僕たちの道標
場面は移り変わる。……その頃には冷たく降り頻る雨もすっかりあがっていて。妙な寝苦しさを感じて薄く目を開き、その直後勢いよく体を起こしたネロが視線を向けた先で時計は朝の五時を差し示している。飛び起きた際に額の上に乗せられていたタオルがぽとりと落ちて、その先にいた人物が「ううん」と唸った。
「……レッド」
ネロはぽつりと呟く。どうやら一晩中自分の看病をしてくれていたようでベッドの縁に伏せて眠る彼は寝巻きに着替えてすらいない。妹達はというと向かいのベッドで眠っている辺り気にしなくていいからと寝かしつけてから自分一人看病を請け負ったのだろう。
自分の額や首に手を当ててみるも火照りはなく熱はすっかり下がったものと見られる。試しに咳払いをしてみたが喉の方も痛みや痒みはなく回復したものと見てまず間違いはないだろう。
「ん」
それとなくレッドの頭に触れると小さく呻いて閉じていた瞼が薄く開いた。ネロがじっと目を見張っているとレッドはその内にむくりと起き上がり、眠気の覚めない眼差しを向けては終始ぼんやりとした様子で。
「……おはよう」
此方の気も知らない無垢な顔が。
忘れもしない地獄の日々の妹達と重なった。
「大丈夫?」
「おかげさまで」
ぽんと頭の上に手を置いてやるとレッドはまだ眠いのか瞼を閉じてそれを受け入れた。ネロは肩を竦めて微笑を浮かべる。
「今日。晴れてたら散歩でもするか」
喉から手が出るほど欲した日常が。
求めていた温もりと導きがそこにある。
「無理しちゃ駄目だよ」
「心配性だな」
「当たり前でしょ」
どんなに見つめても眩まない太陽があるとしたら。
「……はいはい」
同じ歩幅で。手を取って導く。
それは優しくて温かな。──向日葵の道標。
end.
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