零の世界
積もる書物の山を分けながら。舞い上がる埃にまた咳き込む。自分にはそれほど縁がないと思われるこんな場所でも片付けるのは兄か自分かその二択なのだから面倒だからといってこれを放置して押しつけるわけにもいかない。
適当に左手に取ったのちそのまま自然な流れで右腕を伸ばす仕草をした。あ、と気付いてここでも自分は小さく溜め息を吐き出してしまう。
……そうだ。
右手は無いんだっけ。
兄の発言が指すのは恐らく今の状態が不便であれば右目と右腕を創ってもいいという話でまず間違いないだろう。だがそれならどうして初めからそうしなかったのか疑問が渦巻く。
それでも決して不便では。……そう言い聞かせて表に出さないつもりが不意の事故でついボロを出してしまった。あの時の此方を見詰めた兄の表情は息が苦しくなるほどに忘れられない。
本当に。
この身体が不便だって理由で求めてもいいものなのだろうか。
胸が締め付けられるような感覚に陥りながら左手に取った書物が最後の一冊だった。何気なく表紙を開くと一枚の紙切れが舞い落ちる。僕は屈み込んで目を凝らした。
「……これ」
そして気付く。
「小さい頃の僕と兄さんの写真だ……」