第九章
「“マスターハンド”」
はっと顔を上げた。
「お前のその手は何でも完璧に、忠実に創造する。だから、マスター」
なんとなく想像していたものとは違ったが、不思議なくらいしっくりときていた。
よって否定はしない。そうか、マスターハンドか……などと頭の中で声には出さずぼんやりと考えているその傍らでまだかまだかと待ち兼ねていた弟に、
「“クレイジーハンド”」
博士は名を告げた。
「お前はその手で何でも壊してしまう。その上、兄のこととなると狂気的だ」
「く、クレイジーって! それじゃ本当に化け物みたいじゃん!」
気に入らなかったご様子。名前について同じことを考えていたにしても弟の場合は褒め言葉というより寧ろ真逆、悪口にそう遠くないネーミングだから仕方ない。
「やだよ博士、もっと別の」
「……クレイジー」
博士に詰め寄っていく弟を後ろから抱き留めて呟く。
「……えっ」
「クレイジー」
もう一度。囁くようにして、耳の裏に口付け。
「っ……!」
目の前の耳が真っ赤に染め上がった。
「似合うじゃないか」
クレイジー。クレイジー。
「に、兄さんがそう言うなら……別にいいけど、さ」
思えば初めてだった。俺が呼ぶのも、弟が呼ばれるのも。
「……クレイジー」
やっと、大好きな弟を名前で呼べる日が来るなんて。
「くすぐったいよ兄さん……」
――俺は、幸せだ。