知らぬが仏であるならば
そこから先の記憶は朧げだった。
無抵抗に連れて行かれた先で暗闇の中に紫色の光が浮かんで。極彩色の大きな何かが透き通る硝子のような音で展開して。次の瞬間体の奥を抉り取られるような鋭い痛みが何度も何度も。悲痛な叫び声を上げるのを誰かが。……
「ミカゲ?」
はっと我に返る。
「どうかしたのかい?」
レイアーゼ都内にあるデパートの百貨店の中。今日も買い出しを頼まれて──
「……何でも」
あれ?
「ないで御座る……」
一連のやり取りにデジャヴを感じて、辿々しく曖昧な様子で返答するミカゲにマークは小首を傾げる。試しに顔を覗き込んでみると気付いたミカゲが苦笑気味に手を振って。
「マーク!」
駆け寄ってきたのはシュルクである。
「シュルク」
携帯端末から受信音。
「見覚えのある人影が見えたから──」
会話を交わす二人を他所に自然な手付きで端末の画面をタップして開けば尊敬して止まないユーザーの更新通知が二件三件飛び込んできた。その瞬間みるみる内に目が覚めて。
「ほおふっ!」
「?」
オタク特有の反応である。
「あぁあばばば……『魔法少女オンライン』のサナエたその新規イラストぉぉ……しかも先日追加されたストーリーで判明した靴の裏のデザインを忠実に再現……やはり分かる側の人間は違うで御座るぅぅぅぅ……はぁあ……ッ」
端末を高く掲げて早口で感想を述べるミカゲにマークとシュルクは顔を見合わせる。
「幸せそうだね」
「うん」
なにも忘れてなんかいない。
「知らぬが仏とはよく言ったものだが」
……ひそけし浮かぶ青の眸は。
「であれば」
妖し三日月に歪められて。
「全て知るのは神だけでいい」
創造の神が右手を伸ばした傍らで。優しく髪を撫でられて愛でられるのを。まだ幼いばかりの禁忌は何も知らずにただ目を細めていた。……
end.
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