災厄の君へ



夜の帳が下りる頃。

招き入れた風が髪を優しく撫でて払う──それはさながら慰めるかのように。


「ルーティ……」


小さく呟いて紙を捲る。

嗚呼。お父さまの話していた通り──彼は特殊防衛部隊DX部隊のリーダーを勤めていた男の一人息子なのね。後々に殉職されたみたいでそれは少し可哀想だけれど──父親に負けず劣らず、たくさんの戦場で功績を残している。

まるで。……黄水晶シトリンのよう。

次に紙を捲ればあのおにいさまにちょっかいをかけていた男の写真が目に留まった。彼は確か──リオンだったかしら。十数年にも渡る軟禁を強いられていたばかりに経歴は殆ど空白だけれど彼もまた類い稀なる能力の持ち主。制御品を扱わなければ上手くコントロール出来ないほどに難しい代物だけれど、それこそ磨けば光るダイヤの原石のような──彼の場合は藍玉アクアマリンかしら。

「ふふっ」

なんて羨ましいのでしょう──実親含む分家の冷遇に嫌気を差して出ていったおにいさまが今やこんなにも多くの愛に恵まれているだなんて天は二物を与えぬ約束をお忘れかしら? 私はその間にもたくさんの文書に目を通しては予測という形で宗家の重い期待にも応えてきたのに。


それなのに。……お父さまもお母さまも。

ちっとも私を見てくださらない。


「……おにいさま」

手にしていた紙を何の気なしに手放せば夜風に吹かれて舞い上がった。とある一室、暗がりの中。灯りも点けずにひとり笑みが込み上げる。

「うふふふふ」

それまで窓の縁に腰を下ろしていた少女はあろうことか背中から部屋の外へ。けれど落下により地面に激突等といった事態には至らずふわり浮遊して紺碧の空に浮かぶ満月をバックにくるくると。踊るように舞うように──誰より幸せであるかのように。きらきらとした淡く白い光を纏いながらやがて指を組んで目を閉じる。


「──あるべき姿に戻しましょう」


狂ってしまった歯車を。

外して、戻して、元の位置へ。


攻撃でもなければ宣戦布告でもない。


これは。

最愛のあなたへ最高の敬意を込めた──逆襲。
 
 
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