第五章



あいつだった。

「……ぁ」

そして、かつて自分が兄のように慕い、信用を置いていた男に剣の切っ先を向けられ、床に尻を付きただ目を開いていたのは――マルス。

ああ……きっとその瞳は、こぼれ落ちたその涙は。全てを、知ってしまった。


――自分は騙されていたのだ、と。


「君は……僕を、僕たちを……本当に……」
「もちろん。先程も申し上げた通り、私はグラ騎士団のスパイとして情報漏洩を図るため、貴方に近付いた。ふふ、これがまた面白いくらい上手くいくんですよ」

男は口元に笑みを浮かべる。

「さすがの私も“本気で”笑ってしまいそうでした」

やめろ、とロイは小さく声に洩らした。

心臓がひたすら胸を叩いている。それは徐々に速く、強く。

「本気で、って……だって、君はいつだって」
「王子」

そう優しく呼びかけて。

「笑う時は、こうやって笑うんです」

微笑する男の傍で。

「ね?……上手でしょう」


――何かが崩れる音がした。


「……それで」

記憶はゆっくりと暗転。間もなく、現実に引き戻される。

「そいつはどうしたの」

降りしきる雨の音が、今は少しだけ五月蝿い。

「……殺したんだ」
「ッ仕方なかったんだよ!」

そう叫んだ後でロイは固く拳を握り締める。

「だって……そうするしか……俺が、あいつを守る術なんか……っ」
 
 
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