第八章



フォックスの視線は――珍しく食事中だったマスターに注がれていた。

珍しく。だから気になった。……そうじゃない、そうじゃないと分かっているはずでも思い出せない。フォックスはただ呆然と立ち尽くす。 

忘れていることを知っているなんて。


じゃあ、俺は――


「……い、おいフォックス」

はっと我に返った。いつの間にか皆の視線を一身に浴びている。

本来であればあのタイミングでラディスが突っ込むはず。それが無いということは――いや。そのやり取りにさえ気付かず自分はぼうっとしてたというわけか。

「オメーやっぱ熱でもあるんじゃねえか?」

ファルコが何気なく手を伸ばす。


「触んないで!」 


ぱし、と手を払って弾いた。

自分でもよく分からない内に台詞を口走り、辺りはより一層沈黙して。

「……え、ぁ、あれ……?」

程なくして困惑した声を洩らしたのは事を起こしたその本人だった。


おかしい。体が、勝手に動くなんて。


「ご、ごめん」

フォックスは前髪をくしゃりと掴むと、薄ら笑いを浮かべ続けた。

「何でもないから……」
 
 
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