第九章



聞いたことのある名前だった。

けれど思い当たる唯一の其れは凡そ一年程前にX部隊が消し去ったはず。影を斬ると云われる剣を黒ずんだ楽譜に突き立てて。


悪夢の元凶。

――放浪の悪魔ベンゼルを。


「難しく思考を巡らせているのだろうが結論に行き着かないのも無理もない」

全て見透かしたかのように目を細めて。

「私は。未来から来たのだから」


――未来から!?


「今更驚くこともないだろう?」
「そんな、どうやって」
「だから全てを話すと言っただろう」

其れは呆れたように小さく息を吐き出す。

「君たちは騙されていたわけではない。本当に絶望の未来はやって来る。だからこそこの娘は結末を変えるべく時間遡行を企てたのだろう」

嫌な汗が流れる。

「器を持たない脆弱な魂のみであった私はその企みを阻止しなければならなかった。多く語るまでもないだろう? 未来ある全てを支配していたのはこの"ベンゼル"だったのだから」


物好きな人間が封を解いた。

悪魔の名称は伊達でなく心の淵につけ込むのも容易いばかりであった自分がかの少年の元まで辿り着くのにそう時間は掛からなかった。


神々さえも手中に収めて。


紅い景色にも見飽きて来た頃。聖王女が密かに動きを見せていることを小耳に挟んだ。

企みが叶えば。

この未来は消えてしまう。

止むを得ず少年の身体を捨てたが絶望の未来に翻弄されたその聖王女の心に深く根付いた負の感情につけ込むのは容易く。

そうして、私は時間遡行を行なった。


――"全く同じ絶望の未来を辿る為に"。
 
 
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