第五章
「――王子。貴殿は一体何処を見られてるのでしょう」
マスターだった。
いつの間にかマルスの背後に立って、右手で優しく包み込むようにしてその両目を塞ぎ、囁きかけている。マスターは口元にうっすらとした笑みを浮かべて。
「ここはかつてのアリティアではありませんよ」
どくん、と心臓が鼓動を示す。
「屋敷に入りましょうか。食堂へご案内致します。そこで紅茶を頂きましょう」
マスターはゆっくりと右手を離して視界を解放する。
「落ち着きますよ」
……マルスは浅く呼吸を弾ませていた。視線の先でラディスが驚いた顔をしているのが分かって、そこでようやく、現実に引き戻される。ふー、と息を吐き出した。
「マスター! そんな奴、屋敷に入れることなんかっ」
「彼だよね。今日からの配属が決定している新入隊員って」
えっ?
誰もが疑問符を浮かべた。そんな中で屋敷の扉を開いたマスターは、そういえば詳しく説明してなかったことを思い出し、続けて悪びれた様子もなく返すのだ。
「それがどうかしたか?」
ちょっと待てええぇえ!?
「じ、じゃあ……クレシスが言ってた“王子様”って……」
「それマルスのことじゃね?」
あっさりと、ロイ。ご丁寧に指まで差してくれている。
「へえ。王子って知ってたらどうしたんだろうね」
対するマルスは機嫌がよろしくないようで。
「あ……」
「覚悟しといてよ」
敵意剥き出しで言い放つ。
「自分から辞めたくなるくらいいたぶってあげる」
……今更だ。今更だけど。
自分は対人運が限りなく低い気がする。