第五章
この頃になると、マルスもアリティア国王子として外の世界に触れる機会が多くなっていた。蝶よ花よと大切に扱われ、人々よりたくさんの愛と祝福を受けて。
――それでも城で教わる知識や武術からは決して学ぶことができないそれを教えてくれるあいつは、マルスにとって本当の兄のような存在で。……特別で。
「明日も来てくれる?」
――だから、辛かった。
「ええ、もちろん」
男は変わらずいつものように。優しく笑いかける。
「何度だって。……貴方が望むのであれば」
まさか男がその笑顔の裏で、同盟国グラの国王より直々に命令を受け、恐ろしい計画を企てていたとは誰一人として知る由もなかっただろう。
疑うはずがなかった。彼はそれを知って、マルスに近付いたのだから――
「おや。一緒に寝てくださるかと思えば」
赤髪の少年は扉の前でぴたりと立ち止まり、振り返る。
「当たり前だろ。俺だって、もう子供じゃないんだ」
「それでも。たまには宜しいじゃないですか」
男は、やはりいつもと変わらない調子で笑った。
「共犯者同士仲良く、ね」
どくん、と心臓が跳ねる。
それは無情に、残酷に。紡がれた言葉は少年、ロイの胸に深く鋭く突き刺さる凶器そのものだった。――分かってる。一度その刃を引き抜いてしまえば真実が音を立てて溢れ出し、淡く優しかった記憶を、思い出を赤く塗り潰してしまうことを。
「……今日も出るのかよ」
「見張りますか?」
――約束しましょう。危害を及ぼすような真似はしないと。貴方たちはただ、家臣としてこの男を扱ってくれればいい。けれどこのことは口外なさらぬよう。
家臣とは、主の命を預かるもの。
この意味がお分かりですね? 当主エリウッド殿――
「ばーか。もう寝るっ」
恐れることはない。……大丈夫。
あいつだってそう言ってた。今はただ、情報の運び屋としてその仕事を全うするだけだと。だから彼がいくらグラの騎士団に属している男だろうと、決して疑いをかけなかった。……俺だけじゃない。信じたかったんだ。
それ以上のことはないんだって――