第九章
弟も博士も目を丸くしていた。
まさか、しかも“名前”を欲しがるとは夢にも思わなかっただろう。だからといって二人は笑い飛ばしたりはしなかった。人の手を不要として、況してや振り払うまでもなく誰かが触れることもなく。
……そんな、天性に恵まれたが故孤独に身を浸していた少年が。
「変、か……?」
初めて――子供らしく不安げに視線を上げるとは。
「変じゃないっ!」
弟はずいと身を乗り出すような形で、
「兄さんが欲しいなら僕も欲しい!」
……この時の俺はというと、珍しくたじろいでしまっていた。
「そういうわけだから!」
今すぐにでも決めろと言うのだろう。一方で博士は表情にも影を差して黙り込んでしまった。早く早くと急かされないまでも、こうも視線を浴びせられたのでは。
――父や母と名乗る人種がこの世にはいるらしい。
生まれてくる子の為に、彼らはどれほどの時間をかけるのだろう。ああでもない、こうでもない、この名前の画数は、含まれた意味はと頭を悩ませて。
……その名を持って、子供は己が人生を様々な形で全うするのだという。
何となく、羨ましく映り込んだ。
不自由はない。……家族は弟だけだ、それでも。