零の世界
大きく溜め息を吐き出す。
使い捨てとはいえこの場ですぐガラクタにしろとまでは言ってないんだけど。一部ではなく中身も何もかも"ゼロ"にしてしまうのでは傭兵どころか実験材料としても役立てやしない。
これだってタダで手に入るわけじゃないのに。
「、?」
扉の閉まる音に振り返る。
「帰ってきたんだ」
「ただいま。クレイジー」
双子の兄マスターハンドの傍ら。
「あれ?」
クレイジーは目を丸くする。
「そいつ誰?」
──クセのある金色の髪につんとしたつり目が特徴的な少年だった。マスターは小さく笑みをこぼして既に後退りをしようとしていた少年の肩の上にぽんと手を置く。
「……クレシスの子供だよ」
「ええっ!? 兄さん、ラディスの餓鬼連れてくるって話じゃなかったのかよ!」
それを聞いても尚くすくすと。
「玄関先で鉢合わせたんだが何をどう聞いても譲らなくてな。同じ鼠なら問題ないだろう」
少年は不安げに瞳を揺らせている。
「……失敗したら?」
「躍起になる程のことじゃない」
マスターは足を踏み出す。
「──世間は少子化問題の解決に勤しんでいるのだそうだ。有り難いことじゃないか」
靴音。
「"この世界"に存在する──ありとあらゆるものが神の所有物であると謳うのなら一見して只の子供であれその限りではないのだろう?」
そして──振り返る。
「感動的な話じゃないか。世界は計画の完遂を心待ちにしておられるようだ。寄せられた期待には喜んで応えて差し上げなくてはな」
この部屋の最奥。一際目立つ透明な液体の満たされた巨大な円筒の中にはコードに繋がれた、見た目幼い子供が瞼を閉ざしていた。
肌の色はターコイズブルー、ブロックノイズのようなものが窺える。胸の中央には核と思しき赤紫の玉が妖しく灯をともしこぽこぽと呼吸を示すかの如く泡が立ち昇り消えていく。
──仮称"X-000"。
未だ完成へと至らない其れは創造と破壊の力を与えられて生み出された。生物も無機物も何もかも全てのものを無に帰す──即ち"ゼロ"にする能力を持つ恐るべき禁忌兵器。
「……さて」
禁忌を背に怪しく陰る。笑みを浮かべる。
「始めようか」