プリンがカフェオーナーになるまで・死描写・男主
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とけるほどしあわせだった
今日でレッスンは最後。このケーキで合格すれば、一人前のパティシエとして認めてもらえる。
「せんせい、どうですか」
こうやって真剣に食べる先生を、となりから見るのが好き。
「ねえ、どう?」
「そう焦るな、プリン。まだクリームしか食べてないだろ」
腕を掴み、顔を覗きこめば、はにかみながら頭を撫でてくれる。先生は単純だ。単純すぎて、兄さんや姉さんは先生を好きじゃないみたい。そんなにダメかな。
「うん。そうか」
審査結果も言わず、となりの部屋へ行ってしまった。少し開いたドアから、こちらを覗いている。そういういじわるな顔、ずるい。
「こっちにおいで」
入ることを禁じられていた部屋。中央には大きな大きな袋。先生やドア、窓よりも分厚くて背が高い。どうやって部屋に持ちこんだのだろう。
「じゃあ、結果を発表する」
ここ一週間は毎日不合格。アドバイスは全部取り入れた。作っているあいだだって一瞬も気を抜かなかった。大丈夫。今日は絶対にいける。
「プリン、おめでとう」
ぶわっと全身が熱くなる。
「合格だ。今までよく頑張ったな」
どう反応すればいいかわからない。先生の顔が爽やかで、いつも以上にドキッとする。つい目をそらしてしまう。
「これは、おれからの合格祝いだ」
なにかが破れる音。おそるおそる前へ向きなおれば、あの袋から大きなぬいぐるみが。頭がぐるぐるしてきた。鼻もツンとする。
「ああ、やっぱりだめか? ごめん。最初は白か茶色で迷ったんだ。でも店の人に『女の子はみんなピンクが好き』ってアドバイスされて」
ちがう。ちがう。そんなことで泣いてるんじゃない。
「せんせいの、ばか」
じっとしていられず、そのまま先生に飛びつく。めいっぱい抱きついて泣き顔を隠した。
「ごめん」
そうやって、私のやることを全部許して、何でも受けとめて、やさしくして、先生は、先生は、
「最後にもらっても困る。だって、大事にしているところを先生に見せられない」
製菓レッスンが終わり次第、先生はこの島を離れる。そう聞かされていた。合格したから、今日先生は出ていくんだ。
「プリンが、おれのプレゼントを放っとくわけないだろ。わかってる」
テーブルへ戻り、詳細な採点基準を聞かされる。作業すべてが終われば、傭兵が先生の荷物を持ってきた。港へ向かう先生のあとを付いていく。
「見送りはいらない。大丈夫だ」
何度鬱陶しがられても諦めない。城を出て、街へ着いた頃、ママの叫び声が聞こえてきた。いつもの癇癪ほどではないが、激怒しているのは明らかだ。ママがこちらに近づいてくる。
「てめェ、おれの大事な宝を盗みやがったな」
先生が静かに立ちどまり、振り返る。こんなにママが睨んでいるのに無表情。背負っているリュックのなかを広げた。周りの住民たちが悲鳴を上げる。次々と財宝を放りだしたからだ。その度にママが息を荒くする。
「もう生かしちゃおけねェ」
ふたりのあいだに飛びこもうとするも傭兵に押さえられてしまう。ママが先生へ手を伸ばす。
「寿命 オア お菓子?」
一瞬だけ先生と目が合う。苦しそうな顔。泣きそうに笑った。思いきり先生の名を叫ぶ。涙で視界が埋もれ、次にまばたきすれば、白い顔をした先生が倒れこんでいた。傭兵を振りきり、全力で駆けよる。なんでママの宝を盗んだの。ねえ、どうして。
「さあプリン、城に帰ろう」
スムージー姉さんの声。一生懸命抵抗し、先生の首にしがみついていたが、ついに引きはがされてしまった。
「やめて! 私は! こんなの!」
「ああ、わかっている。悲しいが、現実を受け入れなくては」
姉さんに抱え上げられ、あっというまに自室へたどり着いた。ソファに座らされ、そのまま姉さんの太腿で泣きじゃくる。
「さあ、もう誰もいない。演技は終わりだ」
急に声色が変わった。その言葉を理解できない。見上げると、満面の笑みを浮かべた姉さんと目が合う。わしゃわしゃと頭を撫でられた。
「どんどんおまえの演技は磨かれていくな。街の住民はすっかり騙されていた」
演技。いつもの演技。姉さんにはそう思われていた? ああ。きっとママもだ。
「姉さん、ちがうの」
口に出してから、ようやく失態に気づく。先ほどの制裁でママの機嫌は直った。今から本心を打ち明けても先生は帰ってこない。もう、先生に会えないんだ。
「何がだ? まさか、あの男を本当に気に入ったとでも?」
そう。スムージー姉さんは先生をよく思っていなかった。だからいつも嘘をついた。「先生と呼ぶのも今だけ。すべて技術を吸収すれば用無しよ」だなんて、疎ましい振りをしていた。
「そうじゃなくて。あんな男」
次の言葉を出すのに声が震えそうになる。私はお人形、私はお人形。そう、何でも演じきれる、完璧なお人形。
「好きになるわけないでしょう? さっきの大通りで、素通りした奴もいたから悔しかっただけ。ああ、もっとオーバーリアクションしておけばよかった」
また姉さんがニッコリする。どれだけ愛情を込めたケーキよりも、どれだけ手作りしたプレゼントよりも、兄さんや姉さんは私が演技すると嬉しがる。ママだってそうだ。もう、素の自分には戻れない。純粋に人を好きになれない。だってもう、先生は、
「あいつが犯した本当の罪、知りたくはないか?」
なに、それ。
「半年前、奴はママを裏切り、落とし前のルーレットをまわすはずだった。そのときちょうど、おまえの願いがママに届いてな。プリンの話を聞いた男が『パティシエの腕なら自信がある』と、今回のレッスンを提案した。どういうわけか、その言い草がママに気に入られ、ルーレットを免除された、というわけだ」
能力を使わず、一から自分の手で作れるようになりたい。あのときの願いが、先生を救った?
「だが、おまえの演技がうますぎるあまり、あの男を再評価する空気が生まれた。このままうちの海賊団に迎え入れよう、とか抜かす奴も出てきたから困ったものだ。今度こそ完全に始末する時が来た」
目の前がまっくらになる。
「奴のリュックに宝を仕込んだのはわざとだ。最後には、あいつも状況を理解していたな。我々が裏切り者を逃すはずがない。どの道、あいつは制裁を受ける運命だった」
半年間、付きっきりで私に教えてくれたのは、死から免れるため。あんなにいっぱいやさしくしてくれたのも、生き延びるため。どれだけ成功しても、なかなか合格をもらえなかったのは、少しでも長くレッスンを続けるため。先生は、レッスンが終われば殺されるとわかっていたのだ。
「わかったか? おまえの演技は大勢の人を動かす。一気に周りを味方につけられる。本当にプリンはいい子だ」
姉さんの、頭を撫でる手つきがやさしいのに、先生のことばかり思い出してしまう。本心を隠すため、いつものように抱きつく。静かに泣きながら、一生懸命声を弾ませた。
「当たり前でしょう? だって、ママの娘なんだもの。もっともっとうまくなるから」
あの大きなぬいぐるみ、どうしよう。憎いなら、刃物で何箇所か刺しておく?
「あとでママがおまえを呼ぶだろう。今のうちから欲しいものを考えておくといい。とびきりのご褒美がもらえるはずだ」
思わず刺しちゃったけれど、ぬいぐるみに罪はないから部屋に飾る、って言い訳なら怪しまれないかな。だいすきだった先生からのプレゼント、捨てたくない。大事にするって約束したもの。
「どうしようかな。物じゃなくて、家でもいいかな」
くよくよ考えるのはやめよう。兄さんも姉さんも、ママも、いっぱい私に期待してくれている。
「家か。悪くない。その家はどうするんだ」
もう泣きやんだ。顔を上げ、とびきりの笑顔で姉さんに答える。
「お店を開きたい。ずっとやりたかった、カフェのオーナーになるの」
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