第十章-前編-
「いってらっしゃい」
何もかも悟られているようだった。
はっと顔を上げたが彼もそれ以上のことは語らずただ変わらぬ無表情のままじっと見つめている。
彼は、行かないのだろう。思えば彼が以前言っていた“助けたい人”とはマスターのことだったのだ。そしてそれは今、彼らの行いを見過ごせば叶う。彼らの行いが、世界を救う正義であればゲムヲの目指したヒーローにも必然的になり得る。
だとしたら。
俺のしようとしていることは、何だろう。
「……、」
――迷いを拭い去れない。
だけど今は、この背中を押す人間も支える人間もいない。
踏み出さなければ。
そう、一人で。
「ごめん」
最後の言葉は苦しそうに発せられた。
一歩、後退して迷いを見せ、背中を向けて走り出す。
この先はもう、一人で進むしかないんだ。
視界の端の景色が通り過ぎていくのが分かる。走れているんだ、でも。
息が、苦しい。
男は走った。
ただの一度も振り返らず。立ち止まらず。
――未だ振り切れない迷いが、枷になっているとも知らずに。