零の世界
……、誰もいない。
嫌というほど記憶に焼き付けられた研究施設を忠実に再現したこの建物の中には当然のこと生き物の影は疎か気配さえも感じられず。つい先程兄が創ったばかりなのだからそれもそのはず、なのだが。
もう幾つ目かの扉を開くとゆとりのある一室を迎えた。テレビやソファーが設置されたリビングとダイニングキッチンが混合したその場所は記憶に見当たらないが恐らく最期まで足を踏み入れることがなかったという話なのだろう。
早足で真っ先に向かったのはキッチンにある冷蔵庫だった。腹を空かせていたのではなく単純に食材の有無が気になったのだ。扉を開いて中を覗くと使えそうな食材が充分に詰まっている。生かせるかどうかは別としても暫くは安心だ。
冷蔵庫の扉を閉めて次に向かったのはテレビだった。気晴らしに番組鑑賞でも、といった話ではなく表の世界が今どんな状況にあるのか確認したくて。
テレビの前のローテーブルの上のリモコンを取って電源を入れてみるとちょうど求めていたニュースが流れてきた。
「ご覧ください。こちらが被害に遭ったレイアーゼ都市の様子です」
掛け声をかけて手作業で瓦礫を撤去する救急隊員。担架で運ばれていく怪我人。避難所で治療を受ける人々。
「修繕の目処は立っておらず」
あれから数時間。
「宗教団体はこれを、神の怒りに触れた当然の報いだとコメントしています」