第十一章



藍色の髪を揺らせて微笑みを湛える。

どくん、と。姿形も声も何もかも彼女はルキナであることに違いはないのに。けれど胸の奥に深く根付いた黒く歪んだ物質が彼女ではない雰囲気を醸し出している。そうそれはまるで。


化け物のような。

いや。……事実人間などではない。


忘れるはずがないと同時に有り得なかった。

放浪の悪魔──"ベンゼル"の存在は。


「分かっているだろう」

静寂に声が響く。状況も呑み込めない中靴音を鳴らせてフォックスの後方から現れたユウは、ルキナ基ベンゼルを鋭く睨み付けて。

「これ以上くだらない茶番に付き合わせるな。此処は最期の舞台ではない」

……そう言い切ったのだ。

「であればどうして話を持ちかける?」
「純粋な牽制だ。私たちが意図に気付いた以上未来がすり替わる可能性もあった」

ベンゼルは湛えた笑みを深める。

「全く以って賢明だ」

誰が何処まで把握しているのか分からない。

けれど今はこの話に深く首を突っ込むべきではないということくらい分かる。それはスピカも了承しているようで、ルーティは互いの視線をちらりと密かに交えると小さく頷いた。

「いずれ立ちはだかるのなら日程を決めよう」
「言い得て妙だな。幾ら日をずらしたところでそれは君たちの命日に過ぎないというのに」
「何を企てたところで無駄だと言うならほんの少しの足掻きくらい目に余らないだろ?」

ベンゼルはぴたりと笑うのを止める。

「……面白い」
「気に入ってもらえたかな?」
「交渉は成立だ。君たちに合わせてあげよう」


まさか。

こんなにも話がスムーズに動くとは。


いや演出家であるベンゼルであればこの交渉に応じるのも当然の話か。全く動揺を示さず話を合わせてくれるというのもいずれ訪れる未来が決して違えるはずはないのだという自信が有り余るからこそ。何より彼らは、創造神マスターハンドの力を意のままにしているのだ。

……対抗手段を考えないことには。
 
 
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