直視しないよう目をそらす。
「ナマエ、起きろ。できたてが冷めちまうぞ」
「いや、だ!」
ぐるぐる身をよじり、背をそらし、のんびり上体を起こす。まっさきにサイドテーブルの髪紐を渡した。この髪はまずい。女の色が見えてしまう。ナマエは目を閉じたまま、ざっくりうしろで結ぶ。次に眼鏡も手渡す。ようやく見られる格好になった。しかしまだ油断できない。胸元からも目をそらす。確証は持てないが、仲直り以降、寝起きは胸まわりがゆるやかな気がするのだ。デコルテの隠れた分厚い服を重ね着しているので、ただの錯覚かもしれない。どちらにせよ、寝るときくらいは体を締めつけてほしくない。言及は避ける。
「いただきまーす」
気の抜けた、あまく、やわらかい音。ひとくち含めば、へにゃりと頬がゆるむ。今までと変わらない朝の風景。だが、この生活もいつか必ず終わる。
「今回のスペースもとなりか」
朝の食卓では会話の維持を重視した。この空間が最後のとりで。最後の場所。素のナマエを見られる、唯一の家。
「配置を考えるのが面倒みたい。メインステージと反対なら、客を分散できるし」
「だとしても、だ。おまえは遠出を減らして、外泊はうちしかない。定期市はいつも同じ並び。おれたちがどう言われているか、知ってるか?」
「《海上レストラン副料理長は百花のマジシャン唯一の理解者》──だっけ。現場写真が手に入らないから、過激な見出しが増えたなあ」
先日の新聞。やはり見たのか。
「その記事、全部読んだか」
「読んだけど、いまいちパッとしないというか。事実なんて一行くらいしかなかったよ。あとは記者の妄想と捏造のつぎはぎで」
ひどい内容だった。コックたちは「店の宣伝になった」と喜んでいたが。はやく忘れたい。
「サンジは気にしなくていい。ゴシップ欄はああいうものだから。むしろ、挑発しておく?」
意味がわからず、ナマエを見つめてしまう。
「ちょうど今日は定期市だ。いい案がある──」
午前十時。もう何度目かの出店。客足の波も予測できるようになっていた。
「おいしかったので、また買いにきました」
積極的なレディには、やわらかい笑顔を。
「あの。ありがとうございます。またバラティエにも行きますね」
控えめな音に乗せたまっすぐな気持ちは、余すことなく受けとめる。
「また。いつか」
ヴェールで目元が隠れた貴婦人。あまい香りと髪飾りで気づく。あなたに多くを教わった。去りゆく後ろ姿に胸の内で別れを告げる。
そろそろ時間だ。となりに客をうばわれるのも毎度のこと。空スペースにカタリが現れた。今回は自分の店に集中する。いつもの悲鳴。いつもの拍手。三十分で一度目のパフォーマンスが終わる。このタイミングで手をとめた。カタリは客に深く一礼したあと、退場途中でこちらを振り返る。ただの数秒。ほんの一瞬。互いに目を合わせ、ふたり同時に口元をゆるめた。
一ヶ月後。バラティエに一発の砲弾がぶち込まれる。
Fin.