第三章
「……!」
次の瞬間マークは目を開いた。
木箱の前に座り込んでいた人質の女性がつとめて自然に立ち上がったかと思うと縛られていたものと思い込んでいたその両手を男の前に立って庇うように静かに広げたのだ。……そう。
デモ団体の男を庇うように。
「ごめんなさい」
その女性は眉を下げて小さくこぼした。
「人質のふりをしていたの」
「僕たちを……誘い込むために?」
マークは眉をひそめる。
「赤ちゃんがいるの」
そうして女性が下腹部にそっと手を置く姿に何故か寂しいものを感じて。
「地上界の……マトラって小さな町」
女性は自嘲めいた笑みを浮かべる。
「聞いたことない?」
「……いや」
マークは目を伏せた。
「東の国の下の方にある町だね」
「知ってるの?」
訊ねるが視線は交えずに。
「……僕の生まれ故郷に近いからね」
あまり触れない方がよさそうだ。それは相手も察したようで小さな沈黙を挟んだのちマークは口を開く。
「あの地域一帯は昼夜問わず蛮族が跋扈していてその関係で治安が良くない」
「ええ。それは変わってないわ」
女性は静かに言葉を紡いだ。
「今も昔もずっと、ね」