賢者の石
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昔から決まった夢を見る。
薄暗い廊下に古びた石壁。窓の外には見たこともないほど大きな月が此方を睨んでいる。
誰かが走っている。長い黒髪の女だ。その腕には、小さな赤ん坊が抱かれている。
「急いで」
女が息を切らしながら叫ぶように囁く。誰に向かって言っているのかは分からない。ただ、その声には酷く焦った色を見せる。
次の瞬間、景色が途切れた。今度は知らない部屋。瓦礫と家具の木片が周辺に散らばっていて足の踏み場もない。一人ぽつんと立っている男の子が見えた。同い年か、または痩せっぽちで成長が遅れているのか背が低く、一つ二つ年下のようにも見える。透き通る緑の瞳がとても綺麗だった。
話しかけようとして手を伸ばした。口を開いて、喉を震わせようとしたそこで目が覚めた。
「……この夢何回目?」
ベットの上で少女はゆっくりと上半身を起こした。いつも夢のことなんて忘れてしまうのに、朝のこの瞬間だけは胸が少し苦しくなる。
女の声
赤ん坊
そして、美しい瞳の男の子
一度も会ったことがないような人。それなのに、どうして何度も夢に出てくるのだろう。疑問符を頭に浮かべながら私はベットから立ち上がり、シーツの皺を直した。
9月1日午前11時を少し過ぎた頃。9と4分の3プラットフォームから走り出したホグワーツ特急には、生徒達の喜びや期待の声で溢れかえっていた。もちろん私もその一人。
私は物心つく前に両親を亡くし、母のマグルの妹、アイリスの元で育った。アイリスは私のことを本当の娘のように愛してくれた。ただ、両親の話をするときだけは冷たくてそっけない。
私が懲りずに聞き続けたいつかの日
「魔法界になんて行ってはだめよ、いい?ルル。あそこはいつでも貴方を危険に晒すわ。
……私は、貴方に…お姉ちゃんのようになってほしくないのよ…」
その時初めて聞いた。両親はヴォルデモートに利用され、亡くなったこと。姉の血は特別だったこと。喉の奥で何度も言葉を詰まらせながら、途切れ途切れに教えてくれた。その後はもう私も話をさせる気にはなれなかった。そっと抱きしめて、夜は二人で眠った。
マグルの世界で魔法を使う訳にもいかないし、ましてやアイリスの前でなんてもっとできなかった。アイリスがホグワーツの入学を許可してくれたのなんて本当に奇跡だ。学校についたらすぐ手紙を書こう。元気だよって。
そんなこと考えながら私は空いているコンパートメントを重たい荷物を床に引き摺りながら探した。
コンコン
「…ここって空いてる?座っても良いかな?」
荷物をそのままドサッと置き、スライド式のドアを両手で遠慮がちに開きながら、空いた隙間からひょこっと顔を出した。
そこから見えたのはお菓子の山と二人の男の子達だった。一人は燃えるような赤毛と筋の通ったまっすぐな高い鼻に、すっきりとした白い肌で分かりやすく見えるそばかすがチャーミングだった。もう一人というと、かなり度が入っているように見える丸眼鏡を掛けていた。その眼鏡の下に隠された瞳は、ファセットカットのように輝いて、それはもうエメラルドのように綺麗だ。そう思った瞬間、私は息を呑んだ。見覚えがある。気づいた時には、勢いのまま戸を開けてそのまま走って丸眼鏡の男の子に抱きついた。
「私、貴方のこと夢で見たわ!」
バッと男の子の肩を両手でしっかりと掴んだ。興奮しているせいか声が少し上擦っている。少し呼吸を整えながら男の子の顔をよく観察して見ると、困惑しながら顔を隣の赤毛の子みたいに染めて、口を半開きにしながら声の出し方を忘れてしまったようだった。
「あっ!……ごめんなさい、あの、…悪気はないの」
凍った空気を和ごますように私は眉を下げて笑った。そのまま肩を縮こませながらお菓子を端に寄せて硬い生地の椅子に腰を下ろした。
私は彼を夢の中で何百回と見た。ふわっとした、悪く言うとボサボサの漆黒の髪。後ろの一束だけぴょんと跳ねている。それと、見事な緑色のアーモンド型の目。それを見るたびに彼に触れようとしてその瞬間に目が覚めてしまう。だから、彼を一目見た時に驚いて勢いで走り出してしまった。
「えっと……私、ルル・ミルフィーユ。…二人は?」
絞り出すように声を出した。二人の表情を窺うように視線だけを忙しなく動かした。
「僕ロンだ。ロン・ウィーズリー」
反応してくれたことに安心してロンと言った彼の方へと体を向けた。さっきは遠くてよく見えなかったけれど、ロンの目は明るいブルーだ。あの緑の瞳がエメラルドグリーンなら、彼の瞳はアクアマリン。透き通った海のような美しい淡青色は静かに凪かせている。その瞳に夢中になっていると、瞬きのたびに重なる銀色のまつ毛があった。
「ロン、貴方まつ毛が銀色なのね!綺麗……」
「まつ毛なんて気にしたことなかった!そんなこと言う人初めてだ…」
ロンは嬉しそうに耳を自分の髪と同じ色に染めながら答えた。
「あぁ…、えっと、その、黒髪綺麗だね」
私はその言葉に驚いて自分の髪を摘んだ。うざったいほど真っ直ぐで妙にサラサラしている。毛量が少なくて貧相に見えるだろう。
「私、自分の髪あまり好きじゃないの…でもありがとうロン」
「僕も黒髪だ」
隣に座る男の子が静かに口を開いた。
「君の夢に僕が出てきた?」
優しそうに此方を見つめる表情はやはり見覚えがあった。
「…うん……そうよ!やっぱり貴方のこと夢で見たわ!名前は?」
「ハリーだ。ハリー・ポッター」
「そう。ハリー、ずーっと会いたかったわ!……あの、もう一回抱きしめてもいいかな、…?」
いきなり列車がガタン!と揺れた。椅子の上に積まれたお菓子の山は一斉に雪崩を起こした。
三人でお菓子を拾っているとロンの方から小さな灰色の生き物が飛び出した。
「あぁ!スキャバーズが逃げる!」
ロンの手から逃げ出した太った小汚いネズミは短い四肢を小刻みに動かしながらタタタタッと車内を走り出した。ロンは二、三度と捕まえるのに失敗して四回目でその尻尾を掴んだ。
「ロンのペットはネズミなの?」
ルルにそう聞かれたロンは顔を曇らせた。
「パーシーのお下がりなんだ。きのう、少しはおもしろくしてやろうと思って、黄色に変えようとしたんだ。でも呪文が効かなかった。やって見せようか、見てて…」
杖を振り上げたとたん、コンパートメントの戸が開いた。新調のホグワーツ・ローブに着替えた女の子が丸顔の男の子を連れて立っている。
「誰かヒキガエルを見なかった?ネビルのがいなくなったの」
なんとなく威張った話し方をする女の子だ。栗色の髪の毛がフサフサしていて、前歯がちょっと大きかった。私とは真反対の、たっぷりとした髪が少し羨ましい。ネビルと呼ばれた男の子は背が低く、ややぽっちゃりとした丸いフォルムをしていて、自信なげに視線を泳がせている。
「見なかったって、さっきそう言ったよ」とロンは答えるが、女の子は聞いてそうもない。むしろ振り上げたままの杖に気を取られていた。
「あら、魔法をかけるの?それじゃ見せてもらうわ」
そう言って当然のようにルルの隣に座り込んだ。
「あー……いいよ。
お陽さま、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ!」
ロンは杖をブンブン振ったが何も起こらなかった。膝の上のスキャバーズは相変わらずねずみ色でグッスリ眠っている。
「その呪文、間違ってないの?
まあ、あんまりうまくいってなかったわね。私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみたことがあるけど、みんなうまくいったわ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから、手紙をもらった時、驚いたわ。でももちろんうれしかったわ。だって、最高の魔法学校だって聞いているもの……教科書はもちろん、全部暗記したわ。それだけで足りるといいんだけど…私、ハーマイオニー・グレンジャー。貴方方は?」
隣に座る女の子は、まるで用意していた文章を読み上げるようにして一気にこれだけを言ってのけた。
「僕、ロン・ウィーズリー」
「ハリー・ポッター」
ハリーが名乗った瞬間、ハーマイオニーは目を丸くさせて驚いた。
「ほんとに?私、もちろん貴方のこと全部知ってるわ。参考書を二、三冊読んだの。貴方のこと、「近代魔法史」「黒魔術の栄枯盛衰」「二十世紀の魔法大事件」なんかに出てるわ」
ハリーとルルが顔を見合わせて驚いた。ハリーが口を開く前にルルの方が少し早く声を出した。ハーマイオニーが名前を聞いた瞬間を思い出して尋ねる。
「ハリーって有名人なのね…?どうして?」
今度はハーマイオニーとロンが驚いた。ぎょっとしてルルの顔を見つめる。二人とも鳩が豆鉄砲を食らったような顔で呆気に取られている。
「あっ、貴方知らないの?魔法界の常識よ!」
「あぁ、えっと…私ずっとマグルの世界で暮らしてたの。……学ぶことが多いみたいね…、?」
ルルは気まずそうに笑いながら、肩を窄めて首を傾げた。
「貴方名前は?後で私の本を貸してあげる。読んだ方がいいわ」
「ありがとう、ルル・ミルフィーユよ」
「そう。ルル、覚えておくわ。貴方ホグワーツのことは分かってるでしょうね?4つの寮があるのよ。私、グリフィンドールがいいわ。絶対1番いいみたい。ダンブルドアもそこの出身だって聞いたわ。とにかく、ネビルのヒキガエルを探さなきゃ。三人ともローブに着替えた方がいいわ。もうすぐ着くはずだから。」
丸顔の男の子を連れて、ハーマイオニーはコンパートメントを後にした。
「ルル、君ほんとうに何も知らないの?」
ロンは前のめりになりながら、未知の生物を見るような目でルルを見つめた。マグル生まれだと言ったハーマイオニーでさえ知っているくらい、ハリーは魔法界の英雄だ。みんな知っていて当然のことを知らないという子がいるのだからロンは驚いた。
「うん……そうみたいだね?私を育ててくれた人は、あまり魔法界のことを教えてくれなかったの。今朝、駅へ来るのだって本当に大変だったんだから…」
「さっきマグルの世界で暮らしてたって言ってたよね?僕もそうなんだ」
ハリーはかぼちゃパイをごっくんと飲み込んで聞いた。
「ほんとうに!?なんだか嬉しいわ!ハーマイオニーもマグル生まれって言ってた?意外と多いのね?
私、お母さんがマグル生まれなの。でも両親は私が生まれてすぐにヴォルデモ…」
ルルがその名を口にする前に二人が飛び込んできてルルの口を押さえた。二人に押されてルルはそのまま勢いで壁に後頭部をごつんとぶつけてしまった。「…いてッ!」と反射的に唇を動かすルルに気づいた二人は慌てて手を引く。
「うわぁ!ごめん!ルル、でもその名前は言わない方がいいってロンが」
「ごめんよ…、悪気はないんだ…。えっと、…例のあの人の名前は魔法界では言っちゃいけないんだ。だから君が言いそうになってつい、」
申し訳なさそうな顔をして謝った。
「大丈夫よ。教えてくれてありがとう。えっと、だからその…両親は例のあの人に殺されたの」
頭をさすりながら二人の顔を交互に見ながら少し不安そうに喋る。その二人は[#da=ルル#]の言葉を聞いた途端目元が一瞬だけピクっと動き、少しだけ唇が離れて口を半開きにした。
「えっと、いきなり重いよねこんな話」
空気が凍っている。居心地が悪くて[#da=ルル#]は、ごまかして笑いながらなんでもないようにお菓子へと手を伸ばした。けれどその手を止めたのはハリーだった。
「僕の両親もそうだ。ヴォルデモートに殺されたんだ」
ハリーはその名を恐れる素振りも見せずに堂々と口にした。
「僕許せないよ。あいつルルの両親まで奪うだなんて」
ルルがすこし困ったように辛そうに眉を寄せてハリーを見つめて黙り込んでしまった。胸の奥がきゅっと縮む。
「二人は共通点が多いんだ。僕だけ仲間外れかよぉ」
ずるずると椅子の背もたれから体を滑らせて、姿勢を低くしながら不貞腐れて言った。そんなロンにルルは思わず笑ってしまった。
「ふふ。そんなことないよロン」
「じゃあなにがあるんだ?」
「うーんと…」
少し考えるふりをして、二人を見た。
「共通点は"友達"、でしょ?」
どうだと言わんばかりのドヤ顔でニヤニヤしながら答えた。
「……それいい。ルル、きみってすごいや」
会話を聞いていたハリーも、三人で嬉しそうに目を細めて笑った。
薄暗い廊下に古びた石壁。窓の外には見たこともないほど大きな月が此方を睨んでいる。
誰かが走っている。長い黒髪の女だ。その腕には、小さな赤ん坊が抱かれている。
「急いで」
女が息を切らしながら叫ぶように囁く。誰に向かって言っているのかは分からない。ただ、その声には酷く焦った色を見せる。
次の瞬間、景色が途切れた。今度は知らない部屋。瓦礫と家具の木片が周辺に散らばっていて足の踏み場もない。一人ぽつんと立っている男の子が見えた。同い年か、または痩せっぽちで成長が遅れているのか背が低く、一つ二つ年下のようにも見える。透き通る緑の瞳がとても綺麗だった。
話しかけようとして手を伸ばした。口を開いて、喉を震わせようとしたそこで目が覚めた。
「……この夢何回目?」
ベットの上で少女はゆっくりと上半身を起こした。いつも夢のことなんて忘れてしまうのに、朝のこの瞬間だけは胸が少し苦しくなる。
女の声
赤ん坊
そして、美しい瞳の男の子
一度も会ったことがないような人。それなのに、どうして何度も夢に出てくるのだろう。疑問符を頭に浮かべながら私はベットから立ち上がり、シーツの皺を直した。
9月1日午前11時を少し過ぎた頃。9と4分の3プラットフォームから走り出したホグワーツ特急には、生徒達の喜びや期待の声で溢れかえっていた。もちろん私もその一人。
私は物心つく前に両親を亡くし、母のマグルの妹、アイリスの元で育った。アイリスは私のことを本当の娘のように愛してくれた。ただ、両親の話をするときだけは冷たくてそっけない。
私が懲りずに聞き続けたいつかの日
「魔法界になんて行ってはだめよ、いい?ルル。あそこはいつでも貴方を危険に晒すわ。
……私は、貴方に…お姉ちゃんのようになってほしくないのよ…」
その時初めて聞いた。両親はヴォルデモートに利用され、亡くなったこと。姉の血は特別だったこと。喉の奥で何度も言葉を詰まらせながら、途切れ途切れに教えてくれた。その後はもう私も話をさせる気にはなれなかった。そっと抱きしめて、夜は二人で眠った。
マグルの世界で魔法を使う訳にもいかないし、ましてやアイリスの前でなんてもっとできなかった。アイリスがホグワーツの入学を許可してくれたのなんて本当に奇跡だ。学校についたらすぐ手紙を書こう。元気だよって。
そんなこと考えながら私は空いているコンパートメントを重たい荷物を床に引き摺りながら探した。
コンコン
「…ここって空いてる?座っても良いかな?」
荷物をそのままドサッと置き、スライド式のドアを両手で遠慮がちに開きながら、空いた隙間からひょこっと顔を出した。
そこから見えたのはお菓子の山と二人の男の子達だった。一人は燃えるような赤毛と筋の通ったまっすぐな高い鼻に、すっきりとした白い肌で分かりやすく見えるそばかすがチャーミングだった。もう一人というと、かなり度が入っているように見える丸眼鏡を掛けていた。その眼鏡の下に隠された瞳は、ファセットカットのように輝いて、それはもうエメラルドのように綺麗だ。そう思った瞬間、私は息を呑んだ。見覚えがある。気づいた時には、勢いのまま戸を開けてそのまま走って丸眼鏡の男の子に抱きついた。
「私、貴方のこと夢で見たわ!」
バッと男の子の肩を両手でしっかりと掴んだ。興奮しているせいか声が少し上擦っている。少し呼吸を整えながら男の子の顔をよく観察して見ると、困惑しながら顔を隣の赤毛の子みたいに染めて、口を半開きにしながら声の出し方を忘れてしまったようだった。
「あっ!……ごめんなさい、あの、…悪気はないの」
凍った空気を和ごますように私は眉を下げて笑った。そのまま肩を縮こませながらお菓子を端に寄せて硬い生地の椅子に腰を下ろした。
私は彼を夢の中で何百回と見た。ふわっとした、悪く言うとボサボサの漆黒の髪。後ろの一束だけぴょんと跳ねている。それと、見事な緑色のアーモンド型の目。それを見るたびに彼に触れようとしてその瞬間に目が覚めてしまう。だから、彼を一目見た時に驚いて勢いで走り出してしまった。
「えっと……私、ルル・ミルフィーユ。…二人は?」
絞り出すように声を出した。二人の表情を窺うように視線だけを忙しなく動かした。
「僕ロンだ。ロン・ウィーズリー」
反応してくれたことに安心してロンと言った彼の方へと体を向けた。さっきは遠くてよく見えなかったけれど、ロンの目は明るいブルーだ。あの緑の瞳がエメラルドグリーンなら、彼の瞳はアクアマリン。透き通った海のような美しい淡青色は静かに凪かせている。その瞳に夢中になっていると、瞬きのたびに重なる銀色のまつ毛があった。
「ロン、貴方まつ毛が銀色なのね!綺麗……」
「まつ毛なんて気にしたことなかった!そんなこと言う人初めてだ…」
ロンは嬉しそうに耳を自分の髪と同じ色に染めながら答えた。
「あぁ…、えっと、その、黒髪綺麗だね」
私はその言葉に驚いて自分の髪を摘んだ。うざったいほど真っ直ぐで妙にサラサラしている。毛量が少なくて貧相に見えるだろう。
「私、自分の髪あまり好きじゃないの…でもありがとうロン」
「僕も黒髪だ」
隣に座る男の子が静かに口を開いた。
「君の夢に僕が出てきた?」
優しそうに此方を見つめる表情はやはり見覚えがあった。
「…うん……そうよ!やっぱり貴方のこと夢で見たわ!名前は?」
「ハリーだ。ハリー・ポッター」
「そう。ハリー、ずーっと会いたかったわ!……あの、もう一回抱きしめてもいいかな、…?」
いきなり列車がガタン!と揺れた。椅子の上に積まれたお菓子の山は一斉に雪崩を起こした。
三人でお菓子を拾っているとロンの方から小さな灰色の生き物が飛び出した。
「あぁ!スキャバーズが逃げる!」
ロンの手から逃げ出した太った小汚いネズミは短い四肢を小刻みに動かしながらタタタタッと車内を走り出した。ロンは二、三度と捕まえるのに失敗して四回目でその尻尾を掴んだ。
「ロンのペットはネズミなの?」
ルルにそう聞かれたロンは顔を曇らせた。
「パーシーのお下がりなんだ。きのう、少しはおもしろくしてやろうと思って、黄色に変えようとしたんだ。でも呪文が効かなかった。やって見せようか、見てて…」
杖を振り上げたとたん、コンパートメントの戸が開いた。新調のホグワーツ・ローブに着替えた女の子が丸顔の男の子を連れて立っている。
「誰かヒキガエルを見なかった?ネビルのがいなくなったの」
なんとなく威張った話し方をする女の子だ。栗色の髪の毛がフサフサしていて、前歯がちょっと大きかった。私とは真反対の、たっぷりとした髪が少し羨ましい。ネビルと呼ばれた男の子は背が低く、ややぽっちゃりとした丸いフォルムをしていて、自信なげに視線を泳がせている。
「見なかったって、さっきそう言ったよ」とロンは答えるが、女の子は聞いてそうもない。むしろ振り上げたままの杖に気を取られていた。
「あら、魔法をかけるの?それじゃ見せてもらうわ」
そう言って当然のようにルルの隣に座り込んだ。
「あー……いいよ。
お陽さま、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ!」
ロンは杖をブンブン振ったが何も起こらなかった。膝の上のスキャバーズは相変わらずねずみ色でグッスリ眠っている。
「その呪文、間違ってないの?
まあ、あんまりうまくいってなかったわね。私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみたことがあるけど、みんなうまくいったわ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから、手紙をもらった時、驚いたわ。でももちろんうれしかったわ。だって、最高の魔法学校だって聞いているもの……教科書はもちろん、全部暗記したわ。それだけで足りるといいんだけど…私、ハーマイオニー・グレンジャー。貴方方は?」
隣に座る女の子は、まるで用意していた文章を読み上げるようにして一気にこれだけを言ってのけた。
「僕、ロン・ウィーズリー」
「ハリー・ポッター」
ハリーが名乗った瞬間、ハーマイオニーは目を丸くさせて驚いた。
「ほんとに?私、もちろん貴方のこと全部知ってるわ。参考書を二、三冊読んだの。貴方のこと、「近代魔法史」「黒魔術の栄枯盛衰」「二十世紀の魔法大事件」なんかに出てるわ」
ハリーとルルが顔を見合わせて驚いた。ハリーが口を開く前にルルの方が少し早く声を出した。ハーマイオニーが名前を聞いた瞬間を思い出して尋ねる。
「ハリーって有名人なのね…?どうして?」
今度はハーマイオニーとロンが驚いた。ぎょっとしてルルの顔を見つめる。二人とも鳩が豆鉄砲を食らったような顔で呆気に取られている。
「あっ、貴方知らないの?魔法界の常識よ!」
「あぁ、えっと…私ずっとマグルの世界で暮らしてたの。……学ぶことが多いみたいね…、?」
ルルは気まずそうに笑いながら、肩を窄めて首を傾げた。
「貴方名前は?後で私の本を貸してあげる。読んだ方がいいわ」
「ありがとう、ルル・ミルフィーユよ」
「そう。ルル、覚えておくわ。貴方ホグワーツのことは分かってるでしょうね?4つの寮があるのよ。私、グリフィンドールがいいわ。絶対1番いいみたい。ダンブルドアもそこの出身だって聞いたわ。とにかく、ネビルのヒキガエルを探さなきゃ。三人ともローブに着替えた方がいいわ。もうすぐ着くはずだから。」
丸顔の男の子を連れて、ハーマイオニーはコンパートメントを後にした。
「ルル、君ほんとうに何も知らないの?」
ロンは前のめりになりながら、未知の生物を見るような目でルルを見つめた。マグル生まれだと言ったハーマイオニーでさえ知っているくらい、ハリーは魔法界の英雄だ。みんな知っていて当然のことを知らないという子がいるのだからロンは驚いた。
「うん……そうみたいだね?私を育ててくれた人は、あまり魔法界のことを教えてくれなかったの。今朝、駅へ来るのだって本当に大変だったんだから…」
「さっきマグルの世界で暮らしてたって言ってたよね?僕もそうなんだ」
ハリーはかぼちゃパイをごっくんと飲み込んで聞いた。
「ほんとうに!?なんだか嬉しいわ!ハーマイオニーもマグル生まれって言ってた?意外と多いのね?
私、お母さんがマグル生まれなの。でも両親は私が生まれてすぐにヴォルデモ…」
ルルがその名を口にする前に二人が飛び込んできてルルの口を押さえた。二人に押されてルルはそのまま勢いで壁に後頭部をごつんとぶつけてしまった。「…いてッ!」と反射的に唇を動かすルルに気づいた二人は慌てて手を引く。
「うわぁ!ごめん!ルル、でもその名前は言わない方がいいってロンが」
「ごめんよ…、悪気はないんだ…。えっと、…例のあの人の名前は魔法界では言っちゃいけないんだ。だから君が言いそうになってつい、」
申し訳なさそうな顔をして謝った。
「大丈夫よ。教えてくれてありがとう。えっと、だからその…両親は例のあの人に殺されたの」
頭をさすりながら二人の顔を交互に見ながら少し不安そうに喋る。その二人は[#da=ルル#]の言葉を聞いた途端目元が一瞬だけピクっと動き、少しだけ唇が離れて口を半開きにした。
「えっと、いきなり重いよねこんな話」
空気が凍っている。居心地が悪くて[#da=ルル#]は、ごまかして笑いながらなんでもないようにお菓子へと手を伸ばした。けれどその手を止めたのはハリーだった。
「僕の両親もそうだ。ヴォルデモートに殺されたんだ」
ハリーはその名を恐れる素振りも見せずに堂々と口にした。
「僕許せないよ。あいつルルの両親まで奪うだなんて」
ルルがすこし困ったように辛そうに眉を寄せてハリーを見つめて黙り込んでしまった。胸の奥がきゅっと縮む。
「二人は共通点が多いんだ。僕だけ仲間外れかよぉ」
ずるずると椅子の背もたれから体を滑らせて、姿勢を低くしながら不貞腐れて言った。そんなロンにルルは思わず笑ってしまった。
「ふふ。そんなことないよロン」
「じゃあなにがあるんだ?」
「うーんと…」
少し考えるふりをして、二人を見た。
「共通点は"友達"、でしょ?」
どうだと言わんばかりのドヤ顔でニヤニヤしながら答えた。
「……それいい。ルル、きみってすごいや」
会話を聞いていたハリーも、三人で嬉しそうに目を細めて笑った。
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